第26話 取り替え子

 エルフの厄災が鎮まり、寒さが少しだけ緩み、春の足音がようやく聞こえ始めた頃の早朝……都市国家シューヴァルからやってきたとある夫婦は抱えていた乳飲み子を城壁の門にそっと置いて立ち去ろうとした。


「オイ! 何やってるんだ!」


 兵士が逃げようとする母親を追いかけ、腕をつかんで我が子を捨て去ろうとする彼女を止めさせる。


「お前子供を捨てる気か!? あの子はお前の子供だろ!? なんでこんな事をするんだ!?」

「あの子は取り換え子です。親は死んだと伝えてください。魔物が住人として住んでいるこの国なら無事に育つでしょうし」


 母親は感情の起伏が無い、まるで邪魔な粗大ごみを押し付けて清々したような口調で言葉を吐き出す。

 別の兵士がその赤子を抱き上げて顔を覗き込むと、赤子は大きく突き出た鼻と縦に尖った耳、それに深緑色の肌をしていた。つまり、彼女はゴブリンであった。




 取り換え子……それは人間の種を貰い人間の腹から産まれたはずなのに、通常は魔物が父親の場合のみ産まれてくる魔物の子供が産まれるという異常な現象の事だ。

 一説には長い人類の歴史の中で混ざった魔物の血が強く出ることで産まれる。というのがあるが真相はいまだ謎である。


 いずれにせよ、取り換え子として産まれた出生を祝福されない子供たちはまともな生き方は出来ない。

 幼いころに捨てられて魔物として一生を過ごす。というのはまだいい方で大抵は魔物として人間に殺されるし、最悪の場合は産まれた直後に「間引き」される。

 今回捨てられた赤子の女の子は、魔物に対して理解がある程度深い国に捨てられただけ、まだマシな方だろう。



「というわけです、閣下。いかがいたしましょうか?」

「うーむ、ゴブリンの住民の中から有志を募集するか?」

「おや閣下。何か悩み事でもおありでしょうか?」


 兵士達と話し合いをしていたマコトに挨拶したくてやってきたクローゼが割って入る


「フム、ゴブリンの赤子ですか。赤子からの成長記録は少ないので興味深いですな。養子として私が育てましょうか?」

「ええ!? お前に子育てなんて出来るのか!?」

「何、人間限定ですが育児に関しては大量の実践データが残っています。それを参照すれば少なくともハズレは引く事はないでしょう」

「うーむ……分かった。お前に預けよう。正直ちょっと不安だがあんまり変な育児はするなよ。魔物と言えど一応は貴重な命なんだぞ」

「閣下。お言葉ですがさすがにそれはちょっと言い過ぎではありませんか?」

「わ、悪かったよ。じゃあ任せたよ」


 結局、その捨てられたゴブリンの女の子は「シャーレ」と名付けられクローゼの養子として迎え入れられることになった。




 それから3日後、魔物が住んでいるという特殊な事情があるハシバ国だからこその訪問者がまたやってきた。




「閣下。エルフの親子が謁見したいと申し出ております」

「エルフが? そりゃまた何で?」

「まぁ、来れば分かると思いますよ」

「ん。分かった。行くよ」


 ディオールが細かく言わないことに疑問を抱きつつもマコトは王の間へと足を急がせる。

 王の間にたどり着くと、いくつなのかは分からないがマコトにとっては自分よりも若く見えるエルフの男と女、そして彼らの子供と思われるエルフの少年が待っていた。


「待たせたな。今回は何の用で?」

「あなたの国ではダークエルフが住んでいるそうですね」


 陶磁器のような乳白色の透き通った肌を持つエルフの夫婦が問いかける。妻と思われる女のエルフの眼は悲しみに満ちた光を帯びていた。


「ああ。そうだ。人間と同じように国民として登録されている。それが何か?」

「この子をお願いします」


 目深にかぶった帽子と両腕をすっぽり隠せる厚手の上着を脱がせるとその子の肌は両親とは正反対の褐色だった。少年は取り換え子で、ダークエルフとしてこの世に生を受けたのだ。




 エルフにとって取り換え子というのは人間の場合と同じく魔物が産まれてくるという意味に加えてもう一つ、ダークエルフが産まれてくるという意味も持つ。

 このダークエルフは両親がそうであった場合の他にも、たまに普通のエルフの夫婦からも産まれる事がある。


 それは大いに忌み嫌われることであり、殺されこそしないがある程度分別がつく年になったら集落から追放される。

 エルフは出生率が低いことで有名だが、それは単純に子供の数が少ないのではなく「魔物やダークエルフとして生を受けた子供は産まれなかったことにされる」というのが大きい。


「子供を捨てるならせめて一人ぼっちじゃないところへ。というわけですかな?」

「ええ。せめて仲間がいるところならさびしくないなと思いまして。1000年もの間ずっと孤独のまま過ごさせるのはあまりにも不憫で」


 ディオールからの問いに父親は答える。呪われた子供であろうと愛しいわが子であることには変わりない。どのみちまともな一生は歩めない。ならせめて仲間がいるところへ。というのが親心だろう。


「よし、分かった。お子さんはこちらで預かろう、君、こっちへ来なさい」

「待って。もう少し、もう少しだけ」


我が子のぬくもりを感じたいのか、母親は息子を強く強く抱きしめる。もう少し、もう少しだけ。そのお願いを5度ほど繰り返し、ようやく我が子を手放した。


「親なんだな」

「でしょうな。何せ自らの腹を痛めて産んだ我が子ですからなぁ」


マコト達は泣きながら去っていくエルフの夫婦たちを見て親子の情と言うものを感じていた。

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