第十一章 紅蓮の炎は全てを滅す
『魔術』とは、相手を殺傷する事だけに特化した技術。故に人を生かし、活かせる力は存在しない。
その事実を、俺は改めて認識した。
確かに今、相対しているこの『魔術師』は、本気で俺を殺そうとしている。殺す事以外、考えていない。それが手に取るようにわかってしまう。
辺り一面に飛び交う岩石の槍を躱しつつ、攻撃者の姿を一瞥する。
回避に専念する俺を嘲笑っているのか、仮面の『魔術師』は心底愉快そうに口許を歪めている。アーベントといい、この男といい、悪趣味な連中であると言わざるを得ない。
と、相手の表情に気を取られていた俺は、建物の陰から出て来た『ゴーレム・エルザ』に気付くのが一瞬遅れた。
慌てて急停止する俺に向けて、彼女はその巨大な右拳を容赦なく振り下ろしてきた。
反応が少し遅れたものの、ほとんど転がる格好で右に跳躍し、紙一重でその一撃を躱す。我ながら、拍手を送りたいほどの華麗さだ。
距離を取ると同時に体勢を立て直し、『
炎を纏った左手を、横一文字に払う。するとその動きに沿って、まるで真っ白な紙に紅い線を引くかのように、生み出された炎が空中に静止した。
その炎と交差させる形で、今度は上から下に向けて炎の線を引き、虚空に十字型の炎を作り出す。
「俺だってやられっ放しじゃないぜ、エルザちゃん!」
叫ぶと同時に、俺は炎を纏ったままの左手で、虚空に描いた十字型の炎の中心を、思い切り殴り付けた。
これは『深紅魔法』の一つ、『
「行っけぇ!」
殴り付けた十字型の炎が、エルザの胸部付近に飛来し、紅い光を放つと同時に爆発を起こす。
衝撃で彼女の身体は大きく揺らぎ、その巨体を後ろ向きに仰け反らせると、体勢を立て直す事なく地面に倒れ込んだ。
轟音と共に、辺りに大量の土煙が舞い上がる。
このまま一気に片を付けるつもりで、俺は止めの一撃をエルザに放とうとした。
ところが、背後から突然、無数の岩石の槍が飛来し、その内の一つが右肩の辺りを掠めた。
「がっ!」
またもや不意を討たれた事で、俺は前のめりに倒れ込んでしまう。
傷の痛みを堪え、すぐさま立ち上がろうと、肩越しに上空を見た俺は、そこで愕然とする。
視界に捉えたのは、またも無数に放たれた、鋭利な岩石の槍だった。
上空から飛来する凶刃達は、まるで降り注ぐ雨水のように、容赦なく俺の身体を傷付ける。
「がぁああぁぁあぁあああっ!」
皮膚が焼けるかのような激痛が全身を駆け巡り、辺りには岩石の槍が地面を貫く音が響き渡った。
一瞬意識が飛び掛けたが、どうにか持ち堪えて立ち上がる。そして自分の身体に視線を落とした。
萌葱色のマントと服のあちこちが破れ、随分とみすぼらしい格好になっている上、身体の至る所に擦過傷ができている。
確かに痛みはあるが、それでも大きな怪我は負っていない。むしろ身体のどこかに槍が突き刺さらなかっただけ、幸運と言えよう。
「随分悠長な戦い方をなさるんですねぇ」
負傷部位を調べていた俺の耳に響く、随分と余裕を感じさせる声。その主は言うまでもなく、この身体に傷を付けた張本人だ。
岩石の槍による破壊で巻き起こった土煙の向こうから、『魔術師』は酷く落胆したような様子で現れ、続ける。
「やはり、あなたが未熟者だとするアーベント様の見立ては正しいようだ。少しはできる方なのかと思っていたんですが、興が削がれてしまいましたよ」
いちいち物言いが偉そうな上、妙に丁寧な口調も相俟って、余計に腹立たしさを感じてしまう。
嫌味のような台詞を聞き続ける必要はないと思い、俺は『魔術師』との距離を詰めるために走り出した。
すると、その瞬間。
「エルザ」
「!」
『魔術師』が名前を呟いた瞬間、俺の行く手を阻む形で、突然地面が大きく盛り上がり始めた。
轟音を響かせながら地中より現れたのは、ついさっき破壊したはずのエルザだった。地面を割って現れた彼女は、その巨大な腕で俺の身体を殴り飛ばそうとする。
巨大な拳が届く寸前、俺は炎剣を水平に構え、胸の前にかざす形で防御体勢を取った。
が、しかし――
「ぐっ、おわ……ッ!」
冷静に考えれば、『ゴーレム』が放つ圧倒的かつ超重量の一撃を、人間如きの力で止め切れる訳がない。
真正面から襲うとんでもない衝撃に圧され、俺は軽々と宙を舞い、あっさり数メートルもの距離を吹き飛ばされてしまう。
体勢を立て直す暇などないまま、俺は通りの一角にあった出店の屋根を突き破る形で、背中から地面に叩きつけられた。
轟音を上げて出店が崩れ、瓦礫へと早変わりする。
「突然地面からエルザが出て来て、驚きましたか?」
瓦礫に埋もれる俺の耳に、悠然とした『魔術師』の声が聞こえてきた。
何とか瓦礫を押し退けながら這い出る間にも、『魔術師』は自らの力に酔いしれているかのように、どこか楽しげな口調で続ける。
