259裏.とある運営管理室の防衛戦監視
「さて、そろそろどの都市サーバーも結果が出る頃だな」
ここは『Unlimited World運営管理室』。
ここでは各種管理者やGMなどの運営に携わっているメンバーが、今日も忙しく働いていた。
「防衛戦2日目の戦闘開始からゲーム内時間で既に2時間だ。今の時点で勝利の目処が立ってなきゃ、このまま押し切られて負けだろうな」
「そうね。どのサーバーも生産職のリソースはギリギリだったところが多いものね。持久戦になれば、どのサーバーもプレイヤー側に不利に働くわ」
「だなぁ。特に戦闘系プレイヤーと生産系プレイヤーが対立したサーバーは悲惨だな。生産系プレイヤーが、アイテム供給を拒否し出したところも少数ではあるが存在してるからな。まあ、そこら辺は既に防衛失敗してるがな」
「今回のルール上、装備品は頑張れば何とかなっても、消耗品はイベントサーバーで作らないときっついからな。消耗品系の生産者と対立したところは目も当てられないな」
「本当ね。ほとんどのサーバーは上手くやっていたみたいだけど、それでも一部のプレイヤーは生産系プレイヤーを見下すような発言があるのよね。どうにかならないものかしら?」
「大方、『俺達が素材を持ってこないと何もできない無能集団』とでも思っているんだろ?」
「……それはまたすごいセリフだな。どっから出てきたんだ?」
「発言ログの中から抽出されたハラスメントだな。流石にこの発言をみたときは色々と神経を疑ったぞ」
「ちなみに、この発言をしたプレイヤーは?」
「キッチリ他のプレイヤー達に排除されてたな。言い出した本人はその後、他のプレイヤーと揉めてGMコールされた上でアカウント停止一週間の処分だ」
「つまり、このイベントには参加できなかったと」
「そうなるな。さて、現在でも戦闘中のサーバーを確認するとしようぜ」
「……そうだな。生産職への発言は問題だが、今は目の前のイベントが無事に終わるように集中しよう」
その発言を皮切りに、それぞれがそれぞれのデスクへと戻り、イベントサーバーの監視業務に戻る。
数百を超えるイベントサーバー群を全て監視することは人力では不可能だが、AIによる自動監視がある以上、目視による監視はそこまで重要ではない。
AIによる監視で発見された問題点を調べるだけで事足りるのだ。
……もっとも、管理先が百を超えるともなれば問題も色々と出てくるのが常であるが。
「あれ? このサーバーの魔導バリスタによるダメージ、異様に高くないか?」
「どれどれ……ふむ、これは
「……ログを確認したわ。どうやらこちらの想定以上の連射でダメージを与えていたみたいね」
「ふむ、つまり
「意図的な不正と見なすのは難しいわね。1つの砲台に複数のプレイヤーが交代で攻撃しているみたいだから」
「うん? クールタイムは魔導バリスタ側で管理だろう? 何でその方法で連射ができるんだ?」
「どうも、複数人で交代交代に使っていると、クールタイムが少しずつ短くなるようなのよね。結果として、本来のクールタイムよりも5秒くらい短縮できるようね」
「クールタイム中のバリスタで攻撃しようとすると、クールタイムが圧縮されるのか。確かにそれは運営側のバグだな。さて、どうしたものか」
「バグ利用としては難しい線引きね。とりあえず、バグ利用という事でプレイヤーには警告を出しておいて、ランキング計算の際には本来のクールタイムで攻撃した場合のダメージ量で計算するという事で上と協議しましょう」
「……まあ、妥当なところか。あとは上がどう判断するかだな」
「そこまでは、私達現場の管理者の知るところではないわ。さあ監視の続きに戻りましょう」
「そうだな。……おお、都市ゼロのナイトメアリーパーが討ち取られたみたいだな」
監視対象のサーバー群には、もちろん都市ゼロも含まれる。
今し方、都市ゼロで2日目限定のボスであるナイトメアリーパーが討伐されたとログにでていた。
「開発の想定していた撃破タイムに比べて大分短いな。テスター班もかなりの時間を費やしていただろう? ここまで時間短縮できた理由は何だ?」
「ちょっと待て、戦闘ログを確認してみる。……ああ、あった。これが原因だな」
「どれどれ。……なんでデス達がこんな簡単に倒され続けてるんだ?」
「そこまでは映像ログでも見ない限りわからないだろ。文書ログだけじゃ、ひたすらデス達にダメージが入っている事しかわからないし」
「映像ログを出すわ。……何でデスが全て同じ方向に向かっているのかしら?」
「デスのヘイトログを確認する。……あった、デスが出現すると同時にデバフを受けてるんだ。そのデバフによるヘイトの上昇が原因だな」
