第101話 死、忘るるなかれ

「お帰りなさい、あなた。今度は海賊を従えさせたって聞いたけど」

「ああ、知ってたのか。結構楽に終わったよ」

「戦争するのは良いけどちゃんと無事に戻ってきてよね。私、この年で未亡人みぼうじんとかイヤだからね」


 秋も終わりを告げるある日、戦場から帰ってきたマコトをメリルは2人の娘であるリーリエをあやしながら出迎える。


「戦場では無茶はしないさ。生きて帰ることを第一にしているさ」

「ウソばっかり。私たちのためなら死んでもいいって思ってるくせに」

「……わかっちまうか」

「当然よ。私たち夫婦なんだからそれくらいすぐにわかるわ」


 死……生きとし生けるものみんな最後は死んでしまうが、そればっかり考えてしまうと病んでしまうので普段はあまり考えないようになっている。

 だが、どうしてもスポットライトが当たるときはある。マコトは最後尾の本陣にいるが、それでも狙撃されて死ぬかもしれない戦場にいるときにはなおさらだ。




「全能なる万色の神よ。この子の魂にはまだ大いなる母であるあなたに未練があり、再びあなたの元へと戻ることを決めたそうです」


 別の日、教会の墓地では葬式が行われていた。それも子供のものだ。


 地球でいう中世程度の文明においてはとにかく子供は死にやすい。

 病気で死ぬのはもちろん、野生の魔物の巣に近づきすぎて襲撃される。木登りしていたところ頭から落っこちて即死。好奇心からか飲み込んではいけないものを飲み込んでしまい死ぬ。といった感じだ。

 そこで「一定の年齢になるまでは不完全な子供でいつでも万色の神のもとへと帰ってしまう」という事にしているそうだ。

 日本でも七五三があり、今でこそ形骸けいがい化しているがあれは本来「病死したりせずに1人前の子供になったことを祝う」行事である。


 もうすぐ成人なクルスはまぁ大丈夫だろうが、まだケンイチも特にリーリエも大きな病気をしていないがそういう意味ではまだ心配している。

 もちろんいざという時のためにシューヴァルで活躍している名医たちとの間にパイプを作ってはいるのだがそれでも、である。


(ケンイチやリーリエは手放したくはないな)


 マコトは父として、特に2人の子供を手放したくはない。この世界と比べれば格段に子供が死ぬことが少ない現代日本出身の者ならなおさらだ。




「クルス、お前背伸びたなぁ。もうすぐ俺に届きそうなんじゃないのか?」

「そりゃあ今が「育ちざかり」っていうやつらしいからな」


 マコトによりこの国に召喚されて4年程度。召還したばかりのころはまだまだ子供だったが、今では14歳(本人が言うには)になり背格好はかなり大人になっていた。

 ミノタウロスのウラカンにしごかれているのかだいぶ筋肉質な身体で、そろそろ彼女であるドッペルゲンガーのアッシュとの結婚も秒読みと言える段階であった。


「早いもんだな。お前を養子にしてもう4年以上たつのか。いつの間にかでかくなったな」

「そうかぁ? 4年なんて相当長いぞ。そういうオヤジはもう40なんだって? そろそろ人生の終わりが見える年なんじゃないのか?」

「ええ? 40じゃまだまだこれからだろ?」

「40ってもう孫がいてもおかしくない年齢だぜ? 普通はそろそろ隠居も考えるころなんじゃないのか?」


 この世界には魔法もあるが生活を根本から変えるまでには至らず基本的なところは地球の中世ヨーロッパと大して変わらない。

 多くの者は14や15で結婚し、子供を産む。特に女は20も過ぎれば「行き遅れ」と言われても仕方のないという感覚だ。(12歳で嫁いだメリルはさすがにこの世界でも若いほうだが)

 なので30代は孫がいてもちっともおかしくない年齢で、40にもなれば「おじいちゃんおばあちゃん」という感覚で、裕福な者は隠居を選んでも不自然なところは全くない。


「クルス、俺にもしものことがあったらメリルの事は頼んだぞ。もしものことが無くても俺の方がずっと年上だから先に寿命を迎えて逝っちまうからなぁ」

「へーきへーき。オヤジみてえな人間はそう簡単にはくたばらねえって」

「言うじゃねえかクルス、わかったよ。せいぜい長生きするさ。それと戦場ではあまり無茶はするなよ。もしもの事があったら母さんもアッシュも悲しむからな」

「分かってるって。オヤジこそ無茶して突っ込むなよ」

「ああ分かった。お互い生きて帰ろう。約束だ」


 そう言って2人は拳を突き合せた。




【次回予告】

「木、石、鉄、乾いたもの、湿ったもの」では傷つける事が出来ない化け物を倒すには?


第102話 「ヴァジュラ」

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