「彼女は少し特別でしてね。一度身体を破壊されても、『核』となる心臓部が無事なら、身体を再構成できるんですよ。今のはそれを利用して、地中から奇襲を掛けたまでの事です」
ようやく立ち上がれた俺は、勝ち誇ったような表情の『魔術師』を睨み、再び炎剣を構える。相手の自慢話に付き合う気は、全くなかった。
「どういう理屈だろうが、いちいち説明する必要ねぇんだよ。あんたが行使する『魔術』に、興味がある訳でもねぇしな」
「……! フフ、何という事だ。とても『魔術師』とは思えない発言ですね」
「あん?」
「我々『魔術師』は、相手の『魔術』を解析し、理解する事で、それらを知識として自身の身に蓄積していくのです。それは言わば、我々『魔術師』が『賢者』となり得るために必要かつ重要な事柄だ。にも拘らず、あなたのように興味を示さない人間が、『魔術師』を名乗るとは頂けない。滑稽の極みですね」
自らの持論を得意げに披露した『魔術師』は、少々怒りの籠ったような眼付きで俺を見つめている。
知識として自分の中に蓄積していく、ね……。
確かに、こいつの言う『魔術師』のあるべき姿、みたいなものがわからない訳じゃない。だが俺には、それよりも必要だと思える事がある。重要だと教えられた事がある。
この辺りは、見解の相違ってやつだ。
「生憎俺は、それより大切な事があるって教えられたモンでね。知識ばっかり詰め込んでも、それを扱う人間が破綻してたら、意味なんてないんだよ。人を殺す事しか考えてない、今のあんたみたいにな」
「ほう。それがミレーナ・イアルフスの教えという訳ですか。――フッ。どうやら彼の『英雄』は、私が思っていたほど聡明な人物ではないようだ。大した知識も持ち合わせていない、愚かで哀れな人間と言った所ですかね」
「……おい。てめぇ、今何て言った?」
「はい?」
「今何て言ったのかって聞いてんだよ」
怪訝な顔付きの『魔術師』に向かって、俺は右足を一歩、力強く踏み出した。
どうやら眼の前の男は、愚かにも気付いていないようだ。
俺が一体、どれだけミレーナを尊敬しているのかという事を。
「大した知識を持ってない? 愚かで哀れな人間? てめぇは一体、どこの誰を侮辱してやがるんだ?」
ギリッと、炎剣を握る手に、より一層の力が籠もる。煮え滾るような激しい怒りは、すでに頂点を迎えようとしていた。
それを察した気配もない『魔術師』は、呑気にこう口にしやがった。
「何を言ってるんです、そんなの決まっているでしょう? あなたの師匠、ミレーナ・イアルフスの事ですよ」
その言葉が、最後の引き金だった。
標的を見定めた俺は、岩盤を踏み砕かんばかりの勢いで疾走を開始した。そして瞬く間に『魔術師』との距離を詰め、その顔面に速度を乗せた左拳を叩き込んだ。
「ぐおっ!?」
あまりにも綺麗に命中したせいか、左手に鈍い痛みが走る。
だがそれに構わず、俺は即座に標的を切り替える。
狙うは、後方に仰け反った『魔術師』ではなく、エルザだ。
突進と同時に、右手に握った炎剣を下から斬り払い、彼女の右肘の辺りを爆炎で吹き飛ばした。
「うおおおおぉぉっ!!」
獣の如く咆吼しつつ、俺はエルザの巨体を踏み台代わりにし、右に左に跳躍しながら、その巨体を炎撃で抉り取っていく。
反撃の余地も、身体を再構成する暇も与えない。何十回とそれを繰り返す内に、彼女の身体は徐々に、原形を留めないほど削れていく。
だがそれでも、俺は攻撃の手を緩めなかった。
彼女の正面に降り立ち、『
『深紅魔法』の技の一つ、『
凝縮した炎の塊を頭上に静止させた俺は、今頃になってようやく起き上がった『魔術師』に、冷ややかな視線を送る。
「最後にもう一度聞くぞ。アーベントの野郎はどこにいる」
これで決めるつもりだというのが、奴にもわかったんだろう。僅かに身動ぎするその姿は、酷く滑稽なものに見える。
だが、それでも『魔術師』は口を割ろうとせず、声を荒げて挑み掛かってくる。
「こ、この程度で勝った気になるな! 私が本気を出せば、貴様のような未熟者など――」
「答える気がねぇなら、いい加減黙りやがれ三下がァッ!!」
最大級の熱量を込めた怒号が発動の合図となり、巨大な炎の塊は、轟音を上げて爆散した。
無数の火球となった炎達は、まるで流星群の如く、『魔術師』とエルザの許へと降り注ぐ。
「ぎゃああああぁぁっ!!」
無数の火球による連鎖爆発は、辛うじて残っていたエルザの身体を吹き飛ばし、同時に彼女の傍らにいた『魔術師』をも巻き込んだ。
静寂の訪れと共に、周囲にはしばらく爆煙が立ち込めていたが、やがてそれも晴れ、また遠くの方から戦闘音らしきものが聞こえ始める。
俺は短く息を吐くと、地面に倒れている『魔術師』の許へと歩み寄った。
エルザが再生する気配がないという事は、どうやら上手く『核』とやらを破壊できたらしい。
