9.3 『怪物』発進いたします!

 内覧会当日。

 ガーファンクル卿に付き従った万屋ムナカタ一行は、予定通り陸軍の射爆訓練場を訪れていた。

 今日のローズマリーの出で立ちは、試着以来初めて袖を通すパンツスーツ。公的な場に出るが身分は明かしたくない、という配慮から選んだものだ。着られている感は隠しきれないが、髪をひっつめて眼鏡をかければちっちゃいウルスラになりそうと思わせる程度には、「できる女」感を漂わせている。そんな彼女も、初めて訪れる場所の物珍しさにはかなわないのか、時折あたりをチラチラと見回している。

 一方、その横で待つだけの退屈さに負けたシドは、遠慮会釈なく大あくびをかましている。年若い弟子ににらまれても、反省の色はまったく見せないのでタチが悪い。

 それもこれも、射爆訓練場が山の中にあるというのがすべての元凶だ、とシドは内心毒づく。ハンディアも山の中にあったが、あそこは風光明媚な高原なのでまだいい。今日の仕事場はあくまでも軍の施設。王都から西へ遠く離れた山間部を整地して作った、人工的な荒野と称して差し支えない殺風景な場所である。四方は絵に描いたような山、そして鬱蒼うっそうとした森に囲まれている。

 そんなエリアが、大小合わせて十ヶ所ほど存在する。内覧会の出席者が案内されたのは小さい訓練場だが、それでもサッカーコートを二面くらいは取れそうな広さはある。奥には大きな格納庫があるが、きっとそこに研究成果とやらが待機しているのだろう。


「シド先生、ちょっとよろしいですか?」

「俺に答えられる範囲なら、何でも答えてやるよ」


 どんな質問でも退屈しのぎにはなってくれるとばかりに、シドは遠慮がちな少女の質問に飛びついた。聞いた方が少々いぶかしさを覚えるくらいに素直過ぎる反応だ。


「射爆訓練場って、一体何をする場所なんですか?」

「読んで字の如くだ。軍が模擬戦をやったり、あとは」


 その途端、鼓膜どころか胃の底まで震わせるような重い炸裂音が立て続けに響き、ローズマリーが思わず身をすくめる。

 その傍らのシドは、特に動じる様子もない。東の空に目をやり、盛大にやってやがるな、と少し嬉しそうにつぶやいている。


「ずいぶん大きな音……。クロちゃん、大丈夫かしら?」

「あいつは確かに繊細な耳をしちゃいるが、君の知らない修羅場を相当くぐり抜けてる。ちょっとやそっとじゃビクともしないさ」


 話題の使い魔クロは、一時的に二人の元を離れている。隠密行動に長けた彼女に周囲を偵察してもらい、異常があればすぐに知らせて対応する手筈てはずになっているのだ。


「さっきのは、別のエリアで大砲でもぶっ放したんだろう。ついでに言っちまえば、質問の答えも兼ねてる。

 ここはでかい都市からも離れてるし、周りはなんにもない山で人目にもつきにくい。失敗すればとんでもない被害が出るようなヤバい試験だってできるってわけだ。新兵器のテストでも、新しい魔法の試し撃ちでも、な」


 軽い口調で答えたシドだったが、その瞳は昏い。ちらりと隣をのぞき見たローズマリーが息を呑む程度に、他人の追求を許さない凄みに満ちていた。 


「……先生?」


 でも、一瞬後には、いつものやる気があるのかないのかわからない表情に戻っている。まるで白昼夢のような出来事に、少女は困惑を深めるばかりだ。


「要するに、あんまり表沙汰にしたくない類の実験をやるために軍が整備したのが、射爆訓練場ここなんだよ」

「さすがにその表現はどうかと思うが……」


 やれやれ、と二人のもとに歩み寄ってきたのはガーファンクル卿だ。別の理事の代役として来ていることもあり、先程まで他の出席者に挨拶回りをしていたのだ。


「ムナカタが外国人部隊にいた時代は軍の専有だったが、現在は民間企業にも試験場として貸出を行っている」

「あ、そうでしたか」

「何だ、知らなかったのか? 試験の工程表を提出して認可され、然るべき費用さえ支払えば、お嬢さんだって使うことができるのだよ。今回の出席者の中にも、ここを利用したことのある企業の者がいるようだな」


