間食 at ズゥームサルル氷湖

「お客さん達、お昼の予定は?」


 会計を済ませた後で、そう問い掛けて来たのはトトだった。


「もちろん食べるわよ」

「お嬢、そういうことじゃないと思うぞ? どこで食うか、ってことだよな?」

「そう。この辺りで昼食が食べられるのは3軒隣と、それから3里くらい離れたところの食堂しかないのよ」

「3里! そりゃ遠いな」

「うん。だから3軒隣を勧めたいところなんだけど……」


 と、ロロが言い、口をつぐんだ。そしてトトと視線を合わせて、はぁ、とため息をつく。その続きを語ったのはトトである。


「実は、そこの奥さん、もうすぐ子どもが産まれるの」

「あら、お産!? それはおめでたいじゃない!」

「おめでたいんだけど……。いつ産気づくかわからないから、ちょっとお客さん達が満足出来るような料理を出せないかもしれなくて」

「あぁ――……成る程」

「うーん、まぁ残念だけど、仕方ないわよ。私達のご飯も大切だけど、そこのご夫婦にとってはこれから産まれる子ども達の方が何倍も大切なんだから。サル、頑張ってその3里先の食堂に行きましょう」

「そうだな。防寒具も借りたし、イケるだろ」


 観光客は帽子や耳当て、マフラーにブーツ、それからもちろんコートなどもすべて無料で借りることが出来る。もちろん、店屋に行けば売ってるのだが、この村でしか使わない、使えないようなレベルの防寒具であるため、嵩張りすぎる上にものすごく重たいのだ。とてもじゃないが旅の記念に買うような代物ではない。


「確かに今日は暖かいけど、大変よ?」

「だからもし良ければなんだけど……」


 トトの次にロロがそう言うと、お互いに視線を合わせた。そして2人同時に頷く。


「ウチで食べない?」

「ウチ? あなた達の?」

「そう。もし良かったら。おやつ持って一緒に食材を調達しに行って。それで」

「楽しそう! 良いわね! ね、サル!」

「そうだな。せっかくだし。そうしよう」



 ――と、いうことで、いま、俺達はロロとトトの食材調達に同行させてもらっている。本来はメインの食材は自ら調達しなくてはならないのだが、その場に居合わせれば良い、とのことだった。余所者からすれば訳のわからない決まりとしか思えない。


 2人の本当の名前はロロアンカとトトアンナという。『アンカ』とは男を示す名で、『アンナ』は女を示す名である。だから、さっきのタタ婆も本当はタタアンナだし、ニニ爺はニニアンカという。それぞれの前に『ロロ』『トト』などと同じ音を繰り返すと決まっているため、名前が被ることも珍しくない。ニックネームを付けることは禁止されていないが、公の場では控えなくてはならない。許されているのは就学前の幼児のみだ。


「ひっとり、ふったり、さーにでー、ぼっこれ、たましりー」


 トトが何やらわからないことを歌い、、ロロがボートを漕いでいる。

 ここは、ズゥームサルル氷湖ひょうこという、その名の通り、氷の湖だ。

 普段は湖底ギリギリまで凍りついている浅めの湖なのだが、今日のように暖かい日は、それがほんの少し溶けてシャーベット状になるのである。


 そこで登場するのがこの融氷舟『シャルベッテ』だ。

 舟底が二重になっていて、中にはぎっしりと焼き石が詰まっている。それで氷をさらにゆっくりと溶かしながら進むのだ。


「さっき歌ってたのは何?」


 湖のちょうど真ん中に着いたところでトトの歌が止まる。

 慣れた手付きで釣竿を準備し始めたのはロロだ。


「お邪魔します、の歌よ」


 そう答えるのはトト。


「ここは氷の魔女様のお城だから、この歌を歌わないと、お客として入ることが出来ないの。どんなに石を詰めても、どんなに漕いでも駄目。舟はぴくりとも動かないわ」

「あー、わかるわかる。魔女ってのは案外融通が利かないのよね」


 うんうん、と腕を組んで頷くお嬢にイクスタムの2人は揃って首を傾げた。


「さぁって」


 と言って、釣竿を構えたのはトトだ。どうやら彼女は釣ることは出来ても、そのための準備が不得手らしい。ロロはどうやら準備専門のようである。


 糸の先に付いているのは重石と、真っ赤な塩の塊だ。それをシャリシャリの湖水に浮かべると、じわじわと沈んでいく。


「それじゃ、おやつでも食べながら待ちましょう」


 そうトトが提案するや否や、ロロがお茶の準備をする。バッグから取り出されたのは、チョコレートがぎっしりと詰まった紙袋だった。色とりどりのセロハン紙に包まれ、キャンディのように両端をひねってある。


