昼食 at ベナソル=ファレッダ・ダイナー

「いやぁ、悪いことしちゃったね、ごめんごめん」


 ベナソル=ファレッダ・ダイナーという名の小さなレストランで、向かいに座った青髪は、ごめんと言いながらも反省の色は全く見られない。へらへらと軟派な笑みを浮かべている。


 それでも「何か悪いから、美味い飯屋を教えてやるよ」と申し出られると、それをお嬢が断るわけもないわけで。


「君にも自己紹介した方が良いよね。僕の名前はフォッヅ=イブスタシア」


 どうやらお嬢とはすでに済ませてあったようだ。


「変わった名前だな。俺はサルメロ=サルバル」

「変わった名前はお互い様だろ。僕の知り合いに『サルメロ=サルバル』なんてヤツはいない」

「ま、それもそうか」


 さて、とメニューを広げる。


「ん?」

「わお!」

「えぇと、僕のお勧めはねぇ」

「ちょっと待て。フォッヅ=イブスタシア」

「長いからフォッヅで良いよ、サルメロ=サルバル」

「だったら俺もサルメロで良い。それより――」


 す、とメニューを指差す。


「肉しか載ってないぞ? 野菜は?」

「何言ってんだ、サルメロ。ちゃんと付け合わせにメインカークインポテトのフライと茹でたモッサブッコロが添えられてる。野菜なんてそれで充分だろ」

「いや、だってこれ、ひたすら分厚い肉を焼いてるだけじゃないか。さすがにもうちょっと野菜をだな」

「なんだサルメロは菜食主義なのか」

「そういうわけじゃない。肉も魚も虫も食うさ。ただ土の中に根を張って育つものが特に好きなだけだ」

「私は何でも好きよ!」


 会話に混ざりたいのだろうか、お嬢が元気良く挙手する。


 ちなみにお嬢の機嫌は10個の新作ファッソ=ブンブンを献上すると、あっという間に回復した。――いや、俺が息を切らせて紙袋を片手に戻ってきた時にはすでにこのフォッヅと楽しそうに談笑していたので、新作ファッソ=ブンブンが10個手に入ることが決定した時点で9割9分は回復していたと思われる。


「成る程……。まぁ、そういうことなら。個人の趣味や嗜好は尊重されるべきだ。――任せろ、僕はこの店に多少顔が利く」

 

 そう言うと、フォッヅは軽く手を上げてカウンターの奥にいた禿げ頭の店員に目配せをした。筋骨隆々の禿げ頭の店員は、見事な入れ墨の施されたその頭をつるつると撫でながらこっちに向かってくる。天鵞絨ビロードのような美しい毛並みの太い眉毛が、彼の歩行に合わせて艶々と輝く。


「よぉイブ、いらっしゃい。お客さん達は見ない顔だね、観光かい?」

「そ。もう夜にはここを発つらしくてさ、この短い時間の中でとにかく美味いモン食べたいんだって。だったらまずココだろ?」

「もちろんだ。このタッパコニアで肉を焼かせたら、このベナソルの右に出るヤツなんていねぇ!」

「だよねー。ベニーさんの肉はタッパコニア、――いや、ブロ=グランデタでも一番だよ」

「ははは。嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。んで? 注文は決まったのかい?」

「あぁそうそう、ベニーさんにお願いがあってさ。とりあえず、このギフハダンフィスウシのサーロイン500gを3つなんだけど、この人達、野菜が大好きらしいんだ。だから、何か適当に山盛りのサラダを出してくれないかなって」

「何だそんなことか。サイズはどうする?」


 ベニーさんこと、ベナソル氏は、ペンをさらさらと走らせながら、ちらりとこちらを見た。成る程、メニューになくても常連が言えば出せるものらしい。


「うーん、じゃ、ラージかな。シェアするからさ、取り皿もお願い」

「了解、っと。――で? 肉の焼き加減はどうする?」

「僕はレア。もう表面さらーっと焼くだけのやつね」

「あいよ、イブはいつもそれだもんな。兄ちゃんと別嬪さんは?」

「お勧めは?」

「そりゃあもちろん僕と同じやつさ」

「それならもちろんそれだわ!」

「せっかくだから、俺もそれで」

「ほいよ。そんじゃ、しばらく待っててくれ」


 ひらひらと伝票を振りながら、ベナソル氏がカウンターの奥へと消えていく。

 彼の禿頭にはぐるりと手足の生えた蛇が描かれている。ドラゴンかと思ったのだが、そうではないらしい。確かによくよく見てみれば、あれは単に手足の生えた蛇だ。


「――ねぇ、あのベニーさんもさ、イェッジヴィータだって言ったら、君達、信じるかい?」

「そりゃ信じるさ、俺は」

「そうね、私も信じるかな」


 元が女でいまが男だろうが、これから女になる男だろうが、筋骨隆々で入れ墨まみれの禿げ頭だって良いじゃないか、と俺は思う。お嬢だってきっと同じ考えだろう。さっきフォッヅも言ってたじゃないか、個人の趣味や嗜好は尊重されるべきだ。

