6 自由時間 前半

 日向がベテラン勢を全力で観察している間も、練習会は着々と進んでいった。


 前半戦が終了し、しばし休憩が挟まれる。

 中上級者――祐理や沙弥香含む――が飽きること無く動き続ける一方、初心者は総じて疲弊しており、中にはその場に倒れ込む者もいた。

 しかし惨めさはない。今日知り合った仲間同士で助け合ったり、運営を務めるシュンや新太、リイサもサポートに回っていたりしており、場は和気藹々わきあいあいとしている。


 トイレ休憩や水分補給を終えた参加者らが戻ってきたところで、後半戦の目玉コンテンツ――パルクール座談会が始まった。


 何十という参加者が背もたれ無しのベンチに座り、ステージに立つ新太に注目する。

 兄の勇姿を見ようと沙弥香は最前列を陣取り、引きずられた祐理もその隣に座り、さらに祐理が半ば強引に拘束した日向も腰を下ろしていた。日向のそばには、座談会の様子を収めようと三脚付きのカメラをセッティングするシュンがいる。


 新太は微塵も緊張することなくたたずんでおり、やがて透き通る声で話し始めた。


 パルクールの起源とは。


 日本でどのように広まり、誰がどのようなことをしてきたのか。


 どのような価値観やイベントがあって、パルクールは世間からどう見えていたのか。

 どんな困難に直面し、それらをどう乗り越えてきたか。

 今なお横たわる問題とは何なのか。


 また国内だけでなく海外はどうなのか。日本と世界は何が違うのか――


 そんなパルクールの歴史が、日本一有名なトレーサーの口から語られる。

 その解説は初心者でも理解できるよう練られており、また新太自身の経験が差し込まれたこともあって退屈しなかった。

 へとへとになっていた初心者も、談笑していた中級者も、遊び続けていた上級者も。誰もが引き込まれていた。

 日向とて例外ではない。


(さすが日本一と呼ばれるだけのことはある)


 普段は気軽な間柄だけあって意識しない分、日向は改めて感心していた。






 座談会が終了し、集合写真も取り終えたところでいったん解散。

 時刻は午後三時半で、国際庭園が閉鎖する五時にはまだ早い。帰宅する参加者も見られる中、まだ四十人近い人数が残っていた。

 練習会の最後に高確率でくっついてくる恒例――自由時間フリータイムがあるためだ。


 一人で黙々と鍛錬する者。お互いに指摘し合いながら試行錯誤するグループ。くつろいでスマホをいじったり、お菓子や遅めの昼食を消化したりする者もいれば、談笑に花を咲かせる集団もいたり、と各自が思い思いに過ごしている。

 中でもベンチからベンチへのプレシジョン正確なジャンプで飛距離を競っているベテラン勢が目立っていた。


 それを離れた所から女子グループが見物している。


「うちはライジやなー。見た目怖いけど優しいところがギャップで萌えるんよ」

「そう? フウジの方が可愛くない? おとなしくて控え目だけど、やるときはやるのよねー。リイサさんは?」

「んー、正直あまり興味がないんだけど、強いて言えばアラタさんかな」

「強いて言えば!?」

「沙弥香さん怖い怖い」


 人数は五人――リイサ、祐理、沙弥香、ライジを推すエミとフウジを推すマミで、全員パルクール経験者である――にまで減っていたが、ずいぶんと打ち解けていた。

 そこに明らかな異分子が一つ。


「で、なんで俺が女子会に参加しなきゃならん?」


 ぴくりとも笑っていない日向が、後方から両肩を掴んでくる祐理に問う。


「いいじゃん。今日全然話せてなかったし」

「おかげさまで楽しい練習会だったよ。祐理も友達ができて楽しかっただろ?」

「そうだけどっ!」


 どこか釈然としない祐理が日向の肩を乱暴に揉む。日向は無愛想な態度だったが、祐理の懐き具合によって中和されており場に気まずさは無い。

 そんな二人に、というより祐理にリイサが話を振る。


「祐理ちゃんはどう? 誰が好き?」


 リイサはベテラン勢に目を向けたが、祐理が向けたのは目の前の幼なじみだった。


「わたしは日向かなー」


 背面から日向をぎゅっと抱きしめる。「おおっ」とエミとマミが声を重ねた。


「えーっと、日向くん? もトレーサー、なんだよね……?」

「トレーサーの定義をどう定めるかにもよりますが、たぶんそうだと思います」

「うわっ、いかにもパルクールでこじらせたオタクって感じの回答ね」


 沙弥香が嫌悪感丸出しで口を挟む。


「トレーサーはそんなもんだろ。新太さんもそうだぞ」

「お兄ちゃんと一緒にするな変態」


 沙弥香と同じ感想を抱いたリイサは、口には出さず苦笑しながら、


「ハンドルネームもヒナタ? 動画とか出してたりする?」

「一応出してますよ。名前は違いますけど」


 日向は施設から一人暮らしを勝ち取るために『プロのトレーサーを目指す』というていを取っている。

 証拠としてパルクール動画をアップロードし、施設長にURLを展開してはいるのだが、宣伝活動は全く行っていないためアクセス数は500にも満たない。

 物好きでもない限り、まず目に触れることはなかったし、触れたところで騒ぐほどのクオリティでもなかった。


「ふうん。そうなんだ……」


 リイサには日向というトレーサーに見覚えが無かった。


 祐理の実力には目を見張るものがある。それは沙弥香と同等クラスと思われたが、あの新太の妹である沙弥香はともかく、祐理には相応の根源が無い。

 おそらく日向がそうだと思われるが、新太に匹敵するトレーサーには到底見えない。確かに身体能力フィジカルは悪くなさそうだし、基礎的な動きは教科書のように綺麗だったが、そんなトレーサーは何人もいる。


 本当は物凄い実力者なのか。

 それとも実力は関係無しに、単に幼なじみとして好いているだけなのか。

 後者だろうな、とリイサが結論付けたところで、祐理が力強く言ってのけた。


「日向は凄いんだよ! 新太さんにも負けないくらいっ!」


 エミとマミが微笑ましいものを見るように笑う。

 リイサも苦笑していたが、顔が引きつっている沙弥香を見て表情が固まった。


(――え、なんで一蹴しないの……?)


 日本一たる新太の実力を間近で見てきて、かつブラコンの域で慕っている沙弥香であれば、さっきのように即行で否定するはずだ。

 にもかかわらず、苦虫を噛み潰したというか、納得したくないがせざるを得ないというか、沙弥香はそんな様子である。

 沙弥香からリイサに伝搬したことで、空気が微妙に固まったのを感じた日向は、


「た、ただの身びいきですよ。俺と祐理は兄妹みたいなもので、妹が兄離れできてないみたいな」

「違うもんっ! ホントだもん!」

「はっはっは、そんなに俺を慕ってるのか-、可愛いやつだなー」


 棒読みしながら祐理を抱き寄せ、頭を撫でる。

 祐理は突然の仕打ちに顔を赤くしてフリーズ。それを見た全員が祐理の想いを改めて悟る。気付いていないのは日向だけだった。


「祐理。セクハラで訴えなさい」

「う、うん……」


 依然として顔を赤らめ、歯切れの悪い祐理を見て「ええのう」「青春やねー」エミとマミが心をほっこりさせる一方、リイサは日向というトレーサーに少しだけ好奇心が芽生えていた。

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