9.11 【同調】
「準備ができたら合図する。それまで
頷いて駆け出したローズマリーの背中を見送ると、シドは呼吸を整えて次の準備に入る。ガーファンクル卿が使うであろう魔法の特性を踏まえた
「クロスケ、あれを使うぜ」
「ええ、よくってよ……なんちゃって。シド君こそ大丈夫かい? トチるなよ?」
「ん、まあ、なんとかなんだろ」
本当に余裕があるのか、虚勢を張っているだけなのか定かでないクロの戯言を適当に受け流しながら、シドは自分の魔法に意識を集中させる。
爆発を
離れ業ではあるが、別に初めての試みではない。初めて魔法使いもどきと対峙した時にクロがやってのけている。
問題は、
予想される爆発の規模は、あの時とは比較にならない。小柄なクロの魔力量では釣り合いが取れないのは一目瞭然である。彼女が得意とするのは魔力制御、特に高い空間把握能力を活かした【防壁】の遠隔展開であって、持久戦はもともと得意とするところではない。
一方で、彼女の主人――シドの
では、シドの化け物じみた魔力と、クロの並外れた魔法の制御能力を足し合わせることができたなら、どうなるか?
「悪いな、今度も
「別にいいよ、元から返してもらえるなんて期待してないしね。それに、不出来な主人の面倒を見るのは優秀な使い魔の勤めって、相場が決まってる」
動物と使い魔の契約を結ぶ魔導士自体は、数が少ないとはいえ珍しくはない。だが、普通の使い魔は一方的に使役される存在。主人に意見し、文句を垂れ、自分の意志で付き従うか否かを判断するものなど例外中の例外だ。
クロはそこらの使い魔とは訳が違う。
その真骨頂こそ、主人との【同調】による身体能力と魔力運用能力の強化だ。
シドは大きく深呼吸して気持ちを落ち着ける。十分に集中し、強固な自我を保ったままこの大技に挑まなければ、この化け猫に意識を食い殺されてそれまでだ。
「『
「『
シドは目を閉じて粛々と、クロは聖歌を歌うように
「その唇に誓いの
最後には呼吸を揃えて、高らかに宣言する。
「【同調】!」
声が重なった瞬間、爪先から頭の天辺に走る、電流のような違和感と痛み、そして悪寒にも似た違和感に、二人は揃って身を固くする。
それらをやり過ごし、大きくため息を付いたシドの瞳の色は、元の漆黒から金色へと変貌している。
「面倒なことはとっとと済ませちゃおうよ、シド君」
「同感だ。これ以上CCに負担もかけらんねーしな」
そうしている間にも、
少女の攻撃は稚拙に過ぎる判断だったし、
ガーファンクル卿の一撃で、本格的に怪物の足を止める。彼は「外しはしない」と断言したが、それにはある状況が必要不可欠だ。どんなに優秀な
まずは、シドが的にならなければいけない。
「ローズマリー、離れろ!」
シドの指示に従った少女が大きく飛び退り、怪物と距離ととったところを見計らって、シドは手元に球状の魔力塊を展開する。【同調】の影響下にある今、それはいつもの無色透明ではなく、覗き込んだら奈落の底に吸い込まれそうな、艶のない黒色をしている。
魔法を使っているのはシドのはずなのに、魔力の色――魔力波長はクロのものだ。その様子にローズマリーは驚きの表情を浮かべるが、それはただ一瞬のこと。
「先生っ!?」
遠方から凄まじい勢いで飛来する深緑色の光球に声を上げる少女だが、シドは全く動じない。それがガーファンクル卿の放った一撃であることも、その特性も把握済みだ。
弟子に下がるよう手振りで指示する一方で、
「三、二、一、今だ!」
クロの合図が耳朶を打つと同時に、シドは手のひらで弄んでいた魔力塊を消散させる。迫りくる光球を
光球は急激に軌道を変えると、
「曲がった……? どういうこと?」
「種明かしは後だ! 俺の後ろに下がってろ!」
右足、脛から下を失って倒れた
「
「わかってるって! 【圧縮・
練成した大量の魔力を緻密な魔力制御で圧縮し、数メートル先の敵を黒色の【防壁】で球状に包み込む。
その構造自体は、直径がゆうに十メートルを超えることを除けば、これまで彼らが展開してきたものと同じで、厚みらしいものがほとんどなく、
「【
魔力【圧縮】は、さらに上位の
強力な魔法は本来、時をかけて発現させるべきもの。だが、シドたちは【同調】で底上げした処理能力に物を言わせ、ごく短時間でいくつかの
それだけの魔法を使うとなれば、当然、相応の
それはクロも同じこと、いつもどおり
でも、そんな些細なことにかかずってはいられない。【同調】と、大規模な魔力【圧縮】がもたらす負荷にくらべれば、ひっかき傷なんて存在しないも同然だ。
「先生! クロちゃん!」
「ヤバいと思ったら自分の判断で逃げろ。絶対無理すんじゃねーぞ、ローズマリー……!」
「今はボクらに任せておくれよ、待てる女はいい女だぜ!」
シドとクロの必死の抵抗が実を結び、
シドやクロたちの表情から余裕が削り取られるのを感じているのか、二人の後ろで控えているローズマリーも気が気でない様子だが、手出しも援護もできず、ただ見ているしかない。
「シド君、息が上がってるぜ?」
「そっちこそ、いつもの余裕を見せてみろよ?」
互いに意地でも張り合ってないと意識を持っていかれそうになるのか、軽口を叩きあった矢先に立て続けに球体の内部で爆発が起こり、思わず揃って歯を食いしばる。
「クロスケ、もう一段階上げられるか?」
「君の体が持つなら、どこまでもついてくよ?」
まだまだここからだよ、と応じようとしたシドだったが、その強がりは脆くも挫かれた。
彼の肩から指先にかけて、これまでと比にならない衝撃が走り、魔力の錬成も供給が止まってしまう。直後に襲う意図しない痛みに両腕を抱えたシドは、うめき声とともに顔を歪ませ、膝をついてうずくまった。
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