一難去って春の訪れ
19話
部屋へと戻ったアレクシスは、早速風呂に入ろうと準備していた。しかし、そんなアレクシスを横目にさっさとルーカスが浴室へ入って行ってしまった。
部屋は中扉で二部屋繋がっているが、浴室は主賓の部屋にのみ設置されている。数人一緒に入れる大きさだが、先に行かれると何だか腹が立つ。
急いで用意し、自分も浴室へ向かった。
先に湯船に浸かるルーカスに、わざと波を立てて入る。その行動に、ルーカスが不快そうに顔をしかめた。
「……ちょっと。俺が先に入ってんですから、遠慮してくれません?」
主になんたる態度だろうか。この男は出会った頃からこんな感じだが。アレクシスはお構い無しに少し離れて座った。
「あのな、一番風呂を主に譲る精神を持ち合わせろよ。図々しい。」
ルーカスは更に苛ついたのか、パッと手を出した。素早く主の頬をつねる。アレクシスのいった!と騒ぐのを無視して、つねり続けた。いや、本当に痛い。
「あのねー、俺は超疲れてんです~!王子みたいにのんびりして無かったんだから、一番風呂にゆっくりと入る権利は有るんです~!」
何とも子憎たらしい口振りで捻り挙げる。
分かった分かった!とアレクシスは慌てて降参した。こいつ、本気だったな?そう、憎々しげに思いながらつねられた頬をさする。どうしたのか、何だか何時もより様子がピリピリしているかも知れない。
「……何か有ったのか?」
またつねられては堪らない。アレクシスは慎重に聞いてみた。
「……そっちこそ、どうなの?」
「?」
逆に質問を返され、問われた内容が分からず首を傾げる。
「何が?」
「あれだけ熱い宣言したってのに、守り守られる所か、サイラス公に仲良く説教されるとか……。恥ずかしくないの?実際。」
途端に、アレクシスは数々の失態を思い出して顔が真っ赤になる。なななっと言葉にならない。
「まあ、今回だけじゃなく、今後も色々有るだろうから、何時でも守れば良いんだよねー。うん。」
もっとからかわれるかと思ったが、一人納得するルーカスに何だか違和感を感じる。
「本当に何か有った?」
伺ってみれば、ルーカスは不安げな瞳でじっと見つめて来る。それがまたアレクシスを不安にさせた。
「……王子さ?」
真面目な顔して何を言うかと思って身構える。が、不意に強烈なデコピンをお見舞いされた。
「~!!」
あまりに痛すぎて言葉が出ない。
「……マジで何敵に顔晒してんの?馬鹿なの?えっ?馬鹿か、脳味噌お花畑か?おい。自ら危険に飛び込んでどうしたいの?」
怒濤のマジ切れに、アレクシスは後退した。あの時は、リンに危害が及ぶと夢中で、正直後先考えていなかったのだ。
「あんたが危険に飛び込むって事は、周りも危険に晒されるって事だ。今迄と違って、これからはエレーンちゃんが割りを喰う。そーゆーの分かってんの?」
あまりの正論に言葉も無い。その様子を見て、ルーカスは溜め息を付いた。
「……今までだって盗賊狩りもしてきたし、誘拐犯だって撃退して来た。まあ、俺が教えてるから?腕に其なりの自信は有るかも知んないけどさー。」
ん?言い回しにいらっとするな。
アレクシスは一人苛ついた。
「でも、自分の力量ではどうにもならない奴ってのが居るんだよ。世の中には。後、立場も有る。どうすべきか考えて動けって事!分かった?」
言っている言葉は分かるが、何だか先程から苛ついていて返事が出来ない。ルーカスはすかさず頬をつねって来る。手の力とは裏腹に、その表情はニッコリ笑顔だ。
「分・か・っ・た?」
アレクシスはふぁいと仕方無く返事を返した。これでは立場逆転ではないか。これ以上つねられたくないから、言わないけれども。
すぐ後、ロバートまで浴室に乱入して来て、狭いだの説教だのと大騒ぎし、すっかり長湯してしまった。風呂を上がり、支度が整った頃には朝方の四時を過ぎた頃だった。
ルーカスは本当に疲れていたようで、食事も取らずに寝てしまった。アレクシスも運ばれた食事を少し口にして、床へと付いた。
ロバートは寝静まった二人を置いて、静かになった城を歩く。見張りの兵を除いて、城内は昨日の(と言っても日を跨いだだけだが)殺伐とした空気が嘘の様に静まり返っていた。
外を見ようと、廊下の突き当たりのバルコニーへ向かう。カーテンの奥は真っ暗だったが、雨が激しく窓に打ち付けられ、嵐の強さを物語っていた。
暫くぼうっと眺めていたが、後ろからの足音に振り向く。サイラスが一人向かって来ていた。気付いて、ロバートは軽く会釈した。
