7日目 叫べ! 騒げ! 100年に一度のお祭りだ!
大食い魔女、誘拐される?!
朝食 at 3人の秘密基地
朝だというのに、空はどんよりと暗い。
絨毯のような雷雲がこの辺一帯の空をすっぽりと隙間なく覆っているからである。
そしてその雲から、ひっきりなしに雷太鼓の音が鳴り響いている。
どぉん、どぉん、というその音は、空気を震わせ、大地をも揺らす。その度に、幼子達は肩を震わせて親にしがみつく。怖がらせついでだとでも言わんばかりに、眩く空が光れば、幼子達は泣き声を上げてその服を濡らす。
予定では、有名な呪術師のいる西の国に行くはずだったのだ。
ビョック=フェルネ島からもそう遠くない。
しかし、あともう少しでその国境だ、というところでアクシデント発生である。
ここ、イグシュラウ自治区カンナ集落上空で100年に一度の『雷祭り』に遭遇してしまったのだ。
雷が雨のように降り注ぐ中を飛ぶのはもちろん危険だが、出来ないわけじゃない。そのための用意だってある。通り抜けるのは案外容易い。
だけれども、『祭り』なのだ。
祭りといえば、屋台が出るだろう。
お嬢がその考えに至らないわけもなく。
「噂通りの賑やかさだな」
「ねぇ。叩いてるところ、見に行っても良いかしら」
「それは駄目だろ、さすがに」
空を指差して、残念、とお嬢が口を尖らせる。彼女が示しているのは、いまあの雲の上で雷を鳴らしている者達のことだ。
実際に太鼓を打ち鳴らしているのは
まぁ、いわゆる猿回しというヤツである。
雷人は、猿達にしか聞こえない笛を使って彼らに指示を出す。猿達はその笛の音に合わせて太鼓を叩く。それが耳をつんざく雷鳴となる。その笛の音は光の筋となって地上へと落ちる。それが稲光である。
どぉん、どぉん。
どぉん、どぉん。
大地が震え、風が震える。
刃のような光が、空を裂く。
「きれいねぇ」
お嬢がぽつりと呟く。
この祭りでそんな余裕のある発言が出来るのはこの恐れ知らずの魔女くらいなものだ。
それもまぁ無理はないだろう。
さすがに100年振りということで、天の者達の方でも気合が入りまくりなのである。雷と共に生きるトゥールルト族の者達でさえ――子ども達はもちろんのこと、大人達すらも、その表情は固い。
イグシュラウ自治区内にあるカンナ集落というのは、降雨量よりも落雷数が多い――というか、常時大なり小なりの雷が落ちているという大変珍しい場所である。
ごく小さい雷は大きな音も派手な光もなく、ただただしとしとと降る雨のように降り注ぎ、各家庭に必ず設えられている
そのカンナ集落に昔から伝わっている雷祭りというのは、簡単に言ってしまえば天に住む雷人達の雷猿回し発表会である。が、もちろん、彼らの自己満足に付き合わされる人間達が可哀相、ということで、演奏が終わると雷人は観客である人間達に『恩恵』を授けるために下りて来る。
その恩恵とは、雷猿である。
といっても、生きた雷猿ではない。天寿を全うした老猿だ。
天獣の肉は万病に効き、長寿を与えるとされており、100年前にその肉を食べた前回の祭り経験者の数名はまだご存命とのこと。
雷人自らが調理し、集落の者達にふるまうのである。
だから彼らはこの恐ろしい轟音のショーを、耐えている。我が子を抱き締め、その小さな鼓動とぬくもりに自身も励まされながら。
「雷鳴の終了予定は昼か。それまで何か腹に入れたいな。なぁ、おじょ――、あれ? お嬢?」
いないのである。
さっきまで俺の隣にいたお嬢の姿が。
屋台なんかないわけだから、うろうろ歩いたって仕方がないはずだ。
もしかして、人ン家に突撃して飯を
「――お?」
彼女が立っていた辺りに、ころん、と落ちていたのは、飴玉である。いや、厳密にいえば、さっきまでお嬢が食べていた飴玉の包み紙に包まれた何かだ。
拾い上げてみれば、やはり外は飴の包みだが、中はただの小石である。風に飛ばされないようにだろう。
その紙を広げてみれば――、
『ちょっと
何だと!!
