第29話 釣り合いが取れない

 今日はわたしが休みの日なので、午前中から図書館でがんばっている透くんと、お昼ご飯を食べるために迎えに来た。

 コートの前ボタンを上まで閉めて、ポケットに手を入れて図書館前で待つ。風が頬を切るように冷たい。


 仕事で紙を使うせいか、最近、手の荒れがひどい。少し高い保湿クリームを使ってるんだけど、あまり良くならない。ガサガサだ。


「凪」

「あ、ひと段落ついた?」

「こんな寒そうな格好して、なんでしゃがんでるの? 中で待てばいいのに、公共の場なんだし」

 本当はそうすればいいのはわかっていた。

「わたしが行ったら気が散るかな……なんて」

「バカだなぁ」

 透くんは顔を赤くしながら、わたしの手を引っ張って立たせてくれた。


「手、冷たい」

「ごめんね、手袋忘れちゃったんだけど、近いからいいかなって」

 いつも行くファミレスは図書館からすぐなので、とりあえずそこに向かう。彼がわたしの手を掴んで自分のポケットに入れてくれる。


「今日は何をやったの?」

「物理と英語」

「ああ、Y大は2教科だっけ?」

「私立だからね」


 食後のコーヒーをゆっくり飲む。

 午後は彼の勉強を見るので、おしゃべりはできない。彼は集中力が高いので、彼から何か聞かれるまで、わたしは本を読んで待っている。


「凪、退屈じゃない?」

「ううん、家にいても暇だし」


 彼の横顔をちらっと見ながら、紙の上を滑るシャープペンシルの芯の音を聞く。何故かいつの間にか、そんなことがしあわせに思えてきた。


「柿崎先輩」

 振り向くと、透くんとは学年カラーの違う校章を付けている女の子がわたしたちの席の後ろに立っていた。

「あの……ちょっと……」

 透くんは、「すぐ戻るよ」と言って行ってしまった。


 モテるのかな……。学校の中での透くんをあまり想像したことがなかった。

 出会ったことは彼が高校生だということに気を取られすぎて、教師目線で彼を見ていた。でも今は……。

 しかし、受験シーズンになってしまえば高校にはほとんど行かない。大学に行ったら? 気にしても仕方ないことまで気になる。


「ごめんね」

「あ、ううん、大丈夫」

 透くんは何事も無かったかのようにさっきまで解いていた問題に戻った。

「凪が心配するようなことはないよ」

「うん……」


 シャープペンシルが突然、机の上に置かれる。

「かいつまんで話せば、つき合ってほしいって言われたけど、隣にいたのが彼女だからって言ってきたから」

 またシャープペンシルを持ち直してノートの上に、軌跡を記していく。

「うん」

 透くんの頬が少しだけ赤くなっていた。


「凪、先に行ってお茶飲んでたら?」

「そうしようかな」

「ボクもここを片づけたら行くし。もう閉館まで少しだからね」

 わたしはコートを着て、カバンを持った。

 図書館からいつものカフェまで、自転車を引いて歩いていく。北風が容赦なく吹いて、肩までに揃えた髪が顔に当たる。


 駐輪場に自転車を停めて、カフェに行く。温かいカフェラテとマフィンを2つ買って、席に着く。猫舌なわたしでも唇にカフェラテが温かい。


「あの」

「はい?」

 振り向くとさっきの女の子だった。いつかこれと同じようなことがあったなぁと思い出す。

「柿崎先輩の彼女さんなんですか?」

 まっすぐな瞳に勝てそうにない。つい視線を下げてしまう。

「はい……」


「あの、失礼かもしれませんが、あまり釣り合いが取れてないんじゃないかと思うんですけど」

「……釣り合い、取れてないと思ってます。でもそれと、すきかどうかは別ですよね?」

 つい気にしていることを真正面から言われて、高校生相手にムキになってしまった。彼女は去っていった。


「なんか嫌なこと言われなかった?」

 ガラス越しのわたしたちを見たらしい透くんが、急いでわたしのところに駆けつけた。

「ちょっと、言われたかも。でも大丈夫」

「まじかよー。ボクがいないときに卑怯だよ」


 程よく冷めたカフェラテに口をつけて、思い切って聞いてみることにした。

「透くんは高校生で、わたしはもうハタチをとうに過ぎてる。わたしたち、ふたりでいたら釣り合い取れなくないかな」

「言われたの?」

「透くんはどう思ってるのかと思って」

 彼は椅子に、いつも通り重そうなカバンを下ろして自分も座った。


「とりあえずボクが凪をすきなんだ。年は関係ないよ。でも、釣り合いのことを言うなら、ボクが子供だからいろいろ言われるんだよ。……大人になるからもう少し待って」

「わたしの年は待ってられないよ」

「……心は待っててくれるって思ってるよ。はい、これ。店員さんに勧められたから」

 言いたいことを言いたいだけ言って、ささっとカウンターに飲み物を買いに行ってしまう。


 小さな包みを開けてみる。

 入っていたのは、ハンドクリームと寝る時にするシルクの手袋だった。透くんは聞かなかったけど、本当は気づいていたんだ、わたしの手荒れに。


「クリーム塗ったあと、手袋するといいんだって。凪、知ってた?」

「知ってたけど……ありがとう」

「ボクが繋ぐ手だから、大切にして。すきなんだよ、手を繋ぐの」

 彼の目線はなかなか捕まらなかった。


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