第73話 暁のオークション⑫
「14億5000!!」
「14億8000!!」
「15億!!」
目の前で数値が天井知らずに上がっていく……
「16億!」
「17億!!」
「19億!」
「20億……!!!」
先程の魔法の薬が目じゃない程の暴騰ぶりだ。
最低入札単価が1000万だというのに、1億クレジットの入札が今では当たり前のように行われていた。僕はただ呆然とそれを傍観しているだけの状態だ……
「……さあ!785番の方より20億の提示が出ました!!」
「他にはいらっしゃいませんかぁ!?」
壇上の司会の声が大きく会場に響く。
「21億!!」
「はい!!899番21億のご提示!」
「22億!……」
衆目の視線を一身に浴びているのは、宝箱の中の瓶詰めされた”真紅の粉”だった。
あれこそが生命の素と言われている”アムブロシア”そのものだ。
……伝説によれば、アムブロシアはかつて有翼人の女傑”アリ・フレンダ”が天界の蔵に忍び込んで手に入れた不思議な粉だという。
その粉をこねて、パンにして食せばしばしの間不死身の肉体を得ることができ、軟膏にして剣に塗れば不滅の強度を手に入れ、ワインに溶かして飲めば長久の寿命を得ることが出来るという。もちろん、とてつもない魔力を得られるというのは今更言うまでもないだろう。
…………
僕は今しがた司会の口から聞かされた伝説について思いを馳せる。
アムブロシアの効能については本で読んでいたから知識としては持っていた。だけど、本でただ活字として得た知識と、実物を前に直接その伝説が語られるのでは迫力が違う。
改めて聞くととんでもない効力だよな……
普通に考えれば与太話で済まされてしまうだろうが、相手が神話のアイテムなら話は別だ。司会が語り終わった後の観客の大歓声といったら凄かった。この会場にいる観客にとっては、壇上のあれは文字通り万能の願望器なのだろう。あれを手にさえすれば神話で語られた英雄にさえなれるかもしれない。そういった天上の神々への飽くなき憧憬が彼らの心に灯をつけたのだろう……
もちろんあの効力は古き伝説で語られていることだから、どこまでが本当の事なのかは分からない。神話のアイテムをまさか使用して効果を調査するなんて事はもちろん出来ない。アナライズや測定の魔道具を使って地道に解明していくしかないのだ。
「28億!!」
「29億5000!!」
「……30億!!!」
おおー!!と会場が大きくわめき立つ。
ついに30億行ったか……これで最低落札価格の3倍に達したというわけだ。
……ある程度予想していたは言えこの暴騰ぶりは僕にとって結構ショックだった。
最低落札価格がこれだけ規格外に高かったら、そこまで値上がりしないだろうと勝手に思い込んでいた。でも、実際はご覧のとおりだ。
魔法の薬やアムブロシアでこれなら”ネクタル”はどれくらい行くんだろう……あんまり考えたくない。
……
まあ、最も考えてもしょうがないという事は分かっているんだけどね。僕がどうひっくり返ったって今手に入れられる品じゃないんだ。そんなのは分かっている。
分かっているんだけど…………
「さあ!!30億が出ました!」
「他にいらっしゃいませんかぁ!!?札も上がらなくなってまいりました!!」
「他になければ今すぐにでも締め切りさせて頂きます!!」
司会者が大群衆に向かって煽り立てる。
僕が物思いに耽っている間に終わりが近づいていた。僕は一旦思考をやめ、顔を上げて壇上に注目する。
「……くっ」
「おい、後予算どれくらいだ……?」
「ここで……手に入れなければ……」
「ぬぬっ……」
壇上周辺の観客たちのささやき声が聞こえてくる。価格が30億に達してから札が一向に上がらなくなった。おそらく落札に参加している人のほとんどが予算を30億クレジットまでと想定していたのだろう。参加者にとってもこの暴騰ぶりは予想外だったのかも知れない。
彼らがなおもそうやって逡巡していると……
ダーーーーン!!!
ハンマーを打ち付ける音が盛大に響き渡った!
その瞬間……札を上げるか迷っていた群衆の一部から、悲鳴ともとれるため息が上がった。「何だよ!」「はえーよ!」とか、上げそびれた憤りを晴らすかのように不満を吐露している。
しかし、そんな彼らの声も虚しく司会者は何事もなかったようにオークションを進行する。
「……はいっ!!」
「ロットNo.2 生命の素 ”アムブロシア”、丁度30億クレジットで落札されました!!!」
「落札されました949番の方に、皆様盛大な拍手をお送りください!!!!!」
ワーワーワー!!!!
パチパチパチ!!!!
