ホッパーホッパー

 『は?』

 12階層目と13階層目を繋ぐ転移の魔法陣。言わば13階層目最初の安全地帯でもあるそこには、人が溢れていた。

 怪我をしたり、顔色の悪い冒険者達が苦しげに地面に横たわって呻き声を上げ、杖を持った魔法使いや神官が慌ただしく処置をして行く。

 だが、人手が足りないのだろう。

 誰かの手当てを求める声が、引っ切りなしに上がっている。

 「ナン、だよこれ」

 「おいっ、アルル。いったい何があった」

 呆然とするなかグエントが声を発し、釣られたオルニエが知り合いを見つけて怒鳴るように声をかける。

 「オルニエ達か、良い所へ来てくれた!」

 アルルという名の魔法使いは僅かに表情を明るくして歩み寄り、イチ、レオ、レイベルトの3人を認めて目を見張り、問い掛けたそうにしながらも何があったのか状況を説明する。

 「グラトニーホッパーだ」

 「掃除屋?」

 「まあ、聞け」


 スタンピートの影響で捕食者の少なくなった迷宮の奥でグラトニーホッパーが増え過ぎ、捕食者である魔物を反対に食い尽くし魔法陣から溢れ出て来た。


 「まさか、グラトニーホッパーのスタンピートか!?」

 『・・・・・・』

 「?」

 何てことだ!と頭を抱えるオルニエと、言葉を無くす彼のパーティーメンバーとレイベルト。

 イチは訳が分からず、首を傾げてレオを見上げる。

 「なんかヤバいが?」

 「グラトニーホッパーは弱いが、異常に増え易い」

 「うん」

 冒険者達が情報交換をしているのを余所に、3歩ほど離れてグラトニーホッパーの何が不味いのか説明を受ける。

 「何でも食べる上に、食べた物の影響を受け易い。変異も、し易い」

 「・・・・・うん?」

 何だか、ヤバい気配がする。

 世代の回転が速く、食べ物の影響を受け易い。つまり、特異な特性や耐性を得やすく、その特異な特性や耐性が次の世代に受け継がれ易い。未知の特異なグラトニーホッパーが現れ易く増え易いという事だ。

 「砂漠は、毒持ちが多い。毒の種類も魔物毎に様々で、その毒がグラトニーホッパーの体内でどう蓄積され、変化するか検討もつかん」

 「ヤバい虫やねぇ」

 「やばい虫だなぁ」

 「やばい虫なんだよ!」

 「あ、オルニエさん」

 「話しは終わったか?」

 話しは終わったようで、アルルは地面で呻く冒険者達の治療に当たっている。その近くではメルも治療に加わっていた。

 「グラトニーホッパーって、ヤバい虫なんですねぇ。逃げて良いですか?」

 「「ダメ」」

 「あんたらは、冒険者じゃねぇし。レイベルトはランクが低いからな、本当は逃げてくれても良いんだがな」

 「「?」」

 「あれ?俺もっすか」

 「当然だろ!」  

 きょとん、としたレイベルトにオルニエは反射的に突っ込み、後ろからグエントに頭をはたかれる。

 「痛っ」

 「一々、怒鳴るなっての」

 睨むオルニエをさらっと流し、グエントはイチとレオに向き直り、レイベルトをちらっと見てぽりぽりと頬をかく。

 「逃げてくれても良いんだがな。出来れば手伝ってホシイんだわ」

 「「手伝い?」」

 「ああ。レイベルトとイチは治療の手伝い。レオには、俺達と一緒にグラトニーホッパーの討伐とガイアス達の救援にイって欲しい」

 14階層目に続く魔法陣から溢れ出たグラトニーホッパーの群れを、ガイアス達と他幾つかのパーティーが食い止め、今此処の安全地帯にいる者達を逃がした。

 まだ帰って来ない彼等を迎えに行く為、急いでグラトニーホッパーを駆除する必要があった。

 「・・・・俺は、冒険者では無いのだが」

 グエントからの要請に、レオは嫌そうに眉を顰める。

 「分かっちゃいる」

 幾ら強くても、レオは冒険者ではない。スタンピートが起こった所で、討伐に協力する義務はない。だが、スタンピートを起こしたグラトニーホッパーの中に未知のものが複数存在するともあり、確実な戦力になる黒獅子を見逃す事はオルニエには出来なかった。

