6 不変
「やはり新太さんには敵わないですね。まさかあそこをストライドして高低差まで埋めるとは」
「プロだからね。アマには負けてられないよ」
新太と日向は隅にあるベンチに並んで腰掛けていた。
複合遊具で鬼ごっこをする子供達――その中には祐理も混ざっている――を眺めながら、
「とはいえ日向君には驚いたよ。かなり成長しているね」
「そうですかね。未だに宙返り一つできませんが」
「宙返りだけがパルクールじゃないよ。日向君は動作の一つ一つが丁寧で、正確で、省エネだ。前からそうだったけど、さらに磨きがかかってる」
パルクールは一般的に瞬発的だ。
比較的負担の少ない
しかし日向は軽く数分はもたせる。といっても実際に見たわけではないが、それほどの力が眠っていることを新太はひしひしと感じていた。
「でも俺には瞬発力が無いですし、華もありません。動画を出しても新太さんと似たような感想が来るだけです。ブログやらニュースやらで取り上げられるほどじゃない」
「取り上げられてもおかしくはないクオリティだけどね」
「ただ技術にとらわれてるだけの頭でっかちですよ。漫画家でたとえるなら、作品は描けないけどアシスタントの技術だけは得意、みたいなもんです」
日向は自嘲気味に話してみせたが、内心はどうでも良かった。
パルクールは日向にとって身体能力と移動技能を鍛えるための手段でしかない。トレーサーとしてどう評されようが知ったことではない。
「……日向君は、本気でプロを目指す気はないのかい?」
「ないですね」
「才能はあると思うよ」
「ありませんよ。人に対して無関心なんです」
「あはは、そうだったね」
相応の成果を出し、報酬をもらうことをプロとするならば、いくら実力やポテンシャルがあろうともトレーサーは一人ではプロになれない。
報酬をもらうレベルの仕事には多くの
日向はそれらを持っていないし、持つ気もないのだということを、新太はこれまで一緒に過ごしてきて痛感している。
「う……もったいないなぁ」
羨ましい、と言いかけて訂正した。
日向も引っかかりを覚えたようだが、突っ込んでくることはなかった。
会話が止む。
日向から何かを話そうという素振りは全くない。沈黙に対する気まずさもまるで見られない。日向らしいと言えばそうだが、新太は気に障っていた。
(相変わらず僕に興味が無いんだな)
新太は日本屈指のトレーサーだ。
大会は先日ようやく優勝したばかりだが、競技能力だけが実力ではない。まだ二十三歳だが古参であり、本場フランスや先進的なイギリス、アメリカなどにも留学し、パルクールの創始者や世界的に名を馳せる一流トレーサー達とも交流がある。
どころかそのようなメンツと肩を並べる存在として認識され、『アラタ』の名は世界中のトレーサーに知られていた。
さしてパルクールに興味のない祐理ならともかく、ガチ勢と呼べるほど取り組む日向であれば、そんな自分に対して落ち着かないはずがないのだ。
訊きたいことや教えてほしいことが山ほどあるはずなのに。
他のトレーサーは皆そうなのに。
もっとも、日向がそうであることは前々からわかっていたことだが、それでも新太は苛立ちと憤りを感じていた。
だからといって爆発させるほど子供ではないが。
「祐理ちゃんも相変わらず元気だよね」
代わりに、日向が視線で追っていた同居人を話題に選ぶ。
「元気すぎて
恋愛ネタでからかおうと画策する新太だったが、日向の目を見て「あはは……」苦笑に切り替えた。
「その気持ち、わからなくはないよ。僕にも元気な妹がいてね。そうそう、日向君と同い年で同――」
「ひなたー! おにごっこしようぜー!」
「このおねえちゃんよわすぎてつまらねー!」
遊具上から男の子らが叫んできた。そばにいた祐理は泣きそうな顔をしている。
「……容赦ないよね、あの子たち」
「俺の遊び相手ですから」
狭い複合遊具を舞台に、多対一で攻められたら、男子顔負けの運動神経を持つ祐理でも厳しいものがある。
まして子供達は日向と何度も遊んでおり、幼いゆえのセンスと吸収力で日向からたくさんの事を学習している。身体能力はもちろんのこと、読みや洞察、判断力なども総動員しなければ勝負にすらならないレベルだった。
「そっちのおにいちゃんもやろうぜっ!」
無邪気な声が新太にも向けられた。
「僕を知らないとは。容赦ないねぇ……」
「子供は正直ですからね」
新太は芸能方面ではあまり活動していないため、一般には意外と知られていない。しかしパルクール界のトップともなれば、誰一人にも知られていないという現状は中々にショックだろう。日向もその程度の気持ちは推測できた。
「腹いせに全力でねじ伏せたらどうです? 気持ちいいですよ」
「結構骨が折れそうだけど」
「さすがですね。見ててわかりますか」
「うん。よくわかる。みんな日向君に相当いじめられているね」
「何気に楽しいし実践的なトレーニングになりますからね。つい熱が入るんですよ」
「君が一番容赦ないね……」
体力も戦意も喪失した祐理とバトンタッチする。
鬼ごっこはそれから一時間以上も続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます