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 一週間後。今日は私が行きたがっていた映画の試写会の日である。しかし旦那は例の如く仕事と言って家を出て行ってしまった。


 私はあれから色々と整理して、合点のいく答えに辿り着いた。つまり私の旦那には女装癖があったのだ。口紅は彼が自分の為に使っていたもので、茶色の長い髪の毛は彼のカツラだったのだ。


 一緒にいたあの女性はお化粧の指南を受けていたに違いない。


 彼は中性的な顔立ちだったし、その声もオペラ歌手さながらの美声だから、きっと違和感もないのだろう。


 少しがっかりである。彼がこそこそとしていたのは、私の為では無かったのだ。彼が私と結婚して今日まで秘密にしてきた、性癖の所為だったのだ。


 おや、と私は疑問に思った。彼が休日に仕事と言って出かけるのはここ最近の出来事では無かったか。ということは、彼が女装癖に目覚めてしまったのはここ最近ということだろうか。


 情熱的で躍動感のあるクラシックのような洗濯機の駆動音が、まだ終わっていない、まだ何かあると私を煽る。


 鳴り響いていたBGMを切り裂くように呼び鈴が鳴った。そういえば今日、お客さんが来ると言われていたのだっけ。


「え?」


 玄関を開けた私は思わず驚きの声を漏らした。


「どうかしましたか」


 すっとぼけた顔で私にそう聞いた女性は、紛れもなく私の旦那である。


 私が何を言うべきか判断に困っていると、旦那は二枚チケットを取り出して私に差し出してきた。


「今日、映画の試写会をやるのですが、一緒に如何ですか」


 その言葉を聞いて、私は思わず泣きそうになる。彼が最近になって女装した理由。そして彼の言葉。私はすべて察した。私は今も愛されているのだ。

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