第7話 終わりは静かに

 突如、割って入ってきた少女・咲良。

 彼女の登場を予想だにしなかったセシリアとヘイゼルが固まってしまう。

 二人の様子を見た咲良はゆらゆらと揺れながら口を開く。


「あっれれー? おかしいぞぉ? さっきまで二人共殺る気満々だったじゃん。どうしたのさ、ボケーっとつっ立って」


「い、いえ。何故、咲良様がここに……?」


 セシリアが状況を把握できないまま答える。

 ……何故、咲良『様』なのだろうか。あれほど『神』に対し妄信していた彼女が咲良に敬称で呼ぶことに違和感と恐怖を覚える。


「何でって言われてもー……。っつーか、せっしー何その顔! めっちゃグロいんですけど(笑)。え、何? そこのロリっ子がやったの?」


「い、いえ。その方ではなく、彼女が……」


 そう言ってセシリアはわたしの方を指さす。

 わたしを見た咲良はじっと見つめたあと、急に笑い出した。


「あははははは! へぇ、セラちゃんが! アンタ散々『他の不死者を殺してやるー(笑)』とか何とか言ってたけどマジで殺す気だったのね! いやー、ウケるわー、今週イチおもろいわー」


「ふざけないで! 何であなたがここにいるのよ!」


 咲良の発言に苛立ちを覚え、声を荒げる。

 わたしの怒声に咲良はびく、と体を震わせる。


「おお、こわこわ。理由は後で答えるとし、て☆ せっしー。その傷どれくらいで治るの?」


「い、一日ほど頂ければ……」


 咲良の質問に何故かセシリアは怯えたように答える。

 先程から彼女の様子が変だ。まるで、咲良が上位者であるかのような態度を取り続けている。


「ふーん。一日かぁ……、そっかぁ……」


 咲良は感心したような、それでいて何か思いついたような笑みをセシリアに向ける。

 無邪気と残虐性が同時に合わさった狂った笑みだった。

 そして容赦なく言い放つ。


「じゃあ死ね」


 直後、セシリアの頭が文字通り

 血と肉、それに髪と眼球、口、耳、鼻。それら全てが粉々になり飛び散っていく。

 その光景を直視してしまったヘイゼルが悲鳴を上げる。


「あはははははは! まあ、冗談なんだけどね! だってせっしー不死身だし☆ たぁだぁ、流石にあのグロテスクな見た目じゃ可哀想だからすぐに治療してあげようと思ったんだけどぉ、あれだけ中途半端だと治すのめんどくさいからぁ、一回頭を丸ごと消したほうが早いわけぇ。ほら、よく言うでしょ? 頭交換したら元気百倍だって(笑)」


 どこまで饒舌になりながら咲良がヘイゼルの方へ振り返る。


「で? 君はどうするの?」


「え?」


 不意に話しかけられきょとんとするヘイゼルに咲良がにぃ、と嗤う。


「だからぁ、アンタの愛しい~復讐相手をあっさりこの咲良がブッ倒しっちゃったんだけど、それでいいの?」


「!? ふざけないで! あいつは、私が殺すのに!!」


 直後、咲良の言葉にヘイゼルの目に怒りが灯る。

 その様子を見た咲良は満足気だった。


「ちょっろ☆ まあ安心してよ。すぐ復活させるからさ。アンタには


 見込み。その言葉を聞いたわたしがゾッとする。

 まさか、こいつは。わたしと同じように……!?


「待って、咲良! あなた、ヘイゼルに何するつもりなの!?」


「何するも何も『完成』させるだけだよ。へへへぇ、見てよこの子の目。この咲良と同じ狂気をこの歳で持ってるんだよ☆ まるで『あの時』の君みたいなね☆」


 爛々と血のように赤黒い目を輝かせ咲良は笑い、哂い、嗤う。


「えへへぇ、嬉しいなぁ。久しぶりの『適正者』だもん。この子の持つ狂気はセラやせっしーとは違うものだ。本能的に衝動を抱え根元から狂ったような存在じゃない。普通の干渉を保ちながら人の道を外せるもの。どれほど異常な状況にあっても平常を保ててしまう『異常』。そんな美味しい『適正者』がいたら頂かないわけにはいかないってのが『人間』ってもんだよぉ?」


 そう言って咲良はヘイゼルを抱きしめる。

 まるで愛しい我が子を保護する親のように、それでいていい玩具を見つけた狂科学者のように。

彼女の耳元で甘く囁く。


「じゃあ、ヘイゼルちゃん。この咲良と一緒に行こう? ぜぇったいにセシリアを殺させてあげると約束してあげる☆」


「ダメ……、ダメなんだってヘイゼル……」


 痛みはとっくに引いたはずなのにまだ体が動かない。未だに体が痺れているのかと思ったが……。

 これは、違う。まさか、咲良の『権能』!?


