第1章

1 練習会前夜

 春高のゴールデンウィークは四月二十九日、土曜日から始まる。

 土日と続いた後、本来平日であるはずの月火も休日に割り当てられ、その後の祝日三連続も当然ながら休み。さらに土日がもう一度くっついて――結果として九連休という大型連休になっている。

 日向はというと、トレーニングに、盗撮の準備に、祐理の相手に、と最後はともかく、そこそこ充実した日々を過ごしていた。


 そんな黄金週間も中盤に差し掛かり、五月二日火曜日の朝。


『祐理ちゃんも連れてきてくれないかな』


 日向は新太から電話を受けていた。


 先日新太に借りをつくってしまった日向は、五月三日つまりは明日から開催されるパルクール練習会に参加することになっている。新太から直々にお願いされたことでもあり、借りを返すためには致し方ないことだった。


「普通に嫌ですけど」


 日向は自分一人が参加するものと捉えていた。ちょうど女性参加者を盗撮する戦略を考えていたところで、机上のノートパソコンには練習会会場となる『鶴見緑地』の検索結果が表示されている。

 もし祐理が同伴してくるとなれば、ただでさえ邪魔なのはもちろん、盗撮そのものが行えない可能性さえある。


『沙弥香がついてくると言って聞かないんだ』

「……祐理に妹さんの相手をさせると」

『そっ。日向君曰く、運動神経も同等みたいだし、同じ女性実践者トレーサー同士、仲良くできるんじゃないかな』

「まあそこは否定しませんが」


 祐理は日向とは違い、誰とでもすぐに打ち解けることができる性格の持ち主だ。


『それに祐理ちゃん、転入するんだから今のうちに友達になっておいても損はないと思うよ』

「あれ、転入のこと話しましたっけ?」

『祐理ちゃんから聞いたよ。LIMEやってるから』

「いつの間に……」

『そういえば、なんか日向君のこと疑ってたね。金庫をトレーニングに使うかとか何とか聞かれたんだけど、どういうこと?』

「なんでもないです」


 盗撮に繋がる事情をさらりと交わしつつ、日向は打算を働かせる。


(新井沙弥香に祐理の相手をしてもらうか)


 新井沙弥香。新太の妹で、祐理と同級生で、おそらくパルクールもそこそこ知っている女子。

 祐理とは気が合うと思われる。

 新太は祐理に沙弥香の相手をさせるようだが、日向もまた沙弥香に祐理の相手をしてもらえばいいかと考えた。


 とはいうものの、やはり参加させないに越したことはない。


「それより、もしかして練習会のこと、祐理に喋ってます?」

『うん』

「……」

『喜んでたよ。日向君とデートできるって』


 一応訊いてはみたものの、退路は既に潰されているようだ。

 そういう意味で、この電話はお願いという名の決定事項でしかない。


「確信犯ですよね」

『というわけでよろしくね。そうそう、僕の招待枠を使うから申込みとかはしなくていいから』


 通話が切れる。


「……まあいい。その方がやり甲斐がある」


 日向はスマホを置いた後、マウスを握る。

 ブラウザのタブを全て閉じた後、アドレスバーからURLを打ち込んで盗撮動画販売サイト『カミノメ』を開き、動画提供者コンテンツプロバイダー専用ページからログインした。


 アカウント名にはいつものJKPJKぺろぺろではなく『ぷるん』と表示されている。

 投稿動画数もまだゼロだ。


 『ぷるん』は日向が検討中の第二アカウントである。

 名前の由来は胸や尻の揺れを表す擬音語『ぷるんっ』から来ている。


 盗撮スタイルは狙撃スナイプ――遠隔からの被写体撮影であり、女性の胸や尻をズームで捉え続けるというもの。

 想定する被写体はもっぱら通行人であり、歩行により揺れる胸や尻を、服の上から収めるのがメインとなる。

 これは風呂場やトイレ、スカート内部アップスカートの撮影といった、いわゆる盗視ではないため刺激は少ない。その割には、ただでさえ手ブレの激しい高倍率ズームで動体を捕捉し続けるという高度な技術が必要であり、事実このようなスタイルはカミノメでもほとんど見かけない。

 しかし一方で、利用者の中には女性の部位を至近距離で眺めることに興奮を覚える『近フェチ』が存在し、中には何十万という寄付金をポンと出すような羽振りの良い者までいる。


 『ぷるん』は近フェチ層を取り込み、さらに稼ぐための、日向の挑戦であった。


「パルクールの練習に勤しむ女子たち――いいが撮れるといいんだがな」


 そんな日向は『ぷるん』として、練習会の女性参加者を狙っている。

 単なる通行人だけでなく、スポーツに勤しむ女性をも狙撃できるようになれば、『ぷるん』としての幅は間違いなく広がるだろう。


「ふふ、くふふ……」


 日向は不気味な笑顔を浮かべながら、明日の盗撮戦略を練るのだった。

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