精霊樹の番人達

 「のわあぁああぁぁぁあ!?」

 木々の間に響き渡る悲鳴。

 悲鳴の出所は、イチである。レオにしがみつき、力の限り悲鳴を上げる。

 「落ち着け、イチ。良く見ろ。あれは番人だ、番人」

 「ば、番人?」

 「そうだ、良く見ろ。恐怖や嫌悪を感じるか?」

 そう言われ、イチは木の梢にそっといる蜘蛛を見つめる。

 ここは、レオ曰く一番手近な転移陣がある精霊樹。精霊樹とは、世界樹の種から芽吹いた木で、その種を魔の森へ運び植えたのは、女王の子蜘蛛達だ。

 大きく成長した精霊樹を、女王の子供達は番人として守っている。

 「か、感じん・・・・」

 「そうだろう?この精霊樹は、何代も前の女王が子供達の生息域を広げる為に、植えた事が始まりで、此処を守る番人も聖域と同じ女王の子供達なんだよ」

 「そっかぁ」

 彼等が恐怖と嫌悪を感じない番人と分かり、イチはほっと肩から力を抜く。

 番人であれば、怖くはない。

 「もしかして、魔の森の転移陣って全部精霊樹にあるが?」

 「全部では無いが、大体そうだ」

 転移陣は精霊樹に多く設置されているが、其処にだけ設置されている訳ではないらしい。

 「こっちへ来てくれ」

 手招かれ、レオの後に付いて歩く。

 周りでは精霊樹の番人達がかさこそと動き回り、イチの肩と頭の上では、クーとマーが小刻みに動きながら楽しそうにしている。

 「ほら、」

 「穴?」

 レオご指差すのは、精霊樹の根元にぽっかりと開いた縦穴。

 「え?まさか、この中?」

 見上げて問い掛けると、レオはこっくりと深く頷いた。

 穴は、レオがぎりぎり出入り出来る程度の広さしかなく、穴の底は見えない。

 「深くない?」

 「10mくらいかな」

 「深いって。これ、どうやって私入ったらえいが?飛び降りるとか、無理で」

 下に水が溜まっているならともかく、暗い縦穴に飛び込む度胸はない。手足を突っ張って穴を降りる筋力は、ますますない。

 「クーがいるだろう」

 「・・・・ああ、なるほど」

 納得である。

 クーが、木に登ってスタンバイ。レオが先に穴へ飛び降り、イチはクーの糸に吊されてゆっくり穴の底へ向けて降ろされる。

 地面に足がつく前に、レオの腕に受け止められ、地面に降ろされた。

 「ありがと」

 礼を言うが、このワンクッションは必要だったのだろうか。

 謎だ。

 「暗視」

 目に魔法をかけ、暗闇でも見えるようにする。

 縦穴の底は直径4m、高さ3m程のドーム状の空間で、ドームのてっぺんに外の光が見えた。

 その光の中からクーがするすると糸を伝って降りてくる。

 足元に目を転じれば、光を発していない転移陣がいっぱいに広がっている。

 転移陣しかない空間だった。

 何というか、思った以上に狭かった。

 魔力を通して転移陣を起動させて魔力を登録し、これ以上する事もないので、さっと外へ出る。

 外に出ると、穴の中へ入った2人と2匹はうっすら土埃で汚れてしまった。

 「浄化」

 土埃と一緒に汗や垢まで、すっきり。

 「では、次へ行こうか」

 「え、速すぎん?もうちょっと休憩とか、採集とかせんが?」

 次へ行きたいレオと、まだこの周囲で活動したいイチ。

 見つめ合う2人。

 ため息を吐いて引いたのは、レオ。

 「やった。美味しい茸とか、山菜を探そう!」

 「私、草はちょっと・・・・」

 「草やなくて、山菜。レオ君もいっつも食べゆうやん」

 レオは肉食なので、食べてはくれるが野菜を好まない。

 イチはレオにザルを渡し、あまり離れないように気を付けながら、茸と山菜を採集する。