「とか思ったそこのアンタ正解です~ぱちぱちぃ。まあ、この咲良の『権能』言っちゃうとネタバレになっちゃうからそれは今後のお楽しみに☆ っていうことでヘイゼルちゃん、どうする?」


 咲良がヘイゼルの髪を撫でながら尋ねる。

 ヘイゼルの口がにぃ、と開いた。


「本当なんですね……。本当にセシリア・ウェイトリーを殺させてくれるのですよね?」


「うん、本当だよ」


「いいでしょう。貴方について行きます」


「ヘイゼル!!」


 咲良の『権能』が解けたのか、それともわたしが打ち破ったのか。どちらかは分からないが、わたしはようやく起き上がれた。

 このままヘイゼルが咲良と共に行けば、彼女は不死者となってしまう。もう二度とわたしのような人が生み出されないために戦うと決めたのだ。これでは、全て無駄になってしまう。

 今一度、刀を構え真っ直ぐ咲良に向かって走っていく。不死者だろうが何だろうが関係ない。ここで彼女を殺さないと、全てが無駄に――――。


「ぶっぶー。残念、時間切れですぅ☆」


 だが現実は非情だ。

 咲良が指を鳴らした途端、わたしは再び地面に倒れ込んでいた。もう一度起き上がろうと腕を上げるが何故か起き上がれない。苛立ちながらふと足の方を振り返って気付いた。



 下半身から先がなくなっていた。



 厳密に言えば、数メートル先に足が落ちていた。上半身の断面から血が溢れかえり、飛び出した腸と胃と肝臓が不自然に動いている。そこまで視認してようやく熱と痛みが襲った。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?」


 必死に声を抑えようとしたが漏れ出ていく。

 それでも、這ってでも彼女を止めようと前方を向いて硬直してしまった。

 どこにもいなかった。

 咲良もヘイゼルも、セシリアも跡形もなくこの場から消えていた。あるのは静寂だけ。


「うううぅぅぅぅぅぅ、くそぉ……!」


 悔しい。ただただ悔しい。涙さえ溢れてくる。

 何もできなかった。彼女たちを殺すどころかわたしの方が蹂躙されていた。犠牲者も出してしまった。

 敗北だ。わたしは、奴らに完全に負けていた。何もかも考えが甘かったのだ。


「セラ!!」


 そこで、リコの声が響いた。

 彼女の声にはっとする。

 リコは、血が苦手だ。ましてや今のわたしの姿など彼女にとってはトラウマ級となる。見られるわけにはいかない。

 ……いや、本当は逃げたかっただけだ。失敗したことを彼女に知られたくないだけだった。

 だが痛みと足がないせいでろくに体も動かせず、リコが先にわたしの元にたどり着いてしまう。


「ごめん、セラ。ヘイゼルが――――ぁ」


 リコがわたしの姿を見るなり固まった。

 そして口元を手で押さえその場にしゃがみ込んでしまう。


「り、こ……大丈夫……?」


「……はぁ、はぁ、ごめん。大丈夫だよ」


 そう言って顔を上げるリコの顔は真っ青だ。

 彼女は吐き気を懸命に抑えながら応急処置を施していく。

 それが嬉しくなって思わず笑みがこぼれてしまった。


「無理してんじゃん……」


「ばか、恋人がボロボロなのに心配しない人がいるの?」


 リコの言葉にまた嬉しくなって涙を再び流す。

 だが血を流しすぎたのか、はたまた体が限界を迎えたのかわたしはそこで意識が途絶えてしまった。




※※※※



「それで、結論から言うと任務失敗だな」


 場所は再びウルスのホテル。

 あれから下半身を無理やり繋げてもらい再生させるという荒治療を得て何とか五体満足になったわたしは、リコと共に正座をしていた。

 目の前には右目に眼帯をつけた隻眼の女性が立っている。

 この人こそわたしの上司であるカレン・ダッシュウッド少将である。


「申し訳ありません……。カレンさ」


「ダッシュウッド少将」


「……ダッシュウッド少将。わたしの不手際と作戦不足でこのような結果になってしまいました」


「いや、別に任務に失敗したかどうかはどうでもいい。不死身といえどもお前は未成年だからな。正直、お前たち二人だけにこのような任務を出す司令部に問題があると常々思っていた」


「……ありがとうございます」


 そう言ってくれるのは正直ありがたい。

 元々不死者を殺せるチャンスが来たから喜んで受けたとはいえ、勝算は何もなかった。こんな甘い考えで任務が成功すると思う方が大間違いだ。


「とはいえ、処罰は当然ながら下る。犠牲者まで出てしまったからな。まあ、お前はどうせ死なないから刑は軽くせざるを得ないが……」


 そう言ってカレンさんはリコの方に目を向ける。

 まさか、リコは……!?