『魔術師』の方も無事では済まないだろうが、死ぬような事はないだろう。ミレーナとの約束を破る気のない俺には、その辺りの事も調整済みだ。
「おい、生きてんだろ。気絶すんのは別にいいけど、せめてアーベントの居所を答えてからにしろよな」
「し……、知りません。わ、私は……聞かされていない。ほ、本当です……」
喉が焼けているせいか、酷くしゃがれた声で『魔術師』は白状した。ここまで追い込んでいる以上、嘘をついている可能性は低いだろう。
手を煩わせやがった割に、結局てめぇも知らねぇのかよ……。
呆れて思わず溜め息をついた俺は、未だに戦闘音が響き続けている周囲の様子を窺いながら、静かに思考を開始する。さて、これからどう動けばいいものか。
アーベントの配下であるこの男ですら、奴の居場所を知らないという事実。ここまで手掛かりがないとなると、まるで捜しようがない。そもそもあの男は、本当にこの戦いに参加しているのだろうか?
あの男の行方と同時に、リネの安否も気に掛かる。恐らく、今もどこかで拘束されているに違いないんだけど……。
「……ん?」
少しの間考え込んでいた俺は、『首都』の街並みの中に、妙なものを見つけて思考を止めた。
大通りに立ち並ぶ、大小様々な大きさの建物。その隙間から見える遠方に、微かに紅い光の柱のようなものが見える。その光の柱はゆっくりと、天に向かって真っ直ぐに伸びて行っているようだ。
どうやら『首都』の外壁付近で発生しているもののようだが、周りの建物が邪魔で、ここからだと正確な位置を割り出す事ができない。
どこか別の場所、もっと高所からなら、あの光の発生源を突き止める事ができるはずだ。
となると、『テルノアリス城』へ向かうのが正解だろう。この街で一番高い建物と言えば、街の中心に聳え立つあの城をおいて他にはない。
目的地が決まれば、後は行動を起こすだけだ。
踵を返して走り出そうとした俺は、しかし一旦、その足を止めた。そして肩越しに振り返り、地面に倒れたままの『魔術師』に声を掛ける。
「……途中で正規軍兵士でも見つけて、保護してくれるように頼んどいてやる。有り難く思えよな」
「……」
気絶している訳ではないようだが、『魔術師』からの返答はなかった。
とはいえ、こっちも最初から期待などしていない。無視したいのならすればいいと適当に考え、俺は視線を前方に戻して走り出した。
◆ ◆ ◆
二時間くらい前に後にしたばかりの、『テルノアリス城』の巨大な門を潜り、俺は敷地内へと足を踏み入れた。
門を抜けると、そこには幅二十メートルほどの石畳の道が、城の入口まで続いていて、その至る所に負傷兵らしき者やその手当てをする者など、大勢の人間がごった返していた。
門の近くでは、再び戦場へ戻ろうとする負傷兵らしき者達が、それを制止する者達と言い争いになっている。
「ディーン……?」
丁度、城の入口付近に差し掛かった時だった。横合いから聞き慣れた声がしたため振り向くと、少々驚いた表情のジンが佇んでいた。
「なぜお前がここに? アーベントを捜していたんじゃないのか?」
「そんな簡単に見つかったら苦労しねぇよ。色んな連中に絡まれて、正直それどころじゃなかったぜ。――って、おいジン。その身体……」
正面に佇むジンを見て、ふと気付く。彼の服は所々破れたり裂けたりしていて、そこから覗く身体には、白い包帯が巻かれている。
思わず言葉を濁すと、ジンは苦笑しながら応じる。
「お前と同じく、俺も色々と絡まれてな。少々大袈裟に包帯を巻かれてしまっただけで、そこまで酷い怪我じゃないさ」
こちらを心配させまいとしているのか、強がりのような台詞を吐くジン。
俺の言葉を真似るように話したって事は、もしかしたら彼も、『魔術師』と戦ったのかも知れない。しかもこうしてここにいるという事は、恐らく撃破したのだろう。
『魔術』を扱える者と扱えない者の間には、圧倒的なまでの力の差がある。にも拘らず、勝利してしまう辺り、やはりさすがだとしか言いようがない。
頼もしい友人の姿に、感嘆から来る苦笑が漏れる。初めて会った時からそうだが、こいつには色々と驚かされっぱなしだ。
「それよりもディーン。この戦い、少し妙だとは思わないか?」
俺の内心に気付いた様子もなく、ジンは少々眉根を寄せて尋ねてきた。
「妙? どの辺りが?」
「敵の人数がだ。本気で『首都』を攻め落とそうとしている割には、数が少ないように思えてならない。正規軍と『ギルド』の本部があるこの街を相手にする以上、それ相応の戦力が必要となる事くらい、あの男も理解しているはずなんだが……」
そう言って、ジンは腕を組んで難しそうな顔をする。
確かに、彼が吐露した疑問は、俺も少なからず感じていた事だ。と同時にもう一つ、俺には気になっている事がある。
そもそも敵側の兵隊達は、今まで一体どこに潜んでいたのだろう?
