事件 at ビョルクルンド林道

「これが良いんじゃないかしら?」

「いーや、こっち!」

「そう? じゃあこれは?」

「うーん、それはなぁー」


 いやぁ新鮮だ。

 

「ほら、これよこれ! 絶対これ!」

「違うよ、そっちのはちょっと短いじゃん」

「何? ローラは長い方が好きなの?」

「長いのをもふもふするのが良いんじゃん」

「成る程ねぇ~。私はこれくらいの方が良いと思うんだけど」


 あのお嬢が食べ物以外のことでこんなに一生懸命になるなんて。


「ねぇ、サルはどう思う?」

「サル君は反則だよ。絶対オリビちゃんの方が良いって言うじゃんか」

「あら、サルは案外その辺公平なのよ? ねぇ? 私が選んだからって全部オーケーって言わないものね?」

「まぁ、それはそうなんだけど……」


 さぁ、どっち、と目の前に突き出されたをまじまじと見つめる、が――。


「……これ、どっちも同じにしか見えないんだけど」


 白毛玉ちゃんなのである。

 どうやらお嬢とローラには別個体のように見えているらしいのだが、俺からすれば瓜二つも瓜二つ。上下左右どこから見ても寸分の違いもない。


「はぁ? サルにはこれが同じに見えるわけ? 信じらんない!」

「サル君の目玉大丈夫? それガラス玉なんじゃない?」

「そんなわけあるか!」


 それぞれ自分が持っている方の白毛玉ちゃんに頬ずりをし、「わかってない」なんてことを言って口を尖らせている。ローラに至っては「ウチのアレックスもさー」なんて堂々と夫批判まで始める始末だ。



 ヘアスプリングをデザートまでぺろりと平らげたことに安堵し、せっかくなので思い出にと隣の店の店頭に並んでいた『白毛玉ちゃんぬいぐるみ』を一つずつ選べ、と言った結果がこれである。


 白毛玉ちゃんには目や鼻などのパーツというパーツが存在しないため、もう純粋に毛の長さであるとか、ボディの丸さくらいしか違いがないわけだが、それももちろん同じ型で大量に生産されているわけだから、大きな違いなど存在しない。はずなのだが。


 もうかれこれ20分、お互いに自分が手に取った白毛玉ちゃんの方が可愛いだなんだと熱く語っているのである。


 ここで、「もうどれも同じだろ」なんてことを言ってはならない。というか、ほんの15分ほど前にそう口を滑らせてしまい、めちゃくちゃ怒られたのだ。だから、何も言うまい。何も。俺は金を払うだけだ。



 お嬢が食べ物以外のものに興味を向けてくれたことは正直喜ばしいのだが、これはこれで疲れる。普段は俺と2人での行動で、こうやって同性と買い物をしたりすることなどないので、はしゃいでいるだけかもしれないが。


 でもまぁ、姉妹のようで可愛いじゃないか。

 年はう――んと離れているし、顔も似てないけど。ああ、でも恰好はちょっと似てるかな。2人とも色は違うけどすとんとしたワンピースに三つ編みだ。お嬢の髪は短くなってしまったけど、まだまだ編める長さなのである。


 2人は俺に同意を求めても無駄だと思ったらしく、また再び己の白毛玉ちゃんのアピールタイムに入ったようだ。俺は2人にくるりと背中を向けてその場にしゃがみ込んだ。


 道行く者達は、ああでもないこうでもないと騒いでいる2人をちらりと見てはくすくすと笑って通り過ぎていく。


 が。その視線がローラをとらえると、ほんの少し表情が険しくなる。


「何だ、もう1人はか」


 という声までちらり、と聞こえてきた。


「ちょっと、何? またが騒いでるの?」


 そんな声まで。

 