 さらに、分厚い巾着袋の中から銀色の小箱を取り出す。ぱか、と蓋を開けると、中に入っていたのはめらめらと燃え盛る小さな炎であった。小さなポットに湖水を入れ、その箱の上に乗せる。

 これは『炎の魔女のおすそ分け』という、携帯用のコンロだ。強風や吹雪の中でも消えないため、寒冷地でのキャンプに良く使われるのである。


「いまは魔女も稼ぐ時代なのよねぇ」


 しゅんしゅん、と音を立てるポットを見つめ、お嬢がぽつりと呟く。


 お嬢だって旅に出る前は薬を売りに行ったりしてたじゃないか。まぁ、あの辺の魔女は皆商売敵だからな。いくらお嬢の腕が良くても、結局売れるのは口が上手い魔女の薬だ。人間からすれば、魔女の薬なんて下手なヤツのでも良く効くのである。


「お嬢、俺がついてる。金のことは心配いらない」

「まぁ、そうなんだけどねぇ……」


 そう言って、お嬢は緑色の包みを手に取った。両端をきゅっと引っ張り、中から四角いチョコレートを取り出す。甘く香ばしい茶色の中に、緑色の宝石を砕いたようなキラキラした粒が埋まっている。それを口に、ぽい、と放り込んだ。


「――んむっ!? むぐむぐ……。くぅぅ~~!! 何これ~~!!!」

「お客さんがいま食べたのは、メラル=チョコラッタ。メラルドペッパーを煮込んで作ったキャンディを砕いた粒が入ってるの」

「甘いのに、ピリ辛! お腹ぽかぽか~~!!」

「他のチョコレートもペッパーが入ってるのか?」

「そうだよ。セロハンと同じ色のペッパーキャンディの粒が入ってる。一番辛いのが黄色で、一番辛くないのが赤。緑はその真ん中。青はちょっとスースーするヤツ」

「ほぉ。じゃ、これは? この桃色の。一番数が少ない」


 黄、緑、赤、青は大量にあるのだが、桃色はそれらに比べるとかなり少ない。


「あぁ、それはね――」


 トトが口を開いた瞬間、彼女が手に握っていた釣竿がくいくいと引っ張られた。すかさずロロがたらいを用意する。

 くるくるとリールを巻き上げ、時折竿を持ち上げ、またくるくるとリールを巻く。


「良いわ。大物よ、ロロ」

「オーケー、トト」

「何が釣れるのかしら。楽しみね、サルちゃん!」

「そうだな、お嬢」


 よいしょお! という掛け声と共に、勢い良く竿を振り上げる。糸の先の餌に喰らいついていたのは、大きな背びれを持つ蛇のような魚だった。長さは2mほど。なかなかの大物である。


「これだけの大きさだと、色々作れるわね、ロロ!」

「やった! お昼はご馳走だよ、お客さん!」


 蛇魚はしばらくの間、盥の中で窮屈そうにうねうねと身をくねらせていたが、ロロが塩の塊を中に入れると途端に大人しくなった。


 このグンプヌアヌミダバシスネイクフィッシュは、このズゥームサルル氷湖にのみ生息する蛇魚で、先述の通りここは普段カチコチに凍っているため、常に眠っている。今日のように湖水が溶けるとのろのろと泳ぎ、プランクトンを含んだシャリシャリの湖水を食べるのだ。そしてまた湖水が凍れば眠る。そうして眠りながら生きている魚である。