ただ街の中に潜伏しているだけでは、彼らの格好は目立ち過ぎる。服装を変えていたとも考えられるが、ここは正規軍兵士の監視の眼が光る、天下の『首都』だ。不審な動きをしていれば、すぐに見つかってしまうだろう。
にも拘らず、今日この瞬間に至るまで、彼らは全く目撃されていない。果たしてそう簡単に、正規軍を欺き続ける事などできるものだろうか?
恐らくは、同じ疑問を抱いているジンと共に、黙り込んでその場に立ち尽くす。
何か見落としている点はないか。そんな熟考を続けていた時だった。
「――もしかしたら、地下に潜んでいたのかも知れないね」
やけに落ち着き払った、聡明さの感じられる声が聞こえ、俺とジンは同時に顔を上げる。声のした方を見ると、すぐ傍に大人しい雰囲気を漂わせる青年が立っていた。
長い若竹色の髪を、後ろで一つにまとめたその青年は、眼鏡を掛けているせいか、知的な雰囲気を醸し出している。少し眼がつり上がってはいるが、その顔には優しい笑みが湛えられている。
「誰だ、あんた?」
然して何も考えずに、見覚えのない青年に対して、そう口走った瞬間だった。まるで罪人を咎めるかのように、ジンが慌てた様子で口を開いた。
「何を言ってるんだディーン! この方は現在の『テルノアリス』を統治する元老院の一人、ハルク・ウェスタイン様。俺が厚意にしてもらっている王族の方だ!」
「………………ええっ!?」
放たれた言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要した俺は、思わず盛大に叫んでしまった。
この、何かヒョロッとした感じの大人しそうな奴が、元老院の一人!?
という台詞は、辛うじて飲み込んだものの、それでも驚きを隠せない。
王族って言葉の響きから、もっと威厳のある武骨なおっさんを想像してたんだけど、見事に予想を裏切られたな。しかも服装も、白い長袖のシャツに黒い革のズボンという、豪華さが微塵も感じられない地味な格好だ。
どうやら俺が思っていた以上に、理想と現実は掛け離れているものらしい。
「って言うか、あんた随分のんびりしてんな。さっさと避難しないと、ここにも敵が攻めてくるかも知れねぇぞ?」
「おいディーン! 口の利き方を――」
「良いよ、ジン。いつも言ってるだろ? ボクに気を遣う必要はないってさ」
「は、はぁ……」
敬語を使おうとしない俺をジンが咎めようとすると、ハルクは笑って止めに入った。どうやら王族だからと言って、変に威張り散らしている人間じゃないようだ。
「キミがディーンくんだね。ジンから色々聞いてはいたけど、まさかあの『英雄』の弟子が、キミのように若い人だなんて思わなかったよ。とりあえずよろしくね、ディーン・イアルフスくん」
「……どうも」
何だか掴みどころのない感じがして、生返事をするしかない。苦手、とまではいかないが、妙に話し難い印象を受ける。
「ところでハルク様。今仰った地下とはどういう……」
やや呆けていた俺の代わりに、ジンがハルクに随分と畏まった様子で尋ねた。
こんなジンの姿を見る事になるなんて、何か複雑な気分だ……。
「この街の地下には、随分昔に、戦乱時の避難場所として造られた壕があるんだよ。今はもう使われていないけど、出入口は街の決まった場所にある。恐らく敵兵達は、そこに潜んでいたんじゃないかな?」
「この街の地下にそんなモンが? でも、仮にそうだったとして、何で奴らがそんな物の存在を知ってるんだよ?」
俺が疑問を投げ掛けると、ハルクは急に真剣な顔付きになった。さっきまでの少し頼りない雰囲気が、一瞬で消え去る。
「キミも知っての通り、今回の戦乱の首謀者であろう男、アーベント・ディベルグは元貴族だ。さっき言った壕の存在は、ボクら王族と一部の貴族のみが知っていてね。奴もその一人だったという訳さ」
言いつつハルクは、自分の足許に視線を下ろす。
「その壕が潜伏場所だったかどうかは、今現在調査中だ。アーベントがそこに残っているとは思えないけど、放っておく訳にもいかないからね」
ハルクの話を聞く限り、敵が突然現れた理由はそれで説明がつきそうだ。
しかし、だ。ハルクも懸念している通り、肝心のアーベントの行方が、依然としてわかっていない。例え敵兵を全員倒す事ができたとしても、あの男を見つけ出さない限り、また同じ事が繰り返されてしまう。
「……ってそうだ! 俺、ちょっと確かめたい事があるんだけど、今城の中って、入っても大丈夫か?」