「んんんなぁ……っにが合意の上、だぁぁぁ!!!!」
ご丁寧にキスマークまで付けられたその包み紙をぎゅっと握り締め、俺は叫んだ。
しかし、その声なんてこの轟音の中では囁き声に等しく、誰一人、こちらを振り返ることもなかった。
「お嬢! あンの大食い魔女!! どぉっこ行ったぁぁぁあああ!!!」
どうせお嬢の質の悪いジョークだ。
屋台がなかった腹いせ、というか。
そんなことを考えて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……へぇ、ここがあなた達の秘密基地ってわけね」
案内されたのは、集落の外れにある小さな祠だった。
とはいえ、もちろんその中、ではない。
その裏に掘られた小さな壕である。決して広いとはいえないものの、子ども達が掘ったとは思えない。恐らく、ほんの180年前に頻発していたらしい紛争の際に、避難所として使用されていたものだろう。サイズ的にこの集落の人間すべてを収容出来るとは思えない。だからきっと、この集落にはあちこちにこのような壕があるはずだ。残っていれば、だけれども。
私を小さな短剣で脅し、ここへ連れて来たのは、見たところ15、6歳程度の少年だった。若草色の髪を短く刈り上げている。背は私よりわずかに高い。
ちょっと面白そう。
そう思って「何か美味しいもの食べさせてくれたら良いわよ」と耳打ちすると、彼はその耳を真っ赤にして「俺、料理は得意だ」と言った。要するに、交渉成立、ということだ。
サルにはメモも置いて来たし、まぁ大丈夫でしょ。私だって良い大人なんだから。ふふん。
壕の奥にいたのは、連れて来た彼と同い年のように見える少年と、その彼の背後
にある簡易ベンチにちょこんと腰掛けている少女。少女の方は恐らくこの2人よりも年下だ。
「えっと……。先に謝っておくよ、ごめんなさい」
「――は?」
よほど緊張していたのだろう、私を連れて来た彼は、どうにかこうにか短剣を鞘に納めることには成功したものの、指が固まってしまったのか、離すことが出来ないらしい。もう片方の手を使って、1本1本剥がすようにして解き、ようやくそれを中央のテーブルの上に置いた。
「あの、こんなもの使って連れて来ちゃって、ていうか……」
短剣を離した彼の手はまだ震えていた。ということは、あれはおもちゃなどではなく、本物の刃物だったのだろう。うん、切られてたらヤバかったみたい。サルにしこたま怒られちゃうところだったわ。
「良いのよ。私が私の意思で来たんだもの。それより、約束は守ってくれるんでしょうね? 私、お腹ぺこぺこなのよ。何か事情があるんなら、食べながらか、食べた後に聞かせてほしいんだけど」
「え? あ、はい……」
「でも、そうね。自己紹介くらいなら先でも良いわね。私の名前はオリヴィエよ。どうぞよろしく」
そう言って、右手を出す。
彼の手はまだ震えていたからか、それを出すのをためらっているようだった。これくらいの年の男の子は自分の弱さを殊更に隠したいものだ。だから私はそれに気付かない振りをして、その手を無理やり取った。そして、両手で包むようにして、ぶんぶんと大きく振ってやる。ほんの少しの温かさと、軽い刺激を与えてやれば、震えなんてすぐにおさまるから。
「はいはぁーいっ、よっろしくぅ~。それで? あなた達のお名前は? 実行犯と共犯その1その2って呼べば良い?」
「そ、それは!」
慌てたのは奥にいた方の少年である。
「ランドルは悪くない! 俺が全部考えたことだから!! それにサスラハは無関係なんだ! だから共犯とかそういうんじゃなくって!」
成る程、こっちの子はランドルね。それで奥の女の子がサスラハちゃん、と……。