 ガーファンクル卿の目線の先にいるのは、いかにも値の張りそうなスーツを身にまとった紳士たちだ。シド自身はイスパニアの財界に明るくはないので、彼らがどこの誰かよくわからない。だが、身なりや立ち振る舞いから肩書を推測すること自体は、そこまで難しいわけではない。


「思ったより協賛企業が多いですね。いずれも部長クラスとお見受けし

ますが、大したものだ」

「それだけ期待されている研究なのだろうな」

「あちらの方々は少々趣が違いますが……軍の方ですか?」


 ずっと招待客を見ていたローズマリーだったが、何かに気づいたのか、シドの袖を引っ張って注意をく。


「それなりのお偉いさんみたいだな」

「ご指摘のとおりだよ、お嬢さん。軍が開発に深く関わっているというのは、前にも話したな? 彼らは陸軍技術開発本部の人間だ」


 その中心にいる、ひときわ多くの勲章を下げた人物が軍側の代表だろう。佐官クラスの人間が出てくるあたり、軍の力の入れようが伺えるというものだ。

 一方、魔導士管理機構ギルド側の出席者は、ガーファンクル卿と万屋ムナカタ一行に、周囲を見回っている黒猫、実験の監視役として昨日から射爆訓練場に詰めている者、合わせて五人と一匹だ。参考人オブザーバーという立ち位置ゆえ、内覧会への力の入れ方が違うのは仕方がないかもしれない。


「そろそろ始まるな」


 卿が腕時計をちらりと見た直後、あたりに不穏なサイレンが響き渡る。ローズマリーは言わずもがな、シドも警戒の色を隠せない。そんな若手二人を尻目に、ガーファンクル卿は泰然とした面持ちで構えている。


「ご参集の皆様、大変長らくお待たせいたしました! 

 只今より大型二足歩行機械『怪物モンスター』発進いたします! 格納庫前方、進路上に立ち入らぬようご注意ください!」


 サイレンに続いて聞こえてくるのは、ハキハキとよく通る女性の声。続いて、奥の格納庫の大扉がゆっくりと開いてゆく。

 その向こうに見えるのは、巨躯を丸めてうずくまる”怪物”の影。


「なんか……大きくないですか?」

「案ずるなCC、でかけりゃ強いってもんじゃねーよ。一発は重いだろうが、動きはそれほど速くないはず」

「足でかき回す、ということですか。なるほど」

「初めから制圧する前提で話を進めるのもどうかと思うが……」


 仕事の内容はガーファンクル卿の護衛、事と次第によっては試作機を叩き潰せと命を受けているとはいえ、師弟の会話は初っ端から不穏な空気に満ち溢れている。


「何かあってからでは遅いので、やはり備えはしておくべきかと」

「自分もCCに同意します。設計図が手に入らなかったのは残念ですが、それでも対策を練ることはできますので」

「……まあ、仕事熱心なのは結構だ、と言っておこうか」


 護衛を頼んだ身とした張本人としては苦笑するしかないのだが、その穏やかな表情は長くは続かない。


「しかし、まさかあれほど大きいとはな」


 身をかがめて倉庫から出てくる怪物モンスター、その身の丈は三階建ての住宅とほぼ同等、といったところだろう。二足歩行ではあるが、太くて長い腕を持ち、背中を丸めて短い足で大地を力強く踏みしめる姿はゴリラを連想させる。やや不格好ななりではあるが、機能を優先した結果だろう。

 その右肩には拡声器を手にした男がまたがっている。身につけた作業着はずいぶん年季が入っているようで、ずいぶんと色あせている。左腕に抱えられているのは、いかにも研究者然とした白衣の女性だ。右手には折りたたみ式の車椅子がげられている。大人二人と車椅子を運ぶ怪物モンスターだが、その足取りは安定しており、ふらつく様子は微塵も見られない。

