第20話 逃亡
「……ん。カレン! しっかりしなさい!」
アイリスの声でカレンが目を覚ます。
周囲は驚く程静かで、気を失う直前にいたはずのヒルドルやセシリアの姿はどこにもなかった。
「……アイリスか。奴らはどこに行った?」
「分からない。あなたが立ち上がった次の瞬間にはいなくなってた。それにいつの間にかあなたも倒れていたし」
「……ああ。悪い、ちょっと倒れていただけだ。ともかく、ここから離れよう。また奴らが襲ってくるかもしれない」
「それは構わないのだけれど……。どうして傷が塞がっているの?」
アイリスの指摘通り。
直前の戦いで傷だらけだったはずのカレンの体はすっかり元通りになっていた。
まるで戦いなど初めからなかったかのように。
「――――ぐだぐだ考えても仕方がない。一刻も早くオリヴィアを見つけてセラたちと合流しよう」
「そう……。釈然はしないけど、その通りね。奴らがいなくなっても危機的状況であることには変わらないし」
先を急ぐカレンの提案にアイリスは納得してくれたようだ。
アイリスに手を引かれ、カレンは立ち上がる。体を酷使したはずなのに驚く程軽く動かせていた。
カレンを先頭に二人は走り始める。
――――カレンが邪な笑顔を浮かべていることにアイリスは気付くことはなかった。
※※※※
「ここです! ここでセラが戦っているんです!」
セラの手によって救出されたリコは約束通り、ジリアン達と合流し再びセラの元へ戻っていた。
アリスという不死者とセラが戦っている。リコからそう伝えられたジリアンとオリヴィアは武器を持ち警戒していたが、現場まで近付いて違和感に気付いたオリヴィアが疑問の声をあげる。
「……? 妙に静かね」
その言葉を聞いたリコも一切物音がしないことに気付く。
早くも決着がついたのだろうか。
「でも、もしかしたらそのアリスとかいうやばい女が潜んでいるかもしれない。二人ともいいかしら。まずは慎重に入って――――」
「セラ!」
「ちょっ、リコちゃん!?」
「って話ぐらい聞きなさいよ!?」
いてもたってもいられなくなり、リコが颯爽と飛び出していく。
咄嗟に中に入り込んでしまったがアリスの姿はどこにも見当たらなかった。
セラはどうなったのか。その答えはすぐに見つかる事となる。
「セラ、セラ! どこに――――え?」
ぴちゃり、という水音。
ふと足元を見ると血溜まりがリコの足元までに広がっていて。
その先には胸にぽっかりと穴を開け、左腕と左足が半分吹き飛び、右腕が不自然に折れてひしゃげたセラの姿があった。
「っ!!?? せ、ら…………!?」
その悲惨な姿にリコは嘔吐感を覚え、数歩後ずさってしまう。
ぐちゃり、という嫌な音と不快な感触と共に左足で何かを踏みつける。
思わず、リコはそちらの方に目を向けてしまった。
赤黒く潰れた肉塊が粘着質の糸を引いてリコの靴底まで伸びていた。
もう限界だった。
「――――ぁ」
悲鳴を上げる余裕すらなかった。
直後に強烈な目眩と共にリコは意識を手放した。
※※※※
「はあっ……はあっ…………」
荒い息を吐きながら、アリスは路地裏の方まで逃げた。
壁の方に背中を預けてずるずるとその場にへたり込んでしまう。
「セラ…………」
愛おしい幼馴染の名前を呼ぶが、アリスが浮かべていた表情は憂いではなく恐怖だった。
セラが見せた殺意。憎悪も怒りも消えて、ただ殺すという機械的な意思を向けられていることが何よりも怖かった。
「随分勝手なことをやってくれたようだね」
どこからともなく少女の声が響いてくる。
アリスが顔を上げると、赤い髪に血のような赤黒い瞳を持った少女――――咲良が立っていた。
彼女を睨み付け、アリスが問う。
「何の用?」
「リコとセラにはなるべく手を出さないで欲しかったのにその言い付けを破ったからお仕置きしに来た……んだけど、その様子だと面白いものを見たようだね」
「うるさい。何しようがあたしの勝手でしょ」
「どうだった? セラの狂気」
ふと、咲良から投げられた言葉にぴたりとアリスの動きが止まってしまう。
「狂ったふりをしているだけの
「……自分の体なんか気にしてなかった。殺しを優先する機械のようだった。なのに、あたしを殺そうとしたとき、笑っていた……!」
恐らくセラは自覚していなかったのだろうが、アリスを殴っていたとき、確かにセラは笑顔を浮かべていた。
「セラを不死者に変えたのは、お前なんでしょ? あの時、セラに何を吹き込んだの!?」
「何も。この咲良がセラに与えたのはただの不死身の呪いだよ。あの殺人衝動は元々彼女が抱えていたものさ」
「そんな訳ない! あたしがっ、あたしが一番近くでセラを見てきたんだ! セラはそんな子じゃない!!」
「身勝手なことを言うねえ。まあ、最初はアンタの言う通りセラは普通の子だったのかもしれない。だけど、今みたいに歪んじゃったのはアンタのせいじゃない?」
「……! それ、は…………」
咲良の指摘にアリスが口篭る。
けらけらと、嘲笑うかのように咲良はアリスに詰め寄り、蔑んだ表情で語りかける。
