誇れる自分ー2


  約一週間後には体育祭ということもあり、今日から通常授業は午前までとなり午後は準備時間となっている。

 代表選手になった生徒はこの時間に練習を行い、それ以外の生徒は設営になる。

 だけど代表選手の発表はまだされていないので現時点では全生徒で一気に設営に当たる。

 今年度初めての大きな学園行事の前だからか、それとも午後に授業が無いという開放感からか生徒は皆浮足立っているように感じる。


「千沙ちゃんは旗取り合戦には出るの?」

  一連の慌ただしさは、お昼の愛美ちゃんのこんな一言から始まった気がする。

 私はあまり興味がなかったので体育祭でどんな競技が行われているかもよく分かっておらず初めて聞く競技名をまるで理解していなかった。

「旗取り合戦?」

「体育祭の旗取り合戦だよー。体育祭って基本選ばれた生徒しか出場できないんだけど、旗取り合戦だけは違うの。予め三人一組のチームを組んで出場希望のチーム同士で実際に勝負する代表決定戦があるの。トーナメント方式で優勝した1チームが代表になれる、それも各学年に1チームだから1年生でも必ず誰かしら出られる!誰もが出場可能性がある唯一の競技なの!」

「そうなんだ。でも私は出ないかな」

「何で!?」

 座って楽しく昼食をとっていたのに愛美ちゃんはテーブルから身を乗り出してすごい剣幕で私を見てきた。

「…私は勉強したいから」

  学都中が体育祭に向けて盛り上がっているせいで印象は薄いけど、体育祭が終わった次の週には夏季休暇前に行われる試験が連日待ち構えている。

 勉強の類が大の苦手な私は体育祭よりも試験で赤点を取らないことのほうが重要だ。

「そっかー…残念。千沙ちゃんなら絶対大活躍すると思って楽しみにしてたのにな」

「愛美、心配しなくても千沙は代表に選ばれるって。今やデジタルフロンティアじゃ負けなしのAランクなんだから」

 眠気覚ましにといつも飲んでいる珈琲を片手に理央ちゃんは自信満々に言ってのける。

「そうだよね!でも1年生で選ばれる可能性って低いし…それに1年生には飛山君がいるから…」

「あいつには負けん」

「飛山君は選ばれるんじゃないかな。学年首席だもの、私は授業の成績良くないから」

「体育祭は優等生だけの集まりじゃ勝てない。戦いよ、絶対に負けられないのよ」

  マイペースで感情の起伏が穏やかな理央ちゃんだけど、勝負事に関しては熱い。 

 そして飛山君に対してはやたら負けず嫌いが顕著に現れる。

 しかも自分ではなく私を引き合いにして。


「あの、今聞こえたんだけど。天沢さんって旗取り合戦の代表決定戦には出ないの?」

「はい、出ないつもり…」

「だったら、私達と一緒に出てくれないかな!?」

  突然話しかけてきたのは国防科で同じクラスの女の子だった。

 なんか話が噛みあってないな。そう思って旗取り合戦自体に出るつもりはないと改めて訂正しようとした途端、私達の周りに国防科の生徒が続々と集まってきた。

「まだチーム組んでないの!?じゃあ俺達と出ようよ!」

「ちょっと!私が先に誘ったんだけど」

「お前らが出たって代表に残れねえよ」

「待てよ、天沢さんいれば百人力じゃないか、狡いぞ!」

  勝手に話が盛り上がっていき、私を差し置いて集まった人たちが言い合いを始めてしまった。

 そもそも参加する気がないのだから無意味な争いはしないで欲しいのだけど、もうどう止めればいいか分からない。

 愛美ちゃんはたちまち大きくなる騒ぎに慌てふためき、理央ちゃんに至っては面白がってにやにや笑って展開を見守っている。

 私が止めないといけない…だけど話すのが苦手な私に解決手段が思いつくわけない!

