第62話 暁のオークション⑤
足音は優雅な足取りで壇上の中央に向かっていく。
カツン、カツン、カツン……
さらにその後に続くように、いくつもの歩調を揃えた金属製の足音が聴こえてきた。かなりの人数が壇上に歩み出てきている。
その者達は壇上中央まで来ると、四方に散開していった。そして散らばり終えるとその場で「だん!」と足を鳴らし、何かの金属を強く床に打ち付けた。
カーーーン!!
鼓膜をピリピリと震えさせるほどの振動音が壇上から放たれる。
それはまるで会場にいる人間に畏敬の意を知らしめるかのように。
それはまるで何か神聖なものを呼び寄せる儀式かのように。
それはまるで戦死者への鎮魂歌を奏でるかのように。
重々しい金属の協和音が天へ向かって
……僕の耳にしばしの残響が生じた後、再び場は静寂に包まれた。
先ほど歩み出てきた者たちは、その後、物音ひとつ立てずに不動の姿勢を保っているようだ。
いったい彼らは何者なのだろう……?
そんな疑問が僕の頭の中に思い浮かんで束の間。
……また一つゆっくりと壇上に歩み出てくる足音が聴こえてきた。足音と共に「サー……」と何か長い布を引き摺るような音も一緒に聴こえてくる。一段と時間を掛けて壇上中央まで歩み出てきたその人物の登場で会場は俄かに色めき立った。
あちらこちらから「わぁ……」と感嘆の声が上がる。どうやら拝礼もせずに壇上を目視していた人が結構いたようだ。彼らの反応からして、たぶん王家の人間が登場したという事なんだろう。
……やがてしばしの沈黙を挟んだ後、壇上中央にいるその人物が声を発した。
「皆の者大儀でありました。面を上げなさい」
会場全体に透き通るような明瞭な声が響き渡る。
女の人?
声質からして若い女性のようだ。司会の男の人の様な大きな声ではなかったけど、その清澄に富んだ声は会場の外周にいる僕の耳にもはっきりと聴こえてきた。僕はその声に導かれるようにゆっくりと顔を上げる。会場にいる多くの人間も今この時初めて壇上の光景を目撃したのだろう。
直後、再度大きなどよめきが起こった。
「なんて神々しい……」
「綺麗……」
「美しい……」
会場のいたるところで溜息が上がる。僕もその光景に思わず見入ってしまった。
……壇上の光景は華麗の一言だった。
赤と金を基調とした色鮮やかな衣服でその身を包んだ戦乙女たち。彼女たちは銀の防具に槍と盾、そして羽根つき兜を装備し、輝くような光を放って壇上を囲んでいた。
そして、彼女たちのその中央。背筋を伸ばし、毅然とした態度で佇むシニヨンヘアーの美女がいた。キラキラと輝くアッシュブロンドの髪。全身が純白で覆われ、金の花柄模様で彩られたロングドレス。長く広がるドレスの裾は輪のように広がり、彼女の気品の高さが伝わってくる。彼女は誰もが一目で高貴だと分かるオーラを放ちながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「……まずはわたくしの紹介をしましょう」
「私はエレオノーラ・アポストロス・ヴァルキュール・カーラ」
「現国王、ヴァルファズル5世の妹です」
「今日は国王である兄に代わり祝意を皆に示す為、この場に列席しています」
えっ……あの王家の人って……
エレノア様だったのか!!?
