第118話 綱渡り

開墾かいこんの進み具合はどうなっている?」

「正直あまりかんばしくない状況でございます、閣下」


 担当の者は申し訳なさそうな顔をしながらマコトに説明する。

 マコトは配下には「絶対に見栄みえを張るな、正直に話せ、正直に話す分にはどんな内容だろうと決して怒らない」というのを徹底させている。その代わり彼もまた約束を守り報告に対して決して怒ることは無い。

 小さな嘘を見逃すとそれの帳尻ちょうじり合わせのためにどんどん嘘が大きくなり、国を破滅させるほどの大嘘へと成長するというのを知っているからだ。

 実際彼の故郷日本はかつての戦争で戦況を伝える新聞に誇張表現を書き過ぎたせいで正確な戦況を把握できるものが皆無になってしまったという事もあったそうだ。


「毎年毎年戦争続きで開墾にまで人手を回しずらい状況が続いています。女子供も働いているのが現状です。彼女らに重労働は向いていないでしょう」

「ううむ……仕方ないな。今の体制では農地拡大は難しいのはわかった」




 輪作、地球で言う「ノーフォーク式農法」に持っていくには畜力と鉄製の農具が欠かせない。

 というのも輪作をやるにはまとまった広い農地が必要でそれには森を切り開いて開墾かいこんしなくてはいけない。だがそれには人力だけでは力不足で畜力、噛み砕いて言えばウシやウマと言った家畜の力が必要になってくる。

 そのためまずは家畜のエサとなる大麦を栽培する三圃制さんぽせいを採用し、畜力をつけなくてはならない。


 特に力を入れているのは大麦の生産だ。開墾や広くなった農場の耕作をするには人間だけでは力不足。

 ウシやウマといった畜力の確保が必要で、そのための労働に使うにはエサは牧草だけでは栄養不足で大麦、エンバク、トウモロコシといったものも必要になってくるのだ。

 ちなみに大麦は食味は悪いが、非常時には人間用の食料としても使えるというのも選ばれている理由だ。


「しばらくはヴェルガノン帝国との戦争が続くから本格的な開墾はそれが終わってからだな」

「そうですか……」


 中世のヨーロッパは農耕に適した土地ではなく、作物が育ちにくいためそこに住む人々はそれはそれは言葉では書き尽くせないほどの苦労をして生きていたらしく、その日をやり過ごすのに精いっぱいであったという。

 この世界の西大陸は比較的肥えた土地が多く、またジャガイモなどやせた土地でも育つ作物が広く普及しているため、それと比べたらずいぶんマシと言える程度には農作物の生産量がある。

 その分小麦などの比較的上物の作物も庶民の間で普及しており週に1~2度くらいは小麦から作った白パンが食えるという。




「一応はシフトを組んで徴兵しているんだがそれでも無理か?」

「……はっきり申し上げて極めて厳しいですね。正直、無理にかなり近いです」


 現在では夏と冬の年2回戦争をやる場合でも、同じ人間は年1回の徴兵で済むようシフトを組んである程度休息や開墾に回せるようにはしているが、それでも人口増加の速度と比べれば土地の開墾は進んでいない。


「戦争を辞めるわけにはいかないからなぁ……」


 戦ばかりやっていると国が荒れるというのは国を治める者として大いに実感しており、自分のやりたいことは国王のやりたいことではないという自己矛盾は痛いほどわかっている。

 大国の王といえど矛盾することも山ほどあるし、大金を扱うようになったが無限にあるわけではないので財政の使いどころには悩まされる。だから国政というのは難しい「綱渡り」なのである。




【次回予告】


今年の夏に起こることと、いずれ起こること。2つに対しての備えだ。


第119話 「近い将来 遠い将来」

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