第五十七話 闇に葬る
カイリは、静かに、彼らに歩み寄る。
殺気を宿しながら。
本気で、彼らを殺すつもりなのだろう。
容赦なく。
「く、来るな!!」
帝国兵は、怯えながら、カイリに斬りかかる。
だが、カイリは、前屈みになり、一瞬にして、わき腹を切り裂く。
よろめく、帝国兵であったが、カイリは、さらに、容赦なく、首を切り裂く。
一瞬の動作であった。
「かはっ!!」
帝国兵は、血を吐き、そのまま、仰向けになって倒れる。
目を見開いたまま、動かなくなった。
カイリは、いとも簡単に、帝国兵を殺してしまったのだ。
それも、一瞬で。
「貴様!!」
帝国兵や大臣が、一気にカイリに斬りかかる。
だが、カイリは、闇に紛れて、移動し始めたのだ。
幼い頃、暗殺されないように、訓練を受けたカイリにとって、慣れたものだ。
反対に、帝国兵や大臣は、ほんろうされていた。
その隙を狙って、カイリは、次々と彼らを切り裂いたのだ。
それも、短剣のみで。
彼らは、血を流して倒れ、動かなくなった。
カイリは、暗殺に成功したのだ。
「これで、母上と姉上は、大丈夫だ」
ダリアとコーデリアを狙っていた大臣や帝国兵は、死んだ。
カイリが、殺したのだ。
これで、ダリアも、コーデリアも、命を狙われることはない。
カイリも、安堵していた。
と言っても、一時的ではあるが。
「こいつらを、どうするべきか……」
カイリは、思考を巡らせる。
この惨劇を見られては、困るのだ。
もし、大臣達が、ダリアとコーデリアの命を狙っていたと知られれば、真っ先に、疑われるのは、カイリ達だ。
ゆえに、大臣達を消さなければならない。
床に着いた血でさえも。
――闇に葬りたい。だが、そんな事、できるわけ……。
カイリは、仮に、自分が、闇属性であったら、闇の力で葬ることができるかもしれないと考えたようだ。
跡形もなく。
だが、カイリは、闇属性ではない。
しかも、虹属性でもないのだ。
正体不明の属性であり、カイリは、それを制御できず、自ら、力を封じていた。
思考を巡らせるカイリ。
だが、その時だ。
カイリの手から、闇の力のようなものが、発せられたのは。
――これは……。
カイリは、自分の手をじっと、見つめる。
闇のようではあるが、闇ではない。
まがまがしい力に似ている。
まるで、妖魔のようだ。
――使えるかもしれない。
たとえ、妖魔のような力であっても、カイリにとっては、好都合であった。
この力を使えば、彼らを消してしまえるかもしれないのだから。
カイリは、すぐさま、謎の力を発動する。
すると、大臣達は、跡形もなく、消滅した。
床にこびりついた血でさえも。
こうして、暗殺の証拠は、消え去ったのだ。
数日後、王宮の者達は、大臣や帝国兵がいなくなった事に気付く。
だが、誰も彼らの行方を知る由もなかった。
「ねぇ、大臣達が、いなくなったってのは、本当なの?」
「見つからないらしいわ」
「どこに行ったのかしら……」
「まさか、妖魔に?」
メイド達は、大臣達の話をしている。
行方知らずとなった彼ら。
メイド達は、不気味に思っているようだ。
当然であろう。
いつの間にやら、行方不明となっていたのだから。
妖魔に殺されたとか、妖魔の行方を追って島に向かったとは、様々なうわさが浮上してきた。
だが、彼女達は知らない。
大臣達が、行方不明になった真相を。
その噂は、もちろん、ダリアとコーデリアの耳にも入っていた。
ダリアとコーデリアは、部屋にいる。
警戒しているのだ。
いつ、命を狙われるかもしれないと思うと。
「ねぇ、カイリ。も、もしかして……」
コーデリアは、カイリに問いかける。
気付いてしまったようだ。
大臣達が、行方不明になった真相を。
「落ち着いて聞いてください。奴らは、母上達の命を狙っていたのです」
「なんですって!?」
カイリは、ダリアとコーデリアに真相を打ち明ける。
大臣達が、二人の命を狙っていると。
ダリアとコーデリアは、衝撃を受ける。
彼らは、自分達を支えてきてくれたからだ。
まさか、裏切られるとは思いもよらなかったのであろう。
「ですが、安心してください。私が、殺しました」
「ど、どうやって」
カイリは、正直に、答えた。
自分が、大臣達を殺したと。
だが、不自然すぎる。
血も、遺体も、なかった。
だからこそ、皆、行方不明になったのではないかと、推測したのだ。
ダリアは、恐る恐るカイリに問いかける。
どうやって、殺したというのか。
カイリは、正直に答えた。
短剣で殺し、謎の力、消滅させたと。
「そ、そんな事ができるのですか?」
「はい」
ダリアは、衝撃を受け、恐る恐る尋ねる。
信じられないのだろう。
謎の力が、彼らを消したなどと。
だが、カイリは、静かに、うなずいた。
嘘偽りはない。
どうやら、彼を信じるしかないようだ。
ダリアも、コーデリアも。
「母上、姉上、私は、決めました」
「何を?」
「私は、暗殺者になります」
「え?」
カイリは、自身の固い決意を、ダリアとコーデリアに、告げた。
暗殺者になると。
どういう意味なのか、不明だ。
ダリアは、驚愕し、動揺した。
次期皇帝になる彼が、暗殺者になるなど、信じたくないのだ。
