第17話 窮鼠猫を噛めず

 あれから。

 あれから何とか気分が落ち着き、わたしはオリヴィアさんとジリアンに一通りの説明をした。

 突如エレナ総帥が暗殺されるクーデーターが勃発したこと、同時に各地に不死者が出現したこと、街に出たらミーナと交戦したこと、そしてわたしが殺人衝動に飲まれ暴走したこと。


「……にわかには信じ難い話ね」


 説明が終わるなり開口一番にそう言われた。

 無理もない話である。不死者だなんて非現実的だし、その一人だったミーナは現に死んでしまっている。わたし自身が今ここで心臓を貫けば証明にはなるだろうが、その反動でまた衝動に飲まれては元も子もない。


「まぁ、いいわ。嘘をついてる様子もないし、ひとまずは信じてあげましょう。……大変な状況を生み出してしまったのはお互い様でしょうし」


「……? オリヴィアさん、何やったんスか?」


 気まずそうに目を逸らすオリヴィアさんにジリアンが首を傾げて問いかける。

 その質問に「や、その……」と顔を赤らめモジモジし始めるオリヴィアさん。

 一体全体、何があったのだろうかと身構えているととんでもない爆弾を投下してきた。


「その、エレナ総帥が暗殺されたって話……。犯人、私です…………」


「…………は?」


「先輩こいつですよ! 早く捕まえましょう!!」


 予想外の言葉に思考が停止し、ジリアンが血相を変えてわたしに詰め寄ってくる。

 その叫び声を聞いたオリヴィアは即座にジリアンの体を組み伏せ、口を塞いで黙らせる。


「ちょっ、オリヴィアさん!?」


「しーっ! 人に聞かれたらまずいでしょう!? 確かに私は暗殺しようとしたけれど、それ以前に失敗しているわ!」


「そうなんですか!? というか大きな情報を明かす割に声大きいです!」


 わたしの指摘にオリヴィアさんが、はっと周囲を見渡し顔を赤くして黙ってしまう。

 口を塞がれ「んーんー!」と抵抗していたジリアンも先ほどの発言が気になるのか、じっと黙ってオリヴィアさんを見つめる。

 視線に耐えられなくなったのか赤面しているオリヴィアさんは「んんっ」と咳払いをして立ち上がった。


「……とりあえず、場所を変えて話しましょうか」






※※※※






「くひっ」


 耳障りな修道女の笑い声が響く。

 年頃の少女さながらに愉快にステップを踏みながら、意識を失って倒れたカレンの元に近づき、その頭を容赦なく踏みつける。


「くひっ、くひひ、くひひひひひひひ!! ああ、何と、何と無様! あれほど大口を叩いていた割にはあっけない最期でしたねぇ!」


「セシリア」


 楽しげにカレンの頭を踏み潰すセシリアにヒルドルが一言声をかけるが、気付いた様子はない。

 何度も、何度も、執拗にカレンの頭を踏み続ける。

 さながら、その様子はまるで日頃の鬱憤を晴らしているかのように見えた。実際、楽しげな態度とは裏腹に切羽詰まったかのような表情を浮かべている。


「やめて!」


 悲痛な叫び声が上がる。

 アイリスの声だった。目の前で傷つけられ、意識を失ってもなお蹂躙される姿に耐え切れず思わず叫んでしまった。

 アイリス自身に戦闘経験はない。だが銃の扱いなら訓練で受けている。

 せめて一矢報いようと懐から拳銃を取り出し、セシリアに銃口を向けた瞬間だった。


「動かないでください」


「――――いっ!?」


 直後、アイリスの右頬に鋭い痛みが走る。

 何事かと触れてみるとすっぱりと細く切れて出血していた。

 そして付着した血によって頬を切った『それ』の正体をようやく捉える。

 10本のピアノ線。それがアイリスを囲むように張り巡らされており、セシリアの指に巻きつけられていた。

 少しでも重心を傾けてしまえば即座に柔肌に食い込んでしまうような距離。体が硬直してしまう。


「くひっ、そうです。それで良いのです。わたくしたちの目的はあくまでセレスティア・ヴァレンタイン。ですから、この女はさっさと始末してここを去るとしましょう」


「セシリア」


 再びヒルドルが一言声をかける。

 その様子に鬱陶しそうにセシリアが彼女に顔を向けた。


「さきほどから何ですか。今、わたくしはこの女を死罪に処す儀式を始めるのです。それを邪魔するなど『神』を侮辱するも当然で――――」


「その女、まだ起きてる」


「は?」


 ヒルドルの言葉にセシリアが首を傾げると同時に。

 


 セシリアの左足が一瞬にして斬り落とされた。



「なっ――――!?」


 突然の出来事にセシリアが驚くもすでに重心が崩れ、地面に倒れ込んでしまう。

 視線を上に向けると、いつの間にか二本の舶刀カトラスを両手に握りカレンが立ち上がっていた。

 頭から血を流し、右の肘は明らかに不自然な方向に向いていた。両足もがくがくと震えており、戦うことはおろか立つこともやっとな様子だ。

 だが荒い息を吐きながらもヒルドルを睨み付け、笑顔すら浮かべていていた。その姿に思わずヒルドルも笑みを零してしまう。


「そうか。女、まだ戦うつもりなのか」


「……はぁ、はぁ……。決まっ、て、……いる。私はっ、まだ…………折れてすらないぞ」


「フン。何と愚かな人間だ。だが、嫌いじゃない」


 視線が交錯する。互いに抱くのは、敵意、戦意、殺意、そして歓喜。

 しばらく睨み合った後、ヒルドルが一言だけ呟いた。


「行くぞ、女」


「ああ」


 そして、両者が再び激突し合う――――はずだった。



「はぁい、そこまでねー✩」


 

 

 まるで時間が止まったかのように。アイリスもセシリアもカレンもヒルドルも。

 ぴたりとその場から動かなくなる。


(……!?)