ようやくここに来た目的を思い出し、俺はどちらにともなく問い掛けてみた。
ここへ来る途中に見た、あの紅い光。
あの光が一体どこから発生しているのか、それを確かめないといけない気がする。
聳え立つ城を見上げ、俺は少し不安な気持ちになった。
◆ ◆ ◆
「――あの紅い光。街の外、丁度外壁の角の部分から発生してるんじゃないか?」
遠くに見える首都の外壁の辺りを指差して、ジンが難しい顔付きでそう言った。
ハルクに事情を説明し、入城の許可を取り付けてから五分ほど経った頃。俺はジン、ハルクと共に、城の上層階にある展望室へと来ていた。
地上から三十メートルほどの高さにあるその部屋には、応接もできるようにするためか、金属製のテーブルと椅子が部屋の中央に置かれている。窓以外の壁の部分には、値が張りそうな絵画や美術品らしき剣や盾が、所狭しと飾られている。まさしく俺が苦手とする、貴族の豪華な部屋だった。
窓辺から外を観察しながら、ジンの発言を反芻して、俺はやや首を傾げた。街の『中』じゃなくて、『外』……?
この部屋からだと、街の景色は北側しか見る事ができない。だが確かに外壁の角、それも外側の部分から、例の紅い光が柱となって、天に昇っていくのが見える。
「おや? あれもそうじゃないかい?」
「え?」
「ほら、あそこ」
そう言ってハルクが指差しているのは、ジンが指摘した場所とは逆の、北西角の辺りだった。彼の言う通り、確かにそこからも紅い光の柱が伸びている。
まさか……と、俺は嫌な予感を覚えた。
気のせいだと否定する反面、間違いないと叫ぶ声が、頭の中で鳴り響く。なぜなら、俺が持ち得ている『魔術』に関する知識の中に、今起きている現象と符合するものがあったからだ。
「この部屋と同じように、街の南側を見渡せる部屋はあるか?」
「あ、ああ。さっき歩いてきた廊下を逆に進めば、何部屋かあるよ」
心中の焦りが表情から伝わったのか、ハルクは少し躊躇いがちに答えた。
「どうしたんだ、ディーン?」
真剣な表情で尋ねてくるジンをほとんど無視する形で、俺は足早に展望室を飛び出した。
紅い絨毯の敷かれた廊下を進むに連れ、歩調が徐々に、しかし確実に速くなっていく。
俺の予想通りだとしたら……あの野郎、とんでもない事を考えてやがる!
ハルクに教えられた通りに廊下を駆け抜け、南側の展望室の一つに辿り着いた俺は、扉を蹴破るような勢いで部屋に飛び込み、窓際へと向かった。
そして、吐き気のするような現実を目撃してしまった。
「……嘘だろおい。何考えてんだあの野郎!」
嘲笑しているアーベントの姿を思い浮かべてしまった俺は、窓辺に拳を叩き付けた。
南側の外壁の角二カ所には、北側と同じく紅い光の柱が立ち上っている。それが意味する所を察して、憤慨せずにはいられなかった。
どうやらアーベント・ディベルグという男は、思っていた以上に頭の狂った人間だったようだ。
「一体何がどうしたんだ、ディーン」
少し遅れる形で、いつの間にかジンとハルクが室内に入り込んでいた。二人とも、説明を求めるような表情で佇んでいる。
俺は眼にした事実を告げるため、ゆっくりと口を開く。
「今見えているあの四つの紅い光は、『首都』を囲むようにして組まれた、『術式魔法陣』っていう代物だ。こいつは陣の内部に、強力な破壊エネルギーを生み出す事で、対象物を一瞬で消し去る破壊力を持ってる。つまりアーベントは、『術式魔法陣』を発動させてこの街を、『首都』その物を消し去ろうとしてるんだ!」
結論を告げた瞬間、ジンとハルクが同時に息を呑んだ。
そう、恐らくこれこそが、アーベントの本当の狙いなんだ。
敵兵の数が少ないのは、勘違いなんかじゃない。敵方は最初から、白兵戦に重きを置いていなかったんだ。
敵の真の目的は、こっちの勢力を街に足止めして、『術式魔法陣』で一掃する事。四つの駅を爆破したのも、街の中に注意を向けさせるのが目的だったんだろう。だからどれだけ捜しても、アーベントの行方が掴めなかったんだ。
奴は最初から、『首都』その物を消し去るつもりだったんだから。
「……つまりアーベントは、初めからあの仮面の人物達も犠牲にするつもりだった、と言うのかい?」
ハルクは信じられないといった様子で、手で口許を覆いつつ、吐き出すように告げる。
俺はそれに頷き返し、続ける。
「今思えば、似たような事があったんだ。『ディケット』に着く途中で起きた列車テロ。あの事件の時も、実行犯達は騙されて囮に使われていた。多分あれも、アーベントの入れ知恵だ」
