第17話 死の追いかけっこ







 外に出るとそこは閑散とした住宅街だった。

 辺りには夕暮れの光が差していた。まもなく日も沈むだろう。人の姿がほとんどみられなかった。街並みに関して言えばとても現代のものとは思えない。世界史で見た、中世、もしくは近世の街並みに見える。


 街中から反対方向を見ると田園地帯が広がっているのが見えた。やはりここは町の郊外だとみて間違いないようだ。田園地帯があるなら水場があってもおかしくないはず。街の中心へ行く前にそちらを確認した方が良いかもしれない。


 私は田園地帯に向かって街をゆっくりと進み始めた……




「オアァァ・・・」




 しばらく進むとどこからか変な声が聞こえてきた。


 なに……この声。どっかで聞いたことある……


 鳴き声かな?


 しばらくするとまた声が聞こえてきた。




「ニャアァァ~~……♪」




 なんか心なしか、声の主は嬉しそうだ。♪マークなんて付いちゃっているし……


 ていうかさっきより声が大きくなっているような気がする……




「ニヤアァァァァ~~~~~~!」




 声はさらに大きくなっていた……

 声の方向を向くと、向こうからなにかが近づいてくるのが見える。四足歩行の動物のようだ……

 最初はゆっくりとだった足取りが、こちらに近づくにつれだんだんと早くなっている……




 えっ……まさか……これって……!


 やばい……!!!




 私は直感的に危険を察知した。


 その場から猛ダッシュで逃げる。




 くっ……槍が重くて思ったように速く走れない……!




「オアアアアアアァァァァァ!!!」




 それは背後から雄たけびを上げながら猛ダッシュで近づいて来た!!明らかに私を狙っている……!!!私は全力で逃げながら、辺りに逃げ込める場所がないか必死に探した。奴が入ってこれなさそうな狭い場所とか、身を隠せそうな場所があればいい……!




 どこか……ないの?


 お願い!!!


 ……!




 あ、あれは!?




 そんな私の目に一つの光景が入ってきた。


 建物の隙間にある狭そうな路地だ。




 もしかしたら……あそこなら行けるかもしれない!




 私は祈るような気持ちでその路地裏に逃げ込んだ。路地は人一人通れるのがやっとなくらい狭い通りだった。


 なんとか振り切らなきゃ……!!


 後ろからは異様な雄たけびを上げてきたモンスターが迫っている……!!奴もどうやら、この路地裏に入ってきたようだ。


 しつこいわね……!まだ、追ってくるの!?


 私は槍を持ちながらの逃走のせいか、思ったほどスピードを出せなかった。だが、これは手放せない……!これは最後の保険だ……!!


 しかし、敵はまるで諦めようとしていない!!なんとしても私を捕らえようと躍起になっているようだ!!いや、捕らえるだけだったらまだいい……


 明らかにあれは私を獲物だと認識している動きだ……!




 逃げられなかったら………………死ぬ!




 だが、運命とはなんて残酷なんだろう……


 どうやら運命の神は私を見捨てたようだ……




 狭い路地の奥は…………行き止まりだった。


 逃げ道は……他にない。


 私は目の前の壁を呆然と見上げた。




 そんなのってないわよ……




 だが、呆けている場合ではない。


 奴はすぐ後ろに迫っている……!!!


 私は自分に渇を入れた!ここで死ぬわけにはいかない……!




 覚悟を決めろ!わたし!!




 私は後ろから近付いてきた足音の正体を確かめるべく、槍を構え後ろを振り向いた……!


 モンスターは私が槍を構えているところを認めると、私のすぐ目の前で止まった。奴にもこの槍が見えるようだ。




「ふしゃああああ……はああ、はああ……」




 それは私の数倍はあろうかというモンスターだった。その眼光は相手を威圧し、暗い夜でも相手を察知することが出来る。口腔にはいくつもの鋭い牙を持ち、獲物を決して逃がさない。顔の上にある大きな耳は優れた聴覚を有し、僅かな音も聞き漏らさない。そんな恐るべきモンスター……


 なんということでしょう……前世ではそのモンスターを”猫”と言っていた。


 だが、今の私にとっては魔獣に等しい。

 奴は相当腹を空かせているんだろう。今にも飛び掛かってきそうだ。その鋭い眼光にしても明らかに普通の家猫ではなかった。完全に野生で生きている猫だ。獲物を捕ることは奴にとって死活問題だろう。おそらく一切慈悲はない。


 私は槍をしっかりと構え、目の前の猫と対峙した。




         猫に追いかけられるレイナ

https://kakuyomu.jp/users/konosubag/news/16818023212790571715




「しゃあああああ……」




 奴がこちらを威嚇してくる……


 タイミングを見計らっているようだ。


 こうなったらやるっきゃない……一か八かよ……!


