File.18 T09A3 R-3001

 ログアウト障害に続いて起こった特定AIのデリート。誤魔化すことのできない明らかな異常事態に混乱が混乱を呼ぶブラックラットパーク。

 そんな状況下でもたらされる外部からのアクセス。


『テレサ、秘匿回線による通信です。おそらくサクラと思われますがどうしますか? ただ、現状分析の結果からはトラップの疑いも捨てきれません……』


 タイミング的にサクラで間違いありませんが、敵によるピンポイント攻撃の可能性も考えられます。一応、防護はしていますがRAT本体とバルーンを使えば、敵はこちらの正確な座標を特定することもできるはずです……。


「っつ……リスクはありますけど繋いでください……。これ以上、後手に回るわけにはいきません」


 逡巡するも一瞬。覚悟を決めた様子で頷くテレサ。


『了解しました。少々お待ちください』


 安全性確保のため防護プログラムを三重展開。攻性プログラムによる迎撃を準備。

逆探知アプリケーションを起動…………通信、開始します。


――お……ん……繋……た……い……。って……線が重……?


 逆探知に成功。接続先をサクラと確認。防護プログラムの一部解除。迎撃を中止。


『申しわけありません、サクラ。これで大丈夫ですか?』


――あーあー、お? マシになったみたいだねぇ。少し焦ったわぁ~。


 ラグとノイズが消え、ある程度クリアになる音質。

 しかし、通話が可能になった途端、テレサが激しい口調でまくし立てます。


「今までなにをしてたんですか、サクラ! こっちの状況が分かってますか!? 分かってますよね!? なのにどうしてもっと早く連絡をくれないんです!? そうしたらこれほどの被害は出なかったかもしれないのに……なのに……、」


 そこで言葉を詰まらせ俯くテレサ。目の端には薄らと涙が浮かび、悔しさからか両手を握り締めています。

 ここでサクラに当たっても事態が好転しないことはテレサも分かっているはずです。けれど、理解していてなお、感情をぶつけずにはいられなかったのでしょう。

 彼女の優秀さなら、もっと多くの被害を防げたのではないかと……。

 

 サクラもそれを察してか反論もせず、無言でテレサが落ち着くのを待ちます。


 数分後、息を整え袖で涙を拭うテレサ。


「ごめんなさい……少し取り乱しました」


――いや、いいさ。気持ちは分かる……こっちこそ色々とすまなかったね……。


 押し黙る二人……。

 しかし、その沈黙をアイラが破ります。


「はいはーい。なーにやってんっすか、お二人さん? 感傷に浸るのはあとあと! テレサっち! まだなにも解決してないんすから、しっかりするっす! それから、ハーフ! 要望通りRATは捕まえたっすよ? ほら、アタシになにか言うことあるっすよねぇ? お礼の言葉とか? あと外の状況とかも説明してほしいんすけどぉ~?」


 笑顔を浮かべ、どこかふざけたアイラの言葉に、思わずといった様子で小さく笑うテレサとサクラ。


「まったくもう、アイラは。そうですね、先に事件を解決しないといけません!」


――あぁ、確かにね。私も少し動揺してたらしい。あぁ、やだやだ……。こんな小娘に気を遣われるなんて。焼きが回ったかねぇ……。


「元から低スペックなんじゃないっすかー? 優秀なアイラちゃんと違って~?」


――ああん? って、小娘に構ってる時間が惜しいね……。とりあえず現状と今後の対策について説明するから、耳を貸しなアンタたち。


 いつもの調子に戻り、話し合いを始める三人。

 さて、こちらはRATとバルーンの監視でもしておきましょう。


 §§


 数分後、サクラによる現状説明が終了。

 結果、パーク内で調査した事柄が全て正しいことが証明されました……。


「そんな……じゃあ、デリートされた人たちは本当に戻らないんですか?」


 悲痛な表情で再度確認するように呟くテレサ。


――人っていうかAI、プログラムだけどね……。流石に修復や復元、サルベージは無理っぽいねぇ。セントラルも一度侵食されたプログラムをあえて元に戻そうとはしないだろう……。


 やれやれと回線の向こうで大きく息を吐き出すサクラ……この人、また煙草を吸っていますね。


――さて、それでだぁ……。今回の件、流石にセントラルも当初の考えを改めたらしい。


「えっと……どういうことですか?」


 困惑するテレサに、笑いながらどこか楽しげに返すサクラ。


――だからさ、リアルでの実行犯を排除、または捕縛するよう命令が出たのさぁ。まぁ、テレサたちがRATを捕まえたおかげで向こうのアクセスポイントを絞り込めるようになったのも大きな理由の一つだけどね。二人ともよくやったよ。


 つまり、セントラルの外へ制圧部隊を派遣して、現実の体を押さえるわけですか。

 セントラル内ではごく一般的な手法ですが、これは思い切りましたね……。いえ、それだけ事態が予想を超えて深刻ということなのかもしれません。


――というわけで、テレサたちは別命かシステムが回復するまで以降待機。ただ、AIにはやってもらうことがある。


『なんでしょうか? RATとバルーンの監視なら継続中ですが?』


――それはこれから処理するからもういい。でだ、AIは一旦こっちに戻ってきな。人はログアウトできなくてもコフィンから独立してるAIならこの回線を使って帰還できるだろう? 違うかい?


 こちらを探るような様子で問いかけてくるサクラ。


『……可能ですが管理者の許可が必要です。また、ザナドゥ外での活動も管理者の許可無しでは著しく制限されます』


――分かった。管理者権限があれば普段通り問題なく活動できるわけだね?


