間食 at ポップスパイダーキャンディ工場
「うっふふふ。ふふふ。冗談です、冗談ですよ」
と、線で結べば正三角形になると思われる位置に3つの目があるユシュローの青年は、左の黄緑色の目をぱちぱちと瞬きさせながらそう言った。左目を何度も瞬きするのは、彼らの『笑い』だ。その回数が多ければ多いほど、早ければ早いほど、『とても面白い』という意味になるのだという。
「お前達の『冗談』は質が悪いんだよ」
顔に、その3つの目しかパーツのないユシュローは、瞬きなどの目の動きだけでしか感情を表すことが出来ない。鼻もなければ口もないため、表情がわかりづらいのだ。呼吸は耳から行っており、絶えず自身の呼吸音が聞こえているために、他の音を聞き取ること――いや、聞こえてはいても、聞き分けることが出来ないらしい。
では、この目の前の青年がどのようにして俺達と会話をしているか、だが。
彼は、その、呼吸器官である耳に特殊な装置を取り付け、それを使って発声しているのである。その装置は、半径数メートルの音を集め、聞き取りやすいように調整もしてくれるらしい。
ちなみに、その装置を持たないユシュローももちろん、声を発することは出来る。ただしそれは耳からではなく、毛穴から、だ。それも、全身のではなくて、頭部のものに限定されている。頭蓋骨を響かせながら発声するため、ごわんごわんとエコーがかかったような声になり、その上、当然毛穴に舌など存在しないので、ユシュロー以外の者が正確に聞き取ることはかなり難しい。あおあお、えあおあう、としか聞こえないのだ。
「私、ガイドなんです、ガイドなんです。あなた達、運が良い、運が良いですよ」
巻貝のような形の装置から、長く伸びたパイプをこちらに向け、その青年は「はは、ははは」とたどたどしく笑う。彼らの中に『声を出して笑う』という習慣はない。恐らく、観光客から学んだのだろう。
それに、ユシュローが皆そうなのか、はたまたこいつだけなのか、同じ言葉を繰り返したりする癖があるらしい。もしかしたらこれも観光客の真似なのかもしれない。
「ガイドなのか。確かに、その方が安全だろうな、ここでは」
「そうね、危うくイノシシと一緒に加工されるところだったもんねぇ」
そう『
ただ、その『加工したもの』だが、食べ物に関しては、一切彼らの口には入らない。食べられないのだ。何せ、口がないわけだから。
彼らは雨や
それでも好物というのはあって、年に数回、シニェール洞というところにあるパリラン鉱石をほんの少し削って頭に振りかけたりする。細かい粒子が頭皮の毛穴をきれいに掃除してくれるのだとか。味覚はないが、俺達の『美味しい』に似た気持ちになるらしい。
「ここでお会いしたのも、何かの縁です、縁です。お安く、お安くしときますよ」
「美味しいもの、食べさせてもらえる?」
「もちろんもちろん。私達には味覚はありませんけど、ありませんけど、皆さんが『美味しい』と思うものはちゃんとわかりますから、わかりますから」
「サル、お願い」
「そうだな。頼むか」
「毎度毎度。では、早速行きましょう、行きましょう」
滑らかな薄鼠色の腕を踊るようにうねらせて俺達を手招くと、そのユシュローの青年は、「申し遅れましたけど、ましたけど、私、ユシュローのガイド、ラッチャといいます、ラッチャといいます」と言って、左目だけをぱちぱちと2回瞬きさせた。
「まずはここ、コーガサス区にあります、あります、ポップスパイダーキャンディ工場、ポップスパイダーキャンディ工場です」
「ポップスパイダーキャンディ?」
首を傾げるお嬢に向かって、ぱちん、と左目をウィンクさせたラッチャは、その、工場と呼ぶには少々小さいのではと思われる建物の扉を開いた。
そこにずらりと並んでいたのは、鮮やかな桃色と黄色の縞模様のある大きな蜘蛛である。こんな品種、いただろうか。見た目はかなり強力な毒を持つ『グリズルキラー』という名の蜘蛛に似ているのだが、そいつはこんな色ではなく、血のような赤と黒の縞模様だったはずだ。
そのポップスパイダーは脱走防止の柵も何もないただの網棚の上に並んでいて、尻からふわっとした薄桃色の糸を出している。そしてその糸は、ゆるゆると回転する竹串に巻き付けられているのだ。
「はい。ささ、ささ、どうぞおひとつ、おひとつ」
と、ラッチャはその竹串を2本抜き取って、俺とお嬢に1本ずつ手渡してきた。薄桃色のふわふわした飴菓子である。お嬢が、大きな口を開けて「どぉれ」と一口でぱくり。慌てて俺もそれに続く。
「んっふ! あまぁ~」
「うん、甘いな。口の中でふわっと溶ける。甘いのに、口の中がべったりしない」
「そうでしょうそうでしょう、そうでしょうそうでしょう。これがポップスパイダーキャンディ、ポップスパイダーキャンディなのです、なのです」
やたらと「そうでしょう」が多い気がするが、そこは一旦気にしないことにする。
「でも、不思議だわ。これって、蜘蛛の糸なのよね?」
休みなく糸を出し続ける蜘蛛達のお尻にぐぐっと顔を近付ける。うん、蜘蛛だ。桃色と黄色の縞々がある、というだけのただの蜘蛛だ。蜘蛛の形の機械とか、そういうものではない。
「そうです、そうです。こちら、もともとはあの有名な毒蜘蛛『グリズルキラー』、『グリズルキラー』なのです」
「えぇっ! ってことは、糸にも毒があるんじゃないの? 私、食べちゃったけど!」
「ええ、ご心配いりません、いりません。この蜘蛛はコーガサス区のユシュロー達が、ユシュロー達が、丹精込めて、丹精込めて加工した蜘蛛なのです、なのです」
加工というよりは、品種改良なんじゃないのだろうかと思うのだが、彼らはあくまでも『加工』という言葉を使う。よくわからんが、こだわりというやつなのだろう。
「彼らは3年間、3年間ですね、ホッペホッペキビの繊維で編んだカゴの中でウズラネビハチミツだけを、ウズラネビハチミツだけを食べて生活します、します。するとですね、するとですね、毒がきれいに、きれーいに抜けるのですよ、ですよ」
「成る程、あいつらも生息地の毒のある植物を食べることで体内に毒をため込むからな。とことん甘いものを食わせて毒を抜くわけだ」
「そうです、そうです」
蜘蛛達の方でもよほどこの環境を気に入っているのだろう、特に拘束せずとも脱走したりしない。
「ねぇ、もう一つ食べても良い?」
「もちろんもちろん、もちろんもちろん。お代は先ほどいただいた、先ほどいただいたガイド料の中に含まれておりますから、おりますから」
「何だ、別料金じゃないのか?」
「まさかまさか、まさかまさか」
ラッチャは3つすべての目をゆっくりと何度も瞬きさせた。これは彼らの『驚き』だ。
いや、食べ物の料金も含まれてるんなら、かなり安いんじゃないか。
「ささ、ささ。たんとどうぞ、たんとどうぞ」
やや棒読みで、そんなことを言いながら、ラッチャは次々とお嬢に串を握らせた。そして、「はい、
あと、出来ればその樹人様って止めてくれ。
【間食 at ポップスパイダーキャンディ工場】
ポップスパイダーキャンディ
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