「これはこれは、まだ雑務で寝られないのですかな?」
サイラスは頷き、ロバートの隣へ立ち止まる。
「さすがにこの嵐だと、外の様子見に手が出せずじまいでして。流石に寝ようかと思っていた所です。」
二人の顔が一瞬だけ明るく照らされた。大雨を運び、とうに通り過ぎた筈の雷がまだ山の奥で唸って暴れている。
「どうです?一杯。寝付けに。お勧めの酒が有りまして。」
ロバートはにっこり笑顔で快諾した。
二人は応接間に移り、サイラスの酒を酌み交わす。お勧めの酒は、琥珀色でとろりとしていて、口に含むと木の芳醇な香りが鼻を抜けて、何とも美味だ。
「これは旨い。宜しいのですか?頂いてしまって。」
サイラスはにっこり頷いた。自身もぐびりと一口呑む。
「疲れた時は、こいつを呑むのが一番効くんですよ。ゆったりと眠れる。」
「そうそう、ある程度の歳になると、疲れ過ぎても眠れなくなるんですよね。困った事に。」
二人はふっと笑って、ちびりちびりと酒を呑む。サイラスは笑顔のまま、ロバートを見やる。
「して、貴殿とも在ろう御方が、何故王子を危険に晒したのでしょう?」
「おや、バレちゃいましたか。」
ロバートはにっこり微笑み、いたずらっぽく答えた。またチビりと一口酒を呑む。
「あの方は小さな頃に前王が崩御され、寂しい幼少期を過ごしました。しかし、兄殿下と年も離れ、右も左も分からない幼さ故に、女王反対派閥の者達にこれ幸いと拐われたり、毒を盛られたりと急がしい生活だったんですよ。で、自分の身くらいは守れる様に剣も教えましたし、盗賊の討伐もさせた事が有ります。」
サイラスはほう。と驚いた。第二王子の話しはあまり耳にしないので、てっきり王城内に大事に大事に匿われて生きて来たのかと思っていたのだ。
「剣を教える前が大変でして。小さな頃から危険に晒されていたので仕方無いですが、とてもひねくれた子だったんです。私もルーカスも手を焼きました。まともに剣を持つ様になったのはつい数年前です。外で使える様になったのは、ほんの二年前ぐらいでしょうか。」
ロバートは一呼吸置いた。サイラスは黙って話の続きを待つ。
「兄殿下が王位を継承されるのは時間の問題。そうすれば、第二王子としてあの若さで一つ城を任されてしまう。そこで、海賊の侵入をこれを好機と城の守り方を是非とも見せておきたかったのです。ルーカスにも先陣の戦い方を教える手間が省けたと言うもの。結構大変なんですよ?剣を覚えたら今度は戦いに興味津々で。怪我をしない程度に好奇心を上手く抑えながらじっくり教えるのも一苦労でして。」
サイラスは目を見開いていた。
「我が領内が賊に攻められたのを、これ幸いと?」
怒る処か、ロバートの言い種に大笑いだ。一頻り笑って、サイラスはまた真面目な顔に戻る。
「だが、計算が狂ったと言う事かな?」
「……はい。まさか向こうが殿下を狙って来ていたとは、公爵様にはとんだご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。」
頭を下げて下を向くと、サイラスは手でロバートのお辞儀を遮った。
「此方こそ、取り逃がした盗賊がそいつらと手を結んでやって来た事。あの装束を捕まえられず、またもやまんまと取り逃がしてしまい、誠に申し訳ない。」
サイラスは深くお辞儀を返した。いえいえと、ロバートはサイラスの頭を上げさせる。
「第二王子とは王族でも貴族の間でも色々と立場が難しい。これからも狙われる事は有るでしょう。尻尾を出すまでまた待ちます。」
ロバートの言葉を聞いて、サイラスは暫しの間固まった。
「……貴殿は始めからこれが目的で……?」
ロバートは微笑を浮かべている。
「これは、あの方が強く成る為と、誰が味方なのか知る為の旅なのです。そして、王族を狙う不届き者を捉えたとあれば、それなりの功績も残せますし。彼の方はまだ実質功績を持たない身ですので…」
サイラスは片手で顔を覆い、空を仰いだ。
「……娘はとんだ所に拾われた様だ。」
「本当に。ですが、お嬢様は私が必ずお守り致します。」
頷くロバートを尻目に、酒を一口呑んで溜め息を吐く。軍師どのは何処まで先を考えているのか。ボトルを手にして、目の前の紳士の振りをした暴君のグラスへと酒を注ぐ。
これでは先程の謝罪は完全にポーズだ。
