第53話

 廃工場の奥。

 少しだけ広さがある場所に。


 虚ろな目で項垂れる睡蓮スイレン

 憤慨してモゾモゾと脱出しようとする天龍テンリュウ

 奥歯をギリギリ噛み締めながら周囲の人間を睨め上げるタカ、

 ガムテープでぐるぐる巻きにされた3人が座らされていた。

 3人の側には、彼らが持ち込んだ荷物なども全て置かれている。


「これから貴方たちを未来へ送り返します」

 眞子マコから受け取った時間跳躍の機械を握りしめて、李子リコは3人を見下ろしていた。


 その周囲に、姉の眞子マコ棚橋タナハシ四葉ヨツハ津下ツゲ真輔シンスケ加狩カガリ弘至ヒロシ胡桃クルミ京子キョウコ、そして刀義トウギがズラリと立ち並び、李子リコの行動を見守っていた。


 しかし──

 こんな時でも締まらないのは、中邑ナカムラ李子リコであるが故か。

 時間跳躍の機械をこねくり回して、どう使うのかを悩んでいた。

 後ろから、ヨロヨロとした足取りで刀義トウギが近づき、色々指南する。

 改めてまして、と李子リコは鼻を大きく膨らませて、手にした機械を3人に見せつけた。


 しかし、3人とも李子リコのことは見ていない。

 焦点が合わない睡蓮スイレンはもとより──

 天龍テンリュウもタカも、とある人物を見つめて口の中だけで何かを呟いていた。


「未来の私によろしくね」

 李子リコはそう告げて、機械を起動させ──


 ばずんっ


 くぐもった破裂音がしたかと思うと、李子リコの斜め後ろに立っていた刀義トウギの身体が横へと吹き飛んだ。


 予想だにしなかった音がして、全員が怯んで立ちすくむ。

 李子リコは、自分が機械を起動させ損ねたから変な音がしたのかと焦った。

 しかし、吹き飛んだ刀義トウギの姿に気がついて、まさかと思って振り返る。


 刀義トウギの横に立っていた少女──


 棚橋タナハシ四葉ヨツハが、手の平大の黒いカプセルを弄びながら、無表情で吹き飛んだ刀義トウギの事を見下げていた。


「威力弱いね。もっと盛大に弾け飛ぶかと思って期待してたのに」

 そう言いつつも、吹き飛ばされた刀義トウギの脇腹は、大きくえぐれて中身が見える状態になっていた。

 バランスを保てなくなった刀義トウギはその場に膝をついた。


四葉ヨツハ……?」

 幼馴染の言動の意味が分からず、李子リコは冷めた顔をしている彼女に問いかける。

「あ、動かないでね。コイツの顔、吹き飛ばすよ?」

 四葉ヨツハは、手にしたカプセルを刀義トウギへと向ける素振りをして、李子リコとそれ以外の人間を牽制した。


「全く……3人とも弱すぎ。最初に豪語してたアレはなんだったの?」

 心底侮蔑した顔を、四葉ヨツハはふん縛られた3人へと向ける。

「何言ってんだ! 俺にトドメ刺したのはお前じゃねぇか!」

 激昂したのは天龍テンリュウ

 そう、彼の油断はそのせいだった。

 自分にトドメを刺してくるとは思わなかったのだ。

「だって……あの状態だったらやるしかないじゃん。じゃないと私が疑われちゃうでしょ?」

 呆れて反論する四葉ヨツハの言葉に、真輔シンスケは心底驚いている。

 一緒に戦ったクラスメイトが、まさか──


 あまりの出来事に、李子リコは完全に思考停止している。

 代わりに口を開いたのは胡桃クルミ京子キョウコだった。

「よっちゃん……アンタまさか……」

「そう、私、こっち側なの」

 そう言って、親指で捕まえられている3人を指し示す。

「いつから……?」

「最初から。刀義トウギさんがここに来るずっと前──一ヶ月前ぐらいかな?」

 四葉ヨツハは指を顎に押し当てて、ワザとらしく考えるフリをする。

 その姿は、先程まで控えめで大人しく、丁寧な物腰の少女とは全く別物のように思えた。

「まさか洗脳──」

 真輔シンスケが、自分がされた事を思い出して薄ら寒くなる。

 あれと同じ事を、四葉ヨツハがされているのではないかと心配した。

「違うよ津下ツゲくん。私は正気。何もされてないよ。むしろ、率先して私から協力してたの」

 優しげに微笑んでみせるその顔は、やはり今までの四葉ヨツハと同じように見えた。

「じゃあ……ずっと……演技してたってこと……か?」

 加狩カガリ弘至ヒロシは、末恐ろしい物を見せられていた事に気が付いた。

 たった14歳の少女が、自分の本性と目的を隠してずっと一緒にいたのだ。

 大人でも見破れない演技をして。

「そう。先生ごめんね」

 四葉ヨツハ弘至ヒロシに小さく肩をすくめてみせた。


「そんなんどうでもいいだろ! 早くコレ解いてくれ!」

 骨折箇所が響いて痛みに悶えるタカが四葉ヨツハに懇願する。

 しかし、四葉ヨツハは渋い顔をした。

「どうしよっかなぁー……」

 その言葉に、タカの顔色が青ざめていく。

「お前まさかこのままに──」

「だって邪魔しそうなんだもん。ちょっとそこでそのまま見ててよ」

 そう言って喚くタカを無視し、四葉ヨツハは立ち上がれない刀義トウギの頬に、手にしたカプセルをヒタヒタと当てつけ、彼女は酷く残酷な笑みを浮かべて李子リコの方へと問いかけた。


「ねぇ李子リコ、今どんな気分?」

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