誰ぞ呼ぶ声(4)
圭たちは大橋家の庭に案内され、庭のテーブルでお茶をすることになった。きれいに刈られた芝生に手入れの行き届いたバラ、手間も暇もお金もかかっている庭だ。
伊万里と千尋は、自分たちが知らないモモの中学時代のことや、両親のことなど、女子トークを駆使して上手に聞き出してくれた。
モモの家は大正時代から続く貿易商で、彼女の
彼女は彼女で、部活のほかに塾や英会話教室に通い、ピアノやお茶にお花も習っているという。ほぼ毎日が予定でいっぱいの状態だ。
「今日は部活が休みで助かりました。金曜日は唯一、予定が部活だけの日なので」
「にしても、どっかの誰か並みにたしなんでるな……」
壬が半ばあきれ口調で言った。
「モモさんも、ご家族の方も、とても忙しそうですね」
伊万里が気の毒そうに言うと、モモは「たいしたことない」と笑った。
「二人とも働くのが好きなんです。二言目には『これは儲かる!』ですから…」
「でも、こんな広い家に一人だなんて、モモさんは寂しくないのですか?ご両親も、モモさんを一人置いて心配でしょうし」
「もう慣れました。毎日お手伝いさんも派遣で来てくれるし。それに、両親には私の学校や塾での成績も、習い事での結果もすべて報告されているので、心配ありません」
「…報告、ですか」
伊万里がぎこちなく頷き返す。隣で千尋も心配そうに言った。
「部活もやって、塾や習い事にも行って大変じゃない?」
「大変かなあ。でも、将来、働くために必要だってお父さんもお母さんも言うから…」
モモが苦笑した。そんな彼女にこれ以上なんと言葉をかければいいか分からず、四人は互いに顔を見合わせた。木戸は何を言う訳でもなかったが困った顔をしていた。
するとモモが「そんなことより」と身を乗り出した。
「この家、やっぱり何かいます?」
彼女は不安げな顔で千尋に尋ねた。
千尋がにこっと笑い返す。
「嫌な感じはしないから、大丈夫。モモちゃんが聞いた女の子の声も、きっと悪いものじゃないと思うよ」
どこまで本当のことを話していいものか。千尋はとりあえず当たり障りのないことだけを伝えることにした。
モモが不安を
「本当に?」
「うんっ」
「良かった~!」
千尋が力強く頷き返したのを見て、ようやくモモはほっと胸をなでおろした。
圭がそこに付け加えた。
「ねえ、モモちゃん。もしまた声が聞こえたら教えてくれる? 様子を見に来るから」
「圭先輩が?」
「うん」
また座敷わらしから何らかの呼びかけがあるかもしれない。どちらにせよ、あの絵に閉じ込められた座敷わらしを助けるためには、再びこの家に来ないといけないのだ。
「約束だよ」
「分かりました。ありがとうございます!」
モモがはにかみながら大きく頷いた。そんな彼女の様子を見て、千尋は(この子は圭ちゃん派だな)と思った。伏宮兄弟を見た女の子は、大抵、「圭派」と「壬派」とに分かれる。中には「一ノ瀬高校二大派閥」と言う子もいるくらいだ。
圭たちはお茶とお菓子をごちそうになった後、モモの家をあとにした。木戸の家もここからそう遠くないらしく、彼はこのまま歩いて帰るということだった。
「今日はありがとうございました。大橋を少し安心させることができたので良かったです」
木戸が四人に頭を下げた。
「いいえ。私たちもわらし様にお会いできて良かったです」
「座敷わらし様を助けてあげられそうですか?」
木戸が尋ねると、伊万里は少し難しい顔をした。
「結界をただ破壊するだけなら簡単ですが、そうなるとわらし様が無事ですみません。あの固く結ばれた結界は破壊するのではなく、
「なあ、わらしって九尾のことも知っているってことは相当年季の入った物の怪だろ。自分でどうにかできないの?」
壬が両手を頭の後ろで組みながら言った。伊万里が苦笑する。
「わらし様はそういう物の怪ではございません。憑いた者に財と幸運をもたらすためにその霊力のほとんどを費やされると聞いております。なので、力はほぼ
「姫ちゃん、
「もともと結界術は、あやかしに対抗するべく人間が作り出した技です。私たちはそれを真似ているに過ぎません。なので、」
言って彼女は千尋を見た。
「千尋、和真さまが週末に帰っていらっしゃいますよね」
「うん。自炊が面倒だから週末はだいたい家に戻って来るよ。今日も夕飯食べに帰ってきてるかも」
「では、明日にでもご相談させてもらっても?」
「大丈夫だよ。ほら、例の件もあるし」
千尋が伊万里に答える。圭は(例の件?)と気になったが、話が脱線すると思い聞くのをやめた。伊万里が満足そうに笑った。
「では、明日にでも和真さまに事情を説明し、ご教示いただきましょう」
「俺も聞かせてもらってもいいですか?」
木戸がふいに言った。どうやら興味を持ったようだ。伊万里が「もちろん」と頷いた。隣で壬も嬉しそうに笑う。
そして、それは圭も同じだった。
思いがけず新たな仲間が出来たことに内心わくわくしている自分がいる。たった一人、自分たちの秘密を共有してくれる人が増えるだけで、こんなに世界が広がった気分になれるのかと圭自身驚いた。
「じゃあ、明日は千尋の家に集合ってことで。木戸は
「はい!」
圭が尋ねると木戸が頷いた。
木戸と別れ、圭たちは御前のバス停まで帰って来た。辺りはもう真っ暗だ。
「圭、今日はどうする? このまま行くか?」
バスから降りてすぐ壬が言った。
すると伊万里がすかさず手を上げた。
「今日は私と壬で参りましょう」
「姫ちゃんが?」
「大丈夫です。圭は千尋を家まで送ってあげてください!」
言うが早いか伊万里は壬の腕をぐいぐいと引っ張って歩き出す。
「さあ、早く」
「おいっ、ちょっと、引っ張るなよっ」
「いいから! もたもたせずに行くのです!」
伊万里が圭と千尋に向かってにっこり笑いながら壬を引きずり去っていく。
彼女が気を遣っていることがあからさまに分かり、圭も千尋も気まずくなった。
(やれやれ、)
なんとなく格好がつかない状態で置いていかれ、だからと言って、二人を呼び戻すわけにもいかない。
「じゃあ家まで送るよ」
圭は小さく息をついた。
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