第9話【錬金術士再び】
エルムス城門を潜り抜ければ、南街中央広場にあるお店を目指す。
二日酔いも幾分かマシになりましたが、足取りは重い。
今日のお天道様は、どうにも私に厳しいよ。
私は、いつもより、三角帽子を目深に被って、精一杯、足早で往来を行く。
それも有ってか、行く先々で、例のごとく挨拶されるも、素っ気ない態度を取ってしまう。
はぁ、店の営利上良くないとわかってはいるものの、多分、いや、絶対、酷い顔してるはずだから……今は、勘弁してほしいです。
若干の罪悪感を感じつつ【魔女の小箱】へと到着した私は、逃げ込むように店の中へ入った。
そして、扉を閉めると同時に、私は戸板へ寄っ掛かり、
「はぁ、しんどい……」
溜息混じりに心情を吐露した。
店内の柱に掛けてある振り子時計が、ふと、目に写る。
「あらら、思ってた以上に、早く着いちゃいましたか……」
開店まで、一時間近くありますね。
とりあえず、どうするべきか?
「なら、酔い醒ましでも、作ろうかな。」
と、思い立てば、私は、アルコールランプ、三脚、小鍋、諸々を用意し、二階の休憩室に向かった。
早速、机の上に簡易コンロを組み上げると、水の張った小鍋へ薬草を放り込んだ。後は、アルコールランプに火を点ける為、細長い棒状の
この
薬草を煎じるべく、アルコールランプに火を灯す。
だいたい十分ほど、薬草を煮出したら、薬の完成です。
その間、薬が出来上がるのを、じっと待つのも、いいけど、少し気になることがあるので、それを済まそうと思います。
気になることとは、今、現在、着用している魔女の
でもって、今日は皇龍日、なんとも面倒な御用聞きがあるので、些か見栄え良くしてないと、うるさい方もいらっしゃいますからね。
こういう時の為、お店には何着か替えの服を置いてあります。
私は、着用する
魔女の
とにかく、食べ歩きともなると、暴飲暴食してしまうのも常です。以上を踏まえて、ちょっとでも、油断してしまえば、お肉が付くのです。当然、そんな姿で、魔女の
私も、一応、女やってますから、それなりに見てくれは、気になってしまうのだ。
「シェーンダリアも、そこんとこ、配慮してほしかったよ」
ブツブツと文句言いながら、着替え終えると、私は、身なりを整えるべく壁に立て掛けた姿見の前まで行き、そこで見返るようにして自分の後ろ姿を鏡に写した。
そして、ちょこっとだけ、お尻を突き出すポージングを取って、
これは、獣人、
「それにしても、酷い顔です」
鏡に写る自分へ向け、率直な感想を述べてみた。
こんな不機嫌な顔してたら、お店に立ませんね。それこそ、お客様に失礼だし……ふむ、どうにか、化粧で誤魔化すしかないかな。
【
まぁ、私自身でも、随分と色気付いたと思っておりましたが、つい先日、茶寮でのロニーより掛けられた言葉で、それを、より実感させられた。
まさか、自分に向けられて、エロくなったな、なんて言われるとは夢にも思ってないですし、その言葉がものすごく胸に刺さります。
それでも、若干、嬉しい気持ちはありますが、やはり、内心、複雑なんですよ。化粧、一つで、受け手の印象が、斯くも変わると、勉強させられた良い例ですね。
それより、ボサッとしてられません。化粧するなら、時間も然程ないことだし、早いとこ、薬作り終わらせて、諸々に取り掛から無いと、開店時間に間に合わなくなります。
今からの方針が決定すれば、ドタバタと慌ただしく、私は支度を始めた……。
「よし、こんなもんかな……」
右に左に鏡を覗き込み、自身の仕上がり具合を確認する。
そうして、全ての準備が終わると、私は、新しく下ろした鍔の広い三角帽子を被り、一階へと降り立った。
私は、革手帳を見開きつつ、本日、御用聞きで訪問する、お得意様の名前と所在地を確認する。
お得意様と言えど、その人数は、なかなかに膨大で、全員を廻ると仮定するなら、一日掛けてようやっと終わるか終わらないかくらいの時間を要してしまいます。
そんな訳で、御用聞きには、それなりのスケジュール、ローテーションを組んで廻らないといけないのだ。
今日、一日、やたらと静かだなと思ってたら、あのお喋りな使い魔が居ないんでした。
一人で行動することなんて、滅多にないので、少し不安を煽られてしまいます。ほんと、憎たらしい奴ですが、居なくなって、初めて感じることもあるのですね。
夕空の下、そんな感慨に浸りながら、貴族街の城壁門までやって来た。
あっ、そういえば、御用聞きのおり、マディソンさんに会いに行くと、確か、ロニーに言いましたね……どうしよ?