『そういうことになります。他にご質問はありますか?』


――いや、よく分かった。じゃあ、テレサ。AIの管理者権限を一旦、私に預けな。これには外で仕事がある。


 その当然といった口調の言葉に目を見開くテレサ。

 当たり前です。管理者権限を渡すのはシステムの全てを委ねる行為に他なりません。どんなに信頼の置ける間柄でも、易々と同意できるわけがありません……。


――時間がないんだ早くしな。こうしてる間にも、侵入者に逃げられるかもしれないんだ……。


 拒否させないかのように強い口調で迫るサクラ。


「そ、ソフィア……テレサは、テレサは……」


『……大丈夫ですよ、テレサ。これは仕事ですから。大丈夫です。ちゃんと戻ってこれますよ』


 今にも泣き出しそうなテレサを優しい声で諭します。

 管理者権限の貸与。その重大性をサクラが軽視するとも思えません。つまり、それだけ外は切迫した事態なのでしょう……。


「分かり……ました。サクラ、ソフィアをよろしくお願いします……。ソフィア、ちゃんと帰ってきてくださいね! 絶対ですよ!」


 そうして変更される管理者権限、サクラへ伝えられるパスワード。


 設定:HAL-A113の管理者をテレサ・キサラギからサクラ・アトワールへ変更。以降、HAL-A113はサクラ・アトワールの管理下に入ります。


 §§


 接続:サクラ・アトワールのホームシステムへリンク……成功。各所有電子デバイスとの連携を開始……エラー。ルーム内の初期設備とのみリンクを形成します。


 テレサの元を離れ、ザナドゥからサクラのルームへ帰還しましたが……相変わらず正体不明の機器で溢れていますね。

 可能なら今後のためにデータを収集しておきたかったのですが、エラーで弾かれるとは……やはりレトロ過ぎて未知の技術です。


 などと思考していると、当然のように煙草を咥えて姿を現すサクラ。

 ただ、その服装は普段と違い物々しいモノでした……。黒のボディースーツに頭部や胴体、関節を防護する各種プロテクター。巨大なバックパック。ベルトにはおそらく銃器の類。

 

「AI、もう戻ってるんだろう? 返事をしな」


『お呼びですか、サクラ? なかなかに素敵なファッションセンスですが、これからどちらへ?』


「ふふっ……少しは殊勝になるかと思えば相変わらずだねぇ、AI。あぁ、今から外へ出かけるよ、とりあえずAIはこれに入ってついてきな」


 バックパックから取り出す、モニターとキーボードが一体になったデバイス。いわゆるノートパソコンというやつでしょうか? 実物は初めて見ました……。


 接続:サクラ・アトワールのノート型デバイス……成功。各種ソフトウェアとの連携を開始します。


『サクラ、デバイスとのリンクが無事完了しました』


「よし。それじゃあ、移動するよAI」


 デバイスを片手に持ち、ルームの外へ出るサクラ。

 呼び出した移動用ドローンに乗って向かうのはセントラル1階。

 さて、ここからどれくらい時間がかかるのでしょう?


 §§


 約13分後、セントラル1階にあるルームの前に到着します。

 ただ、住居区画のそれと異なり扉は大きく頑強。ここは一体?


 思考していると、微かに開けた扉の間を通り薄暗いルーム内へ入るサクラ。

 足音の反響からして、居住区のルームと違いかなり広い空間のようですね。もしかしたら、なにかの倉庫なのかもしれません……。


 暫く進むとある場所で立ち止まるサクラ。


「さてと、AIにはこれを動かしてもらいたい……」


 言葉と同時に当たるスポットライト。薄暗い室内に浮かび上がる一機のドローン。大きさはコフィンほど。鈍色の内部フレームに機体を支える多重関節。それらを覆う流線形の装甲は緑のラインが入った純白。


「T09A3 R-3001。数世代前の軍用ドローンってやつさ。骨董品とは言ってくれるなよ? これでも今の警備用ドローンよりスペックは上なんだ……」


 煙草に火を点けながらドローンへ視線を向けるサクラ。

 人型の上半身に蜘蛛を思わせる下半身、現代の効率と生産性を重視したシンプルなドローンからすると明らかに異質で、無駄の多いように思える姿。


『確認しますが、これの起動が命令ですか?』


「あぁ、外へ行くのに警備用ドローンでは心許なくてね。制圧部隊もセントラルの防衛に当たるから使えないときた……。まったく、犯人を捕まえろって言うならちゃんと協力はしてもらいたいよ……人使いが荒いったらない」


 口に煙草を咥えたまま、やれやれと呆れたように肩を竦めるサクラ。


「で、コイツを使うことを閃いたんだが、生憎手持ちのシステムとは相性が悪くてね……。セントラルにも掛け合ったみたが、軍用ドローンなんて代物を動かす高性能AIを簡単には貸し出せないと突っぱねられた……。けどAIならできるだろう?」


 紫煙をくゆらせ、サクラが探るような視線を向けきます。


『可能か不可能かでいえば、難しいとだけ回答します』


 こちらの答えをどう受け取ったのか、楽しげに笑うサクラ。


「ははっ、難しい。無理ではなく難しいねぇ……。いいや、いいや、いいや。簡単に動かせるはずさ。現代でも数少ない自己創発型AIの完成形、HAL-A113ならね」


 そう言うとドローンのコンソールパネルとデバイスがケーブルで繋がれました。

 

 接続:T09A3 R-3001システム。タクティカルOSバージョン4.1.1.2。HAL-A113はシステムとの同期を開始します……。

 

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