第1章

1 転入前夜

 ゴールデンウィーク最終日の夜。

 日向は祐理と向かい合って夕食をとっていた。献立はご飯に肉じゃがというシンプルなもので、肉じゃがはテーブル中央の大皿にて山盛りで提供していたが、今は皿の底が見えている。


「いいか、俺達は赤の他人だ。そういう演技をしろ」


 明日から転入してくる祐理に対し、日向は念を押す。


「なんで?」

「目立つからだよ」

「もう目立ってるじゃん。目立ってたじゃん」


 先日の練習会や普段の公園トレーニングを指しているのだろう。


「学校では違う。俺はスクールカーストの最底辺なんだ」

「スクールトースト? 美味しそう」

「……スクールカーストってのはクラス内に存在する暗黙的な力関係のことだよ。容姿端麗で学業や運動に秀でてて人当たりの良い奴はカーストが高い。逆に不細工で成績も運動神経もダメで根暗でぼっち、みたいな奴はカーストが低い。カーストの高い奴は堂々と過ごせるが、低い奴はひっそりと惨めに過ごさないといけないんだ」

「よくわかんないけど日向は高そうだねー。スポテスポーツテストも一位でしょ? あ、春高ってスポテやってるんだっけ?」


 祐理は喋りながら肉じゃがの制圧にかかっていた。点在しているにんじんにはちっとも手をつけていない。


「まあ一位だが、祐理がよくわかってないことはわかった。――そうだ。沙弥香がいるぞ」

「うん知ってる。同級生なんでしょ?」

「クラスも同じなんだよ。俺には構わず沙弥香とつるめばいい」

「えー、三人でつるもうよ」

「勘弁してくれ……」


 祐理一人だけでもうるさいのに、やたらあたりのキツい沙弥香も加われば孤独な学校生活は遠のく一方だ。それに沙弥香と関わるということは、彼女とつるんでいる琢磨や誠司――男子のトップカースト連中とも絡むことになる。

 盗撮活動に重きを置く日向はできる限り一人で、目立たず自由に過ごしたいのが本音だった。


 とはいえ自分を嫌う沙弥香から絡んでくることは無いだろうから、問題はやはり祐理に絞られる。さてどうしたものか、と日向が悩んでいると、


「そういえばさ、わたしって日向のクラスに入るの?」


 祐理がふと思いついたように尋ねてきた。


「なんだ、聞いてなかったの――ああ、そういうことか」


 日向は自らの失態に気付く。平静に納得してみせたが、内心には焦りが芽生えた。


「わたしはまだ聞いてないよ?」

「そうなのか。前日だというのに、春高も呑気なもんだな」

「なんで日向が知ってんのー?」


 祐理がジト目を向ける。


「あー、それはだな」


 部外者であるはずの日向がなぜ転入前に祐理の所属クラスを知り得ているか――

 それは不正な手段で知っているからだった。


 日向は佐藤の協力により、春高の教職員ネットワーク内にある全データにアクセスできる。

 春高はIT活用に積極的で、生徒の個人データはもちろん、会議の議事録から警備会社と打ち合わせた夜間の警備計画まで、あらゆる情報をデジタルに管理していた。

 佐藤はこれに対してクラッキングを行い、全データの同期ミラーリングを行うシステムを構築――佐藤側で用意したネットワーク上に、そっくりそのままの構成を再現している。親切にも差分更新機能付き。


 したがって日向は、その佐藤側のネットワークにアクセスすればよく、学校側に不正アクセスを疑われることはない。佐藤がヘマをしない限り露呈することはないし、天才ハッカーでありクラッカーでもある佐藤はそもそもヘマをしない。

 そのため日向は日常的に各種データを閲覧しており、祐理の転入情報についても昨日時点で読んでいた。


「知っているというか推測だよ。俺達は孤児だから、配慮されて同じクラスに割り当てられることが多い」

「中学校はそうじゃなかったよ?」

「中学は施設出身も多かったからな。そもそも村から通う中学があそこしかなかったから、学校側も孤児の事情や扱いに詳しかった。春高とは違う」

「ふーん」


 祐理の目は完全には納得していなかったが、追及は止んだため、日向は話題の切り替えにかかる。


「にんじんも食えよ」

「たまねぎ食べてるからいいもん」

「好き嫌いはダメって教わらなかったか?」

施設長パパはこっそり許してくれてたもん」

「あのジジイ、女には優しいんだよな」


 日向は嫌いな物も無理矢理食わされた覚えしかない。結局食事を栄養補給と割り切ることに成功して、好き嫌いはなくなったのだが。


「日向がジジイって言ってたって告げ口するね」

「やめろ」

「にんじん食べなくてもいいならやめてあげる」

「……わかったよ。俺が食う」

「わーい、日向大好きっ。あーん」

「へいへい」


 目の前に差し出されるにんじん。箸を持つ祐理は何か悪巧みを企んだような顔をしている。

 日向は構わず口を開き、にんじんをぱくっと含んだ。もぐもぐと咀嚼する。「うー……」祐理はなぜか頬を膨らませてご立腹だった。


 それからも他愛ない会話をしつつ、日向は黙々と消化し、祐理よりも先にリビングを後にした。

 一人残された祐理は。


「間接キス……――気にしてるわたしがバカみたいだな。……ううん、やるって決めたもん。見てろ」


 かぶりを振って、決意を新たにしていた。

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