「狂ったふりをして不死の呪いを獲得し、それを利用してこの咲良を倒す。最後に臨界点を突破した状態で恨まれたセラから殺されてケリをつける。中々愚かな名案だとは思うよ?」
「何でそれを…………」
「この咲良だよ? バレない訳無いじゃん。ただ、この作戦実行するにはセラには不向きだった。結局、それだけの話じゃない? アンタは気が付かなったみたいだけどさ、昔からセラに人殺しの素質はあったよ?」
「素質って、知ったような口を聞かないでよ! あたしたちのことを何も知らないくせに!」
「それはこっちのセリフだねえ✩」
そう言って咲良はアリスの左胸に腕を伸ばしてくる。
直後、躊躇なくその手を胸の中に突き刺していく。
「ぐぁああっ、ぎ、ぃ? ぁ、ああっ!?」
「言ったでしょ? あんたは勝手なことをし過ぎたからお仕置きするって」
それまでのおどけて見せた態度から一変して真顔になり、冷たい声で咲良が言い放つ。
「ワタシはさ。雑魚どもの言うことなんてどーでもいいんだけど。アンタみたいな勝手な正義振りかざして、自分を正当化させて犠牲を生み出す奴が大っ嫌いなんだよね」
「せい、とうか、なんっ、か、じゃな……けほっ」
「正当化だよ」
アリスの胸の中に手を突っ込んだまま、ぐじゅぐじゅと手を掻き回す。
全身が総毛立つほどの形容できない苦痛をアリスは受ける。
「ああああああああああああああああ!!!???」
「ワタシを殺すための計画に大勢の人を巻き込んでるのも『必要な犠牲』っていう名目でしょ? ふざけんのも大概にしろよ」
咲良の目に静かな怒りが宿る。
「アンタから不死性は剥奪する。でもまだ死なせてあげない。ワタシを憎んで、自分の愚かさと無力さに絶望しながら死んでもらう。それまでたっぷりと苦しんでワタシをその気にさせたことを後悔させてあげる」
どくん、と脈打つアリスの心臓。
そこに優しく触れ、咲良は狂気的な笑顔を浮かべた。
「アンタが落ちるのは
直後。
容赦なくアリスの心臓が握り潰された。
※※※※
「…………」
乗客用機関車に設けられた、とある狭い個室。
その部屋の中は重苦しい空気に包まれていた。
あれから。
リコの意識が戻る頃にはセラの体はほとんど再生していた。だが、肝心のセラの意識は戻っておらず、結局アリスは行方不明になってしまった。
その後、駆けつけてきたカレン達と合流。一先ず、隣町の『ソール』まで逃亡するというオリヴィアの意見に満場一致でリコたちは行動することにした。
そして、ソールへ向かうこの機関車の中でリコたちはそれぞれ街中であった事件を話し今に至るというわけである。
(…………アリス)
包帯が巻かれ固定された4本の指をさすりながらリコはあの不死者のことを考えていた。
セラに幼馴染がいることなんか知らなかった。
そして、生まれて初めて見る彼女の怒りと殺意。
もう、話すときは近いのかもしれない。
リコの『秘密』。そしてセラの目的。咲良が本格的に動き出した以上、お互い隠しているものはこの際明かしたほうがいいのかもしれない。
……最も、肝心のセラは未だ目を覚ましてくれないのだが。
そう思っていたその時だった。
「…………ん、うーん……」
呻き声と共にセラがぱち、と目を開ける。
ようやく、彼女の意識が回復したのだった。
「セラ!」
「おい、セラ大丈夫か!?」
「先輩!」
セラが目を覚ました直後にリコとカレン、ジリアンの三人が詰め寄る。
「あれ、リコ……。皆、ここは…………?」
だいぶ時間が経っていた上にセラだけ事情を聞かされていなかったために混乱するセラ。
普段と変わらず元気そうな姿に思わずその場にいた全員が安堵していた。
――――だが、事態は深刻であることにすぐ気付くことになった。
※※※※
リコたちから事情を聞かされ、一先ず状況を飲み込むことは出来た。
……けれど、目を覚ましてからの異変は未だ治っていなかった。
「セラ…………?」
そう言って覗き込んでくるリコの髪色はこんなにも黒かっただろうか。
ルビーのように赤く美しかったリコの瞳も黒くなっていて、対照的の皮膚の色が異様に白くなっていた。
リコだけじゃない。カレンやジリアンも、いいや人だけじゃない。
目の前に映る景色から、あらゆる色彩が失われていた。
「…………」
それを聞いたリコたちは絶句してしまい、再び室内の空気が重くなっていく。
かろうじて、アイリスさんが口を開いて尋ねてきた。
「…………あなた、そう言う割にはひどく冷静ね」
「あ、うん…………」
「普通だったら、その…………。悲しくなったりしないの?」
「悲しい……?」
アイリスさんの言葉にわたしは首を傾げる。
ああ、そうか。それまで当たり前に見えていたものが失われて、気持ちが暗くなるのは当然のことだ。
だから、アイリスさんの質問は最もかもしれない。
だけど、だけど。
わたしは、思わずアイリスさんに質問を質問で返した。
そして、わたしの言葉に場の空気が凍り付くことになる。
「――――悲しいって何ですか?」
――――第2章『クーデター』、完
――――第3章『絶愛』へと続く。
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