「すみません、カレ」


「ダッシュウッド少将」


「ダッシュウッド少将! お願いしますから、どうかリコは! リコには罰を軽くさせていただいても……!」


「せ、セラやめて。元々この任務に一緒に行きたいって言ったのは私の方だし、それぐらいの覚悟は決めていたから」


 必死に頭を下げるわたしにリコが申し訳なさそうに謝る。

 この国軍は当然ながら規律に厳しい。特に犠牲者が出た失敗ともなればリコは最悪の場合、し、処刑されることだって……。

 わたしの言葉にカレンさんは「はあ……」とため息をつく。


「あのな、セラ。罰を決めるのは私ではない。もっと上の連中だ」


「そんな……」


 冷たく言い放つカレンさんの言葉に絶望する。

 じゃあ、リコはもしかして……。

 だがカレンさんは、にっと笑って言葉を続けた。


「……けどまあ、お前らも私の可愛い部下だ。私の方で何とかリコの罰を軽くさせてみるよ」


「! ありがとうございます!!」


「でも、セラと同じ罰は受けてもらうがな」


「いえ、それでも十分です!」


 どうやらリコの方は無事になりそうだった。

 隣でリコが「いや結局、私大変な目に遭うじゃん……」と呟くが、ここで文句を言うのは贅沢という奴だ。


「まったく、カレンはつくづく他人に甘いわね」


 カレンさんの後ろで女性が呆れたように言う。

 彼女はアイリス・ハーバード大尉。エルメラド軍きっての衛生兵であり、カレンさんの副官でもある。

 わたしの傷を治してくれたのもアイリスさんのおかげだ。

 アイリスさんの言葉にカレンさんがやや不機嫌そうに振り返る。


「いいだろー別に。何だかんだこの子たちにはお世話になってるんだ」


「だからって世話を焼きすぎよ。実際、この子たちのせいで一般人を巻き込んでしまったのだし」


 アイリスさんは少々棘のある口振りをするのが多い人だ。わたしはちょっとこの人が苦手である。

 実際、隣ではリコが明らかにイライラしていた。


「アイリスさん、いくら何でもそんな言い方しなくても――――」


「まあまあ、落ち着きたまえよ二人共。セラとリコはどうせ激しい戦いで疲れているんだろう? せっかくこのホテルを利用してるんだ。もうちょっと羽を伸ばしなさい」


「だからカレン、あなたは甘やかし過ぎで――――」


「アイリス、折角この街に来たんだから久しぶりにデートでもしないか?」


 アイリスの言葉を遮り、カレンさんが真顔で言う。

 その言葉を聞いたアイリスさんの顔がみるみる赤くなっていく。


「なっ――――!? ふざけるのも大概にしなさい、馬鹿!」

 

 そう怒鳴るとアイリスさんは部屋から出ていってしまった。


「つくづく可愛げがないなあ、あの女は」


「カレンさ……ダッシュウッド少将もいい加減そのナンパ癖やめてくださいね」


「カレンでいい」


「ええ……」


 何だか面倒くさくなってきた。

 若干ふてくされているとカレンさんに頭を撫でられる。


「まあ、詳しい話は家に帰ってからでいいさ。今はとりあえずゆっくり休んでくれ。これ上司命令な」


「はぁ……。ありがとうございます」


 何だかんだ言って優しくしてくれるカレンさんがわたしは好きだ。

 そんなこと言ったら調子づいてくるから絶対に言わないのだけれど。




※※※※




 カレンさんが部屋から出て言ったあと、いきなりリコに抱きつかれた。


「うわっ」


「…………」


 無言でわたしの胸に顔を押し付けてくる。

 久しぶりに抱きつかれたので嬉しい気持ちになる反面、ちょっと恥ずかしくなってくる。


「どうしたの?」


「……このおっぱいおばけめ」


「はあ!?」


 いきなり何を言い出すのだこの女は。

 一瞬引き剥がしてやろうかと思ったが、そこでリコがじっとわたしの方を見つめていることに気が付いた。


「これからどうするの?」


 リコが真剣な眼差しで尋ねてくる。


「……そうだね。結局、振り出しに戻っちゃったね」


「うん」


「でも諦めないよ。わたしは、不死者を全員殺すまで何度でも戦う」


「ヘイゼルも?」


 リコの指摘に返答を迷ってしまう。

 でも、これはわたしが決めたことだから。


「うん。きっと辛い戦いになるだろうけど次会った時は敵だよ。だから殺す」


「そっか」


 リコは何やら満足したような声で呟いた。


「私はずっとセラの味方だよ。セラが決めたことなら、どこだってついていく」


「ありがとう。わたしも、リコをずっと守る」


「嬉しい」


 そう言ってリコは不意に唇を重ねてきた。

 一瞬のことだったが、その感触は永遠のように感じられた。

 

「一緒に頑張ろうね、セラ」


「……うん」


 リコの笑顔にわたしはちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。

 わたしが不死者を殺したい本当の理由。それをリコに伝えたことがないからだ。そして、これからも伝えることがないだろう。

 少しだけ鬱蒼な気持ちを晴らすかのようにわたしは、リコを抱きしめ続けていた。


 ――――わたしは死ぬために、これからも不死者と戦い続ける。




――――第1章『不死身の少女』、完。


――――第2章『クーデター』へと続く。

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