 言っておくが、俺の耳が特別良いわけではない。

 かといってもちろん彼らがわざと聞こえるような声でしゃべっていたわけでもないのだが。本当に何気ない、普通の会話のヴォリュームであり、トーンだ。だけど。


 俺に聞こえたということは、そりゃあ――、


「…………」


 ローラにも聞こえる。


「ちょっと……!」

「良いの、オリビちゃん」


 通行人に向かっていこうとしたお嬢の腕をぎゅっと掴んで、ローラはゆっくりと首を振った。


「良いの」

「良いのって……ローラ」

「良いんだ。あたしどうせもうすぐお城に帰るしさー」

「それはそうかもだけど」

「良いんだって。あ、サル君。あたしこれにする」

「お、おう」



 そりゃこんな声もあるんだろう。

 何せここへやって来るノーマンというのはイコール勇者一行であって、ということは、彼らの王の命を狙いに来ている者達なのだ。とはいえ、勇者一行も飯屋や宿屋を利用することもある。きちんと金を払うのであれば、彼らもまた『ただの客』だ。

 それを拒む王もかつてはいたらしいのだが、それによって逆上した時の勇者により城下町が火の海になったという痛ましい事件があり、彼らが手を出さないという前提のもと、ここは中立地帯となっているのである。


 だけど。

 憎まれて当然なのかもしれない。

 時の王が愛されればこそ。

 いまが平和であればこそ。

 それを脅かす『人間』の存在は。


 

「さぁって、美味しいもの食べたし、あたし帰ろっかな。送ってってくれる?」

 

 ううん、とローラが大きく伸びをする。それでも彼女の身体は小さい。本当にこんなに小さな女の子が勇者だったのだろうか。本当に、あの王を討伐せんとここへ乗り込んで来たのだろうか。ふらりと迷い込んでしまったと言われた方がまだ説得力がある。

 

「もちろん。それじゃ参りましょうか、

「うえー、それ止めて」

「はいはい。行きましょ、


 来た道を戻りつつ、遥か遠くに見える城を目指す。

 鼻先をくすぐる香ばしい香りに、様々な体型に合わせた衣服、それから、表の世界にはいない生き物を模したガラスの置物に、小さなナイフと果物を器用にジャグリングする大道芸人。それらにちらちらと視線を奪われつつも、ローラは歩みを止めない。それどころか、どんどんその足を速めていく。本当はもっとここにいたいのだろう。けれど彼女は王妃で――元勇者の人間ノーマンなのだ。


 一刻も早く、立ち去らないと。


 きっと彼女はそう思っている。


 自分はここにいちゃいけないんだ、とも。


 だけどきっとあの王様なら、例え妃という身分であろうと、彼女がどうしてもと言えば今回のようにお供でもつけてここに送り出してくれるだろう。何なら彼自身もついて来るかもしれない。

 


「――おい、ちょっと待て」


 広場を抜け、城へと続く林道の入り口で、後ろから声をかけられた。声でわかる。広場で会ったあいつだ。そう思って振り向く――と。


「……ちょ。だ、大丈夫……? ぷぷぷ……」


 確かに昼間に会った甲冑男だった。ええと、勇者だったな、そういえば。

 昼間会った時はぴかぴかと輝いていたピンク色の甲冑は見るも無残にすすだらけとなっている。もっとも被害が甚大なのは、兜とその下にある頭部だろう。露出している部分も煤で真っ黒だ。その後ろにはお高いローブを纏った僧侶風の男と、派手なフード付きマントを羽織った女性がいる。


