家と他所の迷宮 15

 あれから、レオは何度か正体不明の何かを踏んだのだが、頑なに靴を拒み、イチだけでなく、オルニエ達やレイベルトからも呆れた目で見られるようになってしまった。

 「靴は?」

 「靴は、窮屈で好かん」

 「そっかぁ」

 両肩で、ぷるぷるかさかさしているクーとマーを撫で、ついでにレオの頭も撫でる。

 「まあ、私はレオ君が服さえ着てくれてたら靴は別に履かんでもえいよ」  

 ―服?

 ―服!?

 ―服って、え?

 イチの言葉を聞いてしまった周りが、内心でざわついたとか、ざわつかなかったとか。

 「よし、外れた」

 罠に集中して聞いていなかったグエントは幸いだっただろう。

 「アン?ナニかあったのか?」 

 「なんでもないっすぅ」

 「「ああ」」

 「ないない」

 「そうか?まあ、イイけど。そろそろ転移陣だが油断するなよ?」

 グエントの忠告に、真面目な顔をして頷いたのはイチだけだった。

 グエントは他のメンバーの様子に一瞬眉をしかめ、こいつらが痛い眼を見るなら別にイイかと思い直して洞窟の先へ注意を向ける。

 どんなに慣れた迷宮でも、油断は出来ない。いつ、何がどう変わるか、迷宮次第なのだから。


 2mはある巨大なナメクジ。つるりとした肌が艶めかしい半透明な蜥蜴。怪しい粘液に塗れた蛙。

 転移陣を目指して進むに従い地面と魔物の水気が増えて行く。 

 「アレだ」

 「「おおっ!」」

 着いた先は地底湖。

 飛び石が橋のように連なり、真ん中の浮島で魔法陣がぼんやりとした光を放っている。

 転移の魔法陣があるこの地底湖は安全地帯でもあるので、幸いな事に魔物はいない。

 「よし、少し休憩してから13階層目へ行こう」

 『ああ』

 「はいっ」

 「はーい」

 『・・・・・・・』

 「「?」」

 オルニエの言葉に元気良く返事を返したイチとレイベルトだったが、何とも言えない目で見られてぱちくりと瞬きを繰り返す。

 「あの、貴方方3人は、13階層目の転移陣付近を探索したら引き返して下さいね?」

 「「あ」」

 「ああ、やはり」

 「忘れていたな」

 「「だめだぞ?」」

 酒でやらかす常習犯らしき双子に交互に突っ込まれ、イチとレイベルトは顔を見合わせ、渋々頷く。

 「・・・・はーい」

 「・・・・了解っす」

 「了解したくないのだがな」

 『ダメッ!』

 オルニエ達に揃って止められ、レオは肩を竦める。

 「あんたの連れだけでなく、レイベルトもいるんだろ?自重してくれよ」

 「俺、死にたくなっす」

 「私も、友達が死ぬかもしれんってのはちょっと遠慮したい」

 「残念だ」

 本当に、残念そうだ。

 ―蟻の巣とか、聖域に比べたらましやろうけどさぁ

 レオの闘い方は爪、牙、拳、足の徒手空拳で、色々飛び散ってエグくてグロい。

 エグい事もグロい事も、出来れば遠慮したい。

 避けられるエグさやグロは、避けるべきだろう。

 「明日?明後日か。明後日の事もあるし、13階層目を見たらゆっくり帰ろうや」

 「俺も、こんな所1人じゃ来られないっすから、今のうちに色々見ておきたいっす」

 イチはレオの顔覗き込みながら、レイベルトは早口に訴える。

 大人しく、帰ろう。

 「・・・・・仕方ない」

 イチとレイベルトは、揃ってガッツポーズ。

 「やった。ありがとう、レオ君。クーちゃん、下ろして~」

 くるくると、イチをレオの背中に固定していた糸が回収され、数時間ぶりに自分の足で地面に立つ。

 「あんたのソレ、見た目がちょっとアレだな」

 「どれ?」

