2 クラス出し物決め
放課後になると教室の人口密度は七割以上減少するが、今日は全員が居残っていた。
黒板の左端、窓側の教員席では担任が腰を下ろし、無言を貫いている。教卓の前には春高屈指の容姿、学力、運動神経と三拍子揃った爽やかな長身が堂々と立っていた。
「文化祭実行委員になってしまった佐久間です」
「タクマン、ワイはメイド喫茶に一票や。沙弥香や一ノ瀬さんのメイド姿を拝みたいやろ。な、みんな?」
複数の男子から同意の叫声があがる。
「同意した奴、全員しばく」
「なんや、さやちん。ノリ悪いのう」
「誠司は特にしばくわね」
「二人とも。話進まないからちょっと黙っててね――さて。放課後も拘束されるのはみんなむかつくと思うから、さっさと決めちゃいたいんだけど、まず進め方はオレが仕切らせてもらうね」
提案ではなく宣言。自分勝手に聞こえるが、優秀な琢磨なら効率的に進められるだろうと日向は期待した。クラスメイトらも同様なのか異論は出ない。
「進め方だけど、まずは一人三分で案を考えてもらう。無ければパスでいいよ。複数あってもいい。三分経ったら、一人ずつ訊いていくから答えてね。こっちに書いてくから。で、同じ意見があった場合は正の字を足していく」
琢磨ははきはきと喋りながらも、黒板にチョークを走らせた。教員以上の筆記スピードを誇りながらも読みやすい字だ。
間もなく表れたのは『二年A組出し物決め』のタイトル。
今現在、二年A組では、春高こと
春高祭は、今からほぼ一ヶ月後の六月十七日、土曜日から開催される。
期間は二日間。土曜日は生徒と教職員のみが参加する閉鎖的な行事だが、翌日曜日は一般開放され、春日野町の住民がこぞって参加する他、町外からも多数集まり、文字通りのお祭り騒ぎとなる。
琢磨の進行のもと、三分が確保される。しばし沈黙して各自意見を考えた後、再び琢磨が仕切り始め、出席番号順で案が吸い上げられていった。雑談で脱線しようとする男子を容赦なく注意する様に、日向は好感を持った。
同時に警戒心も強める。ジンからの又聞きだが、大勢の打ち合わせを効率的に仕切る能力は中々身に付くものではない、優秀の証なのだそうな。高校生ならなおさらのこと。
黒板には案が描かれている。箇条書きというよりも図に近い。案によって右側に描かれたり、左側に描かれたり、と描く位置が散らばっていた。
全員分の案が集められたところで、琢磨は関連する案を線で囲み、タイトルを付ける。
「模擬店、演劇、展示、装飾、アトラクション――キレイに分かれたね」
室内に感嘆の声が充満する。イラストのような出来映えに、思わずスマホで写真を撮る者まで現れたが、琢磨は担任に目を向けていた。
「先生。この中でNGなカテゴリってある? 確か装飾系は専用チームがいたからダメだったよね」
「ああ、そうだな」
担任は立ち上がり、「実行委員と美術部がやることになっている」不採用を一つ下しつつ、黒板の前をゆっくり歩きながら眺めていった。
装飾とは校門や垂れ幕など校内を文化祭の雰囲気に装飾する仕事であるが、担任の言う通り、クラスの出し物としては認められていない。
「他は問題無いんじゃないか」
「りょーかい。じゃあこの中から決めていこう」
琢磨はぱんぱんと手を叩いて注目を集めた。担任が教員席に戻った頃には、私語は収まりつつあった。
「これじゃ多すぎるからふるい落とそうか。悪いけど、二票以下の案は全部落とさせてもらうよ」
次々と赤チョークで線が引かれていく。
残った案は四つだった。
一つずつ読み上げた後、琢磨は黒板消しで赤線の引かれた没案を消していった。コメントを書き込むスペースを確保したようだ。案の一つをチョークでこつこつと叩きながら、
「次に、残った各案について反対意見を訊くね。まずは一つ目、メイド執事喫茶から」
日向はメイドや執事といった存在を知らず、スマホで調べていた。どうも女子はメイド姿で、男子は執事姿で給仕する喫茶店のようだ。
この第一案は、最も票数の多い案でもある。正の字は四つに迫る勢いであり、半数以上の男子が投票していた。ここまで獲得できたのは祐理の存在と、不満を言う女子陣の反発を進行役の琢磨が鎮めたことが大きい。もっとも琢磨は会議を円滑に進めるために行っただけなのだろうが。
琢磨が問い掛けると、途端に女子の非難が殺到した。
そんな喧噪の隅で、祐理がいやらしい笑顔とともに日向を見つめる。
「何か用か?」
「見たい?」
「祐理のメイド姿をか?」
「うん。見たいでしょ」
「別に」
日向は淡白に返すと、黒板に目を戻した。
日向にとって春高祭は盗撮の舞台でしかない。のみならず、直近は『カミノメ』が開催する盗撮動画コンテスト、