僕はまさかの人物の出現に驚いてしまった。僕と同じようにエレノア殿下の言葉を聞いた大衆から驚きの声が上がった。
「エレノア殿下か!!?」
「うそぉ!?エレノア様!」
「うわぁ……初めてお姿を見れた感激……!!」
会場全体から興奮の声が吹き荒れた。
しかし、エレノア殿下はそんな大衆の反応にも落ち着き払った状態で続きを述べてくる。
「遠路遥々を押しての参画、誠に大儀でした」
「このように多くの者に参加してもらえるとは私としても僥倖の至りです」
「改めて、みなにはこの場で感謝の意を表します」
そう言って、エレノア殿下は真っ白なグローブをはめた右手をゆっくりと大衆の前に掲げた。しかし、そんな彼女の言葉も大衆の興奮止めやらぬ声にかき消されそうになる。会場のざわつき方がそれくらい尋常ではなかった。
さすがにこれは殿下の前で騒ぎすぎじゃないかな……
だけど、無理もないか。まさかエレノア殿下がお目見えになるなんて、サプライズもいいところだもんな。僕も声こそ上げなかったが、内心ではかなり興奮していた。
王族が国内の重要な式典に参加するのは珍しいことではない。王の叔父や叔母、または兄弟・姉妹やその家族、隣国からの養子や末子に至るまで数えると、その数は王族だけでも優に50人は越える。僕はこれまで王族と接点はなかったし、姿を見るのも今日が初めてだけど、王都に住んでいる上流階級の人にとっては王族の姿は珍しくないらしい。社交場と言われるオペラや競技場、大聖堂や商人ギルド連盟会館での催事を通して王族と触れる機会は実は結構多いそうだ。
しかし、当然王族全員の名前や顔を知っている人間なんて限られるだろうし、中にはほとんど認知されていない王族だっているだろう。だけど、エレノア殿下は話は別だった。王族にほとんど興味を持っていない僕でさえ、彼女の名前をフルネームで知っているくらいだ。
いや、僕に限らないだろう。カーラ王国の臣民だったら、誰だって彼女の名前を知っている。
”エレオノーラ・アポストロス・ヴァルキュール・カーラ王妹殿下”
カーラ王国現国王の妹にして、7人兄妹の一番年下の王女である。カーラ王国の民からは敬意を込めて、”エレノア殿下”、または単純に”王妹殿下”と呼ばれている。
現国王の”ヴァルファズル5世”とは20歳以上も年が離れており、知らない人間から見たら親と娘に見えてもおかしくない外見年齢だ。
ヴァルファズル5世には既に成人している嫡子や娘がいる。また、エレノア殿下の兄姉も全員未だに健在の事から、彼女自身の王位継承権は非常に低い。
しかし、それでありながら彼女の存在感は数多くいる王族の中でも抜きんでて高かった。その権威は兄である王に次ぐと言っても過言ではないくらいだ。
……何故かって?
それはひとえに、エレノア殿下の才知と王国への貢献によるものだと言っていい。
まだ、若干23という歳でありながら、政治・経済・司法に深く精通し、兄王へ数多くの助言を行ってきた。国王はもちろんのこと、王国の大臣も国内の重要な施策を打つときはエレノア殿下に意見を求める事が多いという。ここからでも彼女が一目置かれている事が分かる。
何故彼女がそんな風に頼りにされるようになったかというと、いくつかの重大な国の危機を未然に防いできた実績があったからだ。
例えば、5年前のカーラ北方における海上の利権を巡って魔族と対立した時だ。その時はあわや魔族と戦争に発展しそうになったが、彼女が交渉役として志願してそれをまとめ、戦争を回避した。
またある時、地方の貴族が王国に反乱を起こそうとしたことがあった。その時彼女は個人資金を使って王国直営の
また、国内の統治において、王族以外が国政の場に参加出来ない封建体制に対する限界が以前から叫ばれていた。地方の貴族の反乱が相次ぐ中、数年前体制の大幅な見直しを各領邦の貴族から求められたことがあった。この時彼女は王家への献納金を増加させる代わりに、国政の場に貴族を限定的に参画させるような法案を提案した。国王がこれを採択し、貴族側を納得させたことによって、国を分裂させるようなことにもならず、封建体制は維持されることになったという。
