第二十八話 ためらいなく

「なぜ、妖魔に……」


「わからない……」


 突然、三人の少女が妖魔に変化してしまった事で、クロスは、戸惑っているようだ。

 当然であろう。

 まさか、彼女達が、妖魔に変化してしまうとは、予想もできなかった。

 島や帝国の敵である妖魔に。

 クロウも、何が起こっているのか、理解できなかった。

 だが、妖魔達は、襲い始める。

 ルチア達を殺そうとしているようだ。

 ルチア達は、かろうじて、回避した。


「ルチア!!」


「わかってる!!」


 ヴィオレットが、ルチアの名を呼ぶ。

 危機感を感じて。

 ルチアも、うなずいた。

 このままでは、自分達の身が危ない。

 なぜ、彼女達が、妖魔に転じてしまったのかは、未だ、不明だが。

 今は、戦うしかない。

 ルチアとヴィオレットは、すぐさま、ヴァルキュリアに、変身した。

 クロスとクロウも、古の剣を鞘から引き抜く。

 妖魔となった彼女達と戦う為に。


――帝国が、妖魔に変えているのか?


 妖魔と戦いを繰り広げるルチア達。

 だが、妖魔は、襲い掛かるばかりだ。

 戦いの最中、クロウは、思考を巡らせていた。

 今までの妖魔は、帝国が、何らかの魔法を使って、人や精霊を妖魔に変えていたのではないかと。

 とすれば、自分達は、妖魔ではなく、人や精霊と戦ってきたのではないかと。

 混乱しかけるクロウではあったが、青い髪の妖魔の腕を切り裂いた。

 顔色一つ変えることなく。

 ルチア達は、切り裂くことも、できなかったというのに。


「あああああっ!!」


 青い髪の妖魔は、雄たけびを上げた。

 まるで、狂ってしまったかのようだ。

 青い髪の少女は、狂ったまま、ルチア達に、襲い掛かった。

 魔法を連発して。


「駄目だ!!こいつら、正気を失ってる!!」


「どうすれば、元に戻るの?」


 ヴィオレットは、察した。

 妖魔達は、今まで戦ってきた妖魔とは違う。

 正気を失っているようだ。

 ルチアは、どうすれば、妖魔達を元の姿に戻れるのか、思考を巡らせていた。

 だが、方法が見つからず、ヴィオレットに、問いかけたのだ。

 藁にも縋る思いで。


「……元に戻る方法は、ない」


「え?」


 ヴィオレットは、悔しそうに語る。

 元に戻す方法などないのだと。

 ルチアは、目を見開いた。

 愕然としているようだ。

 ヴィオレットなら、知っているのではないかと、思っていたのだから。


「戻せない。誰も……」


「そんな、ヴァルキュリアの力じゃ、駄目なの?」


 ヴィオレットは、首を横に振った。

 本当に、悔しそうだ。

 わからないわけではない。 

 確信を得ているのだ。

 もし、方法があるのなら、自分達は、今まで、妖魔達と戦う事はしなかったはずだ。

 妖魔達を倒さなくても、元に戻す方法があるのであれば。

 だが、誰も、そうしなかったという事は、方法はないという事だ。

 ルチアは、衝撃を受けた。

 ヴァルキュリアの力でさえも、彼女達を救う事はできないのかと、察して。

 それでも、妖魔達は、容赦なく、ルチアとヴィオレットに襲い掛かる。

 だが、クロスとクロウが、古の剣で、受け止め、ルチアとヴィオレットを守った。


――俺達にも、妖魔を倒す力があれば……。


 クロウは、歯噛みをしていた。

 もし、自分達に、妖魔を倒す力があれば、ルチアやヴィオレットに背負わせることはなかったのであろう。

 自分なら、容赦なく、妖魔達を殺していたはずだ。

 たとえ、正体を知ってしまったとしても。

 だが、消す事はできても、妖魔は復活してしまう。

 クロウ達は、妖魔を倒すことができず、ただただ、ルチア達を守るしかできなかった。


――どうしたらいい?どうすれば……。


 ヴィオレットは、迷っているようだ。

 どうすればいいのか。

 このまま、倒すという事は、彼女達を殺すという事だ。

 ゆえに、ヴィオレットは、ためらってしまった。

 緑の髪の妖魔と黄色い髪の妖魔は、ヴィオレットが、自分達を殺せないと知り、容赦なく、ヴィオレットに襲い掛かった。

 魔法を発動して。


「ヴィオレット、危ない!!」


 クロスは、二つの魔法がヴィオレットに迫っていると知り、ヴィオレットを押しのけて、ヴィオレットの前に立つ。

 回避することもできないクロス。

 二つの魔法は、クロスに、襲い掛かった。

 容赦なく。


「かはっ!!」


「クロス!!」


 魔法の直撃を受け、血を吐いて、倒れるクロス。

 ヴィオレットは、クロスの元へと駆け寄った。

 クロスの体から血が流れていく。

 本当に、彼女達は、クロスを殺そうとしたようだ。


「あいつら……」


 ヴィオレットは、拳を握りしめた。

 怒りに駆られているのだ。

 元は、ヴァルキュリア候補と言えど、クロスを殺そうとしたことを許せないのだろう。

 それでも、妖魔は、ヴィオレット達に迫ろうとしている。

 だが、その時だ。

 クロウが、妖魔達に斬りかかったのは。

 自分が、引き付けようとしたのだ。

 ヴィオレット達を守るために。


「ルチア、クロスを頼む!!」


「え!?」


「頼む、あいつを、助けてくれ!!」


 クロウは、ルチアに懇願する。

 クロスを託したのだ。