優勝による賞金と売名効果を狙う日向として、文化祭という機会を逃すわけにはいかない。祐理など眼中に無かった。
そんな態度は、周囲のクラスメイトはともかく、祐理にははっきりと伝わった。
「はいっ! わたしは賛成です!」
祐理が起立と挙手を交えて同意を示す。
注目が集まってもびくともしない。中学校、いや小学校の頃からこうだったなと日向は
「男子の執事姿も見れるので眼福だと思います! 佐久間くんも当然なるんだよね?」
「んー、どうだろう。実行委員だから忙しいかもね」
「言い訳するなんてみっともないわね琢磨。さては自信が無いのね?」
「オレは別に構わないけど、沙弥香はいいのかい? メイド姿ってたぶん沙弥香が想像しているのとは違うと思うけど。だよね高井君?」
高井と呼ばれた男子はメガネをくいっと上げ、嬉々として、
「そうでありますな。メイドは西洋の格式を重んじるものがベースなのでありますが、近年では
「サービスって何よ」
「お色気であります」
「ざけんじゃないわよ!」
「ふざけてはいないであります」
沙弥香の眼力にも負けず、高井は熱心に主張していた。高井はトップカーストの沙弥香にも物怖じしない、数少ない男子だった。
その様に心打たれた男子らが、負けじと高井に同調する。
女子は女子で、普段は近寄りがたい沙弥香に味方し、男子バーサス女子の構図が生まれつつあった。祐理の意見は完全に流されている。
「楽しくなってきたね」
祐理が気にもせず、お祭りの参加者のようにわくわくする横で「
間もなく琢磨が仕切り直し、騒乱はすぐに鎮圧。
黒板の、メイド執事喫茶案のそばには一言『恥ずかしい』とだけ書かれていた。
その後も各案の、反対意見のヒアリングが進行し、教室は盛り上がっては静まるという浮き沈みを繰り返した。そんな珍しい光景は、既にホームルームを終えた他クラスにも新鮮なようで、廊下では立ち見が生じていた。
琢磨の進行はつつがなく進み、三十分ほどで出し物が決まった。
「――じゃあまとめるね。まずオレたち二年A組は『オーリーを探せ』に決定」
カテゴリで言えばアトラクション系の出し物だ。
春高祭当日、校内のあちこちに散らばったクラスメイトを探し出すと、見つけた数に応じて景品が進呈されるというアイデアである。
元ネタは絵本で、細々としたイラストの中から主人公たるオーリー――メガネをかけたしましま模様のキャラクター――を探し出すというもの。世上に疎い日向は知らなかったが、スマホで調べてニュアンスを掴んだ。
「で、次の打ち合わせは二日後の放課後。議題は、具体的に何をするかという方向性の決定と、必要なタスクの洗い出し」
「なあタクマン。また残らなあかんの?」
琢磨は誠司を一瞥して、
「参加は強制じゃないけど、後で文句言うのはナシだからそのつもりで」
「冷たいんやな」
「円滑に進行させるためだよ。一ヶ月しかないんだから、うじうじ悩んでる暇はない」
全員に聞かせる言い方だった。
文句を言う生徒は一人もいない。
日向も同感だった。琢磨の、無駄の無い取り仕切りには畏怖さえおぼえていた。
日向はジンがテレビ会議や音声会議で取り仕切っている様子を何度も見たことがある。
優れたビジネスマンでもある『カミノメ』のオーナー、ジン。琢磨はそんな一流の姿を彷彿とさせた。
ただの成績トップのガリ勉でも、あるいは他の追随を許さないスポーツマンでも、こうはいかない。琢磨が本質的に頭が良いことを示している。
(こいつだけは敵に回さないようにしないとな)
琢磨への警戒レベルを引き上げる日向だった。
いつもの号令を経て、臨時ホームルームが終了する。
教室を出ようとした日向だが、「渡会、ちょっと待ってくれ」担任に呼び止められた。
「山下先生から伝言だ。明日の昼に図書委員のミーティングがあるから来い、だと」
「……わかりました」
図書委員も春高祭に向けて何かを催すつもりなのだろう。
日向は去年の春高祭で、開放されていた図書室にカメラを仕掛けて盗撮している。普段は馴染みの無い女子中学生集団を運良く捉えられたこともあり、印象に残っていた。
(さて、どうサボるかな……)
ケッコンに向けて準備や練習を重ねなければならない。春高祭の準備にかまけている暇はない。
いかにして後者の準備を回避するか。
それだけじゃない。今年は祐理がいる。志乃がいる。沙弥香や琢磨や誠司といった連中とも顔見知りになってしまった。去年のようにはいくはずもない――
日向は頭をフル回転させながら帰路に就く。
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