群衆の割れんばかりの喝采が会場にこだまする。
「それでは落札者の方は壇上までお越し下さい!」
司会者に促された949番の落札者が騎士の先導のもと壇上まで歩み出ていく。
背中から手元にかけて翼が生えた女性の様だ。キリッとした目付きが特徴の美女だった。おそらく、彼女は亜人の
ハーピーは上半身が鳥と人間が合体したような外見が特徴で、山岳地帯に居を構える種族だ。彼女たちは自分たちの生き方に誇りを持っており、地を這う者とは関わりを持とうとしない。人間とも交流はほとんどなく、今回のように人間が主催するイベントに顔を出すことはかなり珍しい。孤高の種族と言って良い。
ドレス姿の彼女達の姿はとても新鮮だった。
カツカツカツ……
観客の声援の中、まるで王が凱旋したかのように堂々とした立ち振舞いで彼女は歩いていく。その姿は自身に満ち溢れており、落札できなかった者達に自分の姿を見せつけているかの様でもある。彼女は壇上中央まで歩み出ると、涼し気な顔で司会者の顔を一瞥した。
「おめでとうございます!」
「見事落札された気分はいかがですか?」
司会者がそう祝辞の言葉を述べると、彼女はそれまでの涼しい顔を途端に曇らせた。
今の言葉がなにか癇に障ったのだろうか……
「<……めでたいだと……>」
「<賊の末裔の分際でよくそのような台詞が吐けるなお前は……>」
彼女は
それにしても賊の末裔か……
彼女は人間をどうやら快く思っていないようだ。人間がアムブロシアを手に入れる時に彼女たち有翼人種と何かいざこざがあったのかもしれない……
あくまで僕の推測だけど。
「あの、何か今仰っしゃりましたでしょうか……聞き取れなかったのですが……」
「ふん!何でもない。話を進めるがいい」
「…………」
「かしこまりました!それではこちらへ……」
司会者は彼女の呟きに一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに切り替えると、彼女を壇上の机へと案内した。後方に控えていた鑑定士兼魔術師が契約書を持って彼女に応対している。
観衆はざわつきと共にその光景を見守っていた。魔法の薬を落札したあの紳士に対してしたように、彼女についてもまた様々な憶測を並べ立てているようだ。
まるで獲物を仕留めんとする狩人のように……
……ぶるっ
僕はその光景に酷く戦慄を覚えた。
思い出すのは先程の老人の言葉だ……
もし……本当にもしもの話だけど、あの老人の言葉が真実だったら……
つまり、神話のアイテムが”抑止力”として異種族間の平和維持の側面を持っていたという場合だ。僕は単に金や名誉を得るためだけに、この人達は参加してきているのだと思っていた。過去に神話のアイテムを巡って幾多の争奪戦が繰り広げられてきたというのは知っている。でも、それは金と栄光に目のくらんだ一部の権力者達だけの話だとこれまでは認識していた。もちろんこの中の参加者の多くはお金や名誉を求めて来ているんだろう。僕のように少数派だろうが、学術目的で来ている人も中にはいるだろう。
だけどあの老人の言葉が真実だったら少し……いや、かなり認識が変わってしまう…………つまりこの人達の中には純粋なる”力”を求めて来た人もいるかもしれないということだ。それも個人レベルの話ではなく、種族全体の存亡を掛けたレベルでこのオークションに臨んでいる人もいるのかもしれない……
もしそんな人達がいるなら、目の前で落札されたからといって簡単に諦めが付くだろうか……黙って指を咥えて見てるだろうか……
…………
……ははは、まさかね。
僕はその考えを打ち消すかのようにブンブンと頭を振った。はぁ、馬鹿らしい。流石にちょっと考え過ぎだぞ、僕!
会場は2重3重のルーン結界で守られている。翻訳魔法や
どうも僕はあの老人に言い負かされたせいで、ちょっと神経質になっていたようだ。あいつはこっちが狼狽えているのを見て喜ぶ狂人だ。いちいちその言動を気にしていたら老人の思う壺。まともに取り合う必要はないだろう。
そう結論づけた僕は、思索を打ち切り再び壇上に注目した。壇上では丁度落札のセレモニーが終わり、有翼人の女性が退場していくところだった。
「皆様、落札されました949番の方に改めて盛大な拍手をお送り下さい!!!」
ワァアアー!!ワァアアアー!!!
パチパチパチ!!
ヒューヒュー!!!
司会者に促された会場の観客は万雷の拍手で彼女を見送った。
先程までの僕の考えが杞憂だったかのような祝福の嵐だ。そんな声援に見送られた彼女は、舞台袖に設置された階段から2階席に消えていった。彼女もやはりVIPの一人なのだろう。
彼女が退場して、拍手が鳴り止むと観客の視線は再び壇上の司会者に向けられた。
「さて、皆様お待たせいたしました!」
「次の品物にまいりましょう!!」
……!!!
司会者のその言葉に、僕の心臓が跳ね上がった。
心拍数が上昇していくのが否が応でもわかる……
ついに来た……ついに……!
くそっ……ここじゃちょっと見えにくいな……
壇上周辺の人混みは避けるにしても、出来るだけ近くで見たかった。
はやる気持ちを抑えて、さらに良い立ち見ポジションはないかと足早に移動する。やがて人混みが少ない場所を見つけると、僕は壇上の方に急いで振り返った。壇上ではまさに登場する次の品の名を叫ぼうと、司会者が手を振りかざした瞬間だった!
「ロットNo.3……”
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