 最も、彼はどこからどう見てもとっくに成人を迎えていたので、これから性別が変わるなんてことはないだろうが。

 つまり、彼は元々女性だった、ということになる。


「えっ、マジ? これ結構テッパンでウケるヤツなんだけどなぁ。『信じらんなぁ~い』って。女の子達の反応がまた可愛いんだ、これが」


 そう言ってフォッヅは目を細めている。


「君達って何か不思議。他の観光客とはなぁーんか雰囲気違うなぁ」

「そうかい?」

「そうかしら?」

「何だか調子狂うけど……、まぁ良いや」


 他の観光客と違うっていうのは、もしかしたらお嬢が魔女で俺が樹人みきじんだからだろうか。


「あぁ……楽しみ楽しみ……うふふ……」

「あっ! お嬢、よだれよだれ! 自分で拭けよ、……っていうか垂らすな!」

「あはは、オリィは結構自由なんだなぁ」

「自由……なのかしら」

「自由も良いところだろ」

「……そうかなぁ」


 なぜ不服そうにしているのか。むしろ俺が納得いかないんだが。


「結構私も大変なのよ?」

「え、何が?」

「そうなんだ、どの辺が?」

「むむっ!?」


 俺達がほぼ同時に発言すると、お嬢は眉をぐぐぐと寄せて、「ぐぅ……っ」と喉を詰まらせた。この様子からして、やはり何も考えていなかったのだろう。


「た……、食べ合わせとか!」

「食べ合わせ……?」

「まぁ、確かに3食同じってこともないし。言われてみれば……そうなのかな……?」

「僕には良くわかんないけど……。あ、来た来た」


 ガラガラというワゴンの音が近付いてくる。木製の3段ワゴンで運ばれてきたのは、一目で熱いとわかる鉄板の上に乗せられた相当な厚みのある肉と――、


「!!?」


 赤子用のバスタブくらいの大きさのボウルに盛り付けられたサラダだった。


 おい、本当にラージサイズか、これ? いや、ラージではあるけど!

 

「すごい! じゅうじゅう言ってるわ! 美味しそう! 良いにお~いっ!」

「お嬢、肉以外に何か注目すべきところはないか?」

「美味そうだろ? 実際すごく美味いから! さぁ、サルメロも。鉄板がじゅうじゅういってるうちに食べたまえ。アツアツが一番美味いからさ」

「お、おう……」


 そう勧められれば。

 確かに一番美味い時にその味を堪能するのが、料理に対する礼儀というものだ。


 ぴかぴかに磨き上げられたナイフとフォークを手に取り、まずはフォークを軽く刺す。あまり力は入れていないのだが、それはあっさりと肉の中に埋もれていく。かなり柔らかいのだろう。