初見で俺の『魔術』を、『深紅魔法』だと見抜くくらいの奴だ。それだけ『魔術』に精通していれば、知識の乏しい者を騙す事など朝飯前だろう。
俺はもう一度、窓の外に視線を向けた。
紅い光は徐々にだが、その輝きを増しているように思う。恐らく術が発動するまで、猶予はあまり残されていない。その僅かな時間で街の人間全てを避難させるのは、さすがに不可能だ。
「止める手立てはあるのか?」
背後から聞こえた強い決意を感じさせる声に、俺はもう一度振り返った。
声の主であるジンは、真っ直ぐにこちらを見つめている。その真摯な眼差しを見つめ返して、俺は冷静に言葉を紡ぐ。
「『術式魔法陣』は破壊力がある反面、組み上げて発動するまでに相応の時間が掛かる。況して『首都』全体を囲むほどとなれば、尚更だ。時間がないのは確かだけど、まだやれる事はある」
「具体的にはどうすればいい?」
「多分あの光の柱の下に、『魔術師』が一人ずつ配置されてるはずだ。術を安定させてるそいつらを倒せば、発動を邪魔できる……と思う」
断言しようとして、しかし俺は躊躇いを覚えた。
これはあくまでも個人的見解であって、確定事項じゃあない。もしかしたら、配置されている『魔術師』は一人じゃないかも知れないし、『魔術師』を倒しても、術が発動してしまう可能性だってあるかも知れない。
どれも絶対にない事だとは言い切れない。『魔術師』として経験を積んできたからこそ、楽観的にはなれない。
やや視線を落とし、黙り込んでいると、俺の弱気な心の内を読み取ったかのように、ジンが可笑しそうに笑ってみせた。
「自信を持て、ディーン。俺はお前の言葉を信じてる。『英雄』ミレーナ・イアルフスの、たった一人の弟子である、お前の言葉をな」
「!」
励ますような友人の言葉に、俺はようやく顔を上げた。
……全く、彼の言う通りだ。今更何を迷ってるんだ。昨日エリーゼと言葉を交わし、決意したはずじゃないか。
どんな事があろうと、もう迷わないと。
「ありがとな、ジン」
「礼なんていらないさ。それよりも早く、その『術式魔法陣』とやらの発動を止めよう」
「ああ、もちろん。……でも悪い。『魔術師』の討伐は、お前が実行してくれないか?」
こちらの申し出が意外だったのか、ジンは若干眼を丸くしながらも、躊躇いなどなさそうに首を縦に振る。
「それは構わないが、お前はどうするんだ?」
「やらなきゃいけない事が残ってるから、それを果たしに行ってくる。――それから、ハルク。ジンの補佐として割ける人員を選出してくれ。数はできるだけ多い方がいい」
「わかった、任せておいてくれ。……ところでキミは、何をしにどこへ行く気なんだい?」
二つ返事で了承してくれたハルクが、不思議そうな顔で尋ねてくる。
ジンとハルク、二人から怪訝な視線を浴びながら、俺は意地の悪い笑みを浮かべて、力強く切り返した。
「決まってんだろ。アーベントの野郎をブッ飛ばしに行くんだよ!」
◆ ◆ ◆
「――さて、そろそろ時間だな」
あちこちから煙を上げる『首都』の街並みを眺めながら、アーベントは感慨深げに呟いた。余裕を湛えたその表情は、勝利を確信しているように見える。
「これ以上何が起こるって言うの?」
疑問に思ったリネが尋ねると、アーベントは勝ち誇ったように口を開く。
「『術式魔法陣』という『魔術』を知っているか、化物?」
「……」
わからないという理由と、『化物』と呼ばれた事への抵抗感から、リネは黙っていた。質問したのは自分だが、返事をしてしまうと、自分が『化物』だと認めてしまうような気がしたからだ。
リネの沈黙をどう受け取ったのか、アーベントは愉快そうに説明を始める。
「『術式魔法陣』とは、簡単に言えば『限定空間破壊』だ。魔法陣を設置した限定空間に、陣を安定させる役割を持った『魔術師』数人の力を流し込み、凝縮する事で、莫大な破壊エネルギーを生み出すと同時に、対象物を瞬時に消滅させるのさ。『倒王戦争』の頃には、敵軍を罠に嵌める際に用いられた事もある」
どの辺りを簡単に言っているのか、リネにはさっぱりわからないが、とにかくアーベントは、その力を使って『首都』を消滅させようとしているらしい。
しかし、だ。
「ちょっと待って! 今あの街には、あなたの仲間だっているはずでしょ? それなのに――」
「仲間? 笑わせるな」
リネの言葉をすぐさま遮ったアーベントは、忌々しそうに鼻を鳴らす。