「わかったことがあるのです。母上達は、狙われている。父上が殺され、命を狙いやすくなったのでしょう」
カイリは、ある事に気付いた。
なぜ、皇帝が真っ先に殺されたのか。
それは、皇帝を殺す事で、ダリア、コーデリアを殺しやすくなるのではないかと。
皇帝は、強い男だった。
カイリのように。
だからこそ、警戒し、殺したのだ。
暗殺して。
もちろん、カイリも、警戒していた。
と言っても、ダリアとコーデリアを殺せば、精神を揺さぶられ、殺しやすくなると、推測したのだろう。
詰めが甘かったようだ。
「だからこそ、殺さなければならないのです。誰にも、知られないように」
大臣や帝国兵は殺した。
と言っても、まだ、彼女達の命を狙っている輩はいるかもしれない。
我こそが皇帝になるのだと、野望を抱いて。
だからこそ、カイリは、決意を固めたのだ。
暗殺者になると。
「私は、皇帝にならず、暗殺者になります。暗殺者になって、母上と姉上をお守りいたしますから」
カイリの決意は、固かった。
生半可な意思では、暗殺者は務まらない。
だからこそ、皇帝になる事をやめたのだ。
コーデリアに譲ろうとしたのだろう。
そうする事で、ダリアとコーデリアを守ろうとしたのだ。
今思えば、ゆがんだ意思だったのかもしれない。
もっと、他の方法があったというのに。
その時のカイリには、暗殺するしか、二人を守れないと思ったのだろう。
「でも、アマリアの事は、どうするの?」
「……その事ですが、お話があります」
コーデリアは、カイリに問いかける。
アマリアの事は、どうするつもりなのかと。
アマリアが、暗殺者になる事を賛成するとは、到底思えなかった。
もちろん、カイリも、わかっている。
だからこそ、ある話をしようとしていた。
ダリアとコーデリアに意思を告げたカイリは、アマリアと出会う。
そして、ある話をし始めた。
「え!?婚約、破棄?」
「ああ」
アマリアは、衝撃を受ける。
なんと、カイリは、突然、婚約を破棄したいと申し出たのだ。
アマリアには、意思を打ち明けるつもりはないのだろう。
止められてしまうのもわかっている。
だからこそ、カイリは、婚約を破棄しようとしていた。
「ど、どうして?私、何か、貴方に、ひどいこと言いましたか?」
「いや、違うんだ」
「なら、理由を聞かせてください」
アマリアは、戸惑い始める。
当然であろう。
予想もしていなかったのだ。
まさか、カイリが、婚約を破棄したいと申し出るなど。
自分が、何か、悪い事をしてしまったのではないだろうか。
不安に駆られるあまりであったが、カイリは、首を横に振る。
アマリアは、悪くないのだ。
だからこそ、アマリアは、納得ができず、理由が知りたいと、問いかけた。
「私は、生涯、母上と姉上を守るために、命を捧げようと思っている」
「婚約破棄しなくても、守れるのでは?」
カイリは、アマリアに悟られないように、理由を明かす。
もちろん、ダリアとコーデリアを守るためと言うのは、本当だ。
だが、別の理由もある。
それだけは、アマリアには、語れず、アマリアは、疑問を抱いた。
納得がいかないのだ。
だが、カイリは、アマリアの問いに、首を横に振った。
「いや、守れない。お二人の為に、命を捧げなければならないほどななんだ」
「理由になってません」
「それでもだ」
カイリは、言いきってしまう。
ダリアとコーデリアの為に、命を賭して、守らなければならないのだと。
だからこそ、アマリアとは、婚約を破棄したいのだと。
だが、それだけでは、理由になっていない。
アマリアの言う通りだ。
わかってはいたが、カイリは、自分の意見を貫こうとした。
アマリアが、納得いっていなくとも。
「ならば、はっきりと言おう。貴方の事は、愛していない」
「っ!!」
どうしても、アマリアは、納得がいかない。
そう推測したカイリは、嘘をついた。
アマリアの事は、愛していないと。
アマリアは、絶句し、愕然とする。
ショックを受けているのだろう。
カイリは、そんなアマリアの表情を見ていられず、目を背けた。
「……よく、わかりました」
アマリアは、ショックを受け、カイリの元から遠ざかってしまう。
納得していない。
だが、愛していないと言われた。
婚約破棄を受け入れるしかないのだ。
アマリアは、密かに、涙を流す。
カイリは、アマリアの背中を見ないようにと、背を向けた。
――すまない。アマリア。私は、手を汚してしまった。だから、貴方と結ばれるなど、許されない事だ。
カイリが、婚約破棄を申し出た本当の理由は、自分は、罪人だと、わかっているからだ。
ダリアとコーデリアを守る為とは言え、多くの命を手にかけた。
それは、決して許されることではない。
だからこそ、アマリアとの婚約も、許されないのだと、わかっていたのだ。
カイリは、拳を握りしめる。
アマリアを傷つけてしまったことを後悔して。
それでも、後には引けない。
自分は、暗殺者になると決意したのだから。
たとえ、アマリアに拒絶されても。
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