第7話
いつ来ても、ここは居心地がいいな。
古いが和モダンなアンティークの階段箪笥。
天井に備え付けられクルクル回るサーキュレーターは羽が竹でできており、見た目も涼しげな演出が施されている。
窓も竹のロールスクリーンでお洒落であり、畳も縁がない今時なモノだった。
壁際にはロータイプで同じく和モダンな机が配置されており、何故か何の違和感もなく24インチ3面のマルチディスプレイとタワー型パソコンが乗っている。
実はよく見ると、ルーターやモデム等とそれぞれを繋ぐ配線も
畳にちゃぶ台に吊り下げ型の電灯。
キッチンも古いタイプのもので、
冷蔵庫も洗濯機も扇風機も食器棚もテーブルも何もかも、
しかし、物を大切に扱う両親のお陰で、古い家電も問題なく稼働しているし、家具も壁も天井も古びてはいるが綺麗であった。
その代わり、12月末は地獄の3日間耐久年末大掃除があるが。
お洒落なのに機能的。
同じように部屋を改めて見渡す
無駄なものがないのに、生活感とそこに住む人の人柄が感じられる不思議な温かみのある部屋。
──自分の家とは大違い。
この部屋に居心地の良さを感じつつも、自分の家との違いに苦々しい気持ちになる
母親と二人暮らしである為、決して狭くないはずなのに、物が溢れかえってゴチャゴチャ雑然とした家だった。
将来独立出来たら、こんな部屋に住みたい。
これと同じでなくてもいい。
シンプルでいて機能的、そして統一感のある色の部屋。余計なものは無い住み心地の良い──自分だけの家。
そんな夢を抱きつつ──それが夢でしかない無力感も同時に
「……うん、そう。私の家サ。詳しくは後で説明するよ。うん、じゃあ後でね」
そう言い終わり、
はぁ──大きな溜息を一つついて、
「まーちゃんが迎えに来てくれるってサ。その前に家の様子を見て来てくれるそうだよ」
まーちゃん──
その為、
あの後──
家に通された二人は、何があったのか──全て見たままを
まぁ、見たままの状況だったとしても、何故そんな事が起きたのかは分からないけどねェ……
理由は本人たちも知りたいところだろうサ。
また、あまり強く物事を断言しない
疑う意味も理由もない。
最後に一つだけ、
「りっちゃんは、あの男を知らないんだね?」
しかし、どう記憶をひっくり返しても、あんな大男の知り合いはいなかったし何処かで見かけた事もない。
──あのタイプの男性なら、一目見たら絶対記憶に残ってる。だって──
「絶対知らない」
それを見て、
「この間といい今日といい、りっちゃんにちょっと早い厄年でも来たのかねェ」
特に今回は心配だよ──
やれやれとそう告げて、老眼鏡を外して眉間を揉みしだいた。
「この間?」
何か、今回みたいなヒドイ目にあったっけ?
あれか?
「アニソンを全力で歌いながら自転車漕いでいたら、すれ違いざまに宅配便のお兄さんに『上手いね(笑』と言われて顔から火が出るかと思った時かな?
それともあれかな?
郵便局行った時に間違えて受付のお姉さんを全力で『お母さん』って呼んで、周りの人に大爆笑された時のこと?」
「そりゃ確かに酷いね。……色々と」
「えっ?!」
ドン引きされてから、思考が途中で声に出ていた事に驚く
「半月ぐらい前にりっちゃん、何時間か行方知れずになったろう? 学校帰りに……あれは大騒ぎだったじゃないかい」
当時の状況を思い出すだけで、
半月ほど前のある日。午前中で授業が終わって、昼には家に着くはずが──
寄り道しているのだろうと思っていた両親だが、昼過ぎになってもおやつの時間になっても帰ってこない娘に異変を感じてスマホに電話をかける。
しかし、繋がらなかった。
両親は兎に角ご近所と
どの家庭も、
テレビでは、様々な年代の女の子が
最悪な状況を想定した両親と仲の良いご近所さんたちは、最寄りの交番に連絡して総出で
無事でありますように、と願いながら。
しかし、下校後
日が暮れて──両親もご近所さんも途方に暮れた頃──
感動の再会を果たす両親。
感極まって泣きだすご近所さん。
良かった良かったと胸をなでおろす警察官。
散々お涙頂戴ドラマを展開した後──
心配が怒りに変わった両親は、
迷惑をかけたんだから、ご近所さんにも警察の方にも謝りなさい。
両親がそう詰め寄ったが、呆然とした
ただ、焦点の合わない目でぼんやりと遠くを見ているだけ。
結局。
「そんな事……あったね。全然憶えてないんだけど」
後から事情を聞かされたが全く身に覚えのない出来事の為、思いつきもしなかった。
お陰で知らせなくてもいい醜態を披露してしまった。
しかし
仕方ない。
だって自転車漕ぎながらアニソン歌うと気持ちがいいから。
今度は見かけた人が拍手するぐらい上手くなろう。
彼女は見当違いの決心を固めた。
「全然憶えてないんでしょ? 思い出したりもしないの?」
「ぜーんぜん」
思い出そうとする努力は前にしていて、その時全く思い出せなかったので即答する。
手にした老眼鏡をかけ直し、さてと、と立ち上がる
「ま、なにはともあれ。まーちゃんが迎えに来るまで暫くかかるから、ここでゆっくりして──」
そう言いかけた時だった。
和モダンで落ち着いた家には似つかわしくない
けたたましい警告音が鳴り響いた。
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