第33話 狂気に染まり狂気に溺れ狂気に沈む
「――――い、……ん、い…………、先輩!」
「は――――!?」
ジリアンの呼びかける声に目を覚ます。
何が起きていたんだっけ……。
確か『ローゲン』に着いて凜華に襲われて、それから気を失って――――!?
「ううっ、先輩、アイリスさんがっ、アイリスさんがぁぁ……」
「っ」
そうだ、アイリスさんが死んだ。
あまりにもあっけなく、内側から頭が爆ぜて。
その光景を思い出したのかジリアンは顔が青ざめながらも涙を流してわたしに抱きついてくる。
「……何も、何もできなかった! あんな簡単に、ひどい姿に殺されてっ、見ていることしかできなかった!!」
「ジリアン」
「先輩、あたし怖いです。あんな風に、簡単に殺されるのが、すごく怖いんです! あんなのを、相手にしろって言うんですか!?」
「ジリアン、落ち着いて」
恐怖に取り乱し涙を流すジリアンをそっと抱き寄せ、背中をさする。
どんなに覚悟を決めて取り繕ったところで、彼女は15歳の少女だ。軍人であったとしてもまだ部隊に編成すらされておらず、わたしのように修羅場をくぐり抜けた経験などない。
そんな精神的にもまだ未熟な少女が、目の前で仲間が惨殺され、それをいとも簡単に引き起こせる凜華の力にひれ伏すのは当然のことであった。
――――対して、わたしはアイリスさんが死ぬ光景を見てひどく冷静だった。
意識を失う直前、カレンさんが嘆き悲しむ声を初めて聞いた。そしてジリアンも仲間を失った衝撃にむせび泣いている。
――――だが、今のわたしにそんな感情はない。もちろんアイリスさんは大事な仲間だ。彼女が死んだことによる喪失感は大きい。
だが、それだけだ。それ以上に揺さぶられることはない。カレンさんやジリアンには申し訳ないが、おかげでわたしは今置かれた状況を飲み込むことができた。
今、わたしたちは薄暗く広い通路の中にいる。頭上にある小さな灯りだけだ頼りで、前方も後方も闇が広がっているだけだった。
そして今ここにはわたしとジリアンしかいない。
……わたしと、ジリアンだけ?
「っ!? リコは!? リコはどこなの!?」
「せんぱ――――」
「ねえ、ジリアン! リコがいないの! わたしが気絶する前どうしたの!? リコはどこに行ったの!?」
「あ、あたしに言われても分からないですよ! 先輩こそ落ち着いて――――」
『はぁい、二人ともそこまでー✩』
どこからともなく咲良の声が響いてくる。
彼女の声に弾かれたように顔を上げ周囲を見渡すが、咲良の姿はどこにもなかった。
『はーい、全員が静かになるまで15秒かかりましたー。どう? この咲良が用意したスペシャルなサプライズ』
「ふざけないで! リコは! リコをどこにやったの!?」
『あれ? アイリスが死んだのに意外とダメージなし(笑)? それは人としてどうかと思うけどなー』
「あなた、いい加減に――――!!」
『ごめんごめんって、冗談だよじょーだん。リコならね、今この咲良が預かってるよ。じっくり痛めつけて、ね』
「!?」
リコが、咲良の元に?
痛めつけられて?