 「「奇妙だ」」

 「「?」」

 奇妙と言われても、レオの背中に乗った時はこうして固定されることがイチの普通だ。

 レオにとっても普通なので、他人に首を傾げられてもどうしようもない。

 イチとレオは顔を見合わせ、揃ってひょいっと肩を竦める。

 「まあ、慣れてください」

 それだけ言って、湖に近づく。

 迷宮の中、唐突に現れた地底湖の水は澄んでいて美しい。

 「ひやい」

 手を浸すと、水はやはり冷たい。

 「危ないっすよ?」

 レオは座って干し肉を齧りだしたので、1人で行動するイチを心配したレイベルトが近付いて声をかける。

 「岸の近くなら浅いから、落ちても平気ですよ」

 「そういう問題じゃないっす。落ちたら冷たいっすよ?」

 「あ、冷たいのは嫌です」

 すごすごと引き下がり、レオの隣に腰を降ろそうとして胡坐をかいた足の上に乗せられる。

 「魚はいたか?」

 「見えんかった」

 「そうか」

 「目ん玉の無い魚がおるかと思うたがやけどねぇ」

 「め?」

 「え?ほら、光の無い所って、目ん玉いらんやん?やき、目ん玉無くなったりするらしいで」

 イチはそんな生き物の実物はテレビでしか見た事はなかったが、光の無い暗闇で生きる生き物は必要の無い目が退化するものだと思っている。

 「そうなんっすか?そんな事、俺聞いた事無いっす。暗視スキルを持った魚は聞いた事はあるんっすけど」

 「・・・・暗視スキル?」

 ―あっ!

 はっとした。

 此処は、イチがいた世界ではない。此処は不思議な魔法やスキルのある世界。

 イチの常識が、常識とは限らない。

 「え?あれ?イチさん?」

 「うっわ、いかん。ボケちょったわ!」

 レオの太腿に乗ったまま、もだもだと悶える。

 今此処では口に出せないが、今更彼方と此方を混同してしまって恥ずかしかった。

 ―ぬぁあー!口に出せん分よけいに恥ずかしい!

 

 「落ち着いたか?」

 「お騒がせしました」

 イチは、無言で悶え続けて休憩の時間が終わってしまった。

 悶えている間、そっとしておいてくれた人達にぺこりと頭を下げる。

 何事があったのかと疑問に思いながらも、何も聞こうとしない心遣いが有難い。

 「まあ、人生色々ある」

 「「諦めるな」」

 ただ、此方に向けられる生温かい眼差しが居たたまれない。

 「ちょっと思い出して悶えてただけで、私に複雑な過去なんてないんですけど」

 否定しても、生温かい眼差しがさらに生温かくなるだけで、何の意味も無い。

 ―ああ、この人等ぁの勘違いを直す自信が私には無い!

 イチはあっさりと説明して誤解を解く事を諦めた。

 地面で遊んでいたクーとマーを呼んで肩に乗せ、レオと共に先に魔法陣に乗った同行者達の後を追う。

 「全員、乗ったか?乗ったな」

 オルニエは全員が魔法陣に乗った事を確かめ、すっと魔法陣の真ん中に向けて手を伸ばす。

 その手に重なる手。

 イチも手を伸ばそうとしたがレオによって阻まれ、肩を抱かれる。そして、レオが手を重ねる。

 全員の手が重なり、オルニエが魔力を通して魔法陣を発動させる。気が付けば、そこは13階層目。

 『は?』



 ゴーダ、ゴーダねぇ。

 懐かしい名だが、こんな所で聞くとはな。

 レイベルトには色々と聞きたいが、イチの前では聞く気になれん。第一、今は余計な連れが居るからな。迷宮から出れば面倒な者と会わなければならんし、聖域の外は複雑で困る。

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