「出現と同時にデバフ? どうやったらそんな事ができるんだ?」
「常時発動かつ範囲効果型のデバフを使い続けてれば可能だな」
「歌姫やアイドルの歌唱デバフか? それなら納得できるが、歌唱によるデバフは効果範囲が狭いだろう。デスのスポーン位置は6メートルの高さがあったはず。歌唱デバフじゃ引き寄せられないぞ」
「歌唱デバフじゃない。神楽舞による常時発動デバフだ。しかも、移動速度低下と物理防御力低下をかけられ続けてるから逃げ回りようもなかったようだな」
「……それって、不具合か?」
「デスの仕様を確認するから少し待て。……ああ、バグじゃないな。仕様上の問題だ」
「仕様上の問題? どういう意味だ?」
「……なるほどね。デスは自分へのダメージやデバフを与えた相手を優先的に狙うようにしてあったみたいね。テストでは、簡単にはダメージやデバフを与えられなかったから問題にならなかった仕様だけど、本番では神楽舞って言う超広範囲・常時発動型のデバフがあったせいで皆まとめて引き寄せられたみたいね」
「そうだな。しかも、移動速度低下がついてるから攻撃も回避しにくい。さらに、デスは一定以上のダメージを受けると飛行能力を失うか著しく低下するかのどちらかになるからな。ガンナー部隊がライフルを構えて弾幕を張っていた様子だし、これはプレイヤー側の作戦勝ちと言うべきだな」
「神楽舞ってそんなにヤバイスキルだったっけ?」
「本来ならそこまででもないな。便利なスキルではあるが、デバフやバフによるヘイト上昇量もそこそこ。優秀なタンクがいれば、ヘイトを奪うこともない、そう言うスキルだ」
「それが今回、こんな事態を引き起こした理由は?」
「デスがタンクが扱うヘイトスキルを無効化するせいだな。挑発系スキルでは一切ヘイトが上昇しないから、タンクに攻撃しようとしない。逆にデバフをかけられると普通の敵よりも多くのヘイトを稼いでしまう。その結果として、神楽舞を使っているプレイヤーめがけて一直線に向かっていった、と言うところか」
「それってまずいバグか?」
「バグではなく完全に仕様だな。実際、神楽舞のデバフが始まる前までは開発の狙い通り、後衛アタッカーやヒーラー達を集中攻撃してたんだ。それが、神楽舞でひっくり返された。プレイヤー側の発想の勝利だな」
「発想の勝利か。確かにそうだな。そもそも、神楽舞を取得しているプレイヤーって既に存在してたのか」
「通常の方法であれば、まだまだ取得不可だろうな。ただし、神楽舞の取得に必要なSPは40だ。つまり、プラチナスキルチケットなら取得出来る範囲内というわけだ」
「あー、つまりプラチナスキルチケットで覚えてたプレイヤーがいて、そのプレイヤーがナイトメアリーパー討伐部隊に参加していたと。どういう確率だよ……」
「実際に起こったのだからしょうがない。ちなみに、神楽舞を使っていたプレイヤーは『ユキ』、『ライブラリ』所属のプレイヤーだな」
「『ライブラリ』ねぇ。あそこの生産能力はトップクラスだし、一部のプレイヤーは戦闘系でもトップクラスのプレイヤースキルを持っているのは知ってたけど。なんでまた、神楽舞なんて覚えてるんだろうな」
「ふむ、取得日を確認してみたが、『妖精郷の封印鬼』を初攻略した日だな。あそこの初討伐報酬で手に入れたプラチナスキルチケットで覚えたと思うのが自然だろうな」
「つまりは、色々と偶然の産物が重なった結果の早期討伐か。運がいいな」
「確かに運もいいが、
「だろうなぁ。それで、この件に対してはどうするんだ?」
「どうするもこうするもない。あくまでも、仕様上の挙動しかお互いにとってないんだから、このまま続行だ。あえて言うなら、開発部門に今回の戦闘ログと動画データを渡して、作戦が不発に終わったことを教えてやるくらいだな」
「そうね、それくらいしかないわよね。……それにしても、やっぱり都市ゼロはひと味違うわね。昨日の時点では、デーモンスカウトの侵入を許して、罠をしっかり設置されてたからどうなるかと思ったけど」
そう、都市ゼロは昨日――つまり1日目――の時点でミスを犯していた。
1日目の防衛戦の最中に、都市内へと侵入していたデーモンスカウトを排除できていなかったのだ。
その結果として、2日目の防衛戦最中に都市内にデーモン達が召喚されることとなったのだ。
「デーモンを4カ所全部で召喚されたときは、都市ゼロも終わったかと思ったんだがなぁ」
「その後の行動がすさまじく早かったよな。各門でレイドチーム1つ以上の人数を送り込んで、街を破壊しているデーモンを撃破していったんだからな」
「流石に、街中に召喚されたデーモンは弱体化版だったけど、それでも討伐速度が恐ろしく速かったからな」
