第60話 暁のオークション③




 入館の受付係のようだ。


 入口手前には受付係が何人も配置されており、彼らは入場しようとする客の対応で追われていた。

 僕は懐から招待状が入った封筒を出すとそれを目の前の男性に渡した。 




「お願いします」




 男性は封筒を受け取ると、開封して招待状の中身を確認する。しばしそれを眺めた後、彼は僕に身元確認をしてきた。




「”アザゼルギルド”推薦のエノク・フランベルジュ様でいらっしゃいますね?」


「はい。そうです」




 僕がそう答えると、彼はニコリと微笑んで歓迎の言葉を口にする。




「夢と希望が集まる欲望の塔マーセナリータワーにようこそ」


「我々一同あなた様の来訪を歓迎いたします」


「あ……ありがとうございます」




 目の前の紳士は祝辞を述べた後、深々と一礼をしてきた。


 なんかこうやって素直に歓迎されると照れちゃうな……


 彼はさらに入場に際しての説明を始めた。




「恐れ入りますが、本日会場に入るには身体チェックがございます」


「武器、魔道アイテムの類は原則持ち込み不可になります」


「”タリスマン”のみ持ち込み可能でございますが、この後のチェックで問題ないかを確認致します」


「もし、お持ちでしたら先にご提示ください」




 ”タリスマン”とはバッドステータスの中和アイテムを意味している。バッドステータスが大魔王に掛けられた”呪い”という逸話から、その呪いを打ち払うアイテムという意味で名付けられた通称だ。

 呪いを打ち払うアイテムを挙げればキリがないのだけど、単純に”タリスマン”といった場合はバッドステータスの中和アイテムを指す。




「はい……え~と、これです」




 僕はコートの長袖を捲って、そこに着けられた腕輪を見せた。


 蛇のように波打つ紋様が付けられた金属製の腕輪。これが僕の"中和アイテムタリスマン"だ。

 ガングマイスター工房で魔法技師見習いとなったその日、親方に作ってもらった想い出の品だった。

 タリスマンの作成は工房ギルドで受発注を行っているので、これを持つことは別に珍しいことではない。




「ありがとうございます」


「それではそのままチェックに入りますので動かないようにお願いいたします」


「分かりました」




 僕は相槌を打ちながら承諾の言葉を口にする。

 しかし、言葉では承知していても内心では少し嫌だった。以前も仕事でカジノに入った時にチェックは受けたことがあるんだけど、その時にあまりいい思いをしなかった。


 まあ、愚痴ってもしょうがないんだけどさ……


 受付係の男性は僕から返答を聞くと、彼の隣にいた女の子に声を掛けた。どうやら彼女が解析魔法アナライズを掛ける役のようだ。

 ボブカットの黒い髪をした可愛らしい女の子だった。年はもしかしたら彼女の方が年上かもしれない。背丈は僕より低く、マジックステッキに黒いローブを着た典型的な魔法使いのようだ。




 ……うん?


 なんで彼女だけこの服装なんだ……?




 入り口には他にも何人かチェック係がいたけどみんな正装をしている。しかし、彼女だけはこの場に似つかわしくないカジュアルな格好だった。さらにその服を見ると所々ほつれており、お世辞にもあまり裕福な感じを受けない。先ほどまで冒険者だった人物がそのままここにやってきたような印象さえ受ける。


 ……そんな僕の怪訝な表情を察したのか、受付係が言葉を挟んできた。




「……お客様申し訳ありません」


「実は来場するお客様がこちらの想定を上回る人数になってしまいまして、チェック係の応援を急遽手配する事になったのです」


「お見苦しい点があることをお詫び致しますが、何卒ご理解のほどお願いいたします」


「なるほど……そうだったんですね」




 ……まあ、確かにびっくりするくらい人多かったもんな。


 招待状なしで、入場料を払ってオークションに参加しに来た人もいるという事だ。1000万クレジットを払ってでも神話の魔法アイテムを見たいという人がこれだけいるというのは少なからず僕に衝撃を与えた。


 改めて親方には感謝の言葉しか出ないな……


 僕が親方に心の中で謝辞を表していると、受付係の男性に促された女の子がそのまま僕の前に進み出てきた。彼女はくりくりした目で僕を見据えると、やや舌足らずな感じで言葉を発してくる。




