第六章 暗殺者と聖女編・後編

第六十五話 急展開

 女帝の間を出たカイリは、いつも通り、公務を行っている。

 と言っても、帝国兵のように、警備をしているだけなのだ。

 ダリアとコーデリアを守るために、カイリが望んだことであった。


「はぁ……」


 カイリは、ため息をついてしまう。

 何度もだ


――ため息ばかり、ついてしまう。私は、本当に、正しい事をしているのだろうか。


 カイリも、自覚していた。

 何度も、ため息をついている事に。

 だが、どうしても、わからないのだ。

 本当に、正しい事をしているのか。

 考えても、考えても、答えなど出なかった。

 その時であった。


「なぁ、知ってるか?」


「何がだ?」


「昨夜、ヴァルキュリア候補達が、失踪したらしいぞ」


「それ、本当か?」


「ああ。間違いない」


 二人の帝国兵が、話しているのが聞こえてしまった。

 なんと、ヴァルキュリア候補が失踪したという。

 それも、間違いではなさそうだ。


――ヴァルキュリア候補が?


 カイリは、眉を顰める。

 シャーマンを暗殺していた同じ日に、そのような事が起こっているとは、知らなかったのだ。

 ダリアは、知っているのだろうか。

 カイリは、そっと、帝国兵のやり取りを聞いていた。


「で、今、どうなってるんだ?」


「華と雷のヴァルキュリア様が、調査してるらしい」


「なんか、物騒だよな。本当に、平和になったのか?」


「さあな」


 もう、調査は進んでいるようだ。

 華と雷のヴァルキュリア。

 つまり、ルチアとヴィオレットが、調査しているという。

 ダリアの命令だろう。

 ダリアは、その事をカイリに報告しなかったのだ。

 なぜ、話してくれなかったのだろうか。

 いや、ヴァルキュリア候補が行方不明とは、一体、どういう事だろうか。

 カイリは、居てもたっても居られず、帝国兵の元へと迫った。


「今の話、本当か?」


「か、カイリ様!?」


 カイリは、二人の帝国兵に声をかける。

 問いかけられた帝国兵は、驚愕し、振り向いた。

 予想もしていなかったのだろう。

 まさか、カイリに、話を聞かれていたとは。


「私にも、詳しく聞かせてもらえないだろうか」


 カイリは、懇願する。

 話を聞きたいと。

 帝国兵は、静かに、うなずき説明した。

 昨夜、三人のヴァルキュリア候補が失踪したと。

 すでに、調査は、行われており、華と雷のヴァルキュリア、そして、騎士達にも、報告が行っていると。

 全てを聞かされたカイリは、すぐさま、女帝の間へと向かう。



 そして、女帝の間にたどり着くと、カイリは、怒りに駆られながら、女帝の間に入っていった。


「母上!!」


「どうしたの?そんなに慌てて」


 カイリの様子を目にしたダリアは、平然としている。

 まるで、余裕と言わんばかりに。

 それでも、カイリは、眉をひそめて、ダリアの元へと歩み寄った。


「母上は、知っていたのですか?」


「何を?」


「ヴァルキュリア候補が失踪していると」


「ええ、知ってたわ」


 カイリは、問いただす。 

 ヴァルキュリア候補が失踪した事は、ダリアは、知っているのかと。

 ダリアは、平然とうなずいた。

 やはり、知っていたのだ。

 知っていて、カイリに言わなかったのだ。


「なぜ、教えてくださらなかったのです?」


「そんなに怒らないでちょうだい。今は、対策を練っているんだから。それに、貴方は、多忙だったから、教える時間もなかっただけよ」


「ですが!!」


 カイリは、さらに問いただす。

 なぜ、教えてくれなかったのか、理解できないのだ。

 ダリアは、気付いているらしい。

 カイリが、明らかに怒っていると。

 だが、ため息をついた。

 まるで、カイリが、怒りを露わにしていることに対して、呆れているようだ。

 カイリに話さなかった理由は、カイリが多忙であると悟ったからだ。

 シャーマンの暗殺の事もあり、言わなかったのだと、気遣っているふりを見せた。

 それでも、カイリは、声を荒げてしまった。


「カイリ、怖い顔してるわよ?あまり、お母様を叱らないで」


「姉上……」


 ダリアの代わりに、コーデリアが、カイリをなだめる。

 まるで、姉のように。

 カイリは、怒りを鎮めたが、それでも、納得はしていなかった。


「貴方の気持ちは、わかるわ。でも、ヴァルキュリアに任せてあるの。だから、心配はいらないわ」


「ですが……」


 ダリアは、カイリに語りかける。

 もちろん、カイリの気持ちは痛いほどわかるのだ。

 カイリも、知りたかったことであろうと。 

 だが、この事に関して、ヴァルキュリアに任せてある。

 もちろん、騎士にも。

 カイリが、心配する必要はないと、諭した。

 それでも、カイリは、反論しようとする。

 何か、すべきだと、思ってるようだ。


「カイリ、貴方、休んだほうがいいかもしれないわね」


「え?」


「ええ。私もそう思うわ。貴方、疲れてるのよ」


「……」

 

