ホッパーホッパー 2

 足止め部隊救援隊。もしくはグラトニーホッパー駆除隊。

 参加したいと熱望したレイベルトだったがその希望はあっさりと却下され、余り行きたくないイチとレオがついて行く。

 救援隊は13階層目の奥へ向かい、残された冒険者達は怪我人や毒状態を治療し、動けるようになった者から随時転移陣で地上に戻る。

 救援隊を待つのは他の冒険者達の反対を押し切ったレイベルトと、3名の魔法使いと物理の得意な戦士が護衛に5名。

 「変な毒持ちがいるみたいなんで、本当に気をつけてくださいよ?」

 「私もレオ君も、毒には耐性があるんで大丈夫です。もし、万が一毒になっても、魔力のごり押しで解毒してみせます!」

 「ははっ。何と言うか、イチさんじゃなかったら、絶対それ嘘だって叫ぶやつっすよ」

 「そうですか?」

 苦笑するレオに首を傾げ、ポケットから魔石を取り出して渡す。

 「イチさん、装飾に使える物は他人に渡しちゃダメっす」

 前にも聞いた忠告だ。

 レイベルトはちらちらと、横目でレオをうかがう。

 レオは、その視線をあえて無視した。

 ―えー

 「使い捨てだから、大丈夫です」

 「なんっすか、その自信。使い捨て?」

 「ゴブリンの魔石に、限界ギリギリの魔力で駆除を詰めました。1回使ったらしい崩れます。いざって時は使ってください」

 「また、便利な物を」

 「イチ」

 「はーい。じゃ、行ってきます」

 「お2人共、お気を付けて」

 心配そうなレイベルトに見送られ、レオに駆け寄って背負われる。

 「魔物除けは着けたな?よし、行くぞ」

 『おうっ』

 オルニエの号令で、冒険者達が安全地帯から次々出て行く。

 「は~い」

 イチも釣られて返事を返す。

 『・・・・・・』

 レオの背中に負われ、クーの糸で固定されたイチにオルニエに率いられた15人の冒険者達の目が集中する。

 「イチさん、力が抜けます」

 「え?そうですか?何だかすみません」

 「ですが、期待しています」

 「ミルさん、プレッシャーをかけないでください」

 この救援隊は、怪我人を運ぶ事を前提としているので、体格の良い戦士や盾使いばかり。ミルと、それからアルルの2人は数少ない魔法使い。

 「え、走るんですか?」

 「仲間達の命がかかっていますからね」

 ざかざかと、固く乾燥した地面に降り積もった砂を蹴散らしながら、ゴツイ男達が走る。

 ―こんな人等ぁに正面から来られたら、私やったら即行で逃げるわ

 「なるほど、確かにその通りです」

 脱線した思考を隠しながら、頷く。

 「でも、疲れません?」

 「その為の体力ポーションです」

 「うげぇ」

 ポーションとは、良く言って濃厚な青汁。

 良く効く魔法薬なのだが、とても不味いと聞く。

 イチはまだ飲んだことはないが、これからも出来れば飲みたくはない。

 何故なら、文句は言っても嫌な顔をせず何でも食べてくれるレオが、ポーションの味について聞くとそれはもう嫌な顔をするのだ。

 「私、レオ君におんぶされちょって良かったよ」

 「魔力ポーションもアルぜ?」

 ほっとしたイチに、ニヤニヤしながら声を掛けたのはグエント。彼は盗賊だがエルフなので、対グラトニーホッパー戦では精霊魔法の攻撃力が期待されている。

 「げ」

 「それは、イチよりもお前達が飲む事になるだろう」

 レオは断言する。

 イチの魔力は人外レベルなので、相当な事が無い限り底をつくことはない。

 不味い魔力ポーションを味わう事になるのは、グエント達の方だろう。

 「くふふ、どうだろうな」

 「ガイアス達を見つけたら、まずは私達の魔法で虫を蹴散らしてから合流です。頑張りましょうね」

 励ましているのか、プレッシャーをかけているのか分からない事をミルに言われ頬をひくつかせ、レオや周りの人と話しながら走ること15分。

 1度も、スピードを緩める事無く走り続け、ついに辿り着いた。

 遠くに聞こえる甲高い風切り音、腹に響く重低音の爆音。怒声と、剣戟の音。

 間に合った。

 岩に阻まれ姿が見えず、全員が無事かどうかは分からないが、まだ生きている。

 「急ぐぞ!魔法を使える者は、魔法の準備をしろっ」

 救援隊の走る速度が増す。

 ―うっわ、気色悪い!