咲良の言葉を理解できない。いや、受け入れることができなかった。
そんなわたしを嘲笑うかのように『その声』が響き渡る。
『嫌ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!!!!』
「リコ!? 咲良、やめて!」
『セラたちがここに来たらね。でも簡単に来れないように途中にせっしー置いといたから。リコが死ぬ前に何とかここに来てね✩』
『ひっ!? やだっ、嫌だ、セラ、セラ!! 助けて、もうこんなの嫌ぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!???』
「やめてっ!!!!」
リコの悲痛な叫び声に耐え切れず、思わず耳を塞いでしまう。
音を遮断したはずなのに、咲良の声は頭の中で響いてきた。
『だから早く来いってば。じゃないとリコりん死んじゃうよ?』
「あなたって奴は――――っ!」
どこまでも嘲り、命を弄ぶ咲良に怒りが沸く。
咲良の口車にまんまと載せられるのは癪だが、リコを一刻も早く助けるには先へ進むしかない。
「行くよ、ジリアン」
「えっ? あの、先輩」
「時間がないの!」
ジリアンの手を引き、わたしたちは歩き出す。
この先に待ち構えているであろう、セシリアと咲良。
彼女らを一刻も早く殺し救い出す。
怒りと殺意を滾らせ、わたしは一寸先に広がる闇の奥へと深く潜り込んでいった。
※※※※
「あははははは! セラったらかーんたんに騙されちゃって✩ リコりん全然ピンピンしてるのにね!」
椅子に座ったまま、目の前に広がる映像を見て咲良がどっと笑う。
その隣には鎖で椅子に拘束されたリコの姿があった。
咲良の言う通り、リコは身動きこそできなかったが、その体には傷一つない。
さきほどのリコの絶叫も、咲良の『権能』で再現しただけに過ぎなかった。
「セラをどうするつもりなの!?」
「焚きつけておいたの。そうすれば面白いものが見れるかなーって」
「焚きつけた……?」
不明瞭に答える咲良にリコは困惑と不安を覚える。
焚きつけた、という言葉からしてセラに何か仕込んだことが伺える。だが咲良のことだ、絶対にろくなものではない。
「そ。レイチェル・シートンだったっけ? あのエレナに惚れてたモブ。あの子の体を凜華ちゃんにくっつけたら面白いことになってさぁ」
「くっつけ……!? また、おねえちゃんの体を!」
凜華の名前を出されたリコは動揺しながらも咲良に向かって怒気をあらわにする。
過去の記憶を全て失い、自分が何者であったのかさえ忘れてしまった凜華の体をさらに改造するという非情極まりない行為にリコは強い怒りと憎悪を覚えていた。
何故、何故そうまでして彼女を執拗に苦しめるのか。
「ふふ、いい顔。凜華ちゃんの『権能』は『獲得』でね、別の子の体をくっつけると新しい力が手に入るの」
と咲良はリコの頬をそっと撫でながら言う。
対して触れられる一方のリコは嫌悪感を顕に咲良を睨みつけていた。
「今まで手に入れたのは一回だけ相手の意識を奪う力と設定した人間すべての頭を爆発させる力。でも前者は一度しか使えないし、後者はアンタたちみたいな『特異性のある人間』には効かない」
だから、あの時アイリスさんだけが死んでしまったのか。
そして、以前にも襲われたときリコとセラ以外の周囲の人間全員が同じように頭が弾け飛び死んでいったが、その際凜華は『人間じゃないから効かない』と答えていた。つまり、セラは不死身であること、そしてリコが人工的に作られた人造人間という『特異性』を抱えていたから凜華の『権能』から免れたのだろう。
だが、凜華が新しく手に入れたという力。咲良がこれだけ自信たっぷり気に話すということはセラたちにも通用する可能性がある。
「何なの……、その力って」
「あー、やっぱ気になっちゃう? まぁー、一回克服しちゃえばもう影響を受けることはないんだけどね? 初見は絶対にかかっちゃうから楽しみだなぁ。ま、自分の目で確かめて」
克服、という言葉から嫌な予感を覚える。
すい、と咲良が手を振ると同時にリコの目の前に映像が出現した。
そこには手を引いて歩くセラとジリアンの姿が映っている。
「セラ!」
「映像しか繋げてないからいくら呼びかけても聞こえないよ。面白いことが起きるからよく見てな」
さきほどからの咲良の不穏な言葉に胸騒ぎを覚えながらもリコは目の前の映像を見つめる。