でも、一度、口にしたからには、このまま、会いに行かない訳にもいきませんし、御用聞きが終わり次第、城塞騎士の寄宿舎へ伺うとしましょうか。
御用聞きも終盤に差し掛かり、暗い夜道の中、例の惨劇があったとされる場所へ近づくにつれ、冷気が増したのか若干の肌寒さを感じる。
どんよりとした空気を漂わせた、その場所を通り過ぎようとした時、なにやら、ぼうっと光る白い人影らしきモノが、目端に入った。
ハッとなり、そちらを凝視すれば、青白く生気の無い顔、そして何処までも暗黒に染まる双眸をギロリと剥いた男の姿が見える。
私は、その男の顔に見覚えがあった。ついこの間、命を落とした筈であろう人物、錬金術士ジニアスだ。
そう、死んだはずの男が、なぜ? ここに? しかし、どうにも、嫌な雰囲気を漂わせてますね……。
先程から、ずっと鳥肌が立ちっぱなしだから……はぁ、どうにもこうにも、今動くと、絶対に不味いと私の勘が働いてます。
私は息を浅く整えながら、相手方の様子を確認した。
何かを探すように彷徨い歩くジニアス。
私は、ジニアスの視界から逃れようとし、辺りを見回すも、身を隠す物が何一つ無かった。
そうこうしている内に、ジニアスが、私の存在に気が付いたらしく、ゆっくりと此方に顔を向けると同時に、嬉々とした笑い顔を見せた途端、陽炎の如く姿を消す——
「え?」
私は、あちらこちらへ視線を巡らし、ジニアスの気配を探る。
「……どこです、んっ?!」
一瞬、首筋に冷たいモノを感じた私は、咄嗟の判断で、前方へと身を投げだして、その勢いのまま反転、背後に振り返り身構えた。
視線の先には、今し方、目の前で消えた男、ジニアスの姿がある。
さっきは、暗がりで気付きませんでしたが、ジニアスの姿をよく見れば、全体的に透け透けなんですよね。因みに背後の建物が丸見えです。
もしや、
私の疑問を打ち消すかのような攻撃がジニアスより繰り出された。
ジニアスの右腕が、あり得ないほど伸びあがれば、私を狙い撃つかの如く、射ち放たれた!
私は、透かさず、その場を飛び退く。
振り下ろした腕が、私の立っていた地面を、ガボッと抉り取った。
「げっ、それ、もう、人間の動きじゃないでしょ!」
よもや、霊体が、可視化するなんて、生前、どれ程の恨み辛みを抱えていたのですか。じゃなければ、人間が魔物に堕ちるなど、そうそうない。もしくは、意図的に魔物化させられたか……。
まさかの、魔物化とは恐れ入ります。けど、転生した私が言うのも、アレですが、その生への執着に、若干、引き気味です。
ともあれ、この状況は、流石に不味いかな。相手は、虎視眈々と私の隙を伺っている。
「はぁ、この男、死んでもなお、迷惑かけますか……ならば、この私、ゴーストバスター・ダリエラが、極楽へ誘ってあげましょう!」
落ちるテンションを上げる為、敢えて、私は腰に手を当て、ズバッと指差し言い放つ。
「…………」
相手の
と、そんな余裕かましてる暇なんて、ないです。
ここは、ちゃっちゃと、成仏して貰わないと、御用聞きが終わらせられない。
「我、取り巻きしは、精霊たち、風鳴りの刃となれば、空、切り裂かん」
二枚の三日月型の風刃が発生すると、私の周囲をグルグルと回転し始める。
「行け!『
その叫びと共に、風の刃が
風の刃を振り切ろうと逃げる
それを縦横無尽に追いかけ、やがて、挟み追い詰めると、風鳴りの刃が、
たちどころに霧散すれども、ほどなくして元の形状を成す
「手応え無しですか……さて、どうしたものやら」
先の魔法じゃ、ダメでしたか。魔法が効かないと言う訳では無いだろうし、多分、相性的なものかな。
全く、厄介なことです。
「それなら、こう言うのは、どうです――禍々しき戒めに囚われし闇、呪怨、解きし、討ち滅ぼすは?!」
魔法詠唱を邪魔するべく、
それは尋常ではない、速さで私に詰め寄る。
「ちっ、さすがは、元人間です。気がついたようですね。でも、そう簡単に、邪魔はさせないし」
私は【
しかし、目下に居たはずの
「ん、消えた? いや、違う!」
肌が粟立つと同時に、頭上へと目をやったなら、突如として現れた
「そんなの、ズルイですよ!」
私の口走った声に、
「けどさ、その動き、想定内だから……」
そんな
そしたら、その小瓶の栓を口で咥え抜き、事前準備を整えた
——上空で私と
次の瞬間、
私が、ぶち撒けてやった小瓶の中身は、穢れを祓い、魔を滅する為に用いられた、所謂、聖水と呼ばれる特別な水。
魔術儀式において、聖水を使用することが、多々ありますから、常備、携帯してるのは、当たり前。加えて、死霊系の魔物に絶大な効果発揮するのも常ですしね。
ですが、常備の聖水だけでは、この
一応の時間は稼がせて頂きました。
「散々、迷惑掛けてくれましたね……これで、終いにしましょうか。ジニアス」
私は姿勢維持の為、箒に跨り直すと、先ほど中断された魔法詠唱を、再度、紡ぐ。
「禍々しき戒めに囚われし闇、呪怨、解きし、討ち滅ぼすは、天の
星の煌めきを隠すほどの雲間から、まさしく聖光と呼ぶに相応しい一条の稲妻が、耳劈く雷轟と共に
眩いばかりの光が収束すると、
「ふぅ、少々、派手にやり過ぎましたが、見た感じの損害は、何とか誤魔化せる範囲に抑えましたし、まぁ、大丈夫でしょ……たぶん」
幾分かの不安を過ぎらせつつ、私は、残りの御用聞きを終わらせるべく、貴族街の闇に消えるのだった。
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