 その異常な現象にカレンが混乱する。

 思考ははっきりするのに、体が一切言うことを聞かない。

 まるで世界から魂だけが切り離されたかのよう。


「せっかく盛り上がってるところ悪いんだけどごめんねー✩ ちょーっとばかり君に用事があってさー」


 そう言いながら一人の少女がどこからともなく現れる。

 真っ赤なセミロングに血のように赤黒い瞳。そんな特徴的な容姿を持つ少女が車椅子に乗ったもう一人の少女――――エレナ総帥を連れてカレンの元に近付く。

 ――――殺されたはずのエレナが何故?

 あまりに異常な事態にカレンはひたすら困惑する。


「表情が一切変わんなくても分かるよぉ。何でエレナがここに? とか思ってるんでしょおどうせー。このまま一方的に話すのも寂しいから君だけでも解除させておくよ、ほら」


 そう言って少女はパチンと指を鳴らす。

 直後、体の自由が戻り、バランスを崩したカレンが倒れこむ。すぐさま立ち上がり、舶刀カトラスを握って少女に警戒態勢を取る。


「お前、何者だ?」


「咲良。ぶっちゃけるとこの事件の黒幕でーす✩」


 咲良。その名前に聞き覚えがあったカレンは記憶を辿り目の前の少女の正体に気付く。


「ウルスで起きた事件……ヘイゼル・ラドフォードを誘拐したのもお前か?」


「誘拐だなんて人聞きが悪いなぁ。この咲良があの子の選択を導いてやっただけ」


「……。エレナ総帥が何故ここに?」


「よくぞ聞いてくれた!」


 カレンの質問に咲良が上機嫌に答える。

 

「いっやー。実を言うとね? このエレナちゃん、


「……何だと?」


 突拍子もない咲良の言葉に思わず眉を顰める。

 その様子に「んふふ」とご満悦な様子で咲良は饒舌に語る。


「ホムンクルスって言ってね。平たく言えば人造人間。この咲良が作ったお人形さんの一人なの。聞いたことあるでしょ?」


 ホムンクルス。

 かつて人間の代わりとなる軍隊と兵器を作り上げようと国家ぐるみで研究していたという噂を耳にしたことはある。いわく、ほとんどの素体の精神構造に異常が生じ、計画は中止になったのだとか。


「それでね、このホムンクルスを使えばいちいち勧誘してくるよりもこっちのほうが早いかなぁって思ってさ。結局、成功したのはほんの数体なんだけどね」


「何が言いたい」


「そう急かさないでよ」


 カレンの言葉にも臆せず、飄々とした態度で彼女は返す。


「でさー、それぞれの不死者には『権能』っていうチート(笑)能力が与えられるんだけどこの子の場合は『寄生』でね。自分の魂を自由に別の肉体に上書きできるの」


「…………、まさか」


 そこまで言われてカレンの背中に悪寒が走る。

 何故、たった今エレナ総帥の能力を説明されたのか。答えは単純だ。


「おめでとう、カレン・ダッシュウッド。君は新しい器になるに相応しい体を持つことが判明したよ! 今日から君がエレナ・チューベローズだ! 体が増えるよ! やったね、エレナちゃん!」


 ふざけるな、とカレンが声をあげようとする。

 だがその時には既に体が動かなくなっていた。

 車椅子に座り、黙っていたエレナの瞳が静かに開く。

 何も映さない虚ろな赤い瞳。

 ずい、身を乗り出し両手でカレンの頬を包み込む。

 体は既に言うことを聞かなかったが、せめてもの抵抗としてカレンは精一杯エレナを睨みつける。

 その様子を見たエレナは妖しげに微笑み。

 


 直後、カレンと唇を重ね合わせた。


「――――ッ!!!!????」


 直後、鼻腔を刺激したのはあまりにも強く甘い香り。

 頭に靄がかかったかのように思考が蕩けていき、官能的で刺激的なその危険な香りに溺れていく。

 同時にカレンの脳内に走馬灯が浮かび上がる。

 記憶の中の彼女が変わっていく。銀髪に赤い瞳の少女――――全て、カレンがエレナに変わっていく。侵食されていく。存在を上書きされていく。


(アイリス……セラ……ごめんなさ)


 その呟きを最後に、カレンの意識が消失した。






※※※※






「ぁ、ぁぁ……もう、いやだ…………。ごめんなさい、許して……」


 アリスに捕まり、椅子に縛られてから。

 既にリコの指は三本折れていた。

 精神はとうに折れ、解放されるためなら今のリコは命乞いだろうと情報を明かそうと躊躇なく行えるほどに衰弱していた。

 そんな限界を迎えかけているリコの髪を掴み。

 眼前にまで近づけてアリスは言う。


「あのさ。これ拷問じゃないんだよ」


「…………うぇ?」


「ごめんなさいだとか、許してだとか、なんでもしますとか。そんなこと言っても無駄だよ。別に何か吐かせたくてやってる訳じゃないんだから」


「あ、ぅ、ああ…………やだ、いやだ…………」


 アリスが言おうとしていること。彼女の目的。

 それを察してしまったリコの顔が絶望に染まり始める。

 その表情を見たアリスは満足げに頷き、リコの指に手を伸ばし始める。


。ただそれだけの理由だよ」


「ああああああああああああ!! やだ、いやだああああああああああああっ! セラっ、セラあああああああああ、たすけ」


「はい10分経過~」


 直後に。

 ぽきりと、リコの薬指が真反対に折れ曲がった。


 

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