 グラトニーホッパーをこの迷宮で食い止めれ無ければ、外の町や人、畑等に壊滅的な被害が出る。

 そして、今グラトニーホッパーを食い止めている者達は確実に死ぬ。

 「明後日には、領主の調査隊が来るが?」

 「そんなものを、待っている暇はねぇ!」

 他の魔物が起こしたスタンピートなら待てたのだろうが、グラトニーホッパーは時間が経てば経つほど駆除が難しくなる。

 繁殖力と、変異のし易さが問題だった。それ以上に、ガイアス達が死ぬ。

 「面倒な」

 「面倒って言うんじゃねぇよ」

 「「・・・・・・」」

 レオとオルニエは、それぞれに睨み合う。

 「あ、あのさ、レオ君」

 そんな中、恐る恐るレオに声を掛け、後ろから腕をつつく。

 「怪我人放って行くって後味悪いし、私手伝うよ?」

 「逃げたいと言っていただろう?」

 「確かに言うたけど、実際逃げたら私の良心が耐えれんき無理!」

 「無理か」

 「無理無理」

 レオの問い掛けに、イチはぶんぶんと首を振る。

 「それに、知っちゅう人等ぁを見捨てるのも無理。罪悪感で潰れる」

 「そうか」

 ふっと息を吐き、嫌そうにオルニエを見る。

 「仕方ない」

 「そうか!」

 「ただし、イチは連れて行く」

 『なっ!?』

 「え?私?なんで?」

 「駆除があるだろう」

 「ああ~」

 虫系の魔物は、駆除でイチコロだ。

 「私が一匹づつ潰すより速い」

 「でも、ここにおる人は?」

 とは言え、怪我人を放って行くなんて気が引ける。

 使う機会が余りなくレベルは低いが、イチだって回復魔法を使える。何も出来ない訳では無い。

 「死にそうな者はいない」

 「そういう問題じゃ無いと思う」

 「?」

 「可愛く首傾げてもダメッ」

 『・・・・・・・』

 ―可愛い?

 イチの突っ込みを聞いた誰もが、内心で突っ込んだ。

 獣頭の黒獅子は、可愛い生き物ではない。

 「毒状態の者や怪我人は、魔法使いと神官が癒せるが、虫系の魔物を駆除でイチコロ出来るのはお前くらいのものだぞ?」

 『は?』

 「ん?」

 周りから上がった声に、辺りを見回す。

 「あら?」

 レオの声が聞こえた冒険者達の注目を、イチは一身に集めていた。

 「そんなに見られると、恥ずかしいんですけど」

 「「駆除?」」

 「生活魔法の、か?」

 ある程度の付き合いがあるからだろうか、ルークとジーク、オルニエが交互に問い掛ける。

 その顔は、冗談だろ?と雄弁に語っている。

 「生活魔法です」

 イチの答えに、2人以外では唯一彼女の駆除の威力を知っているレイベルトが、グエントの影で大きく頷く。

 『冗談だろ!?』

 「事実ですぅ。ね、レイベルト君」

 「そうっす、そうっす」

 声を掛けられたレイベルトは、今度はこっそりではなく堂々と頷く。

 「イチさんの生活魔法、凄かったっす」

 『!?』

 今度は、レオに視線が集まる。

 「イチは、魔力だけは人外レベルだからな」

 「本当の事やけど、魔力だけって言うのはやめて。悲しゅうなる!」

 仕方ないのだ。

 彼方では運動神経の良かったイチだが、彼女は永遠のLv.1。

 スキルレベルは兎も角、それ以外伸びようのないイチの素の身体能力はこの世界では幼児並み。

 自分でも分かってはいるが、改めて指摘されると悲しい。何故なら、イチの身体能力は落ちた訳ではないから。

 ―この世界の人達が、身体能力高すぎるのがいかん! 

 負け惜しみを心の中で叫び、気持ちを落ち着かせる。

 「まあ、なんにせよお前は私と一緒に虫駆除だ」  

 「はい~。って、一緒にって言うけど、駆除するの私やん!」

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