 外見上の特徴はもう一つ、背中からのびた太いケーブルだ。その姿は昔話や神話に出てくる大蛇を思わせる。電源供給用か通信用か、あるいはその両方か。屋外で使用するものだから、耐久性を高めているのだろう。


「もう少し下がって! そう、そのへんで結構!」


 想像以上の威容にどよめく観衆を下がらせたつなぎの男は、怪物モンスターの肩から腕伝いに滑り降りて車椅子を受け取った。


「よし、マリアを降ろせ!」


 拡声器越しの声に反応したのか、男が小さく手を上げたのをきっかけトリガにしたのかは定かではないが、怪物モンスターはその容貌に似合わぬ優しい手付きで白衣の女性マリアを車椅子に座らせると、聴衆たちの方に向き直り、執事よろしく一礼した。

 異形で無機質な機械とは思えぬ紳士的なその振る舞いに、一連の所作を固唾を呑んで見守っていた招待客たちの間から、自然と拍手が沸き起こる。ローズマリーも興味津々といった面持ちで、目を離せないようだ。

 一方、シドは先程の退屈そうな態度を引っ込め、ニコリともせずに怪物モンスターを睨みつけている。


「あの二人が例の……怪物モンスターの開発者ですか、ガーファンクル卿?」

「つなぎの男のほうがヴィクトール・F・シュタイン。王立工科大学の准教授で、機械工学、特のあの手のロボットが専門分野だそうだ。彼が設計製作の指揮をとっている」

「……人は見かけによりませんね」


 口には出さないが、シドもローズマリーと同意見だ。卿の話を聞くまでは、てっきりどこぞの工場長かと思っていたのだから。

 せっかくの研究成果のお披露目だというのに、着ているものといえば油汚れの落ちきらない作業着。タオルを頭に巻き、拡声器を片手に捲したててるその姿を見て、彼を研究者と人目で看破できるものはほぼいるまい。


「准教授の地位となってなお、自ら学生を率いて現場に立つんだそうだ」

「……そいつは結構なことですな」


 シドは大学に通っていたわけではないが、教授は研究以外にもいろいろとやるべき仕事があることくらい知っている。そんな立場の人間が現場で実験の指揮をとっているとなると、そのしわ寄せはおそらく、周りの人々に来ていると思われる。ご苦労お察しします、とシドは内心でまだ見ぬ研究室の面々をねぎらう。人の仕事に余計な口をはさむなんて無粋もいいところ、その件に関しては思うだけでおくびにも出さないが。

 そんなヴィクトールに比べれば、少し離れたところにいる車椅子の女性の方が遥かに研究者らしい。物静かな佇まいと白衣が、その印象を更に強めているのは間違いないだろう。


「女性の方が、マリア・F・シュタイン。ヴィクトールの妹で、このプロジェクトを進めるにあたって、本国から特任教授として招聘しょうへいしたそうだ。怪物モンスターに使用されている魔導式はすべて彼女が考案し、実装の監修を担当したらしい。あれはさしずめ、兄妹の合作といったところだな」


 なるほど、と頷くシドの目がキラリと輝く。

 彼にしてみれば、怪物モンスター姿形ナリにはさほど興味はない。重要なのは、本当に魔力で動いているかどうかだ。平穏な護衛任務ほど退屈なものはないのだが、魔導式の専門家から話を聞くチャンスができるとなれば話は別だ。

 

「さっそくお話を伺いましょうか」


 師匠の様子を目敏く察知して動き出そうとしたローズマリーだったが、ガーファンクル卿にやんわりと制される。


「落ち着きたまえ、お嬢さん。急いては事を仕損じる、とよく言うだろう? まずは怪物モンスターのお手並みを拝見といこうじゃないか」

「それもそうですね。CC、まずは向こうの出方を見よう」

「……はい、先生」


 卿が指差す先ではちょうど、ヴィクトールが大仰な身振り手振りを交え、怪物モンスターの説明を始めるところだった。

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