第8話 リン


先輩の前で自転車を降りて言う。


「ありがとうございました。あの、パーツのお代を。」


「いいのよ、実用には問題ないけど、安物だし、中古だし、もう使うあてもないし。」先輩は、満足気に笑う。


「私もスチームローラーに乗り始めた時、ペダルの重さやポジションとか、色々気になるところがあって、チェーンリングやステムを何度も替えてみたの。それで今の状態で落ち着いた。もう使うこともないと思っていたけど、あなたの役に立てて、うれしいわ。」


「たまたま、部品の規格が一緒で、そのまま交換することができた。チェーンリングもステムも規格がいくつもあって、そのまま付かないことも多い。だから、ラッキーだったと思って、使ってほしい。」


「でも、手間も時間もとらせてしまいましたから。」ユウは困ってしまった。




「それなら、カフェでコーヒーとケーキをご馳走になって、いいかしら?」先輩は、提案した。


「喜んで! これから行きますか?」


「そうね、明日の日曜日は時間ある?」


「はい、開いてますけど。」


「明日にしましょう。あなたの家は、どこ?」


浅間町せんげんちょうです。」


「じゃあ、明日の朝9時に、栗原くりはらのコンビニにスチームローラーで来てね。」




ここで、ユウは一番大事なことを忘れていたことに気づいた。


「私、祖父江そふえ 祐子ゆうこです。」


先輩もうっかりしていたという顔をする。


「私はリン、紅尾べにお りんよ。よろしくね。」


二人は、顔を見合わせて笑った。




その後、パーツや工具を片付けて、先輩はユウのスチームローラーから外したパーツをコンビニ袋に入れて渡してくれた。


「捨てないで、しまっておいて。」


ユウとリンは、一緒に下校する。もうペダルが重くて膝が痛くなることもないし、首の後ろが痛くなることも、肩がこることもない。


途中まで一緒に走ったところで、リンは


「私は、下清戸しもきよとだから、ここで。また明日。」


二人は別れた。




その夜


明日着る服や、リュックの代わりに、帆布のショルダーバッグを用意して、いつもより早目に猫とベッドに入る。


「明日、楽しみだな。」ユウは、そう思いながら、眠りについた。

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