「奴らはただの駒であって、仲間などではない。目的を遂行するためだけに集めた人間だ。――言っただろう? その辺にいる人間の命など、俺にとっては無価値も同然だと。誰がいつ、どこで死のうと知った事ではないと」
完全に他人事だと断じ、冷笑するアーベント。その表情からは、人間らしさというものが、著しく欠落しているように見える。
相手に対して何も感情を抱かない。大勢の人間が死ぬかも知れないというのに、顔色一つ変えない。
本当に悪魔みたいだと、リネの身体に怖気が走る。
「大体、貴様は人の心配が出来る立場ではないだろう? 貴様にはこれから、俺が更なる力を得るための、生贄になってもらわなければならんのだからな」
「……!」
アーベントの意図を瞬時に察して、リネは身体を強張らせた。
一刻も早く、この男から離れなければという思いに反して、拘束されている身体は自由を奪われ、成す術がない。
それでも必死に身体を揺さぶり、脱出を試みるリネ。そんな彼女を嘲笑うかのように、アーベントはゆっくりと歩み寄ってくる。
「貴様の身体から一滴残らず血を絞り出し、俺の『魔術』の増幅剤として使わせてもらう。ククク……、人間一人分の血液の総量を知っているか?」
アーベントは悍ましい笑みを浮かべ、黒いマントの内側から取り出したナイフの刃を、唾液に塗れた舌でベロリと舐める。
言い表せない嫌悪感と恐怖が、リネの身体を、心を縛り付けていく。
「安心しろ。貴様一人が死んだ所で、悲しむ者などどこにもいない。所詮貴様は人ならざるもの。化物も同然なんだからなぁ! クハハハハハハ!」
「……ッ!」
悔しくて、悲しかった。
こんな最低な人間に化物呼ばわりされて、何もできない自分が。何も言い返せない自分が。
それはきっと、心のどこかで認めてしまっていたからだ。
自分は他の人間とは違う。『妖魔』という魔の力を持った、人であって人でない者。
(……もう、いい。もうたくさんだよ……)
抵抗しようとしていた気概が次第に消え去り、全身から力が抜けていく。最早現実を直視していられなくなったリネは、静かに目蓋を塞いだ。
今までにも、彼女の正体を知って離れていった人間は大勢いた。孤独に苛まれる事の方が多かった。
本当に悔しくて、本当に悲しかった。
いつの間にか瞳に溜まっていた涙が、ゆっくりと頬を伝っていくのがわかる。
きっとこの男の言う通り、自分は誰にも悲しまれる事なく、惨めに死んでいく運命なのだ――
「そいつは化物なんかじゃねぇよ」
突然聞こえたその声に、リネは驚きのあまり眼を見開いた。聞き違いなのではないかとさえ思ってしまった。
だが、そうではない。
その声は、彼女が忘れ掛けていた懐かしい声だった。ほんの一日ぐらいしか経過していないはずなのに、本当に懐かしく感じる温かい声。
リネはゆっくりと、声のした方に視線を向ける。
そこには、炎のように紅い髪を生やした少年が立っていた。
自分がよく知っている、少し無愛想な、紅い髪の少年が。
「そいつは化物なんかじゃねぇ。リネ・レディアっていう、立派な名前があんだよ」
紅い髪の少年は、ディーンは、そう言って快活に笑ってみせる。
その表情は、まるで太陽のような温かさを感じられるものだった。
◆ ◆ ◆
俺が笑ってみせると、リネは涙で顔をクシャクシャにしながら、ゆっくりと口を開いた。
「ディーン……。もうっ、来るのが遅いよ」
「何だぁ? まるで待ってたみたいな言い草じゃねぇか。自分からいなくなったくせに、随分勝手な奴だな」
「だって……、だってぇ……ッ!」
リネはまるで子供のように泣きじゃくり、大粒の涙を零しながら話す。
きっと彼女自身も辛かったはずだ。悲しさや寂しさを必死に我慢して、一人アーベントと戦っていたはずだ。
今ならそう、素直に思う事ができる。だから、今度はこちらが戦う番だ。
「あ~もう、わかったから泣くなって。心配しなくてもすぐに助けてやるから、そこでジッとしてろ」
わざと面倒臭そうに言うと、リネはどこか満足そうに、ゆっくりと頷いた。
あいつには色々と言いたい事があるけど、とりあえずは後回しだ。
俺は気を引き締め直すと、拘束されているリネの傍らにいる男を、鋭く睨み付けた。
すると、それに答えるかのように、アーベントは数歩こちらへ歩み寄ってくる。
「よう、元貴族さん。こんな所で何やってんだ?」
「フン。皮肉のつもりか未熟者。よく俺がここにいるとわかったな」
少々不愉快そうなアーベントは、こちらを射抜くような鋭い眼付きのまま佇んでいる。