「どうだ、消えたぞ! さすが俺!」

「ぷ……ふふふ……。消えてるわね、うん、い、一応ね、ぷっふふふ……」

「笑うな! クソ魔女がぁ!!」

「お嬢に何てこと言うんだ、真っ黒男!」

「ちょっと、勇者に何て口利いてんのよ! このイケメン!」

「あら、サルちゃん、イケメンですって」

「いえーい、サル君、やるじゃん」

「俺のことは良いから!!」

「落ち着くのですジュディス、こんな田舎者にかまうことはない」

「田舎者だとぉぉぉぉぉ?! お前こそ黙ってろや、こンの禿えぇぇぇぇ!!!!」

「落ち着け、ローラ」

「う、うるさい小娘! 私だって好き好んで剃っているわけでは……!!」

「あら、そういうものなのね。良いじゃない、さっぱりしてて。私は良いと思うわよ?」

「あら~、良かったじゃない、ジャン。そっちのおばさん、あなたのそのつるつる頭好きだって」

「お、お嬢?! そうなのか? だ、だったらいますぐ俺も剃る!」

「お、おおおおおおばさんんんんん~!!??」

「ちょっとちょっと、オリビちゃんもサル君も落ち着きなよ」


 ローラにぽんぽんと肩を叩かれ、我に返る。

 そうだ、こんなことをしている場合じゃないのだ。


 相手は3人。それも、(おそらく)熟練の冒険者である。この戦いのエキスパート達をどうかわせば良いのだろう。


「……こほん。ええと、それで? サル、切り札があるのよね?」

「え? あ、ああ、まぁ。一応な」

「早く出しなさいよ」

「お、おう」


 ごそごそ、と取り出したのは、金色に輝く硬貨である。


「何それ。お金じゃない」

「おう」

「それで? それをどうするの?」

「投げて、怯ませて、その隙に走って逃げる」

「……え、それだけ? 切り札って、それ?」

「おう。……え、何だよその目」


 2人の視線が痛い。


「……使えないわね」

「……使えないね」

「えっ、嘘」


 絶対名案だと思ったのに!!


「と、いうわけで今回サルは役に立たないことがわかったわ。どうする、ローラ」

「どうもこうもないよね。悪いのはあっちなんだから、ぶん殴る」

「ぶん殴るのは良いけど、あなたレベル1なんでしょ? 勝算はあるの?」

「あるわけないじゃん」

「ないのに喧嘩吹っ掛けたの、あなた?」

「戦う時はね、勝てるか勝てないかなんていちいち考えないの。勝つの。負けるっていうのは、死ぬことなんだから」

「えぇ? ちょっと?」

「勝ち目がなくたって、弱い者が虐げられてるのを見過ごしたら、絶対後悔する。後悔しながら生きるのなんて死ぬのと変わんない。後悔しながらただ息吸って吐いてなんて、そんなのまっぴら。だったら死んでもこいつらに一発入れてやる」

「おいおい、まじかよ」


 きゅっ、と、その小さな手で小さな握りこぶしを作るローラの目は、一点の曇りもなく目の前の3人を見つめている。


 成る程。

 彼女はやはり勇者なのだ。

 ちょっと無鉄砲すぎる気がしないでもないが。

 だから彼女が選ばれたのだろう。


 でも、だからといって、彼女がこの3人にやられるところを黙って見ているわけにもいかないし、それに、巻き込まれるのも正直ごめんだ。なら、どうする。



「おい、もう良いか」


 じり、と煤だらけの勇者が一歩前に進み出る。

 それに合わせて、ジャンと呼ばれたローブ姿の男が長い数珠をゆっくりと自身の右手に巻き付け、その隣の女性が大きな宝石のついた杖をこちらに向けた。


 正直なところ、俺達に打つ手はない。

 まさかここもかまどの魔法でやり過ごせるとは思えないし、それに向こうにはもっと強力な魔法を使えるやつがいる。


 俺達の旅も、ここで終わりなのかもしれない。



 ジュディスという名の女が何やらぶつぶつと呟くと、杖の先から大きな火の玉が現れた。どう見てもお嬢の強火より強力なやつだ。あれがあれば、3日煮込む薬も1分で出来上がるだろう。


 そんなことを考えている場合ではない。

 先ほどのお返しだとばかりに、その火の玉はお嬢に向けられているのだ。


「ローラ、お嬢の後ろでしゃがめ!」


 そう叫び、お嬢をその巨大な火の玉から守るようにして抱き締めた。俺が盾になれば、何とか2人を守りきれるだろう。


 そう思って。



 


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