「えーっと、それでは掛けますので、そのまま止まっててください」


「……それと気を楽にして魔法の効果を妨げないようにお願いします」


「チェックが上手くいかなかった場合はやり直しになりますので、よろしくです」


「はい」




 なんか……微笑ましいな……


 王家主催のオークションだから肩ひじ張っていたけど、彼女を見ていると少し和んだ。

 彼女は僕の返事を聞くと、手を前に掲げ魔法を詠唱してくる。




「アナライズ!」




 カチカチカチ……




 彼女の解析が始まった。


 ……少し緊張するな。


 やっぱりこの時だけはどうしても慣れない……


 やがて解析を完了した彼女が結果を言葉にしてきた。




「解析完了……」


「対象者名、エノク・フランベルジュ……コレクト」


「種族……人間。対象者レベル……10」


「アクティブ・パッシブスキル共にアノマリーは認められず」


「バッドステータス……!?」




 途端彼女の表情が固くなった。


 彼女をそのまま俯きながら縮こまる。


 そして……




「……ぷっ」




 今笑わなかったか、この子……




「どうした?」


「い、いえ……なんでもありません!」




 彼女の様子を訝しがった男性が声を掛けてきたが、彼女は頭を振って否定した。顔を上げた彼女はそのまま解析結果を述べ続ける。




「武器・魔法アイテムの所持……タリスマン以外認められず」


「対象……ブラッドフォード・ガング製作。アザゼルギルド登録№2843タリスマン」


「バッドステータスとの相関性確認……コレクト」


「……解析全て異常なしです」


「そうか、ご苦労」




女の子からの報告を聞いた男性は静かに頷いた。彼をこちらを振り返った後また恭しくお辞儀をしてくる。




「エノク様お待たせいたしました。確認が取れましたのでご入館いただけます」


「オークションに参加されるにあたりこちらの番号札をお持ちください」


「あ、はい」




 僕は彼から番号札を受け取った。

 番号札には”3864”という数字が打ってある。競りに参加するときにこれを掲示しろという事だろう。まあ、僕には関係ないんだけど。




「最後に会場の場所ですが、地下1Fにございます」


「入り口から入って直進して頂くと競売場広場へ向かう大きな階段がございますのでそれをご利用ください」


「それでは。よい夜を」


「ありがとうございます」




 僕はお礼を告げるとともに会館の入口へと向かう。


 途中、先ほどの女の子へチラリと目をやると目線が合ってしまった。一瞬お互いの間に微妙な空気が流れる。




「…………」


「…………」


「……ぷっ」




 ……はあ

 

 だから、チェックは嫌なんだよ……




 僕は心の中で深い溜息をつきながら、欲望が渦巻く塔の中へと入っていった。


 天頂部分に天使の彫刻が散りばめられたアーチ形の入口を抜けると、そこは光の回廊だった。水晶によって構築された壁面は壁に掛けられた照明から発せられる七色の光を反射し、虹の空間を演出している。その壮麗な光のアートの見事さは一言では言い表せないほどだ。

 周囲には僕と同じオークションの参加者がその壮麗な眺めに心を奪われていた。さすがゴールド通り1番地……”不滅の都カーラ”を代表する建築物だと僕は感心する。本当は僕もじっくり見ていきたいけどな。


 しょうがない。急ごう……


 もう、18時を回っていて既にオークションは始まっていた。天上の光の芸術を見上げながら僕は足早に回廊を進んでいく。


 確かこの建物は戦乙女が勇者を饗するための館をモデルにしているという伝承があったっけ?実はこの建物も大聖堂と同じく王国が存在する前から建築されていたと言われている建物だ。誰が建てたのか、どういう用途で建てたのか、そのはっきりとした経緯は分かっていない。ただ、まことしやかな口伝が現代にまで伝えられているのみだ。

 この建物はそれこそ先史文明時代から存在しており、神話の時代に建てられたのではないかという伝説すらある。

 ゴールド通り1番地の建物。あらゆる富と財が集まる事から欲望の塔マーセナリータワーの異名を持つ。現在は商人ギルド連盟所有の建物であり、王国の重要な饗宴が行われる聖域。敷地面積こそ庭園含めた王宮の広さには遠く及ばないものの、その芸術性とその歴史からある意味王城以上に権威を持つ建物だ。




 一般人がここに入れることは滅多にないから本当は見学していきたいんだよなぁ。


 レイナには悪いけど、オークションが終わったらちょっとだけ見学させてもらおうっと。


 彼女、お腹空かせて我慢できなくなってたりして……


 ははっ……帰ったら文句言われそうだな。


 僕はそんなことに思いを巡らせながら、地下へと続く階段を下りて行った……







「ハックシュン!」




 鼻がムズムズする。




「誰か……私の噂でも話しているのかしら?」




 ははは……なわけないか。迷信じゃあるまいし。


 第一、私の事を噂できる奴なんてこの世界じゃ3人しかいない。私は窓から見える町の風景を見ながら物思いにふけっていた。

 今頃エノクは会場に着いただろうか?時間は既に18時を回っているからオークションは始まっているはずだ。無事でいるといいけど……




 ……




 思い出すのは”あの鶏”の事だ。


 あいつを見てたらどこからともなく”声”が聞こえて来た。


 いや……声といっていいか分からない。


 それは私の妄想だったのかもしれない。


 でも、なんとなく頭の中に浮かんできた言葉がある。


 それはこんな内容だった。




『……黙示の日が徐々に近づいている……』


『……大いなる大樹は枯れ果て……』


『……堕ちた天使が再臨し、あらゆるものを滅ぼしていく……』


『……行き場を失った邪気はさらに増大し、”其れ”は降臨するだろう……』




 ……中二病か私は?


 確かにオンラインゲーム好きの友人に色々な神話の設定とか化け物の話とか熱く語られたけどさあ……


 そんなに私毒されていたっけ……?


 ……


 まあ、ファンタジーの世界に来ちゃった訳だしぃ?


 ファンタジーっぽい魔物とかも見っちゃったから妄想が急に爆発しちゃったのかもしれないわね。


 気を付けよう。


 でも、そんな事よりなにより今の私にはもっと切実な問題があるのよね……




 …………




 ぐ~




 お腹空いた……






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