回想 セラとアリス

 エルメラド軍国の南部に位置する小さな田舎村『フレイル』。

 エルメラド軍国は蒸気機関によって近代化が進み、経済は豊かになっているがこの村は周辺が森に囲まれており、村民の主な収入源が農業と珍しく貧相な村であった。

 その小さな村でセレスティア・ヴァレンタインは生まれたのだった。






※※※※






 セラが5歳の時、フレイルにウェストブラッド一族が引っ越してきた。

 特にヴァレンタイン家とは隣家だったということもあり、セラとアリスはすぐに打ち解け仲良くなったのだった。

 彼女と初めて会話したときのことを今でもセラは鮮明に覚えている。


「わたし、セレスティア。セレスティア・ヴァレンタインって言うの。よろしくね」


 そう言って幼いセラはアリスに握手を求めた。

 アリスは喜々としてその手を握り返すが、すぐに困惑したような表情を浮かべてしまう。


「……えっと、どうしたの?」


「長い」


 アリスが一言だけ返す。


「君の名前、長くてわかんない」


「え…………」


 アリスの言葉にセラが顔を青ざめ、ショックを受ける。

 そのやり取りを見ていたセラとアリスの両親も笑いをこらえているが、気付かないほどに彼女は落ち込んでしまった。


「そんなぁ……。もう一回言うよ、セレスティア!」


「せれすてぃあ…………。うん、やっぱり長い」


「えー…………」


 今までその名前で呼ばれてきただけに、やはりセラは自分の名前が不評だという事実を受け入れられないようだ。

 アリスもどうにかならないものかと「うーん」としばらく唸った後、何か閃いたようでぱっと笑顔になる。


「そうだ! あだ名! あだ名を付けよう!」


「あ、それならいいかも」


 アリスの提案にセラも笑顔になり、乗り気になる。


「じゃあ、セレスは?」


「え、何かやだ」


「何かって……。じゃあティアは?」


「それって『涙』じゃん。やっぱりやだ」


 いやいやと首を振るセラに「むー」とアリスが頭を抱える。


「レス」


「ダメ」


「セーレ」


「やだ」


「もう!」


 中々容認しないセラにアリスは苛立ち、足踏みをする。

 それから少し黙ったあと、納得のいくものを思いついたのか、ぱん、と手のひらを合わせセラに問う。


「じゃあ、セラは?」


「……! それ! それにして!」


 アリスの提案に喜んでセラが頷く。

 

「じゃあ、やり直しで。わたしの名前はセレスティア・ヴァレンタイン。セラって呼んでね!」


「あたしはアリス。アリス・ウェストブラッド。アリスでいいよ、よろしく!」


 再び、二人の少女が握手を交わす。

 この出来事が、幼馴染となるアリスとの出会いであり、セラの愛称が付く由来にもなるのであった。






※※※※






「好きです」


 セラが12歳の時。

 いつもアリスと二人きりで遊ぶ森の中で、唐突にセラは彼女から告白された。


「えっ…………と。ど、どどどどどういう意味!?」


 アリスにの言葉を聞いて思考が停止し、数秒考えた後状況を理解したセラが顔を赤らめて動揺する。

 セラにも負けない勢いで赤面するアリスはセラから目を逸らし、指をもじもじと弄りながら答える。


「その……女の子として? や、変な意味じゃないんだけどそういう意味というか…………」


「えっ、ええっ、うん。うん? ええええええ!?」


 意味を理解したのかしていないのかよく分からない声を上げるセラ。


「えっと、その…………気持ちは嬉しいんだけど。わたし、女の子だよ? だから、そのっ、ええと」


「言いたことは分かってる! でも、その……。女の子が男の子に好きになるのと同じ気持ちをセラに向けちゃったから……! だから、その、あたしで良ければお願いします!」


