9.15 CCだけのけものじゃかわいそうだぜ?
陸軍の射爆演習場で起きた、
その鎮圧にあたったシドたちは、紛れもなく事故の当事者である。当然、王都に戻ってからも、関係者との接触は自粛しなければならなかったし、時折軍や魔導士
その間、捜査の進展も状況も、彼らのもとには届いてこない。とはいえ、シドはこれでも元傭兵部隊、軍には細くとも伝手がないわけじゃない。魔導士
そんなある日の昼下がり。
「お茶が入りましたよ……って、なんですかこれは!?」
帰宅早々、自室にこもったシドのためにコーヒーを淹れたローズマリーだったが、中の異様な光景に、思わずトレイを取り落としそうになる。
彼の私室は寝室というより、こぢんまりとした書斎といった表現がふさわしい。書き物机に本棚、知り合いから格安で譲ってもらった椅子に、組み立て式の簡素なベッドが備え付けられており、普段のずぼらでだらしない生活態度に似合わない小綺麗さである。ただし、その壁を除けば、という条件付きだ。
「ああ、見ちゃったか」
少女の声を聞きつけてすわ何事かと飛んできた黒猫だったが、非常事態でもないし、シドの部屋の事情も知ってはいたので、すぐに元の調子を取り戻している。
彼の私室の壁を埋め尽くしているのは大量のメモ書き。
メモの中核にあるのは、大学での事前テストから
「悪いな、そこ置いといてくれ」
当の部屋の主は、その壁のそばに立ち、顎に手を当ててじっと考え込んだままだ。驚いた弟子や、いつもどおり飄々とした飼い猫には目もくれない。いつもと違う冷たい雰囲気に、ローズマリーは思わず背を震わせる。
「……ったくもう」
開け放たれたドアの前で立ち尽くしたままのローズマリーの足元をすり抜けたクロは、
「手のかかる、」
その勢いのまま、高く跳躍して、
「坊やだ!」
放物線の頂点でくるりと身を
どこぞの
主人を主人とも思わない所業の標的になっては、シドも黙ってはいられない。
「なんて猫だ!」
「油断大敵だよ、シド君」
「だからって飛び蹴り食らわすことねーだろうが!」
「驚きと疑問とその他諸々で立ち尽くした弟子をほっとくってのはどういう了見だい?」
ほら、とクロが顎をしゃくった先では、ローズマリーがトレイを持ったまま、壁に留められたリーガルパッドの束を見上げている。
「先生、これはいったい、何です……?」
部屋のすみ、書き物机の上にトレイを置いた少女は、必死に目を凝らしてメモの内容を読み取ろうとするが、やがてその解釈を諦める。シドの字が汚いというのは事実だが、一部の単語を除いて
「シド君、さすがのお嬢さんも、日本語はわかるまいよ……」
「しょうがねーだろ、俺のメモ書きなんだから、何語で書いても勝手だろうが」
「……先生、説明、していただけますか?」
ずいっとローズマリーに詰め寄られたシドは、気圧されて一歩後ずさる。
「シド君、ちゃんと話しておやりよ。CCだけのけものじゃかわいそうだぜ?」
「ほら、クロちゃんもこう言ってることですし」
黒猫の援護射撃を受け、さらに加速するローズマリーを留められようはずもない。シドは諦めたようにため息をつくと、まだ熱いコーヒーで唇を潤して話し始めた。
「あの
いつも使っている万年筆とは違う、少し太いペンで雑多に書き散らされた、シドの頭の中身。赤で書き加えられたコメントや、大きなバツ印とともに断ち切った可能性を、指でなぞりながら話し続ける。
「射爆訓練場に運び込まれる前に、
電源を立ち上げたのは、内覧会当日の朝。最後に一通り動作確認をして、その後はヴィクトールが呼ぶまでは待機状態のままだったらしい」
「あの日はずっと、
「逆に言えば、何か仕込みをするなら前日の夜までにすませなきゃならないってことだ」
「事前準備に関わってた連中には、全員チャンスがあったってことになるってことじゃない? そこから絞るってのは相当難しいよ?」
「誰がやったかはともかくとして、
あの兄妹が意図しない重大な欠陥があったってなら話は変わってくるが、そいつは一旦棚上げだ」
事前にテストを重ね、順調に動いていたものが致命的な問題を抱えていたとは考えにくい。その点は女性陣にも納得していただけているようだ。
「クロスケ、周囲に怪しいものはなかったんだよな?」
「君たちが相手取ったあいつを除けば、ない。そんなやつがいたら、ボクがすぐに気づいてる。格納庫の扉が開いてから状況が終了するまでずっと、あのあたりに怪しいヤツの気配は感じなかった」
部外者が魔法で外から操った可能性はゼロ、とシドは追記する。クロは猫らしく鋭い五感を備えており、特に耳と夜目が利く。生き物の気配に対しては特に敏感だ。そんな彼女の言なのだから、概ね信用していいだろう。
「
「
「その後にしばらくドンパチを繰り広げた挙げ句、自爆に至る、と。過剰に生成した魔力は熱として放出されるが、魔力の生成量が多すぎて、熱的に処理できなくなった……ってのが、現場でのヴィクトールの見解だったはずだ」
「
同一人物による単独の犯行か、複数人の手によるものかはわからない。答えの見えない思考の渦のただなかで、シドは椅子に座って天井を仰ぐ。
手元に何の証拠もないのに判断するのは、あまりほめられたものではない。格納庫の
「軍も
ただ、わからないのは、
シドの意図が今ひとつよくわからないのか、ローズマリーは疑問に眉を寄せたまま、コーヒーのおかわりを注いでいる。
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