誰が味方なのか知る旅は、誰が敵なのか炙り出しの旅では無いか。そして、それらを今後排除する為の。しかも、そこまで大事に育てる王子を餌にして。
「……何卒、娘を宜しくお願いします。」
はい。とロバートはにっこり笑顔で頷いた。
「でもこんな話しが出来るのも、公爵、貴方様の人柄だからこそ、ですよ?」
ロバートはしれっと念押しまでして来た。それはどうも。とサイラスは生返事する。こうなったら何処までもお付き合いしてやろうでは無いか。大体、此度の騒ぎはうちにも非があるのだし。
酒を一気に飲み干し、じっとロバートを見据える。
「重ねて私から、少しお願いが有るのですが。」
強い風が、応接間の窓をガタガタと打ち鳴らしていた。
次の日。
寝付くのが遅かったので、エレーンはすっかり寝坊してしまった。何もしていない筈だったのに、やはり気が張っていたのか、あの後ぐっすりと眠れた。
身支度を整えて、台所へと急いだ。嵐は夜の内に過ぎ去って、城内は陽射しが入り込み、とても明るい。昨日の雰囲気も消し飛んだ様だ。
台所に、街の宿屋の女将アニスと酒場の若女将パーシー、セシルが仲良く昼食の仕度をしている。他の人達は食堂の方で準備をしているらしい。
こういった、不足の事態には組合の女性陣が、身の回りの世話をしてくれる。怪我人は城へと運び込むので、あっという間に人手が足りなくなる為、昔から一騒動がある度に、城の中は女性達で賑やかになる。今回も、城の前まで敵は攻めて来てしまったが、死者が出なかった為雰囲気が明るい。流石に慣れたものだ。
遅れた事を謝りつつ、直ぐに手伝いに取り掛かる。アニスのミートパイとパーシーのクラムチャウダーは絶品なので、エレーンはちゃっかりリクエストも忘れない。既にセシルからオーダーが入っていたらしく、四人共笑ってしまった。
台所へルーカスがひょっこり顔を出した。またの台所への訪問に脱力したが、既に朝食でも顔を出していたらしく、女性陣に大人気だ。ルーカスは昼食の進行具合を確認して、取りに来る旨を伝えて戻った。午後は港の片付けに行くらしい。と言う事は、水葬にも参加する事になる。
客人にそこまでさせる訳には行かなかったが、殿下の社会勉強だと、息巻いていたので、止められなかった。
ルーカスが立ち去り、台所はまた支度に慌ただしくなる。アニスとパーシーは手を動かしつつも、ニヤニヤと此方に視線を投げて来る。
「?…」
どうしたのかと、作業の手を止め二人に向く。五十代のアニスが、大きなお尻を押し付けて、ぐいぐいとエレーンの隣に移動して来た。
「エルちゃんは、一体どの子とお付き合いしてるんだい??」
突然の質問に、エレーンは危うく包丁を落とす所だった。何を唐突に言い出すのだ、このご婦人は。
「はいっ?」
心無しか、顔が赤くなる。この手の話しは苦手なのだ。
アニスとニヤニヤしていただけ有って、やはり待ちきれないのかパーシーも会話に割って入る。
「もうあたしも気になって気になって仕方無いんだよー。今の騎士様も人懐っこくて可愛いけどさ。王子様も可愛いんだろー?」
パーシーは夢見る少女の様に胸の前で手を合わせて、空を仰ぐ。
パーシーとは打って代わり、エレーンは大事な事を思い出しはっとした。客人が城へ来ている事は周知の事実だか、それが王子殿下の来訪だとは兵士以外知らない筈だ。
「パーシー?それは誰から……」
恐る恐る尋ねると、パーシーは夢見る少女ポーズから、くるっと向き合う。手をちょいちょいと扇ぎながら、笑って見せた。
「やっだー、この街で秘密は公然の秘密ってね!」
アニスもうんうん頷く。
エレーンとセシルは顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「で?どっちなんだい?あたしゃ断然ルーカス様よー!しかも強いんだろう?!昨日海賊を退治する勇姿を見てた兵士達が噂してたよー?」
噂の出所は兵士達だったか。こういった所は緩いと言うか、おおらかと言うか。なんともマルシュベンらしいから、叱るに叱れない。
「エルちゃんは昔から強い殿方が好きって言ってたもんねー♪」
アニスの発言に、エレーンはアワアワと慌てる。こんな所も昔から知られていると厄介だ。分からないから、ただ何となく言った幼い頃の言葉が、ここまで引っ張られるとは。
ガタ……
物音に気付いて戸口を見ると、何故かアレクシスが空の水差しの乗ったトレーを持って突っ立っていた。
「アアアアレクシス?!どうしたの?」
今の話、聞いてないよね?!