「~~~~っ!!」


 お互いに赤面し動揺しながらも気持ちを伝え合う二人。

 だが、先に折れたのはセラの方だった。


「…………うん、いいよ」


「本当!?」


「大丈夫、だよ……。そりゃ、女の子同士ってちょっと変わってるしわたしもどうすればいいか分かんないけど…………。多分、アリスとなら上手く行けると思う」


「…………っ、セラぁ!!」


「きゃっ!?」


 感極まったアリスがセラに飛びつき、二人共倒れ込んでしまう。

 それからいつものように二人でくすぐり合い、ひとしきり笑いあった。

 落ち着いたアリスがじっとセラの瞳を見つめる。


「……どうしたの?」


「ううん、本当にありがとうって」


「気にしなくてもいいよ。多分、普段通りに接しても大丈夫だと思うよ。特別な関係になっただけ」


「……っ、そういうこと平気で言っちゃうもんねえセラは。でもそんな優しい所が好き」


「アリスだって優しいじゃん」


「にひひ、どうかなあ。あたし、本当は悪い子かも知れないよ?」


「じゃあ、アリスが悪い子になったらお仕置きしなきゃね」


 お互いに冗談を飛ばし合い、笑うセラとアリス。

 不意にアリスが真剣な目付きになりセラに顔を寄せ、手をじっと握る。


「――――大好き」


「うん。わたしも」


 照れながら言うアリスに。

 セラも顔を赤らめながら真剣に答える。

 周囲には誰もいない。木漏れ日に照らされ、まるで世界でたった二人きりになったかのような錯覚を覚える。

 そうしてしばらくの間二人はお互いを愛おしく見つめ続けていた。

 ――――いつまでもこんな時間が続けばいいのに。

 そう、セラはずっと想い続けていた。






※※※※






 セラが14歳の時、事態が急変した。

 いつも通り、両親からお使いを頼まれ家に帰ってきた時だった。

 時刻は午後7時。すっかり辺は暗いというのに何故か家内の電気が点いていなかったのだ。

 それに捌いたばかりの肉のような生臭い匂いが部屋に広がっていた。

 疑問に思いながらもセラが電気を点け、目の前の光景を直視する。

 辺り一面、赤黒い液体が飛び散っていて。足元にはピンク色のもぞもぞした不気味な物体が転がっていて。

 その物体から伸びた先には上半身と下半身が分断され、倒れた父の姿があって。


「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」


 猟奇的な惨状に耐え切れなくなったセラが叫び、半狂乱になりながら一目散に部屋から逃げ出す。

 感情も思考もぐちゃぐちゃに乱れて、とにかく必死に廊下を走るも何かにつまずき、転げて倒れ込んでしまう。

 何にぶつかったのか。反射的にセラは振り返り見てしまった。

 母が倒れていた。父とは違い、血まみれな点を除けば五体満足のようだった。

 ……だが、顔にあたる部分はまるで爆ぜたかのようにごっそり無くなっていてぐちゃぐちゃと肉塊を爛れさせて


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 今度こそセラは思考を完全に放棄し、逃げ出す。

 途中込み上げてきた嘔吐感を抑えきれず、何度も吐瀉物を撒き散らしながらも外へ出て、隣のアリスの家に向かった。

 どうしてそちらに走ったのかは自分でもよく分かっていない。

 もしかしたらまだ犯人が近くにいるかもしれないから逃げろと警告したかったのかもしれないし、ただ恋人に寄り添って安心感が欲しかっただけなのかもしれない。

 とにかく、今はアリスに会いたかった。

 彼女の家のリビングに入ったとき、偶然にもアリスはそこに立っていた。

 わたしが勢いよくドアを開ける音に、驚いて振り向く。

 ――――よかった。アリスはまだ生きてる。

 安堵し涙が溢れて視界がおぼろげになるのも構わず、セラはアリスに抱きつく。


「ちょっと、セラ!? どうしたの?」


「お母さんが、お父さんがっ、殺されたの! 血と内蔵がたくさん出てっ、出ててっ、殺されてたの!!」


「セラ、待って! 落ち着こう」


 話している間に先ほどの光景を思い出してしまい、セラの呼吸が激しくなっていく。

 その様子を見たアリスがセラの背中をさすり、懸命に落ち着かせようとした。


「酷い殺され方だったんだね。うん、もう思い出さなくていいから。落ち着いて」


「アリス……」


 彼女の優しい言葉にセラはまたしても涙が溢れ、一層強く彼女を抱きしめる。

 アリスもセラを抱き返し、「ふふっ」と愉快そうに笑った。


「……アリス?」


「そっか。セラの両親が死んじゃったのか。


「……? 何を言ってるの…………?」


 アリスの言葉を理解できず、セラが首を傾げて問う。

 涙を拭き、視界を取り戻すと彼女は笑顔を浮かべていた。


「心優しいセラのことだもん。セラはさ、家族のことがとても大切なんだよね」


「……そうだよ。何を当たり前のことを聞いてるの?」


 どうして今更そんな質問をするのか。

 何故、恋人の家族が死んだという話を聞いて彼女は笑顔を浮かべているのか。

 ――――分からない。

 アリスのことが、全然分からない。



「そう。セラにとって家族はあたしよりも大切。だから


「…………は?」


 アリスも言葉を理解できなかった。いや、理解することを放棄した。

 