この子天然なのかしら。仲間の名前をぺらぺらしゃべるなんて、これが本当の誘拐だったらどうするのよ。
「オーケイ、わかった。こっちの彼がランドルで、そっちの可愛い子はサスラハちゃんね。それで? あなたは? 首謀者とでも呼べば良い?」
意地悪に笑ってそう言うと、口を滑らせたことにいまさら気付いたらしいその少年は、やべ、と呟いた後でぽつりと「……ムジコ・クンシュニフキ」と名乗った。若草色の長い髪を後ろでひとつに束ねている。
「うっふ! 豪語するだけあってお料理上手ね、ランドル! あなた素晴らしい料理人になれるわよ!」
小さなテーブルいっぱいに並べられたのは、この集落名物の『雷焼き』である。細かい調理法はサルがいないからわからないけど、確か、何とか窯っていうのを使うはず。うん。
「面白いわぁ。周りはうっすらレアなのに中がパリパリだったりサクサクなんて。それににちょっとビリリッと来る。これは雷ね」
私が食べているのは……えっと何だっけ。ムグワナ……何とか牛の雷焼きと、リリ……何とかってハーブを練り込んだパイ。あーもう、こんな時にサルがいたらちゃんと覚えてメモしてくれるんだけどなぁ。後で合流したらもう一回教えてもらわなくちゃ。
「ランは本当に料理が上手なのよ。
ベンチの上でにこにこと笑っているのはサスラハちゃんだ。顎のラインでぱつんと切りそろえられた若草色の髪の毛が揺れている。そうそうシューライ窯、シューライ窯。オーケイ、もう覚えた。ほんとよ。
「別にこんなのに上手いも下手もないよ。落雷のタイミングと調節だけだし」
「それが難しいのよ」
「そうだな。サスラハに使わせると丸焦げか生だもんな」
「お兄ちゃん、酷い! 私はまだ修行中なの!」
どうやらムジコとサスラハは兄妹のようだった。
ランドルとは親同士が仲が良く、彼もまた兄弟同然の間柄らしい。彼らの親は、隣の集落の寄り合いに呼ばれたといって揃って出掛け、トンネルの落盤事故に巻き込まれて亡くなった。その日から、ランドルはクンシュニフキ家に住んでいる。他の家族はというと、腰の曲がった祖父が一人。
「それで? どうして私を誘拐したわけ?」
正直満腹ではないけれど、こんな子ども達にもっと寄越せと言うような私じゃない。デザートもないけれど、全然気にしない。後でサルにどうにかしてもらえば良いんだもん。
勧められたお茶を飲む。
真っ黒いように見えるのは、ここが蝋燭の灯りしかないような薄暗い壕の中だからってわけじゃないと思う。真っ黒で、ちょっととろみのあるそのお茶は『グレ=グレ茶』という名前(ふっふふー、これはちゃんと覚えられたんだから!)で、お砂糖なんかひとつも入っていないのにとっても甘いの! 美味しい~! これならデザート無しでも全然オッケー! いや、後でちゃんと食べるわよ? サルが私のために用意してくれると思うから。
「あの……あのね……」
おずおずと口を開いたのは、サスラハちゃんだった。壁にかけられた古びた織物にチラチラと視線を泳がせている。彼女の頭の上に優しく手を乗せて、続きを語り始めたのはムジコだった。
「雷人様と話がしたい」
「話? 何を? ていうか、何で私?」
他の大人でも良かったじゃない。まぁ、面白そうだから良いけど。なんて、こんな真剣な眼差しのムジコには言えないけど。
「雷を怖がってなかったから。ウチの大人達よりも」
「成る程。でも、雷人と何を話したいわけ?」
首を傾げると、少年少女は揃ってその織物の方を見つめた。
まるでそこに何かがある、とでもいうように。
【朝食:3人の秘密基地】
ムグワナ……何とか牛の雷焼き
リリ……何とかってハーブを練り込んだパイ
グレ=グレ茶
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