エレーンは内心大慌てだ。エレーンの慌てぶりを余所に、アレクシスは何とも言えない寂しげな笑顔で見返す。
しまった、あまりに驚いて、つい名前が飛び出してしまった。彼女達の前で、エレーンは不覚を取って礼儀を欠いた行動をしてしまった自分を責めた。
「いや、水が無くなったので、貰おうと……。」
「えぇ?ごめんなさい!直ぐに用意します。でも、貴方がわざわざこんな……ルカ先輩はどうしました?」
王子殿下自らこんな所に来させてしまい、慌ててルーカスの所在を聞く。いつもはそういった世話をしてるのは彼では無いのか。しかし、聞いた途端にアレクシスの雰囲気が暗く沈んだ気がする。
「あの……殿下?」
「あいつはレオナルドどのと外の見回りに付いて行った。」
アレクシスの様子に、エレーンは益々心配になる。具合が悪いのだろうか。
「何処か具合が悪いのでは無いですか?水差しは私が持って行きますから、部屋に戻って直ぐに横になった方が……。」
アレクシスはか細くうむ……と答え、とぼとぼと廊下を戻って行った。後ろ姿を見送り、昼食は消化の良いものを用意しようか迷う。水差しを持って、いざ台所の方へ向き直すと、熱い視線がエレーンを撃ち抜いた。
「?!」
さっきよりもよりニヤニヤしながら、アニスとパーシーが見詰める。セシルも混ざって居るのは気のせいだろうか?
何をなさってるの?、姉様……。
そうエレーンが戸惑っていると、パーシーが駆け寄って来る。
「ちょっとー!今のが噂の王子様?!可ん愛いいぃ!何、あの儚げな感じ!やっぱり高貴なお育ちの方は造りが違うねー!!」
儚げ?エレーンは少し小首傾けたが、パーシーはお構い無しだ。
「年下らしいけど、構うもんか!今の時代気にする事は無いんだよ?」
「これは益々誰と付き合ってるのか気になるね!」
女性陣はきゃっきゃと大はしゃぎだ。エレーンは助けをセシルに目配せで促した。セシルはにっこり微笑む。
「私は断然殿下かしら。あの方とっても可愛いらしいのよ♪」
エレーンはセシルのキラーパスに、見事撃沈したのだった。
部屋に戻ったアレクシスは、隣の部屋に乱暴に入った。昨日遅かったのか、寝台の主はまだ寝ている。
ずんずんとベッドへ近付き、これまた乱暴に揺さぶる。途端にロバートは慌てて飛び起きた。揺れの原因を確認して、脱力する。
「坊……老人は労るものだと、昔教えたでしょう?」
しかし、肝心の本人は小言を聞いていない。
「じい!久し振りに稽古をつけてくれ。」
起き抜けにアレクシスのやる気満々な瞳を見て、ロバートはやれやれと、ベッドから降りたのだった。
エレーンが水差しを部屋へと届けると、アレクシスもロバートもいそいそと外出の支度している。
何処へ出掛けるのかと訊ねると、水を一杯飲み干し、内緒だと笑われた。具合が悪いと思っていたが、そうでも無いらしい。もう少しで昼食なので、あまり遠くに行かない様に伝える。
ご婦人三人につつかれて、本当はもう少し時間を潰したかったが、エレーンは諦めて台所へと戻った。
アレクシスとロバートの二人は中庭に出てみた。まだ冬の装いの庭は、障害物も少なく少し動くには丁度良い。表の広場は見張りの兵士に丸見えなので落ち着かず、うろうろした結果、ここを見付けた。
アレクシスはサーベルを構える。ルーカスのロングサーベルに比べ、刀身がやや短く、自分の体格に合って扱い安い。
対するロバートはサーベルよりも細い長めのエストックを扱う。切るよりも突き差しに特化し、それによりルーカスとロバートの戦闘スタイルは大幅に替わる。最近はルーカスに相手をして貰うのが多いが、どちらも習い柔軟に対応出来る様にしている。…訓練はあまり好きでは無いけれど。