「セラにはあたしより大切なモノなんてない。存在してはいけないの。そしてあたしもセラ以上大切なモノもなんて存在しない」


「な、何……? さっきから何を言ってるの!?」


「だからぁ、あたしがセラの親を殺したって言ってるの」


「っ!?」


 アリスの言葉にセラは絶句してしまう。

 幼馴染で恋人だった彼女はずっとこんな狂気を抱えて自分と接していたのか。

 初めて見る幼馴染の姿にセラは困惑し、恐怖し、やがて沸々と怒りが湧き上がってくる。

 ……それはセラが初めて持った感情だった。


「……ないで」


「うん? 何?」


「ふざけないでッ!!」


 セラの感情が爆発し、アリスを押し倒し馬乗りになって首を絞める。

 セラは生まれて初めて殺意を持った。

 心優しかったセラが初めて誰かを憎んだ瞬間であった。


「あなたのせいで! どうして!? あなたのことが大好きだったのに、どうしてなのっ!? ふざけるな、殺す、殺すっ、殺してやる!!」


「がはっ……せ、ら…………やめっ、ぇ…………」


 腕に力を込めアリスの気道を潰していく。

 アリスは最愛の恋人セラから殺意を向けられることに恐怖を覚えいているようだった。

 ――――どこまでも身勝手なの。

 

「ぅあ、痛い…………けほっ、くる、しぃよ」


「うるさい、黙って。あなたのことなんか決して許さない。死ね、今すぐ死ねっ!!」


 きっと父は今よりずっと苦しかったはずだ。母は今よりずっと痛かったはずだ。

 この程度の苦しみじゃ彼女を罰するには足りない。死を、彼女に死という報いを与えなければならない。

 ――――殺意を映すその瞳にアリスと同じ狂気が宿っているのをセラは自覚していなかった。

 ……一方のアリスは無意識にセラの右手に手を伸ばしていた。

 死の恐怖。その本能を刺激する苦痛から逃れる為に、彼女が防衛行動を取るのは当然のことだった。


 ぱあんと。

 セラの右腕から胸にかけてごっそりと弾け飛ぶ。


 文字通り、爆発したかのようにセラの内側から肉体が飛び散っていった。

 明らかに致死量を超えた出血と許容量を超えた痛みにセラの意識が一瞬にして混濁していき、倒れ込んでしまう。


「――――ぁ」


「がはっ……、はぁっ…………はぁっ…………、セラ!?」


 圧迫感と苦痛から解放されたアリスはすぐにセラの元に駆け寄る。

 すでに、セラは意識を失いかけていて体も徐々に冷たくなっていた。


「あ、ああ…………。違う、違うの! セラ、セラ!!」


 アリスが必死にセラに向かって呼び掛けるが、誰が見ても彼女が助からないのは明らかだった。

 視力も聴力も失われ、思考すらまともに出来なくなったセラの脳裏に浮かんだのは、


(――こ、ろす――――)


 強い殺意だった。






※※※※






「やっほー。起きてる?」


 耳なんてとうに聞こえなくなっていたはずなのに、その声ははっきりと聞き取ることが出来た。

 気付けば意識もはっきりしている。


『あなたは?』


 口は動かせない。ただ思考しただけだ。

 だが、少女らしき人物は読み取れたのか、セラの質問に答える。


「咲良って言います。この世界の神様です☆」


 飄々とした態度で少女―――咲良が名乗る。


「さーっそく本題なんだけどアンタ、このままじゃ悔しいよね。アリスとかいう女にやられっぱなしでさ」


『…………』


「このまま放っておけばあいつはもっと多くの人を傷付けるよ」


『っ!?』


 咲良の言葉にセラがはっとする。

 そうだ。彼女は自分の大切なものを全て壊すと言っていた。無作為に人々を殺し続けるかもしれない。

 ――――殺さないと。

 だから決断は、早かった。


『どうにか、出来るんでしょう?』


「うん?」


『神様なんでしょう。だったら、わたしを直すことだって出来るんでしょう!?』


 その言葉を聞いた咲良は。

 意識だけで、目の前の光景なんか見えなかったけれど。

 確かに笑っていたような気がした。


「ふふっ☆ なら契約成立だね」


 そして。

『殺人鬼』が誕生した。

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