第43話 会って、触れて

 火、木はバイト……。


 いつも透くんと散歩した公園のベンチにひとり、座る。ランチクロスを十字に解いてお弁当を膝の上に広げる。最近は、そうやってお弁当を食べる日が増えてきた。

「いただきます」

 中身は大体、残り物とレンチンのおかずで、透くんにはとても見せられないな、と思う。


「隣、空いてますか?」

「はい……」

 声の聞こえた方に振り向くと、そこには久しぶりに会う小田くんが立っていた。

「別に相澤さんを追いかけてたわけじゃないよ。今日は仕事が休みで、図書館に来たら窓から相澤さんを見つけただけ」

「……隣、座る?」


「ご飯に誘おうかと思ったけど、休憩時間は短いって言ってたよね。食べ終わって時間があったら、お茶でもするのはどう?」

「時間があれば……」

とは言ったものの、わたしのお弁当はすでにほとんどなかった。


「その後、変わりない? 彼は今日は学校?」

「うん、今日は学校のあと、バイトだって」

 両手でコーヒーのカップを挟んで、ときどき左手の内側にした時計の文字盤を気にする。

「まぁ、大学生ってそんなものだよね。カテキョとかさ」

 なんというか、最近の透くんと比べるとやっぱりどうしても小田くんのほうが腰が落ち着いてる感じがする。でもそれではまるで、透くんが少し遠ざかってしまったみたいだ。


 少しの間、お互いに何も言わないまま、コーヒーを飲む。意外にそんなに嫌ではなかった……。

「ん? ここのコーヒー、場所は手頃だしチェーンだけどわりとおいしいよね?」

「あ、うん。わかる」

 彼はゆったり、微笑んだ。再会してから初めてこんなに自然な顔を見たかもしれなかった。


「ほら、相澤さんはそろそろ仕事に戻らないと」

「え、そんな時間?」

「いや、ちょっと早いけど仕事だからね。余裕を持って」

 わたしは自分の荷物を片づけて、立ち上がった。カウンター席だったので、細いイスの脚がキィっと小さい音をたてた。


 立ち上がりざまに小田くんと目が合う。

「また図書館?」

「んー、相澤さんのとこで新刊見て帰ろうかな」

「面白そうなの、あると思う」

 連れ立って店に戻ることになる。店の前で手を振ると、

「下心がないとは言い難いけど、お互いに時間の無理のない時に、……ご飯とかお茶くらいはどうかなぁと」

「あ、うん。そうね、わたしもお昼ひとりになっちゃったし……」


 真っ赤になってしまったことを自覚する。まるで高校生に戻ってしまったかのようだ。高校生のときのわたしはクラスで決して目立つ存在ではなかったはず……。


「仕事に戻ります、今日はつき合ってくれてありがとう」

 ぺこり、と頭を下げて店内に戻る。櫻井さんがわたしの顔を見て、彼の方をのぞき込む。

「凪ちゃん、浮気か?」

「なんでそんなに意地の悪いことを言うんですか? だから、むかしの同級生ですよ」

「ふうん。まぁ、高校生……じゃないか、柿崎くんとケンカしない程度に」


 そんなことはわかってる。




 小田くんと、「約束」まではいかなくても、「いいよ」と言ってしまったのはわたしの弱さかもしれない。

 でも……ずっと会ってたせいなのはわかってる。「わたしの透くんはどこに行っちゃったの?」と、毎日のように通ってた公園で、カフェで、ふと気がつくと彼を探している自分がさみしい。


 何も大きなものは欲しくない。

 ただ、手を繋いでほしいだけ。

 透くんが知ったら、こんなわたしに失望するだろう……。


『凪、どうしてる? ボクは今日はバイトだったんだけど、自分の通ってた予備校の講師になるなんて、変な気分 』


『わたしは相変わらずだよ。予備校の講師だと帰り時間が…… 』


 打ってやめる。ため息をつく。


 帰り時間が一緒にならない? だからなんだと言うんだろう。……会えないだけ。

 ベッドに突っ伏す。

 このままじゃ既読無視になってしまう。なにか返事を書かないと……。くだらないことに心が揺れる。


『お疲れ様です。わたしも相変わらずバイトだったよ。透くんは教えるのも向いていると思うからがんばってね 』


 送信……。


 書きたいことはもっとある気がするのに、言葉はどこかに消えてしまう。会いたいよ……。でも透くんは意地悪をして会ってくれないわけじゃないから、そんなこと言えない。

 そうなんだ、会いたい。

 彼がだと、会って、触れて確認したい。


 言えないわたしが意気地無しなんだと、大きくため息をついた。

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