 驚き、戸惑いを隠せないルチア。

 それでも、クロウは、懇願した。

 クロスを助けてほしかったのだ。

 家族であり、兄弟でもあるクロスを。

 今、クロスを助けられるのは、ルチアしかいなかった。


「わかった」


 ルチアは、うなずく。 

 クロスを助けようとしているのだ。

 クロウは、三人の妖魔を引き付ける。 

 斬りかかりながら。

 その間に、ルチアは、クロスとヴィオレットの元へと駆け寄った。


「クロス、今、助けるからね!!」


 ルチアは、魔法・スピリチュアル・ヒールを発動する。

 すると、クロスの傷が癒え始めた。

 それでも、クロスは、苦悶の表情を浮かべている。

 重傷を負ってしまったのだろう。

 それほどの威力があったという事だ。

 ヴィオレットは、改めて、思い知らされた。


――あいつら……。


 ヴィオレットは、怒りに駆られていた。

 抑えきれないほどに。

 仲間を殺されかけたのだ。

 当然であろう。

 ヴィオレットは、歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がった。

 鎌を強く握りしめて。

 怒りを静かに、爆発させたのであった。


「ヴィオレット?」


 ルチアは、ヴィオレットの異変に気付く。

 殺気を感じたのだろう。

 ヴィオレットは、冷酷な表情で、妖魔達をにらみつけていた。

 まるで、殺す事を決めたかのように。

 そして、ヴィオレットは、ゆっくりと歩き始めた。


「もう、迷わない。迷ったら、全員、殺される。こいつらに!!」


 ヴィオレットは、決意を固めていた。

 妖魔達を殺す事を。

 正体もわかっている。

 それでも、ためらったら、殺されてしまうのだ。

 クロスが、殺されかけた。

 そのため、迷いなどなかった。

 妖魔達は、クロウを追い詰めていた。

 だが、ヴィオレットの殺気に気付き、とっさに振り返る。

 ヴィオレットは、構えていた。

 瞳に殺気を宿しながら。


「はあっ!!」


 ヴィオレットは、固有技・チャロアイト・ライトニングを発動する。

 鎌は、宝石の刃と化し、妖魔達を切り裂いた。

 容赦なく。

 ヴィオレットは、ためらいなく、妖魔達に背を向けた。

 一人は、重傷を負って、倒れ込む。

 二人は、すぐさま、光の粒となって消滅した。


「妖魔達を……」


「殺したのか……」


 傷が癒えたクロスは、起き上がる。

 だが、信じられないと言わんばかりの表情をしていた。

 クロウを目を見開く。 

 ヴィオレットは、ためらいなく、妖魔達を倒したのだ。

 正体がわかったうえで。

 ルチアは、信じられないようで、ヴィオレットの方へと視線を移す。

 衝撃を受けているのだろう。

 それでも、ヴィオレットは、表情を変えなかった。

 感情を押し殺しているかのようだ。

 だが、その時であった。


「う、ううっ……」


「まだ、生きてたのか!!」


 青い髪の妖魔が立ちあがる。

 なんと、生きていたのだ。

 ヴィオレットは、気配を察知し、振り向いた。

 青い髪の妖魔は、重傷を負っている。

 それでも、歯を食いしばって、構えた。

 生き延びようとしているのだろう。

 無意識に。


「うああああああっ!!」


 青い髪の妖魔は、ヴィオレットに体当たりする。

 ヴィオレットは、固有技を発動しようとするが、妖魔の勢いは、凄まじく、ヴィオレットを突き飛ばした。

 

「しまった!!」


 吹き飛ばされ、地面にたたきつけられるヴィオレット。 

 その間に、妖魔は、ルチアとクロスの元へと迫ろうとしている。

 クロウは、妖魔の方へと向かっていくが、間に合わない。

 ルチアとクロスに危機が迫っている。

 ルチアは、歯を食いしばり、ある事を決意した。


「はああっ!!」


 ルチアは、固有技・インカローズ・ブルームを発動する。

 覚悟を決めてしまったのだ。

 妖魔を殺す事を。

 ブーツは、宝石の刃と化し、青い髪の妖魔を貫く。

 青い髪の妖魔は、目を見開き、光の粒となって、消滅した。


「はぁ、はぁ……」


「ルチア……」


 ルチアは、荒い息を繰り返していた。

 まるで、体力を消費しているかのようだ。

 クロスは、ルチアを支える。 

 ヴィオレットとクロウは、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 ルチアを追い詰めてしまったと、責任を感じて。


「私、私……」


 ルチアは、手を震わせた。

 青い髪の少女を殺してしまったと気付かされたからだ。

 いや、彼女だけではない。

 もしかしたら、今までの妖魔は、元人間や精霊だったのかもしれない。

 そう思うと、震えが止まらなかった。

 自分達は、妖魔ではなく、人間や精霊を殺しているのではないかと、推測して。

 だが、その時であった。


「っ!!」


 突如、眩暈がルチアを襲ったのだ。

 ルチアは、耐えられず、そのまま、倒れ込んだ。


「ルチア!!」


 ヴィオレット達は、ルチアの元へと駆け寄った。

 だが、ルチアは、気を失ったまま、目を覚まさなかった。

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