 地図を開き、1人で引く。

 冒険者達を示す緑色の複数の点。それに群がる魔物を示す無数の細かな赤い点。

 開いた瞬間地図を閉じたくなる光景だ。

 冒険者達は良く生きていられると不思議なものだが、理由はきちんとあった。

 グラトニーホッパー達は、飛ばない。

 飛び跳ねるし羽もあるが、飛べない。グラトニーホッパーが空中を自由に移動して冒険者達を襲えなかったからこそ、足止めに残った彼等が全滅せずにいるのだろう。

 「結界」

 せっかく生きている彼等に自分達の側からの魔法が悪影響を与えないように結界を張って守り、グラトニーホッパーの群れに狙いを付ける。

 「とりあえず、イチ!あんたの魔法が一番危なくねえ。あいつらが見えたら、まずはイチの駆除。その後から攻撃魔法を叩き込め」

 「はいっ」

 『おうっ』

 攻撃魔法に足止め部隊が巻き込まれる可能性はあるが、選べる手段は少ない。

 救援隊の魔法を使える者達は出来るだけ、範囲は広いが殺傷力の低い魔法を構築して行く。

 そして、足止め部隊の姿が見えた。

 「きしょっ」

 砂色、緑、黄色、赤、紫と様々な色のグラトニーホッパーが、喰らわんとして冒険者達に群がっている。

 変異して、特異な性質を持ったグラトニーホッパー達にイチの駆除が効果あるかどうかは分からない。

 ―とりあえず、思いっきりやろ 

 「おーい、こっちだぁっ!」

 「お前等、もう少しだ。力を振り絞れぇ」

 『おおぉっ』

 ―私も頑張るよぉ

 足止め部隊から上がる声に釣られてイチにも力が入る。

 「駆除っ」

 いつもより、唱える発動の言葉に力が入る。

 ぼとぼとと、地面に落ちる色取り取りのグラトニーホッパー。

 『あ・・・・・・・』

 今まさに放たれんと高まっていた魔力が、虚しく霧散する。

 「あれ?」

 「うむ。やはりイチコロだな」

 足止め部隊にたかっていたグラトニーホッパーは、一匹残らず地に落ちた。

 『はああぁぁ!?』



 思わぬ一撃に騒然となるのだったが、さすが上級冒険者達ということなのだろう。

 いったい何が起こったのかを知ると、落ち着いた。

 ただし、皆信じられないと言いたそうな顔をしてイチを見て、怪我や毒等の状態異常を治療するために忙しく動き出す。

 安全地帯でない此処に留まる事は危険だが、ある程度は治療をしなければこれもまた命に関わる。

 足止め部隊は怪我人が多く、また、残った全員が此処にいる訳では無い。

 イチの知るガイアス達4人は怪我をしつつも無事だったが、冒険者達の顔色は暗い。

 「水でーす」

 イチはレオの背から降り、水を配って歩く。

 レオはイチの近くにいる冒険者を睨みつつ、周りを警戒する。

 グラトニーホッパーは駆除したが、他の魔物に影響はない。ただし、他の魔物はグラトニーホッパーに食われて今は居ない可能性があるのだが、油断は出来ない。

 迷宮は、魔物が湧く場所なのだから。

 「レオ殿」

 「うん?」

 辺りををのんびり見回すレオに声を掛けたのは、フォル。ガイアスのパーティーの弓使いエルフ。

 後衛の彼女は前衛であるガイアスやジョーイと比べて怪我は少なく、消耗はしていてもまだ余裕があるようだ。

 「なんの用だ」

 「あの、イチさはぁん!?」

 「フォールッ」

 突然の奇声と、フォルの後ろからキリが現れる。

 どうやら、背後から忍び寄ったキリがフォルの両横腹を鷲掴んだようだ。

 「ちょ、急に何をするの!?」

 「それは、あたしのセリフよ~。うちのフォルが変な事言っちゃって、ごめんなさいね?」

 「変な事って。だって、貴女魔力がって」

 「それは、良いの。それより、冒険者が他の人の事をほいほい聞こうとしちゃだめよ?ごめんなさいね?じゃ」

 小柄なキリが、細身だが長身なフォルを引きずって行く。

 「・・・・・・」

 レオは黙って見送り、ふんっと鼻を鳴らす。

 ―あの悪魔族の女、魔力感知持ちか?

 魔力感知とは、生き物の体外に出た魔力を感知するスキル。

 イチは普段の生活では魔力を体外に漏らす事は無いのだが、魔法を使った時や感情が乱れた時はどうしても魔力が体外に出てしまう。

 キリは駆除を使った時に漏れ出た魔力を感じ取り、様子がおかしくなったのだろう。そして、それを心配したフォルが原因を探りに来たのだろう。

 ―別に、聞かれてもよいのだがな。面倒がなければそれで良いのだし

 大きな歩幅で、早足に近付いてくるオルニエを見つけ、ぐいっと眉間に皺を寄せる。

 ―面倒がありそうだなぁ

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