第36話 ユウ、結論を出す

奥多摩おくたまに行った次の月曜日、ユウは学生食堂で昼食を食べていた。すると水戸みとがやって来て、あいさつをして前の席に座った。今日の水戸の昼食は、大盛りカツカレーだった。すごい勢いで食べながら、ユウに話しかける。


「昨日はお疲れ様でした。疲れは残ってないですか?」

「おかげさまで楽しかったです。」


「なんで私がいいんですか?」ユウは率直に尋ねた。


祖父江そふえさんは、雨の日以外は毎日自転車で通学してくる、スチームローラーも時折パーツが変わって色々工夫している。スチームローラーが好きで、いつも乗りたいと考えているのが分かる。自転車は、ロードバイクでもシングルスピードでもなんでもいい。そういう人がいいのよ。」カレーを食べ終わった水戸は答えた。


「よかったら、授業の後、部室に来ませんか?紅尾べにおさんも一緒に。」


授業の後、ユウとリンはサークル棟の1階にある『ワンスモア』の部室に行った。

ノックをして部室に入る。部室には、水戸だけがいた。水戸のロードバイクの他、5台程のロードバイクやヘルメットなどが置いてあった。これらのロードバイクやヘルメットなどは、かつて水戸が乗っていたものや、卒業した先輩たちが置いていったものだという。


事務用の椅子に腰掛けた。水戸がインスタントコーヒーを入れてくれる。あの2人は? と聞くと、水戸はあの子たちは部室にはたまにしか来ないですからと言った。


水戸によると、サークルを作るのには5人が必要で、サークルと認められると空きがあれば部室がもらえる。部室は現在満室で、『ワンスモア』は3人しかいないため、新しいサークルができれば部室を明け渡さなければならない。部室を守るために協力してもらえないか? ということだった。


また、あの子たちはいい子だけど、全部人に用意してもらって、月1回のサイクリングだけしている。最初の内は仕方ないと思っていたけれど、1年経ってもそのままで変わらない。それではいけないと思うし、あの子たちが自分のロードバイクが欲しいという気持ちにならないというところに私の力不足を感じる。水戸はこぼした。


サークルの今後を考えるに、本当にスポーツサイクルが好きな、祖父江そふえさんや紅尾べにおさんのような人間が必要なの。水戸は言った。


「好きでやってるんだから、愚痴りなさんな。」リンがそっけなく言う。


「そうね、ごめんなさい。でも、先輩たちから引き継いだサークルを、できれば私も誰かに引き継ぎたいの。」水戸は元気なく答えた。


「私たちが入ったら、ロードバイクのサークルじゃなくシングルスピードのサークルになってしまうかも知れませんよ。」


一瞬、水戸はユウの言ったことの意味が分からなかったようだった。


はっと気づいて言う。


「それでも、いいわ。」水戸が元気を取り戻す。笑顔で目が糸のように細くなった。


「え〜入るの〜。私はユウと2人がいい〜。」リンは嫌そうに言って、ユウにゲンコツされた。


ユウは、水戸が好きになってしまった。リンとはまた違う魅力に惹かれた。水戸が元気になってくれるなら、サークルに入るくらいどうってことない。


『ワンスモア』に、ユウとリンが入部して、とりあえず部室を失う心配はなくなった。


入部したといっても、『ワンスモア』のイベントにユウとリンが欠かさず参加するということはなかったが、その後は、時折ユウたちがロードバイクでのサイクリングに参加したり、水戸たちが一緒にポタリングに行ったりするようになった。


水戸が大学卒業後、『ワンスモア』はポタリングのサークルに衣替えして多くの部員で賑わうようになるのは、また別のお話。

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