4.9 パーティの続きを楽しんでいてください
シドは博打を打つことにした。
時間をかけて育てた圧縮魔力――【防壁】を新郎新婦のもとへ置き去りにしたシドは、目一杯の【加速】魔法で駆け出す。彼の魔力供給が経たれた【防壁】はそばから崩壊を始めるが、多少の攻撃になら耐えてくれるはずだ。
迷いなく犯人とローズマリーの間に割って入ったシドは、少女を庇うように抱きかかえる。彼は決して大柄ではないけれど、華奢な少女を守るくらいなら、どうにでもなる。
「【圧縮】!」
そんな短時間で展開できる【防壁】のサイズなど、たかが知れている。急所を守るのが関の山で、全ての刃は防ぎきれない。
結果、腕や足に刃を受けたシドは、鋭い痛みにうめき声を上げる。
「先生!」
「最初だけの辛抱だ……っ!」
魔法の強さは術者の精神状態に
それでも、【防壁】さえ構成すればなんとでもできるという矜持と、腕の中の少女をなんとしても守り抜くという使命感から、顔をしかめ、脂汗を浮かべながらも、魔力の【圧縮】を続けた。
実時間にして数秒でも、苦痛を伴えば永遠とも思える時間。
体を切り裂かれる痛みにどうにか耐え抜いたシドは【防壁】を形にした。
犯人はシドたちに致命傷を与えられないと悟ったのか、ダスター卿とルルーナ嬢に標的を変えるが、撃ち出された刃は、見えない壁に阻まれた。シドがローズマリーを守るために前に出れば、犯人は手薄になったダスター卿とルルーナ嬢に攻撃対象を変えるはずと読んだシドは、あえて【防壁】を置き去りにしたのだ。
結果、シドとローズマリー、ダスター卿とルルーナ嬢のペアそれぞれが、【防壁】で守られる、という状況ができあがった。
ここまではシドの狙い通り。でも、新郎新婦を守る【防壁】が崩壊するのは時間の問題だ。その前に攻勢に転じなければ、ここまでの努力が水の泡になる。
「アンディ、もう一回だ!」
シドの【防壁】が機能している状態なら、同士討ちの可能性はぐっと下がる。アンディもそれに気づいたのか、シドが言い終わる前に銃声で応え、それを追うように部下たちも各々射撃を始めた。
何とかここまで状況をひっくり返したが、相手を制圧するにはもう一手が必要だ。その手段をどうするか必死に考えていたシドだったが、敵の予想外の行動に虚を突かれる。
外でもみ合いが起きたのか、警官たちの怒声がしばらく聞こえた後、ガラスの割れる音が邸内に響く。大広間にいるすべての者が――アンディも、警官達も、シドも、ローズマリーも――犯人が飛び出していった大扉をぽかんと見ていることしかできずにいた。
「川に落ちたぞ!」
犯人が去ったパーティ会場はしばらく静寂が支配していたが、もともと大人数が押し込められた空間である。警官の一人が叫ぶ声をきっかけに、ほどなくパーティとは別の騒がしさが空間を埋め尽くした。
「逃げた、だって?」
シドはそのやり取りには加わらず、ただ呆然としている。
圧倒的な技量の差を見せつけておきながら、逃げの一手を打った
「先生、あの、さすがにちょっと恥ずかしいのですが」
「あ? ああ、すまない」
混乱と戸惑いに思考をまとめきれずにいたシドは、ローズマリーを抱きかかえていたままだったことをようやく思い出し、慌てて腕の力を解く。自由になった少女の頬はどことなく、いつもより赤いように思えた。
「大丈夫かい、センセイ、CC?」
「これが無事に見えるなら、あんたの眼はだいぶ節穴だぞ……。俺なんかよりも、CCを先に手当てしてやってくれ」
そうは言うシドだが、傷の痛みに脂汗を浮かべている。いつもの余裕など微塵も感じられない。
「体からナイフやフォークを生やした人間も、十分手当の優先順位は高いよね。二人共、医務室行きだ」
アンディに命じられた警官四人が、シドとローズマリーを両脇から支えて部屋から連れ出そうとするが、一行の前に厄介な依頼人――パサート卿が顔を出す。
「警部、ロベルト君とルルーナは無事なのだね?」
「心配ありません、お父様」
「お二人が守ってくださったんです」
面倒くさいことになりそうだからこっちに話を振るなよ、とあからさまに顔に出したシドだが、上流階級のお三方は彼の必死の抵抗を気にも留めない。
「そうかそうか、いや、よくやってくれたね」
「ちょっと待ってください、パサート卿」
アンディに制されたパサート卿は露骨に嫌な顔をした。
「なんだねなんだね、礼をしたいというのに止めるとは無粋だな!」
「二人は重傷を負っています、まずは手当てが先です」
「依頼した側としては、功労者をねぎらうのは当然だろう!」
「そんなもん、二人が元気になってから存分にやりゃいいでしょう? これ以上邪魔するなら公務執行妨害でしょっぴきますよ?」
まったく場の空気を読めない依頼人に、シドたちを抱える警官たちもたまりかねたのか、言葉がだんだん荒くなる。
「何という言い草だね! 上層部に報告してもいいんだぞ!」
警官の肩をつかんで止めようとするパサート卿だが、その手は見えない【防壁】に阻まれて届かない。自分の理解の及ばない現象を目の当たりにして、怒り半分、恐怖半分といった顔をしている。
もちろん、そんな芸当をするのは、この場で一人だけだ。仕掛け人は「関係ないね」とばかりにそっぽを向いて鼻歌なんぞ歌っている。
「ここは犯行現場です。誰だろうが、
ピシャリとパサート卿に言い放ったアンディの指示に従った警官達は、傷だらけの功労者二人を足早に医務室へと連れていった。
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