第六十六話 変わり果てたヴァルキュリア

 トパーズエリアに到着したカイリ。  

 トパーズエリアは、静かだ。

 安らかと言った方が正しいかもしれない。

 ここにヴァルキュリア候補がいなくなった原因が見つかるだろうか。

 カイリは、静かに、地のヴァルキュリア・ベアトリスがいる宮殿へと向かった。


――さすがに、休めとは言われたが、やはり、気になるな。


 カイリは、ダリアの言う事を守り、体を休めたのだ。

 だが、どうしても、気になっていた。

 ヴァルキュリア候補の事が。

 なぜ、彼女達は、失踪したのか。

 なぜ、ダリア達が言わなかったのか。

 ダリア達の事を疑っているわけではない。

 だが、引っかかるのだ。

 何かが。

 宮殿にたどり着いたカイリは、帝国兵に許可を取り、宮殿に入る。

 ベアトリスの様子を見に来たと嘘をついて。


――ベアトリスの所に行ってみるか。


 カイリは、気付かれないように、ベアトリスの元へ向かうつもりだ。

 もちろん、ベアトリスを疑っているわけではない。

 確認するためだ。

 ベアトリスに異常はないかを。


――あまり、異変は見られないみたいだが……。


 カイリは、慎重に、あたりを見回す。

 警戒しているのだ。

 何か、異変がないかを。

 だが、異変は見当たらない。

 考え過ぎだったのだろうか。

 そう、推測し始めたカイリ。

 だが、その時であった。


「あれ?カイリ皇子?」


「ベアトリス」


 ベアトリスの声がして、カイリは、振り向く。

 カイリの背後に、ベアトリスが立っていたのだ。

 彼女の気配に気付かなかったカイリ。

 夜だからなのだろうか。

 それとも、ベアトリスが、気配を消していたのだろうか。

 カイリは、ベアトリスの様子を伺う。

 だが、ベアトリスは、いつも通りだった。


「ちょうど、良かった。話したいことがあるんですよ」


「私に?」


「ええ。ちょっと、こちらに、来てもらえませんか?」


 なんと、ベアトリスは、カイリに話したい事があったらしい。

 おそらくだが、帝国兵から、聞かされていたのだろう。

 カイリが、自分の様子を見に来たと。

 だからこそ、会いに来たのかもしれない。

 だが、話とは何だろうか。

 カイリは、問いかけるが、ベアトリスは、場所を移すため、カイリを案内した。

 それも、地下に。


「なぜ、ここで、話を?」


 地下に着いたカイリであったが、違和感を感じた。

 なぜ、地下で話があるのだろうか。

 ベアトリスに問いかけるカイリ。

 だが、ベアトリスは、何も答えることなく、突然、ヴァルキュリアに変身し、カイリに襲い掛かった。


「っ!!」


 カイリは、危険を感じて、とっさに、回避する。

 間一髪だったのだ。

 もし、気付くのが遅かったら、カイリは、殺されていたかもしれない。

 それほど、ベアトリスの斧は、威力があるのだ。

 カイリは、警戒し始めた。

 ベアトリスの事を。


「ちっ。やっぱり、あんた、すげぇな」


「なっ」


 ベアトリスは、斧を肩に担ぐ。

 しかも、不敵な笑みを浮かべながら。

 先ほどとは、違う。

 まるで、別人のようだ。

 一体、どうしたのだろうか。


「ほら、どうした?構えろよ。殺し合いといこうぜ」


 ベアトリスは、構える。

 しかも、殺し合いを望んでいるようだ。

 カイリには、理解できなかった。

 何が起こっているのか、状況を把握できずに。


「ベアトリス、何を言って……」


「はぁ?だから、殺し合いがしたいって言ってんだよ。あんた、強そうだし、相手になってくれよ」


 カイリは、戸惑い始める。

 困惑しているのだ。

 だが、ベアトリスは、苛立ってしまった。

 ベアトリスは、ただ、殺し合いを望んでいるのだ。

 強い者と。

 先ほどの攻撃をよけたカイリ。

 だからこそ、ベアトリスは、カイリは、強いのではないかと、推測し、カイリと殺し合いたいと願ってしまったのだ。

 ベアトリスは、床を蹴り、カイリに向かっていった。


「おらあっ!!」


「くっ!!」


 ベアトリスは、勢いよく、斧を振り下ろす。

 だが、カイリは、回避した。

 ベアトリスと殺し合うつもりなど、毛頭ない。

 戦うつもりなどないのだ。

 カイリは、それを回避する為に、地下から、逃げようとする。

 だが、その時であった。


「逃げんなよ!!」


 ベアトリスは、地の力を発動する。

 すると、入口を地の壁が出来上がり、逃げられなくなってしまったのだ。

 カイリは、ベアトリスと戦うしかないのだろうか。

 容赦なく、斧を振り下ろすベアトリス。

 カイリは、それを回避し、逃げる。

 ベアトリスを方法を模索しながら。


――何が起こっている!?なぜ、ベアトリスが……。まるで、別人じゃないか!!