 とうとう"私が"旗取り合戦に出るためのチームメンバーを探している。とまで話が歪曲されてしまい更に人を呼ぶ事態に発展。

 耐えきれなくなり辛くなったので私はその場を逃げ出すという手段を取った。


  デジタルフロンティアの選手登録人数が多いことでも分かるのだが、アルフィードの生徒は勝負事が好きな人が多い。

 この体育祭で活躍したい、腕試しがしたい人なんて大勢居るのだろう。

  それにしたって自分がここまで求められるのはまるで想像できなかった。

 授業だって控えめに過ごしてきたし、全力を出すのは任務とデジタルフロンティアの試合ぐらいだ。(座学も全力だけど悲しいことに一番気持ちに結果が伴わない)

 当然総合すれば私より優れた人なんてゴロゴロいる。

  事態が落ち着くのにどれだけかかるのか分からないけれど、皆が諦めてくれるのを待つしかないか。

 お昼ご飯、まだ食べ途中だったんだけどな…。


「あれ、噂の人気者じゃん」

 草垣に潜み、追いかけてくる皆を振り切り別の方向へ走り去ったのを確認し、ため息をついたら違う誰かに見つけられてしまった。

 背後から声を掛けてきた彼に向かって身振り手振りで内緒にしてと必死に訴える。

「心配しなくても大声出して居場所を知らせたりしないって」

 その一言にひとまず安心し、屈んでいた体勢から力が抜けて座り込んでしまう。

 すると木陰で休んでいたのであろう彼はおかしそうに笑いだす。

「笑い過ぎだよ、鷹取君」

「悪い悪い。あんなに大勢から追いかけられるのなんか本当にあるもんだなと思ってさ」

  私の目の前で未だに笑いを噛み殺してるのはクラスメイトの鷹取たかとり隆弥たかや君だ。

 彼も1年生の中では優等生の一人で銃の腕はピカイチだ。

 今も手入れをしていたのだろうか手には私物の片手銃があった。

「それにしても意外だな、天沢ならとっくにチーム組んでるかと思ったよ」

「参加する気がないから。鷹取君は旗取り合戦出るの?」

「出るぜ、むしろ出る気があってチーム組めてない奴のほうがもう少ないだろ。参加締切今日だぞ」

 そうか。成績優秀な有力者はとっくにチームを組んでいるから皆私を誘おうとするのか。

 すると今度はこちらに侵入してくる足音がする。


「ごめん鷹取君遅くなっちゃった…て、あれ?天沢さん!?さっき皆が探して…」

 鷹取君に会いに来たであろう古屋君と飛山君にも静かにしてもらうよう慌ててアピールする。

「どうせ旗取り合戦のメンバー勧誘から逃げてるんだろ。本人は出る気が皆無なのに」

  さすが飛山君、私が説明せずとも全て察してしまう。

 私は乾いた笑いしか出なかった。

「天沢強いんだから出りゃいいのに」

  二人が買ってきた購買のパンと飲み物を受け取っている鷹取君の問いに返答しようとしたらお腹が空腹を主張する音を鳴らし恥ずかしくなる。

「お、お昼食べ始めだったもので…」

 苦し紛れの言い訳をすると隣に座った飛山君が手持ちのパンをふんわりと投げてきた。

 反射的に受け取ると生クリームがサンドされている魅惑的なクッキー生地のパンだった。

「やるよ」

「え、でも飛山君の分のお昼ご飯が…」

「俺まだ二つあるし、平気」

 たしかに飛山君の手元にはまだ野菜が挟まったサンドウィッチと香ばしそうなソースの掛かった惣菜パンがあった。

「隼人君はイケメンだなー」

「…お前の揚げパン俺が食ってもいいんだぜ」

「わー勘弁。せっかく勇太が並んで買ってきてくれた揚げたてカレーパン!」

 横で古屋君が楽しそうに笑っている所を見ると二人のこういうやり取りは日常なのだろう。

「ふふふ、じゃあお言葉に甘えて戴くね」

  飛山君と鷹取君は寮でのルームメイトでよく行動を共にしている。

 古屋君も班行動で飛山君と親しくなったからか、ここ最近は三人一緒に居る姿をよく目にする。

 入学当初は緊張した表情の多かった古屋君だけど笑うことが増えた。

 やっぱり人の笑顔が見られるのは嬉しい。そんな古屋君の姿に私は安心した。


「あ、もしかして三人で旗取り合戦に出るの?」

「そうそう。やるからには優勝狙いだから応援よろしく!」

 鷹取君は得意げにウインクした。

 首席の飛山君に実力者の鷹取君が居れば文句なしに優勝しそうだ。

「まだちょっと自信ないけど。二人の足を引っ張らないよう努力するよ」

「俺らは勇太の情報解析力をかってチームに誘ったんだからもっと自信持てって」

「そうだね…僕、頑張るよ!」

「おう、その意気その意気!ま、天沢がいないなら隼人の強力なライバルが一人減ったわけだしラッキーだったな」