 採集する者、食べる者がいないのか、食用可能な茸や山菜はたくさんあった。

 色鮮やかな花も、こっそりと回収した。

 これでまた、レオの衣服を染めるのだ。

 「・・・・何か来るな」

 ぼそりと呟いたレオは山菜を採取する手を止め、ザルをイチに押し付け、距離をとって軽く身構える。

 「美味しいやつ?」

 渡されたザルと自分のザルをイベントリに片付け、己を落ち着かせるように息を吐く。

 「さあな。いつも通りやってくれ」

 いつも通りとは、イチが魔物を捕まえ、状況によってどちらかが倒す。

 出て来たのは巨大な赤い芋虫の群れ。因みに、肉食で毒持ち。羽化すれば、集団で毒鱗粉を火の粉のようにまき散らす危険な蝶になる危険な虫だ。

 名は、火炎蝶。成虫の鱗粉や幼虫の体表に触れると、火傷をしたように痛みを感じ、皮膚が焼け爛れる毒を持つヤバい魔物だ。

 「げ、」

 毒に耐性を持つレオではあるが、接触系の肌に直接影響を与えるタイプの毒は別だ。

 嫌そうに眉をしかめ、イチのすぐ側まで下がる。

 「イチ、結界」

 「結界」

 痛い目には、会いたくない。

 自分とレオの周りに結界を張り、

 「駆除」

 虫に対して覿面てきめんの効力を持つ生活魔法で、一網打尽。

 「他にはいない、か」

 「居なそう、やね」

 レオの気配察知と、イチの世界地図の力を合わせて、これ以上火炎蝶の幼虫がいないかダブルチェックして、結界を解く。

 近くに、生きた幼虫はいない。

 そして、周りに散らばる幼虫のドロップ品。何故か瓶に入った毒液と、歯。

 「肉はないか」

 「虫の肉は料理せんよ!?食べんよ?」

 肉がない事を嘆くレオに、イチは嫌な想像をしてしまい、鳥肌を立てる。

 幾ら美味しいと言われても、虫は飢えてぎりぎりになるまでは食べたくない。

 「肉は肉だと思うんだが、」

 「虫は勘弁して!」

 イチ、本気で涙目。

 「虫、以外なら良いのか?」

 「・・・・たぶん?」

 イチは好き嫌いがあれば、食わず嫌いもする。虫以外の肉は食べる、とは言い切れない。

 「好き嫌いも、食わず嫌いも良くないぞ」

 「うう」

 レオは、食べ物の選り好みはしても、出した物は残さず食べてくれるので、反論がし辛い。

 「む、虫以外なら頑張る」

 つまりは虫は頑張らないと宣言し、新しいザルを2つイベントリから取り出す。

 「そろそろ移動しよう」

 「え?あ、了解~」

 取り出したばかりのザルは、出番無く片付けられる。


 魔の森の攻略は、蟻の巣に比べてイチの心に優しく、体力的に過酷なものだった。

 障害物はあるものの、圧迫感の少ない森。自分の足で歩くのでレオのエグい戦闘を、至近距離で目撃せずに済み、花と緑に心癒される。

 だがしかし、足元はそうはいかない。

 獣道を外れれば、落ち葉が分厚く重なり、柔らかい地面は所々泥濘ぬかるみ、草に隠れた固い木の根に引っかかる。

 体力が、がりがりと削られる。

 「獣道を行くか?」

 「そ、そうする」

 ―これ、無理したらいかん気がする

 ある程度はレオが道を付けてくれているとは言え、疲れる。

 「でも、その前に休憩させて」

 「分かった」

 短い休憩を度々挟みながら、森を歩く。

 この次の日、イチは久しぶりに筋肉痛になった。翌日の筋肉痛なので、良しとする。

 2日魔の森へ入り、1日家で農作業をしながら休憩する。

 そんな、繰り返しの日のある日。

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