244.【防衛戦1日目】最後の事前準備

 土曜日、今日と明日が遂に防衛戦本番である。

 俺としても可能な限りの協力はしたつもりだし、後は本番がどうなるかだけだ。

 戦闘は夜8時開始なのでそれまでは事前準備の最後の詰めとして使える。

 俺のような生産系プレイヤーはギリギリまでアイテム作りで貢献できるだろう。

 ……もっとも、ログイン時間を使いすぎて、いざ戦闘と言うときに強制ログアウトにならないよう気をつけなければいけないのだが。


 今日は、普段よりも早い時間に起床して朝食や午前中の家事を早めに終わらせてしまう。

 遥華も早めに起き出してきており、やる気は十分な様子だ。

 遥華と家事を分担して終わらせてしまい、俺達はログインする事となった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 俺のログイン先はクランホーム。

 ログインしてすぐにメールを確認したが、新しいメールは届いていない。

 クラン内連絡用のメッセージボードにも新しい書き込みはない。

 つまり、これといって急ぎの用事はないという事になる訳だ。


「……さて、それじゃあイベントサーバーに移動するか」


 ポーションを少しでも多く補充しておきたいため、イベントサーバーに移動する。

 イベントサーバーに移動したらすぐにクランホームへと転移し、そこのマーケットボードから素材を大量に買い込む。

 上級素材の価格が軒並みシステム的に設定できる最低値に変更されている辺り、採取してきた側も少しでも多くのポーションを用意してほしいという事だろう。

 その要望に応える訳ではないが、素材を大量に買い込みポーション作成の準備に移る。


 午前中でログインできる時間はゲーム内時間で4時間あまり。

 その全てをポーション作りに充てればそれなりの数が完成するだろう。

 昼食の準備などは今日と明日はハルに任せているので、そちらの心配はしなくてもいいのが助かる。


 ポーション作成のために工房に入ると、そこには『ライブラリ』メンバーが勢揃いしていた。


「あら、おはよう。トワももうログインしてきたのね」

「ああ、おはよう。なんだってここに勢揃いしてるんだ?」

「ユキの作業の合間に打ち合わせでもと思ってね。トワもこれから作業でしょ? 手空きの時間でいいから軽く打ち合わせをするわよ」

「了解。それじゃあ、しばらく待っていてくれ」


 錬金術で下ごしらえをすませて調合で薬草類をポーションへと作り替える。

 大量に買った薬草類のうち最初のロット分を作り始め、道具任せにできる部分まで作業を進めたら打ち合わせの開始だ。


「それじゃあ、手早く打ち合わせをすませるわよ」

「そうじゃの。わしらはともかく消耗品を作るトワとユキは忙しいからのう」

「すみません、慌ただしくて」

「ユキちゃんのせいじゃないから気にしなくていいよー。それで打ち合わせって何を確認するの?」

「今日の予定と本番での配置ね。今日の予定だけど、トワとユキはどうなっているの?」

「うん? 俺達か?」

「一番スケジュール的に厳しいのは消耗品を作っているメンバーだからね。この後、午後から作戦会議があるから一応スケジュールを押さえておきたいのよ」

「わかりました。私は午前中はログインできてますが、午後はおそらく無理っぽいです。ログインできたとしても午後4時くらいから1時間程度しかいられないと思います」

「了解。それじゃあ、料理を作れるのは午前中で最後と思って大丈夫ね」

「はい。すみませんがお願いします」

「気にしなくてもいいわ。リアル優先なのは当然だしね。それで、トワの方はどうなの?」

「俺は午後もログインできるな。家事についてはハルがやってくれる予定になってるから、あまり気にしなくてもいいし。午後は……多分1時過ぎにはログインして午後5時くらいまではログインし続けてると思う」

「そうなるとポーションはそれなりに作り増しできるわね。トワは他にやっておきたい事はないの?」

「……俺自身の準備はもう終わってるからな。特にこれといってやる事は無いだろうな」

「了解、それじゃあ、会議ではそう伝えておくわ。それで、作り置きしているポーションだけど、午後6時くらいに引き取りに来るらしいわ。トワは立ち会える?」

「悪いが無理だ。その時間は夕飯の時間だな」

「それじゃあ、そっちは私の方で対応しておくわね」

「すまないが任せた」

「気にしなくていいわよ。こういうときに気軽に動けるのが一人暮らしの特権だしね」

「そうじゃの。他の家族がいない分、自分の予定は好きにできるからのう。もっとも、同時に自分で全てをする必要もあるがの」

「一人暮らしってあこがれるよねー。ボクも大学生になったら一人暮らしになるのかなー?」

「イリスはまだ当分先でしょう。それに、一人暮らしってなかなか大変よ? お金もかかるし」

「まあ、リアルの話はとりあえず置いておくとしてじゃ。トワ、この後、ポーションはどの程度作れそうかの?」


 ログイン可能な時間と作業ペースから考えて妥当な数量を答える。


「作れる数は……これくらいか?」

「ふむ、一日で積み増しできる量としては妥当かの。これならば最低限の供給はいけそうじゃのう」

「本当に最低限だけどね。まったく、消耗品だけはいくら用意しても足りないから困るのよね」

「そこを嘆いてもしょうがないよねー。それで、防衛戦が始まったらボクらはどうすればいいのー?」

「トワにユキ、イリスは白狼さんの指示に従って頂戴。一応、聞いている話だと、トワとイリスは『白夜』の遠距離攻撃部隊と行動、ユキは白狼さんと一緒に後方から神楽舞で支援っていう予定らしいわ」