 

 カイリは、回避しながら、思考を巡らせていた。

 なぜ、ベアトリスが、別人のようになってしまったのか。

 だが、考えても、答えなど見つからない。

 理解できないのだ。

 ヴァルキュリア候補は、豹変した彼女を目にしたのだろうか。

 カイリは、そう、考え始めた。


――まさか、これが、原因で……。


 仮に、ヴァルキュリア候補が、豹変したベアトリスを目にしてしまい、今の自分のように、殺し合いを、させられていたとしたら、脱走しようとするのは、当然であろう。

 カイリは、ヴァルキュリア候補が、逃走した原因に気付いてしまった。

 だが、容赦なく、ベアトリスは、カイリに斧を振りおろそうとする。

 カイリは、ギリギリのところで回避して、ベアトリスの腹を殴りつけた。


「かはっ!!」


 ベアトリスは、目を見開き、咳き込む。

 だが、それだけで、ベアトリスを止められるはずがない。

 カイリは、まがまがしい力を使った。

 一瞬だけ。

 すると、ベアトリスが、仰向けになって、倒れ、ゆっくりと目を閉じようとしていた。


「な、何を……」


「安心しろ、ただ、眠るだけだ」


 瞼が重い。

 眠気が襲ってきたのだ。

 満足に殺し合いもできずに。

 歯を食いしばり、目を開けようとするベアトリス。

 だが、カイリは、淡々と、説明した。

 ただ、眠るだけだと。

 まがまがしい力は、眠らせる作用が含まれていたようだ。


「ちっ……」


 ベアトリスは、舌打ちをしながら、眠りについた。

 やはり、満足していないらしい。

 殺し合いができなかったからであろう。

 ベアトリスは、意識を失い、眠りについた。


――ベアトリスが豹変した。だから、ヴァルキュリア候補は、逃げたんだ。となれば、ライム、セレスティーナも。


 カイリは、他のヴァルキュリア候補達が逃げ出したのも、ライム、セレスティーナも、豹変してしまったからではないかと推測する。

 ベアトリスを部屋まで運び、宮殿を出るカイリ。

 もちろん、帝国兵には説明した。

 ベアトリスは、疲れて眠っただけだと。

 そして、異変を確かめる為に、カイリは、ライムがいるエメラルドエリア、セレスティーナがいるサファイアエリアに向かった。



 先に、エメラルドエリアに到着したカイリ。

 帝国兵の許可をもらって、ライムに気付かれないように、ライムの様子をうかがった。

 扉を少し開けて。


「ねぇ、ヴァルキュリア候補はいないの?」


「も、申し訳ありません。彼女は……死んで……」


「はぁ?なに言ってるの?意味わかんないんだけど!」


 ライムは、苛立っているようだ。

 ヴァルキュリア候補がいなくなったからであろう。

 帝国兵を自分の部屋に呼び寄せ、問いただす。

 帝国兵は、怯えながらも、説明した。

 ヴァルキュリア候補は、死んだのだと。

 それを聞いたライムは、苛立ち、立ち上がったのだ。

 そして、帝国兵の顔を蹴り飛ばした。


「ぐへっ!!」


 床に倒れ込む帝国兵。

 だが、ライムは、一度だけでなく、何度も、帝国兵を蹴り飛ばしたのだ。

 帝国兵は、抵抗することもできず、ただ、殴られているだけであった。


「はぁ、退屈。せっかく、良いオモチャだったのに」


 飽きてしまったのか、ライムは、椅子に座る。

 しかも、ヴァルキュリア候補の事をオモチャのように扱っていたのだ。

 やはり、ライムも豹変していた。

 確信を得たカイリは、静かに、宮殿を出る。



 カイリは、サファイアエリアの宮殿に入り、セレスティーナの様子をうかがっていた。

 セレスティーナは、殺し合う事もせず、誰かをオモチャのようにいたぶる事もしていない。

 豹変していないのだろうか。

 カイリは、そう推測していた。

 その時であった。


「まさか、死ぬなんてねぇ。まぁ、いいけど」


 セレスティーナは、一人、呟いた。

 ヴァルキュリア候補の死を嘆いていなかったのだ。

 それも、どうでもいいと言わんばかりに。

 以前は、大事にしていたというのに。


「ヴィオレットさえ、生きててくれれば」


 セレスティーナは、ヴィオレットに執着しているようだ。

 なぜかは不明だが。


「でも、ルチア、邪魔ね。まぁ、いいけど。どうせ、死ぬんだし」


 衝撃的であった。

 セレスティーナは、ルチアの事を邪魔者扱いしているのだ。

 ヴィオレットと仲がいいからであろう。

 だが、ルチアは、死ぬ。

 神魂の儀を行うから。

 セレスティーナは、喜んでいたのだ。

 やはり、彼女も、豹変していた。

 確信を得たカイリは、そっと、宮殿から出る。

 そして、王宮に戻っていった。


――やはり、彼女達は、変わってしまった。別人のようだった。


 カイリは、確信を得た。

 ベアトリス、ライム、セレスティーナは、変わってしまったのだ。

 別人のように。

 ヴァルキュリア候補は、これが、原因で、逃亡しようとしたのであろう。


――アライア達は知っているのか?


 アライアは、ヴァルキュリア達を定期的に診ている。

 異変に気付いてもおかしくはない。

 だが、そのような異変は聞かされていない。

 まさか、また、自分だけ、聞いていなかったのだろうか。

 ヴァルキュリア候補の失踪事件のように。

 カイリは、そう、推測していた。


――調べる必要がありそうだな。神魂の儀の日に。


 カイリは、決意を固めた。

 ヴァルキュリアの異変を調べる事を。

 だが、今は、神魂の儀の日まで、ダリアとコーデリアの護衛をすることを決めている。

 ゆえに、調べるのは、神魂の儀の日にした。

 アライアも、多忙の為、研究所にはいないはずだ。

 その日の方が、調べやすい。

 ゆえに、カイリは、決意したのであった。

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