 こちらにもまだ逃げるチャンスがないわけではない。奴は私を捕える際、前足を伸ばして飛び掛かってくるはず……

 その時槍を喰らわせて奴が怯んだ隙に、横をすり抜けて逃げる。


 これしか手はないわ……


 こちらは槍こそ持っているが、これは元はただの木の枝だ。1回の衝突しか持たないだろう。その1回に全てが掛かっている。


 ふふっ……なんて分が悪い掛けよ……


 私はあまりの自分の境遇の悪さに失笑した。思えばこの異世界に来てから碌なことがない。まだ、2日と経っていないが前世で暮らした18年間よりこの2日間の方が何倍も命の危険にさらされている。異世界が面白そうなんて言っていたことが今となっては馬鹿らしい。


 だけど、そんな最悪で、後がないようなこの状況でも私は生きることを諦められなかった。




 冗談じゃないわ……!




 ここで死んだら私は何のためにこの世界に転生したというの?

 前世で果たせなかった、普通の生活、普通の恋愛、普通の結婚、普通の老後ライフを絶対送ってやるんだから!こんなところで死んでられない!!


 私はきっと目の前のネコを睨み付けた!




 さあ、掛かってきなさい……!


 人間の意地を見せてあげるわよ……!!





「ふしゃああ……」


「…………」


「ふしゃあああああ……!」


「………………」


「ふしゃああああああ!!!」




 来るッ……!




 その瞬間奴は前足を伸ばしてきて私に飛び掛かってきた!!!


 奴が飛び上がった瞬間、私は槍を奴の顔面に投擲した!!


 直後私は路地の端に転がり込む!!!




 どすっ!




 槍が刺さった鈍い音が聴こえてきた。




「ふぎゃあああああああ!!!」




 奴は悲鳴にも似た雄たけびを上げた!!




 今よ!!!




 私は奴が痛みで暴れている横を転がるようにすり抜けた!!




 ……行ける!


 このまま走り去ってみせる!!!




 その場から立ち上がった私はすぐに全速力で走った!!

 だが、奴もすぐに私が逃げたことに気付いたようだ!!恐ろしい怒りの雄たけびを上げながらすぐに私を追いかけてきた!!!先ほどまでとは雰囲気が全く違う!一切の躊躇いなく私を殺す気でいる!!

 

 しかし、私は捕まる気がまるでしなかった。先ほど槍を持っている時は段違いのスピードで路地裏を掛けていく。陸上部にいた時でもこれほどのスピードは出せなかっただろう。自己ベストを余裕で更新している。




 さあ、追いつけるもんなら追い付いてみなさい……!


 私は速いわよ……!!!




 自分でも訳が分からないほど高揚している。

 すぐ後ろに死が迫っているというのに、恐怖より得も言われぬ高揚感を感じているのだ!死が迫っておかしくなったのか……あるいは別の何かのせいなのか……

 なぜこんな感情が出てきたのかは私には分からなかった。


 路地裏を早々に切り抜けた私は住宅街に入っていった。奴は相変わらず私を追いかけてきている。




「ふぁあああああああああ!!!!!!」




 奴も死に物狂いのようだ。

 言葉は分からなくとも、こちらを絶対に殺してやるという気迫を感じる。だが、奴の叫び声は遠のいていった。私の方が逃げるスピードが全然速いようだ。




 これは行ける……!このまま逃げ切るわよ……!




 私は逃げ切れることを確信した。


 しかし、勝利を確信した瞬間、私の目の前が急に真っ白になった……




 え……なに……これ




 スピードが急激に落ちていく……


 自分の体から力が急に抜けていくのが分かる。





 身体はとっくに限界を超えていた。

 食べ物はおろか、水分も取らずにここまで激しい活動をしていたのだ。よくここまで持っていたものだろう。だが、これ以上身体が言うことを聞きそうになかった……




 ダメ……このままじゃ……




 私は倒れる寸前だった。後ろからは再び奴の声が大きくなっている。捕まるのは時間の問題だろう。もはや万事休すかと思われた……




 その時……




 ガチャ




 近くの住宅から扉を開ける音がした。


 だれかが外に出ていこうとしているようだ……!




 ………!




 私は最後の力を振り絞りその住宅に駆け込んだ!


 家主が外に出ていこうとする脇を上手くすり抜けられたようだ。




「……えっ?えっ?なんだ?……」




 家主が急に中に入ってきた私に驚いている。




 「ふしゃああああああああ」




 猫の声もすぐ後ろまで迫ってきていた。




「わっ!?……なんだお前!しっしっ!あっち行け!」


「ふぎゃああ…………」




 どうやら猫は家主におっぱわれたようだ……


 助かった……


 だが、私はもはやその場から動けなかった……




 ズシーン....ズシーン....




 家主の巨人が私のもとまで寄ってくる音が聞こえる……


 逃げたいけどもはや私には力が残されていなかった……




 このまましんじゃうのかな……わたし……


 しにたく……ないよ……




 私はそこで意識を失った……



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