60.ロックンロール!! 1

 久しぶりに二つ名を呼ばれた俺は一瞬立ち止まってしまった。

 横を見れば、柚月も立ち止まって後を振り返っている。


 唯一、俺の二つ名にあまりなじみのないユキだけが先に行こうとして、俺達が立ち止まったことに気がつきこちらを振り向く。


「何か用? 俺、出かけるところなんだけど」


 少し険のある態度で、声を発した人物の方を振り向く。


 そこにはアイアン装備に身を包んだ1人の男が立っていた。


「すみません、【爆撃機】さん。お時間は取らせませんから、少しだけ話を聞いてください!」


 男の方もひるむことなく、話を続けようとしてくる。


 ああ、これは少し相手をしてやるべきかな。


「柚月、ユキ。先にホーム屋に行っててくれ。後から行くから」

「別に構わないわよ。少しだけって言うんだから」

「……私も待ってますよ」


 柚月は苦笑を浮かべながら、ユキは少しムッとしながら答える。


「ありがとうございます、【爆撃機】さん! 俺、……」

「ストップ。俺の名前はトワだ。【爆撃機】じゃないぞ」

「え、でも。【爆撃機】はトワさんの二つ名だってスレで……」

「二つ名で呼ぶなって言っているのよ。トワは」

「あっ……すんません」


 言いたいことを理解したのか、男から最初の勢いは失われていた。


「それで、俺になんの用だ?」

「あの、『ライフル』の流通を回復させたのって、トワさんですよね?」

「……どうしてそう思う?」

「だって、拳銃レシピをまともに扱える錬金術士と言えばトワさんしかいないと。スレ……掲示板ではもっぱらの噂ですよ。市場に流れてる★4の銘なし拳銃も、元を正せばトワさんが流してるって……」


 ……あっさり、ばれてら。

 横で柚月は笑いをかみ殺している。


「……俺の他にもいるかもしれないけどな。いい加減、拳銃の1つや2つ作れる職人が育ってるだろ」


 そんな希望的観測を告げるが、


「いいえ。拳銃をまともに作れる職人はまだ誰もいません。トワさん以外は」


 ……そこまで酷いのか。


「……まあ、他に職人がいないのは理解した。理解したくないけど。それで、なんの用だ?」


 ここで最初の質問に戻る。


「あの、俺にライフルを作って売ってもらえませんか?」

「……ライフルか。拳銃じゃダメなのか?」

「拳銃はもうアイアンアカヒグマの★6品を持ってます。それでライフルが欲しいんです」


 ライフルか……個人的な試射すらしてないからあまり売りたくないな。


「ライフルは確かに作れる。俺が流通を回復させたからな。……ただ、俺自身も試射すらしてないんだ。まともな性能になるかどうかすら分からないものを売るのは流儀に反する」

「いえ、性能は二の次で構いません! 俺達のクランのためにも。まずはライフルが欲しいんです!」


 二の次でいいって言われてもなぁ……

 そしてクランってなんだ?


「とりあえず話を聞くが、クランってなんだ?」

「あ、俺、今日できたガンナークラン『シューティングスター』のクラマス、ロックンロールって言います」

「ガンナークラン? 今日作った?」

「はい。トワさんが掲示板を見ないのは存じてます。なので説明させていただくと、今日のアップデートでようやく他の職と同じ土俵に立てるようになった、俺達ガンナー掲示板の有志で作ったクランです」


 同じ土俵に立った、ねぇ……

 そう思っている限りは『同じ土俵』には立てないと思うんだがな。


「それで、まずは俺達の装備を調えようって話になったんですが。俺達の中にも錬金術士や、鍛冶士、工芸士に転職した人間もいるんですが、まだまだスキルレベルが足りてなくて……」