そして、事は起きた。
※※※※
ジリアンの手を引き共に無言で歩いていた時だった。
ぼそり、と彼女の声が小さく聞こえてくる。
「…………すか」
「ジリアン?」
「どうして、先輩はそんなに冷静なんですか?」
ジリアンの言葉に思わず立ち止まってしまい、振り返った。
そして彼女の表情を見て凍りついてしまう。
「ねえ、何でアイリスさんが死んだのにそんなに落ち着いていられるんですかっ!?」
憎悪。
強い憎しみがこもった目で、わたしを睨みつけていた。
初めて見る彼女の表情、そしてその矛先が自分である事実。
慕っていたはずの彼女が向けてくる感情にわたしは戸惑うことしかできなかった。
「何でカレンさんとオリヴィアさんと離れ離れになっても平然としていられるんですか! 心配じゃないんですか!?」
「もちろん、心配だよ! でもそんなことよりリコが――――」
「そんなこと!? さっきもリコの声を聞いた途端にパニックになりましたよね。そんなにリコのことが大事ですか!? あたしたちの命なんかよりよっぽど重いって言うんですか!? ねえ、ねえっ!!」
「っ、それは――――!」
ジリアンの言葉が心に深く刺さり、口が噤んでしまう。
リコは、もちろんわたしにとって何よりも大事な存在だ。だからと言ってアイリスさんたちを蔑むつもりなどない。ないのだ。
だから、ジリアンの言葉に動揺している場合ではない。何故、こんな突拍子もないことを言いだしたのかわたしには分からないが、彼女の瞳に宿る狂気を見れば分かる通り、何か咲良に吹き込まれたのかもしれない。
…………あれ?
ジリアンの瞳に宿る狂気?
「ジリアン、何をされて――――」
ぱぁん、と。
乾いた銃声が響く。
撃たれたのは左胸、心臓の半分ほどまで貫通され、激痛とともに黒い液体が吹き出していく。
痛みとわたしの中から何かが流れ落ちていく感覚に力が抜けてしまい、そのまま仰向けに倒れ込んでしまう。
すかさず、ジリアンが馬乗りになり、ぎりぎり、とわたしの首を絞めてきた。
「ぐ、ぁ…………や、めっ、くるし、ぃ……………………」
「先輩のせいだ。先輩のせいで皆死んでくんだ! この『殺人鬼』め、殺してやる! 死なないなら死ぬまで殺す!!」
『そうだよ、セラ。君のせいでどんどん人が死んでくよ』
ジリアンの言葉に続いてリコがわたしの耳元で囁く。
くるくると、わたしの周りをステップしながら笑顔でリコはわたしに話しかける。
『ねえ、セラ。いい加減気付いたらどうなの。自分が「殺人鬼」だってことから目を逸らし続けてきたせいで何人もの人間が死んでいったよ?』
「ふざけるな、殺す……、今すぐ死んでくださいよ、先輩!」
「ぁ…………い、や」
リコの言葉とジリアンの言葉が重なっていく。
ぎりぎりと、首が絞まり呼吸が困難になっていくと同時にわたしの中で何かが軋み悲鳴をあげる。
『ねえ、もう楽になろうよ。抱え込まないで解放しちゃおうよ。セラの「殺したい」って欲求全部出しちゃおう? じゃないとセラもジリアンも苦しいままだよ』
「何で何も言わないんですか!? 本当はあたしを殺したいんでしょう!!」
「う、ぁ、ちが、う…………違うの…………」
『何が違うの?』「何が違うって言うんですか!?」
ジリアンとリコが同時に問いかける。
『セラは「殺人鬼」。どうしようもない「殺人鬼」。本当は私を殺したくて殺したくてしょうがない』
「本当はあたしだって殺したかったんでしょう! あの時、あたしを斬ろうとしてたじゃないですか!!」
「やめ、て……違う、ちが、うの…………!」
頭を強く振り、リコとジリアンの言葉を拒絶する。
やめて、これ以上言わないで。
これ以上言われたら耐えきれそうにない。リコとジリアン、絶対的な信頼を寄せていた二人から責められることが、これ以上なく苦しかった。
なのに、二人の言葉はあっさりとわたしの耳の中に入り込んでいく。
わたしが、最も聞きたくなかった言葉をあっさりとわたしに向かって吐き出していった。
『「
「――――ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
ぱきり、と。
わたしの中で何かが壊れる音がした。
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