「ふはぁ、お茶も美味しい~」


 一息つくとロロがお茶を淹れてくれた。

 添えられている角砂糖をちびちび歯で削りながら飲む。この砂糖は溶けにくいので、茶の中には入れない。

 鼻から抜ける香りはミルクジンジャーというハーブのものだ。この気温ではあっという間に温くなってしまうが、それでも身体が温まる、かなり強いハーブである。


「そうだ、お客さん。さっきのね」

「うん?」

「桃色のチョコラッタ」

「あぁ」

「これはね、うんと甘いの。うんと、うーんと」

「そんなに甘いのか」

「だからね、気を付けて」


 トトが桃色のチョコラッタを摘まみ上げる。そして両端を、きゅ、と引っ張った。チョコラッタが、くるり、と回り、セロハンが緩む。

 中から出て来たチョコラッタを、ロロが摘まみ、彼が食べるのかと思いきや、それをトトが掠め取って口に入れた。


 もごもご、とトトの頬がチョコラッタの形に膨らむ。

 彼女が幸せそうに目を細めると、ロロは一瞬顔をしかめたが、まぁ良いやとばかりに頬を緩めた。


「でも、何に気を付けるのかしら」


 そう言って、お嬢もその味が気になったのだろう、桃色のチョコラッタを手に取った。

 まぁ確かに、あんな幸せそうに食われちゃあお嬢じゃなくなって気になるだろう。

 

 どれどれ、と言いながら、お嬢もチョコラッタを、ぱくり、と口に入れる。 


「……あんまぁ~~~~っ!!!!!!」


 目をぎゅっと瞑って両頬を押さえ、お嬢は首をぶんぶんと振った。両頬を押さえるのは、『あまりに美味しいものを食べると頬っぺたが落ちる』という迷信を彼女が信じているからである。


 お嬢のその様子に満足し、「そういや何に気を付けるんだ?」とロロとトトに視線を戻すと――、


「にゃあ、にゃあ」

「よしよし」


「ん?」


「ふにゃあ、にゃう」

「よしよし」


「ん? んん?」


 ロロの懐でトトが丸くなっている。猫が甘えるような声を出し、彼に頭や背中を撫でられている。頬が真っ赤だ。


「トト? どうしたんだ?」

「トトはね、これを食べるとこうなるんだよ」

「え? じゃ、じゃあ、お嬢も……?」


 慌ててお嬢を見るが、彼女はきょとんとした顔で首を傾げている。


「どうだろう。人によるとしか」


 とりあえず、お嬢が猫にならなくて良かった。


「しかし、何が入ってるんだ? これは」


 一つ摘まみ上げてじぃっと見つめる。食べればわかるのかもしれないが、俺が猫になるのもごめんだ。


「お酒が入ってるんだよ。うんと甘くてキツいヤツ。僕は平気なんだけどね、トトは駄目なんだ。止せば良いのに、食べちゃうんだよ」


 あはは、と笑って桃色のチョコラッタをぱくりと食べる。やはりロロは顔色一つ変わらない。


 ――ちょっと待て。うんとキッツい酒だと?


「うふふぅ」


 ぎくり。


 ずしり、と背中に何かがのし掛かる。それがなんて、もう考えるまでもない。


「……ほんと、サルちゃんは良い男なのよねぇ。ちょっとロロ、聞いて? 私達が初めて出会ったのは……」


 あぁ、始まった。

 お嬢は酔うとなぜか俺のことを話し出すのだ。それがもう恥ずかしくて堪らない。


「いやぁ、お客さん達、本当に仲が良いんだねぇ」


 それをトトを撫でながらロロはうんうんと聞いている。観光客は大事にしないといけないからな。

 

「良いなぁ、トト……」

「何だ? どうした?」


 チョコラッタをつまみつつ散々語り終えた後で、お嬢がぽつりと言った。トトはロロの懐で丸くなって眠っている。寒くないようにと毛皮を掛けられ、相変わらず撫でられながら。本物の猫のようだ。


「私もサルに撫でてもらうわ! そしてお昼寝をするのよ!」


 そう宣言し、勢い良く俺の懐へ飛び込む。


 舟が少しだけ揺れた。

 ロロはそれを見てくすくすと笑い、


「お客さん達、本当に僕達みたい」


 と言った。





【間食:ズゥームサルル氷湖】

 ペッパーキャンディチョコラッタ

  赤→ガルネ=チョコラッタ

  緑→メラル=チョコラッタ

  黄→パッヅェ=チョコラッタ

  青→マリー=チョコラッタ

  桃→ナオ=チョコラッタ

 ミルクジンジャーティー

 





 

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