 次いで、ナイフ。す、と入れると、こちらもやはり驚くほど簡単に切れていく。このカトラリーが抜群に切れ味が良いのか、それともこの肉が抜群に柔らかいのか、だ。


 ナイフを入れたところから肉汁が溢れ出し、それが熱された鉄板に触れる。より一層激しく湯気が上がり、登場時よりも派手な音が響き渡った。


「これは……すごいな」


 思わず飛び出した感想は、この湯気と音に対してではない。想像以上に溢れ出た肉汁に対してでもない。何よりも俺の目を引いたのは――、


「中が真っ黒だ。聞いていたよりも黒い」


 ギフハダンフィスウシ、別名『漆黒牛』。

 この牛は体毛は雪のようにどこもかしこも真っ白なのだが、その中、つまり、血肉はすべて黒いという非常に珍しい牛である。

 そのため、焼き加減がかなり難しく料理人泣かせの食材であるらしい。

 まぁでもレアだからな。

 しっかり焼くよりは簡単……なのかもしれないけど。


「ふふん。ここの漆黒牛は格別なんだぜ。何せベニーさんの焼き方が良いんだ。特にこの牛は焼き加減が難しいけど、ベニーさんくらいになると、もう音でわかるらしい」

「音で、か。すごいなぁ」


 一口サイズに切って、口へと運ぶ。

 思っていた以上の柔らかさだ。やはりカトラリーの性能だけではなかったらしい。


「……美味い!」

「ふふん。だろ?」


 まぁなぜフォッヅが得意そうなのかはわからんが。


「美味しい~!!! お肉やぁ~らかぁ~いっ! これならもうほとんど水と同じよね。すいすい飲んじゃう感じね」

「おい待て、お嬢。その考え方は非常に危険だ。よく見ろ、これは水じゃない、肉だ。牛の肉だ。塊だ」

「え? あ、そうだったわね。危ない危ない」

「全く……」


 水のようにすいすいと500gの肉の塊を腹に収めていくお嬢に待ったをかける。

 成る程、さっきのバーガーもそういう感じだったのか。まことに恐ろしい魔女である。


 パクパクと肉を口に運びながら俺達のそんなやり取りを見ていたフォッヅは、肉汁まみれの唇をナプキンで軽く拭ってから、「良いなぁ君達」と笑った。


「良いって? 何が?」

「いや、楽しそうだよね、って」

「楽しいわよ、毎日」

「そうだな、俺も楽しい」


 そう返すと、フォッヅは一瞬ものすごく悲しそうな顔をして、それからまたすぐにさっきまでの軟派な笑みを浮かべた。


「楽しいのが一番だよね。人生は短いんだし」


 いや、実は俺達は確実にあと1000年以上は生きる予定で、とは言えず、「おう」と曖昧な相槌を打つ。


「フォッヅは何をしている時が楽しいの? ちなみに私は、『食べてる時』よ!」

「オリィはそうだろうね。すっごく楽しそうに食べてる。見てて気持ちが良い。僕は……。そうだなぁ、君達、『チューブ・フライ』って知ってる?」

「『チューブ・フライ』……。名前だけは知ってるけど……。スポーツよね? これくらいの大きさのボールと、腕にはめるラケットを使った」

「そうそう、それだけ知ってりゃ充分充分」

「お嬢、知ってるんだな。何か意外だ」

「あら? 聞き捨てならないわね」

「だってお嬢、スポーツなんて興味ないっていつも言ってるじゃないか」

「やるのは絶対嫌よ。でも、知識くらいあるわよ」

「成る程」


 やるのは絶対嫌なんだな。まぁ、俺も絶対嫌だけど。


 チューブ・フライというのは、地下を走る電車、『地下鉄チューブ』のように、いかに低い位置でボールを打ち返すかというのが加点対象になる、天井の低い(とはいっても、20mくらいの高さはあるのだが)この地下都市で生まれた球技である。

 投手は打者でもあり、数m先にある小さな的に向かってボールを投げ、跳ね返ってきた球を投げた手とは逆の腕に装着しているラケットで打つのだ。砂埃を巻き上がらせながら、地面すれすれを飛んでいく様が地下鉄のように見えたことからそう名付けられたらしい。

 

「僕はね、その『チューブ・フライ』の選手なんだ。背番号は2。すごいだろ」

「……2番……それって、すごいの? すごくないの? わかる、サル?」


得意気に胸を張るフォッヅの気分を害さないようにと、お嬢はこっそり俺に耳打ちをする。

 ここは樹人としてバシッと恰好良く教えてやりたいところだ。ぜひとも良いところを見せたい。しかし――、


「いや……植物は球技をしないし。それにここは地下だからな、地上よりも植物の栽培がきっちり管理されてる。グラウンドの周囲に花壇もあるんだが、保護の目的できっちりと柵があるらしい。だから――、全くわからん」

 

 さすがの俺もわからないのだった。


 常に弱肉強食の脅威にさらされている地上の植物達とは異なり、地下の植物というのはとにかく大事にされている。むやみやたらと傷つける天敵もおらず、基本的に皆、おっとりのん気なのだ。だから生き残るために必死で情報を集めたりもしない。繁殖についても人間達がせっせとやってくれるので、そちらについてもやはり緊張感に欠ける。


 しかし、安全な環境でのびのびと育つことが向いている種に進化するためか、通常よりも身体が大きく、もともと毒を持っていたものでも非加熱で食べられるくらいに無毒化する。これは人間側にとっては大変都合が良い。


 種を守ってもらう代わりに、人間達にとって有益な固体へと進化する。


 人間達が調子に乗って絶滅寸前まで追い込まなければ、半永久的にこの関係は保たれていくのだろう。


「ごめんなさい、フォッヅ。私、その2番のすごさが良くわからないんだけど」


 俺が正解を知らないので、正直に聞くことにしたらしいお嬢は、食べ終えた肉の鉄板をテーブルの端によけ、赤子のバスタブサイズのサラダボウルを手前に引き寄せた。俺の分まで食われてしまったのでは敵わない、と、慌ててそれを中央に戻し、取り皿に彼女の分を盛り付ける。まぁその『取り皿』もどう見たって取り皿サイズではなかったが。


「2番っていうのはね、リーダーの番号さ。0番は監督、1番はコーチの番号って決まってるからね。つまり僕がチームで一番上手いって、チームメイトから認められてるってこと」

「すごいじゃないか、フォッヅ」

「おぉ~、すごいわねぇ。むぐむぐ」


 お嬢は感嘆の声をあげながら、もっしゃもっしゃとサラダをんでいる。

 やばい、このペースだとお代わりに次ぐお代わりで俺の分がなくなる!


「……まぁね」


 そう答えたフォッヅの声が少々トーンダウンしていたように感じたのは気のせいだろうか。



  

【昼食:ベナソル=ファレッダ・ダイナー】

 ギフハダンフィスウシのサーロインステーキ500g

  付け合わせ→メインカークインポテトのフライと茹でモッサブッコロ

 ベナソルの適当サラダ(ラージサイズ)

  ちぎりワッシャレタス、スライスロングロングトマト、千切りジャンボサイクロンキャベツ、ランラララディッシュ、ドライビーンズ(トコトコ豆、ヒヨヒヨ豆、プアプア豆)、ジョンヂウタクスブタのカリカリベーコン


 

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