「先に断っておくけど、定期的に装備を卸して欲しいとかならお断りだぞ?」

「いえ、そんな厚かましいことはいいません。俺達は俺達で、市場に出てる拳銃やライブラリここで売ってる拳銃で装備を調えてます。なので、定期的に装備が欲しいなんていいません」


 ふむ、最低限の節度はわきまえてるか。


「それに今日のアップデートで住人売りの装備もかなり高品質になってて。第2の街でならアイアンウルフの★4が住人の武器屋で買える位です。最初に見かけた人に至っては、アイアンヒグマの★5があったとも聞いてますし。それに始まりの街だと、ブロンズウルフの★5が普通に今も売ってます」


 ……運営、ガンナーをえこひいきしすぎじゃないか?

 なんで★5品が住人NPC売りで普通に売ってるんだ?


「……ちなみに他の職の装備だとどんな感じなんだ?」

「あ、はい。例えば、剣ですと★3が売っていればいい方、★4は見かけることすら出来てないらしいです、職スレでは」


 職スレ……職業別掲示板か……

 しかし、何でガンナー装備だけそんなに品質がいいんだ?


「……とりあえず拳銃が必要ないのは分かった。それで、何でライフルが欲しいんだ? 明日か明後日になれば、住人の武器屋にも商品が並ぶだろうに」

「ライフルならもういくつかは入手済みです。第4の街に売っていたライフルを買いましたので」

「……第4の街に売っていた? クエストをこなしてから、ゲーム内時間でも4時間ぐらいしか経っていないぞ?」

「そんな事言われても、自分達にも分かりません。実際に売っているのを見つけて買いましたので」


 ……第4の街で流通を回復させたから、入荷までの日数0日扱いになって即入荷したとかか?

 それってバグのような……いや、今はそんな事は関係ないか。


「それで、どうして俺から買いたいんだ? 店売り品を買えたなら、わざわざ俺のところを訪ねなくてもいいだろう?」

「それが店売りのライフルだと狙いが上手くつけられないんですよ……俺、補正込みDEX100はあるはずなんですが、最大射程の半分ぐらいの距離でしかあてられなくて。それで、プレイヤーメイドのライフルがあれば、何が違うのかわかるかもしれない、って話になりまして……」

「派生技能の【ライフル】スキルは取ってるのか? 派生技能のつねだが持ってるのと持っていないのとじゃ大違いだぞ。βの時に長弓を使ってた感触ではな」

「もちろん【ライフル】スキルは取ってます。その上で、まともに扱える有効射程が最大射程の半分くらいなんです。それ以上先を狙おうとなると、ライフルのアクティブスキル頼みか、プレイヤースキルが高くて手ぶれしてても当てられるかのどちらかなんです」


 手ぶれしてても当てられるってすごいな。

 俺もさすがにぶれてたら当てられる気がしないぞ。


「あ、手ぶれしてても当てられる奴っていうのも10発撃って3発当たればいい方です」

「……なんだ、そんなんでもないのか……」

「……期待させてしまったみたいですみません……」


 期待して損したとは言わないが、それでも2~3発は当てるか。


「それで、わざわざ俺が出てくるのを待ってたのか? 30分居続ければ強制退店になるこの店内で」

「いえ、まさか、そんな事は。……ライフルの流通が復活したなら、もしかするとライブラリここにも入荷してるんじゃないか、って話になって俺が見に来たんです。それで売ってなかったので、店の商品を選んでたらたまたま出会えただけで……」

「本当に?」

「本当ですよ。トワさんがクランホームにいる可能性はツチノ……ああ、いえ、とにかく、かなり低いのは皆知ってますので、出待ちなんてしません」


 ツチノコって言おうとしたな!

 俺がクランホームここにいる可能性って都市伝説並みか!!


 柚月なんてもう気にせずに笑ってやがるし。

 ユキもなんだかんだ長話になってきてるせいで、機嫌が悪くなってきてるし。


 さてどうケリをつけたものか……


「ねぇ、トワ。ライフル作って売ってあげたら?」

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