現在地は、街の北側にある第二検問所を抜けて、さらに一キロほど北上した地点。ここには北へ向かう鉄道の警備を行うための、正規軍の詰所がある。が、今は兵士らしき者の人影は見当たらない。
そんな場所に、こうしてアーベントがいる理由。検問所の兵士が敵の一味だった事を踏まえると、奴はこの戦いが始まる直前、第二検問所を潜って北に逃れていたのだろう。『術式魔法陣』の発動を目論んでいる点から見ても、彼が街の中に残っていないのは当然の事だ。
そして街の北側から、『首都』の様子を確かめられる場所となれば、自ずと範囲は絞り込まれてくる。
それらの点を考慮し、ハルクからこの詰所の存在を聞き出した俺は、無駄足になるかも知れないとわかっていて、ここを訪れた。
しかし結果として、それは功を奏したらしい。
こうして眼の前に、敵対者たるアーベントと、拘束されているリネの姿があるのだから。
「あんた意外と単純そうだからな。必ずどっかで、『首都』の状況を嘲笑いながら見てると思ったよ」
「ほう……。どうやら未熟者とは言っても、それなりの観察眼はあるようだな」
そう言ってアーベントは、右手に持っていたナイフを捨て、黒いマントの内側からロングソードを引き抜いた。
「貴様がここにいるという事は、『術式魔法陣』の存在が見破られたんだろう?」
「ああ。今頃あの光の下には、ギルドメンバーや正規軍の腕利き達が集結してるはずだ。直に『魔術師』達も討伐される。あんたの目論見は失敗に終わるんだよ」
対峙するアーベントの顔を見据えつつ、俺は最後通告のつもりで言い放つ。
「大人しく投降しろ。あんたにはもう、勝ち目はない」
そう、これでようやく終わるんだ。
『首都』にもたらされた破壊の渦が。このバカらしい戦乱の全てが。
内心で安堵し掛けていた俺は、しかし一向に不敵な笑みを崩さないアーベントを見て、妙な不安に駆られた。
この状況に於いて、奴には追い詰められている様子が全くない。それどころか、再び身体を揺らし、心底愉快そうに高笑いを始める。
「クハハハハハ! 失敗に終わるだと? 勝ち目がないだと!? 全く……、何を根拠にそんな戯言を言っている?」
「……どういう意味だ?」
「こういう意味さ!」
アーベントが不敵に叫んだ瞬間だった。
乾いた大地に罅が入るほど、地面が激しく揺さ振られ、俺達の間に割って入るかのように、地中から何かが這い擦り出て来た。
やむなく後退する俺の眼に映ったのは、瓦礫と砂塵に塗れながらゆっくりと起き上る、銀色に輝く人型の巨体だった。
『魔術兵器・ゴーレム』――
ついさっき、街中で遭遇した『魔術師』が操っていた物とは違い、全身を鋼鉄で固めているその姿は、まるで鎧を纏った騎士のようだ。巨大な顔の部分には、淡く明滅する双眸のような物がある。
「貴様は本当に、あの光の下にいるのが『魔術師』だけだと思ったのか?」
「!」
呆然と『ゴーレム』を見上げていた俺の耳に、嘲笑うかのようなアーベントの声が響く。
「あの光の下には術式を安定させる『魔術師』と共に、その護衛を務める『ゴーレム』が、三体ずつ配置されている。討伐に向かったという貴様の仲間とやらは、果たしてそれらを退ける力を持った人間なのかな?」
「くっ……!」
一体どこまで用意周到なんだ、この男は。こちらも予想しなかった訳じゃないが、まさか各場所に三体も『ゴーレム』を配置しているとは思わなかった。
いくらジンがいるとはいえ、術式発動までの僅かな時間で、全てを倒すのは無理がある。
想像し得る中で、間違いなく最悪の展開だった。
「文字通り、万事休すと言った所だな。――だがそんな貴様に一つ、逆転のチャンスをくれてやろう」
「!?」
最悪の事態に顔をしかめていると、涼しげな表情のアーベントが、妙な事を口にし始めた。
思わず身構える俺に対し、アーベントは悠然と言い放った。
「今、『首都』を囲んでいる『術式魔法陣』が有している属性は……、炎!」
「!」
「俺が言おうとしている事がわかるだろう?」
その言葉の意味を、真意を理解した俺に向けて、アーベントは挑発するような邪悪な笑みを見せながら、続ける。
「そう、貴様が『
愕然とする俺の背後。遥か彼方にある『首都』を囲む、四つの紅い光が、その輝く強さを徐々に増していく。
突き付けられた事実に歯噛みする俺を、愉快げに見据えるアーベント。
宿敵たる男の耳障りな高笑いが、辺りに響き渡った。
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