……そんな才知に長けたエピソードに事欠かないエレノア殿下。
実は公衆の面前に全く姿を現すことがないことでも知られている……
その理由は色々噂されている。
王宮内の政務で忙しいのだというまっとうな理由をはじめ、余りにも美しくて人々に過剰な崇敬を与えないように彼女自身が配慮したという信じがたい理由や、実はもの凄くブスで人前に出ることが恥ずかしいのだという根も葉もない噂まである。
まあ、王位継承権が低い身の上なのに表に立ちすぎるのはよくないと思っているというのが本音のようだけど……
ちなみに、ブスの噂は一部で囁かれている限定的なものだったが、彼女が王族でも類まれな美女だというのはまことしやかに噂されていた。その証拠に各国からエレノア殿下に対する求婚数が3桁を越えていた。クレジット加盟国である近隣諸国はもちろんの事、名前も聞いたことがない地理的に遠方の国や、あまり交流のない魔族の国のプリンスまでもが彼女に求婚を申し込んで来ている。
王位継承権が低い王女に対してこれほど求婚の数が多いのは珍しいことらしい。もちろん先の件を通して彼女の名声が高いのもあるだろうが、それでもこの数は異常だという。
……カーラ王国の救国の英雄にして、姿を見せない絶世の美女。
それが噂に尾びれに尾びれがついたエレノア殿下に対する人々の評価だった。
彼女がカーラ王国の人々から尊敬と憧憬を一身に浴びる存在になってしまうのも無理からぬことだ。殿下がそれを望んでいたかどうかは知らないけど……
感情が昂った状態で僕は壇上を見据えた。エレノア殿下の姿を拝めたことに興奮を隠せない僕がいる。
今日、この場にいれたことはラッキーとしか言えないな。
オークションに参加しているカーラ王国の人もみんなそう思っているんじゃないかな……?
会場の喧騒はそれを示すかのように、なお一層その嘆声に弾みを付けていた。一向に収まる気配を見せないでいる。
……エレノア殿下は既にその手を下ろしていた。両手をまっすぐに伸ばした状態で前に組み、瞼を閉じてじっと佇んでいる。会場が収まるのを待っているのだろうか?
彼女の心情を伺い知ることは僕には出来ない。
しかし、それにしてもただ立っているだけなのに、
この構図は絵になるなぁ~……
壇上には息を呑むような光景が広がっている。これで一つ噂は確かだったわけだ。エレノア殿下が目も眩むような美女だという事。これはもはや疑いようがない。
そして、周りを囲んでいるのは彼女の近衛騎士たちだろうか?彼女たちの姿もみな美しい。槍と盾を臨戦態勢で構え、主を守る姿はまるで神話に謳われる”戦乙女”のようだ。華麗さと凛々しさを同居させたような彼女たちの立ち振る舞いは、見る者の目を奪っている。
……えっ!!?
僕は壇上の光景を見ていて、ある1人に違和感を感じた。
20人以上いる他の近衛騎士は臨戦態勢で槍と盾を構えているのに、1人だけ構えもせずに殿下のすぐ斜め後ろに控えている女性がいた。彼女は帯剣こそしているが、槍は持っておらず、羽根つき兜も装備せずにただ立って様子を見ているだけだった。
……それだけではない。
彼女の姿を僕は以前見たことがあった。あの姿は僕の目に強烈に焼き付いていたから、よく覚えている……
あれは確かアモンギルドだったかな。入口で僕とレイナが天井画に惚けていた時に彼女とすれ違ったんだ。レイナが聞いていたという彼女の名前は確か……
僕が彼女の姿に驚いていると、途端に彼女はその場から動き出す。それまでピタリと静止していたにもかかわらず、今この段階になって彼女は壇上の前にゆっくりと歩み出てきた。一体何をしようというのだろう?
彼女は修行僧のように泰然と瞑想をしているエレノア殿下のさらに前まで進み出ると、殿下に代わって観客の視線を一身にその身に浴びる。そして、腰にさしている水晶の柄がついた剣を抜き取ると、高々とそれを天へとかざし掛け声を放った。
「構え!――――」
そして……
ヒュン!!
彼女の剣が勢いよくそのまま振り下ろされた!!
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