「各門の精鋭部隊が送り込まれたみたいね。その辺の切替の早さは、流石トッププレイヤーと言うべきでしょうね」
「さて、そうなると、残りはグレーターデーモンを倒せるかどうかだが……」
「負ける要素なんて無いだろ。昨日より強化されてるとは言え、AIは同じなんだから。せいぜい、倒れるまでの時間が延びる程度……と言ってる間に1体倒されたようだな」
「となると、他のグレーターデーモンが倒されるのも時間の問題か」
「そうね。それじゃあ、都市ゼロは最終決戦に移行するまではAIの自動監視にしましょう。私達は他のサーバーを監視するわよ」
「了解だ。手早く問題解決に当たって最終決戦の様子を見守るとしよう」
「賛成。それじゃあ、監視に戻るとしますか」
再びバラバラに監視業務へと戻る管理者達。
やがて、全てのサーバーで情勢が決まり、発生していた問題についても対応が完了していた。
ほとんどのサーバーの監視をAIに任せた管理者達は、都市ゼロの最終決戦を監視――あるいは観戦――することにした。
「さて、最終決戦の訳だが、どう思うよ?」
「どう思うと言われてもな。正直、アークデーモンはボコボコにされる未来しかないだろうな」
「開発部門は気合を入れて作ったんでしょうけど、実質的な強さはそこまで高くもないものね」
「加えて相手は分野こそ違えどトッププレイヤーの集団だ。プレイヤー側が負ける要素が見当たらないな」
「だよなぁ。ぶっちゃけ、アークデーモンはボーナスステージだよな」
「だな。問題は
「そうね。最後の仕上げが上手くいってくれるといいんだけど」
「さあ、始まるぞ。ともかく、この戦闘でバグが発生しないように注意しておこう。特に
管理者達も真剣なまなざしでアークデーモン戦を監視し始める。
アークデーモン戦自体は特に管理者達の想像を超えるような事は無く推移し、
「さあ、ここからが本番だぞ。観測は大丈夫か?」
「観測システムオールグリーン。問題なく作動中よ」
「しっかし、上もよく考えついたものだよな。プレイヤー達の
「トッププレイヤーが集結するまたとない機会だからな。この機会に、キャラクターの強さによらないスキルって言うのを調べておきたかったんだろう」
「それも、一対一を強要するような仕掛けまでしてな。さて、最初にこの仕掛けに気付くのは誰だ?」
「……どうやら、最初の相手が決まったようだな。プレイヤー名『霧椿』、プレイヤーのつけた二つ名は【剣豪】か」
「あの女性アバターで大太刀を振り回すんだからな。言い得て妙だな」
「さて、始まったぞ。……さすが、二つ名持ちのプレイヤーは一味も二味も違うな」
「そうね。『黒翼天』と斬り結んで戦えるだけで十分に強いわ」
「確か、『黒翼天』って武術の師範クラスの実力があるんだよな。どうやって行動ルーチンを組んだのかわからないけど」
「実際に試合を何戦もしてもらって、その時のデータを元に作り上げたのが『黒翼天』だそうだ。……そろそろ制限時間だな」
「多くのプレイヤーからデータを集めるため、3分で強制的に戦闘終了させるのはもったいないわよね」
「仕方がないさ。『黒翼天』とまともに戦闘が出来るのは、一部のリアルスキル保持者だけだからな。それ以外のプレイヤーは観戦しかできない訳だし、仕方が無いんだろうさ」
「こちらとしてもサンプルは数多く集めたいからな。次はプレイヤー名『ハル』、
「こちらもいいデータが取れそうだな。さて、今度はどんな戦いになるやら」
霧椿に始まり、ハル、鉄鬼と順次続いて行く『黒翼天』との戦闘。
その戦闘も順次進行し、やがて戦闘予定時間を終了して戦闘終了となる。
「さて、データの蓄積も完了したな」
「しかし、一部のプレイヤーは本気で化け物だな。『黒翼天』に一撃与えるなんて」
「そういった人向けにエンドコンテンツの調整をしたら大変な事になるわよね」
「そこら辺の調整は上がすることだろう。戦闘ログはキッチリ保存されてるな?」
「ああ、もちろんだ。流石にこのデータを失うとか洒落にならん」
「わかった。それじゃあ、後は各サーバーの集計にエラーが出てないかの確認だな。それが終わればプレイヤーに集計結果を通知して終了だ」
「ようやく夏休みイベントも終わりか。長かったな……」
「前半戦からぶっ通しだったからね……」
「これが終われば休みを取る暇もできる。さあ、最後の仕上げといこう」
「うーい、了解。さて、始めるとすっか」
こうして運営管理室の夏休みイベント対応も最後の作業を残すのみとなるのだった。
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