 ダリアは、突然、カイリに休んだほうがいいと、提案する。

 これは、さすがのカイリも、驚きを隠せない。

 何を言っているのだろうと、理解できずに。

 コーデリアも、続けて、提案した。

 疲れているのだと。

 カイリは、何も、反論できなくなってしまった。


「彼らの事で、追い詰めてしまったのね。ごめんなさいね」


「い、いえ。こちらこそ、申し訳ございません。少し、体を休めます」


「ええ、そうした方がいいわ」


 ダリアは、謝罪する。

 シャーマンの暗殺の件で、カイリを精神的に追い詰めてしまったのだと、悟って。

 だからこそ、カイリに休むよう提案したのだ。

 カイリは、冷静になったのか、謝罪し、頭を下げた。

 失礼な事を言ってしまったと、反省して。

 カイリが、体を休ませると聞いたダリアは、笑みを浮かべた。


「失礼します」


 カイリは、再度、頭を下げて、女帝の間を出た。

 暗い表情を浮かべながら。


「お母様、どうするの?」


「あら、何が?」


「カイリに知られちゃったわよ?ヴァルキュリア候補が失踪した事」


 コーデリアは、ダリアに問いかける。

 カイリに知られてしまったのだ。

 ヴァルキュリア候補が失踪した事を。

 二人は、あえて、カイリに、話さなかったのだ。

 真実を知られないように。

 調べられないように、カイリには、休ませたが、このまま、カイリが、何もしないはずがない。

 いずれ、カイリは、調査し、真実を知ってしまうだろう。

 コーデリアは、それを懸念しているようだ。


「でも、全てが、知られたわけじゃないわ。たとえ、全て、知ったとしても、もう、遅いわ。あの子は、罪を重ねてきたんだもの」


 ダリアは、語る。

 しかも、余裕の笑みを浮かべて。

 全てを知ったわけではない。

 だが、自分達の野望を知ってしまったところで、時すでに遅しだったのだ。

 カイリは、罪を重ねてきた。

 自分の手を汚してきたのだ。 

 もう、後には、戻れない。

 彼は、暗殺者になった時点で、罪人になったのだから。

 ダリア達は、それを利用するつもりなのだろう。

 ダリアも、コーデリアも、不敵な笑みを浮かべていた。



 しばらくして、ヴァルキュリア候補、失踪事件は、解決する。

 調査していたルチア達が、彼女達を見つけたのだ。

 だが、彼女達は、命を落とした。

 騎士がヴァルキュリアを守るために、襲い掛かってきた彼女達を殺したというのだ。

 なぜ、失踪したのかも、聞けずに。

 真相は、闇の中と言ったところであろう。

 だが、さらに衝撃的な展開となった。

 なんと、ルチアが、神魂の儀を行う事になったのだ。

 双子の騎士と暗殺事件の事について、語ったアマリアであったが、その直後、ルチアの事を聞かされたのだ。

 聞かされたアマリアは、ルチアの元へと向かった。 

 ルチアを意思を聞いたアマリア。

 どうやら、彼女の決意は固いようだ。

 世界の為に、命を、魂を捧げるつもりなのだろう。

 だが、それでも、アマリアは、女帝の間で、カイリと出会う事となった。

 カイリも、聞かされたのだ。

 ルチアの事を。

 だが、見守るしかなかった。

 カイリは、神魂の儀の為に、ダリアとコーデリアの護衛をしなければならない。

 神魂の儀が終わるまで。

 だが、どうしても、気になっていた。

 ヴァルキュリア候補が、なぜ、失踪したのか。

 ゆえに、深夜、独自に、調査する事を決意した。

 護衛をキウス兵長に任せることにして。

 もちろん、キウス兵長には、見回りに行くと、嘘をついたが。

 

「まずは、トパーズエリアに行ってみるか」

 

 カイリは、トパーズエリアを訪れていた。

 真実を知るために。

 だが、カイリは、まだ知らない。

 真実を知るという事は、カイリにとって、残酷である事を。

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