ルーカス……。顔を思い出すとアレクシスは何故か腹立たしくなった。
そのまま二人は向き合って、礼をする。
構えて、アレクシスがにじり寄る。ロバートがちょいちょいと手招きする。一気に踏み込み、胴を狙う。ロバートは片手で刃を斜めに受け、力を流す。流され、体勢が崩れる前に踏ん張り、振り替える力でそのまま振り上げ、ロバートの降り下ろしたエストックの軌道を止める。刃を流して、そのまま間合いを取る。
続いて、ロバートが踏み込む。サーベルで弾いて横へ跳ぶ。そのまま踏み込み、サーベルを脇腹目掛けて突くが、ロバートは辛うじて刃を避ける。一瞬しまった!と後悔したが、ロバートはアレクシスの突いて伸びた手を掴み、自身の方へと強引に引く。引かれて前につんのめり、がら開きになった背中を柄で打たれる。
痛っ…とぼやきつつも、もう一回!とやる気は変わらない。
また距離を取って構える。
ロバートの構えているエストックを剣先で弾く。しかし、しっかり握られ飛びはしない。アレクシスは仕方無く踏み込んだ。上段から降り下ろし、右肩を狙う。当然阻まれ、左側外へと流されるが、そのまま力を押し出す。刃が外れた瞬間直ぐサーベルを力一杯上へと上げる。エストックの刃先に持ち手ぎりぎりが当たり、一瞬大きく刃先が反対側に振れる。そのまま腕を下ろして、ロバートの左肩にトンと刃を置いた。
ロバートは及第点ですかな?と言いながら、嬉しそうに笑う。
実際エストックの刃先が手に当たる寸前だったので、アレクシスは内心肝を冷やしていた。危ない。木刀にしとけば良かっただろうか?
額の汗を拭うと、ぱちぱちと拍手の音が聞こえる。食堂で準備をしていた組合の女性陣が、大勢中庭側の窓から拍手を贈っていた。
予想外の観客に顔が赤くなる。これでは、見張りの兵士より人数が多い。
「王子様が顔を赤くして、何て可愛らしい!」
「細いのに、中々やるねー。」
「ほらほら、食堂にお昼いらして下さいよー!」
言葉が飛び交いわいわい賑やかだ。アレクシスはその光景にどうして良いか分からず固まってしまう。
「紳士様もほら、もうすぐお昼ですよー。」
ロバートも誘われたが、にっこり笑顔で丁寧にお断りした。続いて自分も直ぐに断り、そそくさと中庭を抜ける。
夜は絶対お料理食べに来て下さいよー!と声を掛けられ、固い笑顔で手を振った。手を振る姿にまたきゃーっと歓声が上がる。
「ああいう対応も出来ないと、ずっと追いかけられますよ?」
ロバートが笑顔で怖い事を言って来る。アレクシスは小さく分かっていると呟いた。どうも、こういった対応が苦手なのだ。
ぐるっと城を廻り、二人が正面入り口迄戻って来ると、丁度ルーカスが見回りから戻って、馬を預けている所だった。此方に気付いて、走り寄って来る。
「あれ、二人でどうしたんです?もうすぐお昼でしょ?」
アレクシスはルーカスからぷいっと顔を背けて、すたすた城内へ戻る。何だか苛つくのだ。ルーカスが剣馬鹿で体力馬鹿なのは昔から分かっている。分かっているのに、台所で聞いたあの言葉は……何故か無視出来ないものがあった。
「えっ、何あれ。」
様子が可笑しいアレクシスにルーカスもロバートも当惑する。
「……大方、貴方が何か言ったんでしょう?」
ロバートの冷ややかな視線に、ルーカスはえーっ!と、不満の声を上げた。が、ロバートは華麗にスルーする。
「今朝普通だったのに??」
ルーカスは検討が付かなかったが、走ってアレクシスの後を追い、盛大に頬をつねって逃げた。途端にアレクシスはルーカスを追いかける。
「……全く。」
ロバートは大きな子供二人の背中を見送り、溜め息を付いたのだった。
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