「後方って事は、神楽舞のデバフは使用しない予定か?」

「今の段階ではそのようね。神楽舞の使用中はユキが無防備になるでしょ。初日の最初からユキを前線に出すような真似はしない予定らしいわ。幸い、神楽舞のバフは距離じゃなくてレイドチーム単位での効果発動だからね」


 確かにその方が妥当と言えば妥当か。

 最初から全ての手札を切る必要もないからな。


「そう言う訳だから、あなたたち3人は南門の防衛に当たって頂戴。私とドワンは都市の中で後方支援をするから」

「主に死に戻ったプレイヤーの装備品修理などじゃがの。後は、各門の状況を判断して増援や支援物資の配給か」

「その辺は基本的に情報系クランが務める予定だけどね。まあ、私達が出来る事はそんなにないと言うのが本音よね。消耗品系の生産プレイヤーは戦闘中でも補充している予定らしいけど」

「戦闘中に補充なんてできるのか?」


 確か、発表されたイベント内容によると戦闘開始後はクランホームや個人ホームに入れなくなるって話だったが。


「住人情報だけどね、戦闘中は屋外に生産設備をいくつか用意するらしいの。それを使って補充できないかって話らしいわ」

「どの程度の生産設備がどれくらいの数設置されるのかはわからんがの。例え少量であったとしても、補充できるのであれば御の字じゃて」

「確かにねー。ボクらは個人でそれなりのポーションを持ち込んでいるけど、そうじゃないプレイヤーの方が圧倒的に多いからねー」

「そう言う訳ね。ともかく後方の事は気にしないであなたたちは前線で暴れてきなさい」

「わかった、そうさせてもらうよ」

「任せてよ。ボクも頑張るよー」

「はい。全力で頑張ってきます」


 打ち合わせがある程度まとまった段階で、俺とユキは作業に戻らなくてはいけなくなった。

 これ以上話し合う事もないので、3人はそれぞれの工房に戻り少しでも装備を多く供給するために生産に入っていった。

 3人が出て行った後は、俺とユキでひたすら消耗品を作成していく。

 ユキの方もとにかく少しでも多くの料理を作成するため、必死で作業している。


「トワくん、そっちは大丈夫?」

「うん? 特に問題はないけど何かあったか?」

「トワくん達のバフ用の料理を用意しようと思ったんだけど、強化したいステータスの指定ってあるかな?」


 強化したいステータスか。

 ……十二天将を使うなら魔法系ステータスだろうな。


「MPとINT、それからDEXが上がると嬉しいかな。イリスは基本弓攻撃だからDEXとSTR、それにSTだと思うぞ」

「了解したよ。ちょうどいい料理があるからそれを多めに作っておくね」

「わかった。それじゃあ、そっちはお願いするよ」

「うん、お願い。あ、私からお願いなんだけど、グリーンポーションを多めに作っておいてくれないかな? 神楽舞を維持するにはMPとSTが結構必要になってくるから」

「わかった。午後はそっちを多めに作っておくよ」

「お願いね。それじゃあ、私は料理に戻るから」

「ああ、了解」


 その後はお互い無言で消耗品の作成に取りかかる。

 やがて、昼食の時間になるとお互いキリのいいところで生産を終わらせてログアウトする。


 昼食を食べ終わった後は、俺一人でポーション生産だ。

 現実時間で4時間、ゲーム内時間では8時間連続の作業となる。

 ここまで連続で作業をするのはいつ以来かねえ……


 結局、ユキの方は都合がつかなかったらしくログインしてこなかった。

 午後5時になり夕飯の都合もあるのでログアウトしようと談話室に移動したら、柚月がイリスと打ち合わせをしていた。


「ああ、トワ。ちょうどいいところに。トワも少し話を聞いていってくれないかしら」

「わかった。それで、何かあったのか?」

「基本的には予定は変わってないんだけど、念のためにね。トワ達は『白夜』と一緒の行動になるからそっちと打ち合わせしてほしいのよ。それで、できればリアル時間の午後7時半までにはログインしておいてもらいたいわけ」

「その頃にはログインしてるはずだな。了解した。ユキには伝えておいた方がいいか?」

「私の方でもメールはしておくけど、トワからも連絡しておいてもらえるかしら」

「了解、ログアウトしたらメッセージを送っておくよ」

「頼んだわ。それじゃあ、解散ね。後は本番を待つのみよ。頑張っていきましょう」

「……戦闘するのは俺とイリス、それにユキだけどな」

「こう言うのは気持ちの問題よ。それじゃまた後でね」

「ああ、またな」

「またねー」


 2人と別れて通常サーバーに戻り用事を済ませてログアウト。

 後は夕食を食べて防衛戦本番を待つばかりだ。

 これでしくじったら笑えないよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る