「そうか?俺は残念だけど」

「…相変わらず勝ちよりも競合いがお好きだな」

「張り合いがあるから勝負は楽しいんだろ。もちろん勝つけどな」

  飛山君は顔色ひとつ変えず確かな自信を覗かせていた。

 そんな飛山君の姿に対抗心が掻き立てられないのか?と問われれば嘘になる。

 私も他の皆と大差なく勝負は好きなのだ。

  実力のある人との勝負に興味を惹かれないわけではない。

 それでものめり込み過ぎて、また同じ過ちを犯してしまうのではないかという不安はどうしても消えない。

「やっぱりまだ目立つことに抵抗がある?」

「うん、少しだけね」 

  心配そうに私の様子を窺ってくる古屋君になんとか笑って見せる。

  私がデジタルフロンティアを始めた原因が自分であると古屋君はずっと気にしてくれているようだった。

 今となっては勝負をする楽しさを再認識してしまった以上、私はデジタルフロンティアに選手登録したことに後悔はない。

 重要なのは、私が私自身とどう向き合っていけるかということだ。


「お食事中失礼します」

「ひゃあああ!!」

 突然の来訪者に皆驚いていたが真後ろに立たれた私は必要以上に驚いてしまった。

 音も無く私の背後に現れたのは鈴音ちゃんだった。

「すみません、やはりお食事中はタイミングが悪かったですよね…」

「鈴音、悪いのはタイミングではなくて登場の仕方ですわ」

  ゆっくりと後ろから歩いてきた麻子さんは面白そうに微笑んでいた。

  忍者の家系である鈴音ちゃんは普段一緒に居ても動作が物静かだけど、登場がいつも無音でなかなか事前に気づけない。

 任務で班行動を何回も共にしたが未だに慣れない。

 忍者として訓練してきた鈴音ちゃんにとって、それは息をするように自然なことなのだろう。

 驚き過ぎたのは申し訳なかったけど、いつも冷静な鈴音ちゃんが落ち込んでいるのはちょっと可愛かった。

  私達は時間が合えば理央ちゃん、愛美ちゃん、鈴音ちゃん、麻子さんの五人で食事をとっている。

 今日も五人で昼食をとるつもりだったが二人が来る前に私が離脱する形になってしまったので、今日二人に会うのは初めてだ。

「隠れていらっしゃったのにごめんなさい。お二人に事情は聞いて逃げているのは知っていたのですけど、千沙さんにお願いがあって会いに来ちゃいました」

「私にお願い?」

「はい。鈴音とわたくしと一緒にチームを組んで旗取り合戦に出て欲しいのです」

  私は一瞬自分の耳を疑った。

 麻子さんは二人に事情を聞いたと前置きしていたはずだ。

 それなのにどうしてよりによってそのお願いなのか。

「麻子さん、お二人っていうのは理央ちゃんと愛美ちゃんだよね?」

「ええ」

「ということは私が旗取り合戦に出る気がないというのは…」

「存じ上げていますわ」

 私は口が開いたまま、そこから先の言葉が出なかった。

 麻子さんは尚もいつものにこにこ笑顔を崩さない。

「麻子様、やはり無理には…」

「もちろん無理にとは言いませんわ。ただ…私はお友達と思い出作りがしたかったのです。体育祭なんて学生の一大イベントのひとつじゃありませんか。お友達と力を合わせて何かに挑むなんてきっと生涯、掛け替えのない思い出になりますわ。残念ながら理央さんにも愛美さんにも断られてしまいました。すると最後の望みは千沙さんしかいません!千沙さんが人気も実力もあるのは重々理解しております。でも私はお友達である千沙さんとチームが組みたいのです…やはり駄目ですか?」

  麻子さんの熱のこもった誘いに私は完全に押され負けしていた。

 たしかに麻子さんの話にも一理ある。

 友達と共に一生懸命頑張った思い出はどんなに素敵だろう。

 この学園に来るまで友達がいなかった私には"友達との思い出"という言葉はとても心揺さぶるものだった。

「……わかった。麻子さん達とチームを組んで旗取り合戦に出るよ」

「まあ本当ですか!?嬉しい!一緒に頑張りましょうね!」

 麻子さんは満面の笑みで私の手を取りはしゃいでいた。

 勢いで立ち上がりくるくると回りだしてしまう。

 そこまで喜ばれると悪い気はしないから不思議だ。

「と、いうことはライバルだな」

  鷹取君の発言で急に場が引き締まる。

 飛山君もどことなく嬉しそうで目は勝負する時の高揚感ある輝きを放っている。

 こうして思わぬ形で私は旗取り合戦の代表決定戦に参加することになった。

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